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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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10・襲撃者

――西暦2097年2月14日(木)昼休み 明星高校 風紀委員会室――

 今日は戦前から続く伝統の日、バレンタイン・デー。好意を持つ男性に女性がチョコレートをプレゼントする日として、今でも多くの洋菓子店が繁盛している。義理という習慣こそ廃れているが、本命はもちろん、お礼という意味合いでプレゼントする女性は多い。そしてこれも伝統だが、貰える男と貰えない男の格差は激しい。無論、風紀委員会も例外ではない。


「そういえば飛鳥君。今日ってもう、真桜ちゃんから貰ったの?」

「はい?何をですか?」


 昼休みに風紀委員会室で昼食を食べることは珍しくない。各委員会も生徒会も同様だ。


「惚けなくてもいいじゃない。今日はバレンタイン・デーでしょ。真桜ちゃんが飛鳥君に用意してないなんて、考えられないわよ」

「ああ、それなら朝一でもらいました。毎年思うんですけど、誰がこんな行事考えたんでしょうね」

「てめえ、飛鳥!それは余裕か?貰える男の余裕なのか!?」

「落ち着きなさいよ、酒井君。飛鳥君が真桜ちゃんから貰えることなんて、二人が委員会に入った時からわかってたことじゃない」

「だな。むしろ貰えてなかったら、そっちのが驚きだ」


 飛鳥が真桜からチョコレートを貰うことは確定事項だ。貰えてなかったら天変地異の心配をするだろう。

 だが当の真桜はここにはいない。1年生女子は、プールサイドでお食事会だ。香奈とまどかも混ざっているらしい。


「それを言ったら、大河なんてどうなるんです?」

「佐倉?まさかてめえ、貰ったのか!?」

「ええ。美花とさゆりから」

「鬼塚。そこの棒きれ取ってくれ」

「棒きれでいいのか?俺としては刻印具の方がいいと思うんだが?」


 大河の一言に、武と良平が殺気を撒き散らす。家族からしか貰ったことのない二人にとって、飛鳥はともかく大河はとてもとても許し難い。


「ちょっ!?それってどういう意味スか!?」

「うるせえよ!真辺と一ノ瀬から貰っただと!?どういうことだよ、それは!」

「べ、別にいいじゃないスか!」

「と言うか、酒井も鬼塚も知らなかったのか?佐倉の奴、けっこうモテるんだぞ」

「だから何でだよ!?」

「だって佐倉君、成績優秀で運動神経もいいし、術師に匹敵する刻印術を使いこなしてるじゃない。それに人当たりもいいし、見た目も悪くないしね」


 飛鳥も悪くないが真桜が怖い。既に全校生徒が二人の関係を知っているから、誰も手を出そうなどと考えもしない。だからというわけではないが、確かに大河も魅力がある。二人共下級生だが、エリーには同級生より大人に見えていた。


「つまり何か。俺達と佐倉じゃ、持ってるものが違うってのか?」

「刻印術に関しては二人も負けてないけど、成績は?」

「……」


 グウの音も出ない。特に武は先日の追試を何とかクリアすることで、かろうじて進級することができるのだから、成績がいいとは口が裂けても言えない。


「戸波先輩と葛西先輩はどうなんスか?」

「俺か?貰ったよ。別の高校に彼女いるからな」

「同じく。だから佐倉が誰から貰おうと、別に気にならんよ」


 遥と昌幸に彼女がいたことを、飛鳥も大河も初めて知った。だが意外とは思わない。むしろ風紀委員で浮いた噂があるのは飛鳥ぐらいだ。もっとも相手は真桜固定だから、噂ではなく事実そのものだが。


