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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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6・学年末試験

――西暦2097年1月28日(月)放課後 明星高校 風紀委員会室――

 学年末考査も終わり、明日から3年生は自由登校となる。だがその前に、一つの結果が発表される。それが学年末考査の試験結果だ。放課後になり、ようやく学年末考査の順位表が貼り出された。結果に一喜一憂する者、絶望する者など、実にさまざまだ。


「いよっしゃあああっ!」

「うるせえぞ、佐倉!」

「そう落ち込まないで、酒井君。まだ決まったわけじゃないんだから」


 落ち込む武を尻目に、大河と雪乃は上機嫌だ。


「……あり得ねえ。まさか大河に負けるなんて……」

「私も雪乃に負けたの、初めてだわ……」


 肩を落としていたのは飛鳥と香奈も同様だ。二人共成績が悪かったわけではない。順位表にこそ名前はないが、どの教科も平均点以上だ。クラスでも上から数えた方が早い。

 だが飛鳥と香奈は、初めて歴史で大河と雪乃に負けた。他の教科では勝負にならないが、歴史だけは勝てていたのにだ。大河も雪乃も、二学期の期末考査の結果を受け入れることができず、プライドを捨てて学年末考査に打ち込んだ。その成果もあり、大河は学年4位、雪乃は学年6位まで上りつめていた。無論、歴史も好成績だ。

 逆に武は、ほとんどの教科で赤点という、非常にシャレにならない事態だ。ことごとくヤマを外した結果、来週の追試次第では飛鳥達の同級生になってしまう。ある意味ではこの場の誰よりも窮地に追い込まれている。


「俺はこいつらと同級生なんてなりたくねえぞ!」

「なら来週の追試、何が何でも乗り切る覚悟はあるか?」

「当たり前だ!」

「それじゃあ今日から源神社で勉強ね」


 遥も雪乃も、武の覚悟をしかと受け止めた。


「……は?」


 だが武は、雪乃の言っていることがわからなかった。なにゆえ源神社で勉強なのか。飛鳥も真桜も下級生だ。試験範囲が被ることなどあり得ない。


「学年末が終わったら、S級術式の開発をするつもりだったの。飛鳥君や真桜ちゃんだけじゃなく、さつき先輩も手伝ってくれることになったから、学校より源神社の方が、私としても都合がいいの」

「そ、そうなのか、飛鳥?」

「……何がですか?」

「……まだ落ち込んでんのかよ」

「飛鳥、落ち込むな。俺が本気を出せばこんなもんだ」


 沈む飛鳥とは対照的に、大河は余裕綽々だ。しっかりと結果を出している以上、文句も言えない。


「まあ大河君、別に歴史が苦手ってわけでもなかったしね。ただ納得できなかっただけで……」

「香奈もなんで、そこまで落ち込むわけ?」

「今回の歴史、いつも以上に良かったのよ!それでも雪乃に負けたのよ!これが落ち込まずにいられる!?」

「あ~……そんなに良かったんだ……」


 香奈は今回、歴史で92点という高得点だった。だが今回は、いつもなら平均点前後を彷徨っているはずの雪乃が、恐るべきことに97点という高得点を上げていた。自分史上最高点をマークしたにも関わらず、その上をいかれてしまってはショックも大きい。ましてやその相手が、わけのわからない理由でいつも棒に振っている雪乃なら尚更だ。


「まあまあ、香奈さん。こんなこともあるわよ」

「……その余裕が腹立つわね!」


 雪乃も大河同様、かなりの上機嫌だ。余裕すら感じられる。だが香奈としては納得できない。したくない。


「落ち付けって。佐倉と同じ理由で足引っ張ってただけなんだから、三条が本気だしたらこの結果もおかしくねえよ」


 仲裁に入るのは遥だ。苦労人である遥は、二学期の期末考査後も似たようなことをした記憶がある。だが考えては負けだし、早急に防衛線を構築しなければ、こちらにも被害が及ぶ。


