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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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9・連盟代表補佐

――閉門前 明星高校 風紀委員会室――

「ええ。ええ、わかったわ。それじゃまた後で」


 菜穂はまだ風紀委員会室にいた。飛鳥とさつきが宮部を取り逃がしたことは驚いたが、予想外だったというわけでもない。宮部の適性も宝具の有無も、連盟でさえ把握できていなかったのだから、いかに二人が優れていようと、想定外の事態は十分考えられる。


「飛鳥、さつきちゃん、ご苦労様。って、なんでそんな悔しそうな顔してるのよ?」

「まさかあんな破られ方するなんて、思ってなくてな……」

「油断してたわけじゃありませんけど、飛鳥と二人掛かりで取り逃がしたことなんて、初めてですからね……」

「でも雪乃ちゃんが追尾してくれたおかげで、雅人君が粛清してくれたわけだし、あなた達の多重結界を破るためにけっこうな傷を負ってたわけだから、まったく無駄だったってわけでもないでしょ?」

「無駄って言うな!よけいへこむだろ!」

「でも飛鳥とさつきさんの多重結界を破れる人なんて、雅人さんぐらいしかいないと思ってたわ」

「相当高レベルの術師だったってことでしょうね。もしかしたら南より実力は上だったかもしれないわ。でもやっぱり、今日のMVPは雪乃ちゃんよ!」

「そ、そんなことないですよ!私、ただ見てただけですから!」

「だからじゃない。探索系の視覚情報を刻印具に記録できるだけでもすごいのに、トランス・イリュージョンで姿を変えた宮部を、印子を追尾することで特定してくれたじゃないの。あなたがいなかったらほぼ確実に逃げられてたんだから、それは当然じゃない」


 菜穂は雪乃が気に入ったようだ。さっきから猫のようにじゃれついている。先輩方は呆気に取られて何も言えない。


「お母さん、雪乃先輩困ってるから、もう離してあげてよ」


 呆れた声をかけたのは真桜だ。さすがに母の暴走は恥ずかしすぎる。


「あら真桜。そんなこと言っていいの?雪乃ちゃんがS級術式の開発をするために泊まった時、不安で眠れなかったって電話してきたじゃない。飛鳥を取られちゃうんじゃないかって、涙声で」

「お、お母さん!なんでバラすの!?」


 だがまだ甘かった。確かにあの日は不安だった。雪乃がそんなことをするはずがないとわかっている。だが同属性同系統に適性がある者同士、話が弾むのは当然の成り行きだ。だから魔がさしたとしか言いようがないが、普段ならば絶対に相談しない母に電話してしまったのだ。だがまさかこんなところで、しかもこんなタイミングで暴露されるとは思ってもいなかった。さすがにこの話は飛鳥も雪乃も知らなかった。驚くと同時に顔が真っ赤になる。

 雪乃は飛鳥に恋愛感情は抱いていないが、一種の同族意識は抱いている。真桜がそう考える理由もわからないでもないが、こんなところで引き合いに出されるなど、思ってもいなかった。

 飛鳥に至っては自分がど真ん中に存在する話であり、真桜が雪乃だけではなく、風紀委員女子全員にヤキモチを焼いていたこともよく覚えている。だがまさか、よりにもよって菜穂に電話までしていたとはさすがに予想の範疇外だ。


「……始まったわね」

「始まっちまったな……。どうします、これ?」

「むしろどうしたらいいのか、あたしが教えてほしいわよ……」


 真桜は恥ずかしさのあまり、カーテンに身を隠してしまった。だがそんなことで菜穂の追及を逃れることはできない。菜穂は雪乃だけではなく飛鳥も捕獲すると、隠れたつもりの真桜に近づいている。