「殺してえ……!こいつら殺してえ!!」


 武の怨嗟のこもった呟きに、良平も大きく頷いている。今にも血反吐を吐きそうな勢いだ。


「モテない男の嫉妬はみっともないわよ。そんなことだから今年も貰えないのよ」


 雪乃にしては珍しく辛辣な言葉だ。全員が少し意外という表情をしている。


「うるせえよ!お前だって渡す相手いねえだろうが!」


 瞬間、空気が凍り付いた。


「酒井君……それってどういう意味なのかな?」

「詳しく聞きたいわね。私もあげる相手いなかったから、それはもう詳しく、ね」


 相手がいないわけではない。雪乃としては宝具生成のお礼として、飛鳥に用意してきていた。だが真桜のヤキモチが怖いし、勇気がでない。だからつい武にあたってしまったわけだが、そこにエリーが乗っかってくるとは思わなかった。


「お、落ち付け……!俺が悪かった!言いすぎた!だから勘弁してくれ!!」


 ついうっかり、とはいえ、言ってはならないことを口にした自分が悪い。それは武も理解している。だが生成者に睨まれてはたまったものではない。飛鳥と真桜で慣れているとはいえ、それとこれとは話が別だ。


「あの馬鹿……。禁句だろうに」

「放っとこう。それで佐倉。どっちが本命なんだ?」


 触らぬ神に何とやら。それより遥は別のことが気になった。


「どっちって、何がスか?」

「美花とさゆりよ。二人から貰ったんでしょ?」

「ああ、そのことッスか。いや、どっちも本命ってヤツじゃないんで」


 大河はあっさりと否定した。


「本命じゃないって、どういうことなのよ?」

「学年末のお礼ッスよ。源神社で勉強会やったんで」

「ああ、なるほどね。それじゃ久美も?」

「昼休みに入る前に貰いました」

「それでも腹立つな!」

「お礼なら別にいいだろ」


 遥の言葉に、雪乃は密かに揺れていた。だが真桜が怖い、勇気が出ない、恥ずかしいといった理由でまだ鞄から出せそうにない。


「そうですよね。ところで委員長。S級はどんな感じですか?」


 ドキッとしたが、務めて平静を装い、雪乃は飛鳥の問いに応えた。


「おかげさまで完成かな。昨日組み込んだわ」

「へえ、もう完成したのか。どんな術式なのか、聞いてもいいか?」

「いいわよ。水性広域探索防御系術式エアマリン・プロフェシー。領域内の探索対象を防御術式で守ることを前提とした、探索系と防御系の術式よ」

「それはまた、処理能力高そうだな」

「最初に開発した術式が探索防御系ってのが三条らしいよな」


 雪乃が適正的にも性格的にも戦闘向きではないことは、誰もが知っている。だから最初に開発した術式が探索系や防御系でも違和感はない。むしろ戦闘系だった方が、違和感を感じていただろう。


「どうしても戦闘用は抵抗があるから。もちろん、このままじゃいけないこともわかってるんだけど」

「人それぞれなんだし、気にすることもないと思うけどな」


 適材適所とはよく言ったもので、雪乃の宝具と適性は、戦闘系の宝具が多い生成者の中では珍しいと言える。情報特化と言えるワイズ・オペレーターは、おそらく連盟でも少数に分類されるであろう刻印宝具だ。たとえ戦闘用の術式がなくても、それを補えるはずだ。遥はそう思っていた。


「そう言えば今日って、毎年問題があるって先輩が言ってなかったっけ?」


 そこに望が、思い出したように疑問を口にした。


「あるな。こいつらみたいにやっかんだ連中が、貰った奴に絡むことが多いんだよ」

「じゃあ酒井君も鬼塚君も、まだ文句を言ってるだけマシな方なのね……」


 望は心底呆れていた。その程度のことで暴力沙汰を起こす軽率さなど理解できないし、するつもりもない。


「じゃあ昼休みでも、監視ぐらいはしといた方がよさそうですね」


 飛鳥もいい顔はしていない。むしろ余計な問題だと思っている。だが美花もさゆりもいない以上、自分と雪乃で探索系を使うしかないだろう。


「それは私がやるわ。今まではテスト段階だったから、完成した状態での使い勝手も確かめてみたいし」


 そう思っていた飛鳥だが、雪乃の理由も納得できる。試作、試験段階と完成状態では、術式の精度も発動速度も、そして処理能力も全く違う。組み込んだばかりでまだ使っていないのなら、この機会に使ってもらっておいたほうがいいだろう。慣れるためにも必要なことだ。