「とりあえず飛鳥と氷川は放っとこう」


 遥はそう結論付けた。うかつに藪をつついて蛇、もといヒドラやオロチの類を出すことだけは避けなければならない。


「もしかして委員長、源神社でS級術式の開発を?」


 さゆりも同じことを考えていた。だがそれ以上に、雪乃が源神社を訪れる理由がある。あそこの鍛錬場は刻錬館以上の強度を誇っているし、学校で開発などしようにも、許可が下りるはずがない。


「ええ。学年末試験が終わったら、源神社の鍛錬場を使わせてもらうことになってたの。飛鳥君も真桜ちゃんもいるし、雅人先輩やさつき先輩も手伝ってくれるから」

「なんて恐ろしいアドバイザーなんだ……」

「委員長のS級術式も、とんでもないものになりそうですよね……」


 恐怖に震えたのは遥とさゆりだけではなかった。


「とりあえず、理由はわかったわ。それで追試っていつなの?」


 望があえて考えないよう努めながら、武に尋ねた。


「来週の火曜だ」

「火曜?なんで月曜日じゃないんですか?」

「知るか、そんなこと。俺としてはそんなことはどうでもいい」

「まあそうよね。この子達の同級生にならないように、頑張らないとね」

「おうよ!」


 なぜ火曜日なのかは疑問だが、この時代の追試は本当にお情けだ。もし追試でも赤点を取るようなら、容赦なく留年が決まる。例え推薦が決まった3年生であっても、例外ではない。武はかつてないほど本気で勉強に励むことを誓った。


――西暦2097年2月2日(土)源神社 母屋 居間――

「ごめんね、飛鳥君、真桜ちゃん」

「気にしないで下さい。部屋なら空いてますから」

「そうですよ。実践する場所なんてあまりありませんから、うちでよければいつでも来て下さい」


 雪乃は泊まり込みでS級術式の開発を行う予定だ。鶴岡八幡宮ならば事情を話せば研修道場を貸してくれるだろう。だが風紀委員長である雪乃は、そこまで時間を取ることができないし、一人ではいつまで経っても完成させることはできないと考えている。

 その点源神社は飛鳥と真桜の実家であり、鍛錬場も二人の刻印術に耐えうる強度を持っている。さらに飛鳥が自分と同じ水属性に適性を、真桜は苦手とする属性を持たないという特性を持つ。さらには複数属性特化型宝具の生成者である雅人とさつきも、よく源神社に顔を出す。ここ以上の場所はないと雪乃は思った。だから二人に頼み込んで、この土日は泊まり込むことにさせてもらった。


「それで委員長。概要は決まってるんですか?」

「一応ね。と言っても、こないだ飛鳥君が見せてくれたミスト・リベリオンを参考にさせてもらったんだけど」

「あれですか。けっこう処理能力に印子割かれますよ?」

「融合型の宝具でも、処理能力が足りないことってあるの?」

「カウントレスの場合、処理能力より発動速度の問題があるんです。刻印術って術式選択、刻印起動、思考設定、言霊認証の四工程が必要じゃないですか。でもカウントレスは思考設定と言霊認証の二工程で発動できるから、中途半端な術式だと逆に暴走するんですよ」

「ワンダーランドだと思考設定に問題がでてくるんですよ。領域内の対象を確実に設定しなきゃいけませんから。対象を設定しなければ大丈夫なんですけど、それじゃ無差別攻撃になっちゃいますし」

「それもそれで問題よね。融合型だから優れてるってわけじゃないのね」

「むしろ細かい設定とか調整が不可欠ですよ。そうしないと真桜の言う通り無差別に撒き散らしますし、暴走することも珍しくありませんから」


 融合型刻印宝具は確かに高性能を誇る。だがその反面、融合前の宝具よりも扱いにくいものになる。そのため不慣れな術式や開発中の術式は、生成者にも危険を及ぼすことがある。加減をしないのであれば目をつぶれる問題だが、そんな機会は滅多にない。そのために使用する術式は、レーシング・カーのようにシビアな設定や調整が不可欠であり、生成者が完全に制御できるまでは、何度も同じ作業を繰り返すこととなる。飛鳥も真桜も、初めて刻印融合術を発動させた日からずっと日課としている。