「小母さん、絶好調ね……」

「巻き込まれた委員長が気の毒だよな……」

「もう!いい加減にしてよ!」


 目の前で、飛鳥と雪乃で遊んでいた菜穂に対して、ついに真桜がキレた。手にはワンダーランドが握られている。


「ま、真桜ちゃん!それはやりすぎよ!!」

「お願いだから、それしまって!委員会室が大変なことになっちゃう!!」

「立花先輩!早く真桜ちゃんを止めないと!!」

「もう手遅れよ。それより早く逃げた方がいいわよ」

「無茶言うな!なんかデタラメな結界が展開されてるぞ!!」


 志藤の叫び通り、風紀委員会室にはジュピターとムスペルヘイムが同時に展開されていた。発動させたのはもちろん真桜だ。


「惑星型と世界樹型の同時展開なんて、聞いたことねえよ!!」

「しかも真桜一人で展開してるじゃない!どうなってるのよ、あの子!!」

「それにもう逃げ道塞がれますよ!どこに逃げろって言うんですか!?」


 展開された二つの術式と相まって、室内は阿鼻叫喚の灼熱地獄と化している。遥の言う通り、逃げ場もない。


「だからあたしがヴィーナス使ってるんじゃないの」

「いつ惑星型なんか覚えたんだよ!?って、今はどうでもいい!避難させてもらうぞ!!」

「あらあら。惑星型と世界樹型の多重展開を一人でできるようになったのね。すごいじゃない、真桜」

「言い残すことはそれだけでいいのね!」

「お、落ち付け、真桜!俺も委員長もいるんだぞ!!」

「そ、そうよ!落ち着いて、真桜ちゃん!!」


 既に風紀委員達はさつきの発動させたヴィーナス内に避難している。

 だが菜穂に捕まっている飛鳥と雪乃は避難どころの話ではない。二人共水属性に適性を持っていなければ、刻印宝具の生成ができていなければ、既に灰になっていたかもしれないであろう熱量にさらされている。


「このままじゃ飛鳥はともかく、雪乃ちゃんが大変なことになっちゃうわね。真桜、悪ふざけはここまでにするから、落ち着きなさいな」


 軽くたしなめるような口調で話しかけながら、菜穂はカーム・スフィアを生成し、ジュピターとムスペルヘイムの刻印へ向け、無性S級広域対象干渉多重積層術式ミーティア・ストリームを発動させた。カーム・スフィアは水と風を操る複数属性特化型刻印宝具であり、気体と液体はもちろん、氷のような個体をも容易に生成する。水、氷、ドライアイスの塊がいくつもの星のように菜穂の周囲に輝き、同時に嵐となった風に乗り、寸分違わず二つの術式の刻印を撃ち抜いた。通常ならば軽くない傷を負うはずだが、菜穂はもちろん、まだ抱えられている飛鳥と雪乃も無傷だ。


「な、なんだ……今の……」

「叔母様のS級術式ミーティア・ストリームよ。相変わらずすごいわ……」

「真桜ちゃんの多重結界を破るなんて……」

「しかも無傷って……嘘だろ……」


 真桜のジュピターとムスペルヘイムの多重結界は、飛鳥のネプチューンとさつきヴィーナスの多重結界より強度は低い。それも当然の話で、通常ならば二人以上で使う術式を一人で使うだけで、驚愕に値する。だがそれをあっさりと破ってしまう女性も、かなりとんでもない人物だ。


「真桜。こんなところでジュピターとムスペルヘイムを使うなんて、危ないじゃない。みんなに何かあったらどうするつもりなの?」

「……ごめんなさい」


 確かにやりすぎた。多重結界など使ってしまったせいで、委員会室は見るも無残な姿になっている。だが納得はいかない。何故自分が怒られなければならないのだろうか。


「元はと言えば母さんがやりすぎたんだから、修繕費は持ってくれよな」

「飛鳥までお母さんのせいにするなんて、冷たいわねぇ。そう思わない、雪乃ちゃん?」

「えっ!?い、いえ、その……」

「だから委員長を巻き込むなっての。真桜が怒ったのだってそれが原因じゃないか」

「飛鳥ったら、うちの真桜だけじゃ飽き足らず、雪乃ちゃんにまで手を出してるのね。だから庇って……」

「話を蒸し返すな!出してねえよ!!」

「飛鳥、雪乃先輩。あとでお話があるんですけど?」

「真桜ちゃんも落ち着いて!前にも言ったけど、私は飛鳥君を恋愛対象として見てないんだから!」


 必死なのは飛鳥だけではなく雪乃もだ。しかも雪乃は、完全に巻き込まれただけと言える。早く誰かに助けてもらいたい気持ちでいっぱいだ。


「叔母様……いい加減に何の用なのか、教えてもらえません?」


 まだ菜穂がここに来た理由を聞いていない。さっきからこの調子で全く話が進まない。適当なところで話を切り捨てないと、未来永劫、話は進まないだろう。だが菜穂という嵐の中に突っ込むのは、さつきでもかなりの勇気がいる。大河と美花ではまだ荷が重い。だからさつきは意を決して、嵐の中に突撃した。


