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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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8・仇

――放課後 明星高校 材木座海岸 外れ付近――

「真桜、聞こえるか?いつでもいいぞ」

「了解。今お母さんが反射させたから、もうすぐわかると思う」

「わかった」


 刻印具の通話機能で状況を知らせた飛鳥は既にカウントレスを、さつきはガイア・スフィアを生成し、戦闘態勢に入っている。西谷はともかく、宮部の能力が不明だからだ。一流の刻印術師だということは疑いようがないし、おそらく宝具生成もできるだろう。だがそれも推測にすぎない。


「西谷は宝具生成はできなかったはずだけど、宮部は連盟にもほとんど情報がないわ。どんな適性を持ってるのかも、宝具生成ができるのかも、まったくわからない……。油断はできないわね」

「銃装大隊の隊長なんですから、生成はできると思っていた方がいいでしょうね」

「ええ。それと、一流の術師だってこともね。それで、真桜は何て?」

「母さんが反射させたそうです。直に……っと、あれですね」

「やっぱり西谷か」

「ん?真桜か」

「飛鳥、見た?」

「ああ、俺もさつきさんも確認した。それで、母さんは何て?」

「宮部と西谷の身柄拘束、もしくは粛清を許可するって」

「了解。それじゃこれから執行する」

「怪我しないでね、飛鳥」


 真桜との回線を切ると、飛鳥はネプチューンを、少し遅れてさつきがヴィーナスを発動させた。風と水の多重結界の出現に、宮部も西谷も顔色を変えた。


「な、なんだ……これは!?」

「多重結界!?これは……ヴィーナスとネプチューン!まさか!?」

「こんなところで密会してたのが仇になったわね。あんた達が中華連合強硬派とつながってた証拠も、風紀委員会室を盗聴してた証拠も、既に抑えてあるわ」

「連盟はお前達の身柄拘束、もしくは粛清を決定した。大人しく指示に従うなら、手荒な真似はしないけど?」

「た、立花!それに三上!お、お前達は教師に手を上げるのか!?それがどういうことか、わかっているのか!?」

「教師?笑わせるんじゃないわよ。あんたがリンクス・マインドを仕掛けてた証拠も、代表の奥様がしっかりと確認してくれたのよ。たった今ね」

「ば、馬鹿な……!三上菜穂が、なぜこんな所に!?」


 さすがに菜穂が来ていたことは想定外だ。だが菜穂が来ているなら、一斗が来ている可能性もゼロではない。


「さあな。それよりどうするんだ?できれば大人しく従ってくれると助かるんだがな」

「……私達を捕らえれば、銃装大隊が黙っていない。必ず連盟と衝突することになる。それが何を意味するか、わからないわけでもあるまい?」

「内戦って言いたいんでしょ?普通ならそうなるわね。でもね、心配しなくてもそんなことは起こらないわ。あんたや南が、どれだけ優れた刻印術師であってもね」

「た、大佐……!ど、どうすれば!!」

「……降伏しても、私達は必ず殺される。この場を切り抜けるしか、生き残る道はない」

「つまり、戦えと?」

「それ以外あるまい。西谷、私の適性は知っているだろう?」

「はい。閣下に教えていただきました。では私が前衛を」

「頼むぞ」


 西谷は隠し持っていた銃装大隊専用の携帯型刻印具に、水性B級支援干渉術式アクア・ダガーを発動させ、短剣を作り出した。同時にミスト・アルケミストを発動させ、液体窒素を発生させている。


「ミスト・アルケミストであたし達を凍らせて、アクア・ダガーで攻撃しようって魂胆なんだろうけど、あんた今、どこにいると思ってるのよ?」

「黙れ!子供が調子に乗るなよ!」

「別に調子に乗ってるつもりはないな。だけどな西谷、ここがネプチューンの領域内だってこと、忘れてないか?」

「な、何っ!?ば、馬鹿な……!私のミスト・アルケミストが!!」

「水に適性があるのはお前だけじゃない。俺も得意でね」


 飛鳥もミスト・アルケミストを発動させていた。液体窒素は誰がどのような方法で発動させても、マイナス196℃という極低温に変わりはない。

 だが飛鳥は液体窒素ではなく、大気中の分子全てを絶対零度まで低下させた。いかな液体窒素といえど、絶対零度の中では個体となる。西谷のミスト・アルケミストは、飛鳥の前に沈黙せざるをえなかった。


「液体窒素を凍らせるとはな。確か液体窒素の融点はマイナス210℃だったはずだ。その若さで絶対零度を作り出しているということか」


 飛鳥は西谷だけではなく、宮部も対象に含めていた。だが宮部はわずかに髪を凍らせた程度で、動きを拘束できていない。


「あんたこそ、絶対零度の空間内で動けるなんて、凄いじゃないか」

「幸いというべきか、経験があるのでね。それでもさすがに、絶対零度の空間内で自由を確保するには骨が折れるが」

「た、大佐!?助けてください!わ、私は……!」

「どうやら相手が悪すぎたようだ。油断していたつもりはないんだが、さすがは警戒対象者Sランクの二人だ」

「逃げられるとでも思ってるの?」

「普通なら無理だろう。だから私も、奥の手を使わせてもらうよ」


 そう言うと宮部は、刻印宝具“雷上動らいじょうどう”を生成した。平安時代末期、源頼政みなもとのよりまさぬえという妖怪を退治するために使った弓と同名の弓状武装型刻印宝具だ。