「困ったわね。融合型でそんなことになってるんじゃ、私の宝具じゃ無理かも知れないわ」

「設置型は処理能力が他とは段違いって話ですけど、とりあえずやってみないと何とも言えないですね」


 設置型刻印具は処理能力が他の型とは段違いだ。ライフラインやインフラに使用されている生活型刻印具も、そのほとんどが設置型だ。膨大な情報を処理するためには、どうしても能力が足りないのだから、それは仕方がない。西暦2015年頃に発売された携帯電話とパソコンの差と言えば、わかりやすいかもしれない。

 ホログラムのようなキーボード、三つのモニター、右側には刻印具やコンピューター、記録メディアの接続用端末、左側にはサブモニターと各種メーターが表示され、他にも何かツールが収納されているようだ。それを数本のワイヤーのような物で接続している形状が設置型刻印宝具ワイズ・オペレーターであり、まさに大型のコンピューターを装備しているような宝具だ。ほぼ間違いなく、刻印具よりも高い処理能力があるだろう。雪乃自身も、処理能力が大幅に上がっていると言っていた。むしろ雪乃の場合、攻撃系への適性がないことが問題だろう。必然的に除外せざるを得ないのだから。


「それでどんな術式を考えてるんですか?」

「一つは探索系対象防御術式、もう一つは対象干渉系よ」

「いきなり二つも開発するんですか!?」

「さすがにそれはないわよ。あくまでも候補よ。広域系を使うのは同じだけど、私は探索系以外だと防御系に適性があるから、どうしてもね。それにワイズ・オペレーターは設置型っていう特性上、攻撃にも防御にも不向きでしょう?」

「だからまずは防御系を、ってことですか?」

「広域系と干渉系を使うところは、確かにミスト・リベリオンに似てますね。だけど探索系と防御系を組み合わせる発想はなかったな。でもそれじゃ、どうして対象干渉系を?」

「私に合うかわからないから、かな。本当は対人系の術式なんて開発したくないんだけど、今までの事件があるから、どうしても必要になるだろうし……」

「つまり保険として、ですか?」

「ええ。だから候補として、考えてみたの」

「なるほど。わかりました。それじゃ、どっちからやってみますか?」

「探索系からお願いしてもいいかしら?やっぱりまずは、得意系統から試してみたいから」

「わかりました。それじゃ鍛錬場へ行きましょう」


――西暦2097年2月3日(日)源神社 鍛錬場――

「すごいですね、ワイズ・オペレーターの処理能力って」

「本当ね。カウントレスやワンダーランドよりすごいかも……」

「そんなことはないと思うんだけど……」


 雪乃が源神社に泊まり込んで二日目、設置型刻印宝具ワイズ・オペレーターの処理能力の高さに、飛鳥も真桜も驚いていた。


「俺は武装型と消費型、真桜は武装型と携帯型を融合させてるわけですから、やっぱり処理能力はワイズ・オペレーターの方が高いですよ」


 融合型刻印宝具は全ての刻印宝具を凌駕しているかと言えば、そんなことはない。融合型宝具は融合させる宝具の特性を継承、強化させている。

 だが刻印宝具は様々な形状が存在しており、雪乃のワイズ・オペレーターは処理能力に特化している。戦闘能力は皆無に等しいが、それを処理能力で補うことは可能だ。処理速度が早く、処理能力が高ければ同時に複数の術式を行使することも容易となる。