「それもそうですね。じゃあ、お願いします」

「ええ」


 そう言うと雪乃は、ワイズ・オペレーターを生成し、開発したばかりのエアマリン・プロフェシーを発動した。


「モニターに校内の様子を写すから、何か異常があったら教えてね」


 左右のモニターが移動し、室内の机の中央に並んだ。刻印宝具ならではの機能だ。


「便利だよな。しかも記録までできるから、言い逃れもできねえし」

「ここは……刻錬館のプールサイドか。けっこう鮮明だな」


 左のモニターにはプールサイドが映し出されていた。探索系を使った事がない2年生は、興味深そうにモニターを見ている。


「お、あれって真桜ちゃん達じゃないか。今日はあっちに行ってたのか」

「香奈とまどかもいるわね。私も誘ってくれればよかったのに」


 真桜達はかなり楽しそうに話している。会話の内容はわからないが、おそらくガールズ・トークの類だろう。


「同じクラスでも選択科目が違うから、それは仕方ねえだろ」

「こっちは屋上か。けっこうカップルが多いな。ってあれ、竹内じゃねえか?」

「だな。なんで竹内が屋上に?」


 右のモニターは屋上を映していた。だがそこには、予想外の人物がいた。


「一緒にいるのは……小山か?」

「小山って、保健委員長の小山先輩ですか?」


 相田の後任の保険委員長、小山こやま 沙織さおり。名前は知っているし、刻印術師だという噂も聞いている。

 だが飛鳥も大河も、まだ会ったことはない。だからつい聞き返してしまった。


「その小山だな。もしかしてあいつら、付き合ってたのか?」

「そんな雰囲気よね。なんか羨ましいかも。あっ!」


 突然屋上の映像が途切れた。


「もう。覗きのための術式じゃないのよ。真面目にやってよね」


 切れたのではなく、雪乃が意図的に接続を切っていた。モニターへ投影する機能は副次的なものだが、一人だけでは見逃してしまうこともあり得る。雪乃が就任してから導入した常駐制も、何度か見落としがあっただろう。探索系は術師本人しか確認することができないのだから、それは仕方がないことだと誰もが理解している。


「わ、悪ぃ。つい、な」

「ついじゃないわよ。まったく……。あれ?」


 呆れていた雪乃だが、校庭に視線を移した瞬間、違和感を感じた。だから左右のモニターをカットし、キーボードを叩きながら中央のモニターを凝視している。


「どうした?」


 さすがにただならぬ事態だと誰もが理解した。最初に口を開いたのは遥だった。


「あれって……もしかして侵入者?違うわ!テロリストよ!既に学校を囲んでいるわ!」


 雪乃は状況を俯瞰し、校門、校庭、校舎裏、そして海岸と、完全に包囲されていることを確認した。


「なんだと!?」

「またかよ!どこのどいつだ!?」

「左のモニターに出すわ」


 中央のモニターは雪乃が術式の調整と制御のために使っている。そのため左のモニターに表示したわけだが、そんなことは今はどうでもいい。


「これって……軍隊?」


 テロリストにしては装備が揃いすぎている。エリーが軍隊と思うのも当然だ。そしてそれは間違いではない。


「あの装備は、刻印銃装大隊……!」


 半年前、勇輝が命を落とした日、飛鳥は刻印銃装大隊と一戦を交えた。だから覚えている。その時に見た装備とまったく同じものが、モニターに映し出されていた。


「それって過激派かよ!?」

「じゃあまさか……飛鳥君と真桜ちゃんが狙いなの!?」

「多分……」

「でも飛鳥君。銃装大隊って証拠を握られてるから、もう後がないんじゃなかったの?」


 刻印銃装大隊は、先日解体されたと報道された。隊長である宮部は雅人が粛清し、他の幹部も、一斗と菜穂をはじめとした連盟の術師が粛清したと聞いている。南だけは取り逃がしたそうだが、連盟が放置しているはずがない。世間にはまだ公表されていないが、銃装大隊が中華連合強硬派とつながっていた証拠も、テロリストを支援していた証拠も既に上がっているし、西谷が風紀委員会室を盗聴していた証拠も、雪乃の手で物証として残された。望の言う通り、既に銃装大隊――過激派には後がない。