「やっぱり生成者だったわね」

「君達は強い。まともに戦ったのでは、私も相手にならないだろう。だがね、まだまだ若い!」

「た、大佐!?」

「なっ!!」


 いきなり宮部は雷上動で西谷を殴りつけた。その衝撃で凍り付いていた西谷の足が砕け、間髪いれずに放たれたフレイム・ウェブが西谷の身体を包みこんだ。西谷の身体は殴られた衝撃とフレイム・ウェブによって、飛鳥とさつきに向かって飛ばされていた。


「なんてこと考えるのよ!?」

「だから言っただろう。まだまだ若いとな。いや、甘いと言うべきか。その男は南閣下の部下だ。ならば閣下のために命を捨てるのも当然というものだろう?」


 予想外の行動に、飛鳥もさつきも態勢を崩していた。即座に来るであろう追撃に備えることだけは忘れていないが、追撃は来なかった。


「ではさらばだ。もう会うこともないだろうが、連盟の意思はよくわかった。この国は二つに割れる。我々と連盟、いずれ雌雄を決することになるだろうが、君達はこの事態を招いた責任を、世間から追及されることになるだろうな」


 宮部は火性S級干渉攻撃術式 招雷焔しょうらいえんを発動させた。狙いはネプチューンとヴィーナスの刻印だ。飛鳥のカウントレスの特性とさつきの宝具を秘匿するという目的から、ヴィーナスはネプチューンの内側に展開されている。

 だがヴィーナスは風属性の術式であり、火属性術式である招雷焔とは相性が悪い。ヴィーナスの刻印を貫いた招雷焔は業火となり、ネプチューンとの相克関係を超え、二つの惑星型術式を消滅させた。


「なっ!」

「やってくれるじゃない……!」


 だが宮部の姿は、既に海岸にはなかった。刻印術は刻印から発動している。そのため術式を破るには、刻印を消すことが一番確実だ。だがそれは至難の技だ。刻印は生体領域によって守られているだけではなく、術師によっては偽装を施すのだから、理屈では可能であっても、実践する者は少ない。


「しくじった……!取り逃すなんて……!」

「まさかあたしのヴィーナスを利用して、あんたのネプチューンを消滅させるなんてね……。あいつ、思ってた以上の術師だったわね。厄介だわ……」


 倒れている西谷には目もくれず、二人は宮部が去ったであろう材木座の海岸を、険しい目で見つめていた。


――鎌倉海浜公園――

 鎌倉海浜公園は稲村ケ崎という岬を整備された公園だが、地中に含まれている多量の砂鉄が流出しているため、海水浴場としては使用されていない。だがサーファーの間では有名なスポットであり、今日も多くのサーファーで賑わっている。そんな場所に似つかわしくない男が歩いているが、誰も気にも留めていない。


「さすがにネプチューンとヴィーナスの刻印を同時に消滅させるのは無理があったか……」


 男は宮部だった。光性B級支援干渉系幻惑術式トランス・イリュージョンによって傷を隠し、散歩にきた近所の男を装いながらベンチに腰を降ろした。多重結界を破るためにはこちらも大きなダメージを負うことになる。発動させた術師でさえ、印子の奔流に巻き込まれるのだから、自分の方が大きな傷を負うのは当然だ。むしろこの程度であの場から逃れられたことは、幸運と言えるだろう。


「立花さつきが宝具を生成できるという話は聞いたことがない。西谷も知らなかった以上、連盟が隠蔽していたとしか考えられん。三上飛鳥は複数の宝具を使うという話だったが、聞いていたものと形状が違ったな。まさか融合型なのか?」

「それは地獄で考えたまえ」

「な、なにっ!?」


 宮部は先程の出来事を思い返していた。だが周囲への警戒を怠ったつもりはない。トランス・イリュージョンまで使っているのだ。例え先程の二人が追ってきても、気付かれない自信があった。だがそんな宮部を囲むように、突如結界が展開された。


「ジュピターだと!?それに今の声は……」

「直接会うのは初めてだな」

「三上一斗……!連盟代表がなぜここに!?」

「無論、過激派を粛清するためだ。なにせ南は、元代表だからな。人選にも苦労するさ。だが君の相手は私ではない」

「久世雅人!」

「宮部敏文。親友の仇……いや、あの二人を守るために、お前を討たせてもらう。後で南や他の仲間も送ってやるから、先に地獄で待っていろ」


 トランス・イリュージョンを使っているというのに、即座に見つけられたことも驚きだが、既に宮部にジュピターの刻印を消す余力はない。それほどまでに飛鳥とさつきの多重結界は強固だった。その上追っ手が、連盟代表と世界有数の刻印剣士だとは思いもしなかった。