「ですが処理能力はすごいですけど、問題は防御系ですね」

「ですね。探索系と広域系に処理能力が割かれるのは当然としても、あれはちょっと……」

「そうよね……」

「三人で何を悩んでるのよ?」


 三人が頭を悩ませているところに、さつきがやってきた。雅人の姿が見えないが、中華連合と過激派の動きに警戒しなければならないため、軍務に駆りだされているのだろう。


「あ、さつきさん」

「こんにちは、さつき先輩。私のS級について考えてもらってたんですけど、大きな問題がありまして」

「ああ、なるほどね。確かに悩むわよね。あたしも苦労したもん。で、何が問題なの?」

「実は……」


 雪乃の広域探索系対象防御術式はワイズ・オペレーターの処理能力もあり、思ったよりも高い精度で使えそうだった。

 だが問題となっているのは、防御系術式の脆さだ。探索系と防御系に適性がある雪乃だが、生活型刻印具の火を消すことさえできなかった。さすがにこれは想定外であり、一から術式の見直しを図らなければならなくなっている。

 話を聞いたさつきも、さすがに表情を歪めた。適性以前の話なのだから、それも当然だ。


「それは大問題よね。処理能力を割きすぎたってわけでもないんでしょ?」

「はい。むしろ余裕がありますから、同時に数ヶ所で展開できるんじゃないかなと思ってました」

「ドルフィン・アイとスプリング・ヴェールを組み合わせた感じだけど、特に問題は感じないのよねぇ。そもそも探索系って、広域系とは微妙に違うし」

「そうなんですよね。あっ!」

「ど、どうしたんですか?」

「盲点だった……。確かにそうですよ、委員長」

「なんで気付かなかったのかしら。そうよ。さつき先輩の言う通り、探索系は広域系じゃないわ!」


 飛鳥と雪乃は同時に気付いた。だが真桜もさつきも、何が何だかわからないという顔をしている。


「飛鳥、どういうことなの?」

「広域系と探索系の定義は知ってるだろ?」

「そりゃ基本だもの。広域系は術師の指定領域内の空間に作用する術式で、探索系は対象の監視や巡回、探査のために感覚を広げる術式じゃない。あっ!」

「あ~……そういうことか。確かに盲点ね……」


 真桜もさつきもようやく気付いた。条件次第では、探索系は広域系以上の範囲に展開できる。対象が近距離に留まるとは限らないのだから、それを追うためには当然術師との距離も離れる。だが対象を指定しているため、術師の練度によってはかなりの長距離でも精度は変わらない。


「つまり雪乃先輩の術式は、広域系と探索系が相克関係を起こしちゃってたってことなのね」

「そういうことだ。委員長は探索系と防御系に適性があるけど、どちらかといえば探索系が高い。だから防御系に異常が出たんだろうな」

「広域系の補助で探索系を使うことはよくあるけど、その逆って聞いたことないもんね。実際、あたし達も誤解してたわけだし」


 系統の相克関係は属性のそれより複雑だ。刻印術は等級を問わず、術式として完成されているため、ほとんどの術師は系統相克など気にしない。そもそも気にする必要性がないと言ってもいい。むしろ属性相克の方が問題だ。

 だがS級術式を開発するには、系統相克が重要になる。その過程で初めて、系統相克に気がつく者も多い。広域系と探索系を組み合わせた術式も確かに存在する。だがその術式は、領域内の対象を探索する術式であるため、系統相克を起こすには至らない。雪乃の術式はそこに対象防御系術式を組み込んだ形になるため、領域を設定していなかった。広範囲を対象とする術式に変わりはないが、広域系は領域を指定しなければ効果はない。同時に対象が指定されないことにもなるため、防御系術式が発動しなかった。それが先程の結果だった。


「でも困ったわ。広域系の内部だけに設定するか、それとも広域系そのものを使わないようにするか、どっちがいいのかしら……」

「概要だと広域系を使わない方がいいんだろうけど、そうすると探索系と対象系に割かれますよね。ワイズ・オペレーターなら大丈夫だと思いますけど」

「どっちも試してみるしかないでしょうね。まだ系統相克がないと決まったわけじゃありませんし」

「可能性を一つずつ潰していくしかないもんね、S級開発は」

「わかりました。広域系と探索系が系統相克を起こしやすいことがわかっただけでも収穫ですし、ゆっくりやっていくことにします」

「それがいいわ。焦ってもいい術式はできないからね」

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