「さつきちゃんもいけずねぇ。野暮な話を思い出させるなんて」

「野暮も何も、あたし達は何も知らないんですから。そもそもなんでこんな所に来られたんですか?」

「ここに来たのはついでよ。久しぶりに鎌倉に帰ってきたし、真桜や飛鳥とも長い間会ってないから、久しぶりに顔を見ようと思ったの。まさか宮部がいるとは思わなかったけど」

「別についででもいいけど、それじゃ何しに帰ってきたのよ?」

「過激派の粛清よ。相手が相手だから、お父さんが出張るしかなくてね。お母さんは付き添いよ」


 全員が納得したという顔をしている。現代表 三上一斗は、世界最強の刻印術師の一人と言われている。対して南徳光は、代表職に就いていた時期はわずか数ヶ月だ。高い実力を持ってはいるが、世間一般で見れば未知数と言える。そんな男を相手にするなら、連盟も人選には難儀するのも当然だ。連盟代表であり、世界最強と言われる一斗が出張るのもわかる話だ。


「そういや親父は何してるんだ?帰って来てるんだろ?」

「そうだけど、うちには帰らないわよ」

「え?帰って来ないの?それじゃ今日はどうするの?」


 帰って来ていることも知らなかったが、出会ってしまった以上、てっきり源神社に帰ってくるもとだとばかり思っていた。だから菜穂の言葉は少し意外だったが、当然でもあった。


「どこかに泊めてもらうわよ。どこに耳があるかわからないから、それは言えないけど」

「まあ、あんなことがあったばかりだから、理由はわかりますけど」


 西谷のマインド・リンクスによる盗聴が発覚してから、さほど時間は経っていない。過激派を警戒するのは当然なのだから、ここで菜穂が答えなくてもおかしくはない。


「でもここに来れて良かったわぁ。二人の顔も見れたし、雪乃ちゃんにも会えたし」

「え?え?」

「だからあんまり雪乃で遊ばないで下さい。怯えちゃってるじゃないですか」


 これでも菜穂は真剣だ。雪乃の宝具は設置型というだけでも珍しいが、探索系術式を刻印具に記録できるという聞いたこともない能力を持っていた。さすがの菜穂も驚いたが、同時に興味も沸いた。連盟に連れて帰りたい衝動にも駆られている。


「そんなに怯えないでよ。とって食べちゃったりしないから」

「そんなことしたら親子の縁切るからね!」


 あまりにシャレにならない母の言葉に、真桜は声を荒げた。本当に縁を切ってもいいとさえ思える。


「しないって言ってるじゃない。ひどいわねぇ」

「どっちがだよ……。散々引っ掻き回しておいて……」


 飛鳥も真桜と同意見だ。父共々縁を切りたいと何度思ったことか。


「あらいけない。もうこんな時間だわ。お父さんと待ち合わせしてるから、お母さんもう行くわね。部屋の修繕費は連盟宛てでいいから。あんまり予算回せないけど」


 だが菜穂にとってはどこ吹く風だ。気にした様子もない。さつきとしても、菜穂のそんな姿を見たことなどない。


「生々しいんだよ……。言われなくてもそのつもりだけど」


 元をただせば菜穂が真桜を怒らせたことが原因なのだから、それぐらいはやってもらわなければ割が合わない。あまり予算を回せないのもわかるが、直接言わなくてもいいだろうに。


「お父さんにもよろしくね。あんまり無理しないでよ?」

「わかってるわよ。それじゃさつきちゃん、大河君、美花ちゃん。またね。雪乃ちゃんもまた会いましょうね」

「は、はい!」


 そう言い残すと、菜穂は嵐のように去って行った。


「つ、疲れた……」

「なんつうか、嵐のような人だったな……」

「すごい人だったわね。色んな意味で……」


 まさに台風一過だ。全員余すところなく振り回されたが、一番被害を受けたのは間違いなく雪乃だ。明らかにほっとした顔をしている。


「立花……あんな人が代表補佐でいいのか?」

「お願いだから聞かないで」


 志藤の疑問にさつきが答えられなくとも、誰も文句は言わなかった。

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