「そのはずです。だからこそ、なのかもしれませんが」

「何か……ってまさか先月、お前らが連盟に呼び出された件と関係あるのか?」

「はい。だからこそ、俺と真桜を狙ってきたんだと思います」


 狙いは飛鳥と真桜だけではなく、王星龍も含まれているだろう。彼が銃装大隊と中華連合強硬派の密約を証明する唯一の証人なのだから、生かしておく理由がない。同時に飛鳥と真桜が融合型刻印宝具の生成者だということも知られている。正面からでは無理でも、絡め手を使えば命を奪えると判断されてもおかしくはない。


「だからって学校に軍隊派遣するかよ、普通……」

「普通じゃない連中だからな。三条、他に気付いてる生徒はいるか?」

「多分いないわ」

「なら一気に制圧するべきか」

「いえ、俺が行きます。銃装大隊は生成者も多いですから」

「無理すんなよ。と言いたいとこだけど、相手が相手だしな」

「はい。それから真桜とさつきさんにも連絡をお願いできますか?多分、これだけじゃないと思うので」


 さつきは自由登校になっても変わらず登校してきている。先日の宮部の件もあるが、真桜の盾である自分が、受験などで傍を離れることはできないと思っている。


「わかったわ。生徒会にも連絡を入れておくけど、いいわよね?」

「もちろんです。俺は校庭へ向かいますので、二人には残りをお願いしてもらえますか?」

「そう伝えるわ。だけど無理はしないでね」

「はい。それでは」


 既に飛鳥の顔は一流の刻印術師のものだ。戦闘態勢も整っている。短く答えると、飛鳥は委員会室を出て行った。


「行っちゃったわね」

「雅人さんには連絡入れました。すぐに来てくれるそうッス」


 大河は雅人に連絡をとっていた。雅人ならすぐに来てくれるだろうし、何より相手が銃装大隊なら見逃す理由がない。


「雅人先輩が来てくれるなら、少しは安心できるか」

「雪乃、どれぐらいの数がいるかわかる?」

「正確な数はわからないけど、多分百人近くいるわ……。こんな大部隊を送りこんでくるなんて……」

「多過ぎるだろ……。飛鳥達なら大丈夫だろうけど、他の奴らが巻き込まれるぞ」

「それは俺達がなんとかするしかないだろうな。俺はすぐに竹内に報せてくる。本当は先輩達がいてくれればよかったんだが……」

「自由登校になってるから、あまり来ないもんね……」


 過激派はテロリスト扱いされているとはいえ、その実はテロリストよりも厄介だ。銃装大隊は過激派実行部隊であると同時に、一流の刻印術師、生成者の集団でもある。まだ高校生、しかも術師ではない自分達では正面からまともにやり合える相手ではない。


「弱気になってる場合じゃないわ。私はなるべく多くの情報を集めるから、みんなは生徒会と術師の人達に報せて。少しでも準備を整えておかないと」


 雪乃も本音では先輩達がいてほしかったと思っている。さつきの影に隠れてしまっていたが、先輩術師は高い実力を持っている。生成者を除けば、おそらく明星高校ではもっとも高い実力の持ち主達。だがいつまでも甘えるわけにはいかない。


「それじゃあ私は職員室に行ってくるわ」

「俺達は術師を探すか」

「だな」

「了解ッス」

「なら私は、ここで雪乃の護衛をするわ。雪乃を一人にするわけにはいかないし」

「ありがとう、エリナさん。それじゃみんな、お願いね」


 雪乃のセリフと同時に、風紀委員達は校内へ散って行った。

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