「なぜ……私のトランス・イリュージョンを見破れた?」

「冥土の土産に教えてあげよう。まず君と西谷を発見したのは、明星高校の生徒だ。だが君達がいることを知っていたわけでも、予測していたわけでもない。その子は最近、刻印宝具を生成してね。そのためにS級術式の実験をしていたのだよ。そこで偶然、君達を発見したというわけだ。その子は今も君を監視してくれているから、いくらトランス・イリュージョンを使っても、何の意味もないというわけだ」

「まさか……三条雪乃か!設置型刻印法具の生成者……!こんなに早くS級を開発するとは!」


 雪乃がワイズ・オペレーターを生成したことは宮部も知っていた。設置型という珍しい形状に興味はあるが、雪乃の性格と適性から、S級の開発はまだ先だろうと思っていた。だが後々役に立つのではないかと思い、近い内に監視をつけ、場合によっては拉致することも視野に入れていた。


「やはり彼女のことも知っていたか。だったら尚更、お前を生かして返すわけにはいかない!」


 雪乃に何かあれば、飛鳥と真桜が悲しむし、大事な後輩を過激派の毒牙にかけるわけにはいかない。雅人は氷焔之太刀を生成し、氷焔合一を発動させた。


「こ、こんなところで死ぬわけにはいかん!閣下の悲願成就のためにも、私は知り得た情報を持ち帰らなければならんのだ!」


 傷ついた身体に鞭を打ち、宮部も雷上動を生成した。だが思った以上に消耗している。招雷焔を発動させようとしても、印子の集まりが鈍い。


「飛鳥とさつきから逃げおおせたのはお前が初めてだ。だがあの二人を相手にして、無事でいられるわけがない。せいぜい地獄で自慢するがいい!」


 雅人は氷の刃となった氷焔之太刀で宮部を斬り付けた。だが宮部もガード・プロミネンスを発動させながら、雅人の斬撃を雷上動で受け止めた。


「それが氷焔合一か!だが私には効かんぞ!」

「なるほど、聞いていた通りだな。確かにお前に絶対零度の凍気は効果が薄いようだ。だが氷焔合一は、そんな浅い術式じゃない!」

「な、何っ!?」


 氷焔合一は絶対零度によって動きを止められた原子を、さらに圧縮させ破壊する術式だ。纏っている氷の刃は副次的な効果に過ぎない。その証拠に、斬撃を受け止めた雷上動は、原子の動きを止められ、宮部がそれに気づいた瞬間、灼熱の業火に包まれていた。


「ば、馬鹿な!私の雷上動が!たかが氷ごときで……なぜ!?」

「教える義理はない。後は地獄で考えろ!」


 雅人は氷焔之太刀を横薙ぎに斬り払った。その斬撃によって宮部の身体から多量の血液が流れ、凍り付き、雷上動と同様に炎に包まれ姿を消した。


「……ありがとうございます、代表」

「礼を言うのはまだ早いんじゃないかな。まだ一人、残っているんだからな。もっとも、勇輝君が望むとは思えないが」

「はい。ですが宮部はあの日、銃装大隊を動かした張本人ですから」


 勇輝が死んだ日、銃装大隊を派遣したのは宮部だった。だから雅人は、この日を待ち望んでいた。だがようやく勇輝の仇を討てたというのに、雅人の表情は晴れない。


「その宮部を討ったことで、ようやく君も前に進めるかな?」


 一斗も気付いていた。仇討ちといえば聞こえはいいかもしれないが、結局は復讐だ。本人には永遠に確認することはできないが、おそらく復讐など望んではいないだろう。勇輝は飛鳥と真桜を、雅人とさつきに託して、笑って死んでいったのだから。


「そうしたいと思います。では代表、自分はこれで失礼します」


 親友を裏切ったかもしれない。自己満足だったかもしれない。雅人もそのことに気付いていた。だから表情が晴れなかった。だから今日は勇輝の墓前で、勇輝と飲み明かすつもりだった。


「わかった。ああ、そうだ。これを勇輝君の墓前にお願いできるかな。何だかんだ言っても、私はまだ彼の墓参りにすら行ってないし、今回も行けないだろうからね」


 一斗はさほど心配してはいない。

 雅人は真面目で誠実な人間だ。そのために考え過ぎて、思考が負の螺旋に陥ることもままある。さすがに飛鳥と真桜の前ではそんな醜態をさらしたことはないが、さつきの前では何度も見せている。雅人にとってさつきは、唯一自分の弱い姿をさらけ出せる女性だ。さつきがいるから、心配していないとも言える。

 だが相談ごとに乗ってくれたのは、いつも勇輝だった。その勇輝が答えてくれることはもうないが、それでも雅人は、勇輝と話したかった。


「わかりました。その旨も伝えておきますよ」


 一斗の気遣いに感謝し、勇輝へのお供えを受け取ると、雅人は一礼し、海浜公園を後にした。

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