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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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5・ワイズ・オペレーター

――西暦2097年1月13日(月)PM4:15 源神社 境内――

「お、帰ってきたな。どうだった?」

「大河。悪いな、神社のこと頼んで」


 飛鳥、真桜、さつき、雅人は京都で一泊してから鎌倉に帰ってきた。四人が連盟に呼ばれたこともあり、美花とさゆりには泊まり込みで、大河には朝から神社の仕事を頼んでいる。だが他にも知った顔があった。


「おかえり、真桜ちゃん、飛鳥君。また何か面倒事に巻き込まれたって聞いたけど、大丈夫だったの?」

「香奈先輩?もしかして、先輩も手伝ってくれたんですか?」

「ええ。みんなも来てるわよ」

「みんなって、もしかして風紀委員ですか?」

「ええ。勝手に泊めさせてもらったけどね」

「それぐらいは別に構わないですよ。それよりすいません、お手数をおかけしました」


 まさか風紀委員が手伝ってくれているとは思わなかった。好意で手伝ってくれたのだから、宿泊ぐらいで文句を言うつもりはない。


「けっこう楽しかったわよ。ところで何の用で連盟に呼ばれたの?」

「すいません、それはまだ話せないんです。ちょっと問題が大きすぎるんで」

「そんなデカい問題なのかよ。まあお前らが揃って呼ばれるだけで、それは簡単にわかるけどよ」


 大きな問題だということは、香奈にも理解できる。融合型、複数属性特化型の生成者が揃って呼び出されるなど、ただ事ではない。それだけで十分非常事態だ。


「ところで雅人先輩とさつき先輩は?」

「一度家に帰ってます。また後で顔を出すって言ってましたけど、さすがにみんなが来てることは知らないんじゃないかと」

「でしょうね。それにしてもここの鍛錬場ってすごいわね」

「頑丈さだけなら、横浜の総合刻印館にも負けないと思ってますよ」

「言ったじゃないスか。こいつらを基準に作ってるから、そんじょそこらの施設より頑丈だって」

「ホントにそうよね。エリーが喜んでたわよ」

「正岡先輩が?何かあったんですか?」

「正岡先輩、まだ自分の適性属性と系統がわからないって言ってたろ。それがやっとわかったんだよ」


 大河と美花は鍛錬場をよく使っていた。今も時々、使わせてもらっている。勝手知ったるなんとやら、とはよく言ったものだ。飛鳥も真桜も、その程度のことで怒るつもりはない。むしろ使うだろうことはわかっていた。それも込みで頼み込んだのだから。


「そうなの?それでどうだったんですか?」

「あの子、けっこう凄いわよ。火属性の攻撃系特化だったわ。美花に借りた刻印具から、簡単にクリムゾン・レイを使ってたもの」

「いきなり使ったんですか!?」

「ああ。制御も完璧だったな。美花より上手かったぞ」


 エリーは自分の適性属性、系統がわからないことを悩んでいた。それもあって普段は属性は問わず、支援系、干渉系をメインに使っていた。だが気まぐれで美花から借りた刻印具によって、ようやく自分の適性がわかった。本人的には支援系と干渉系に適性があると思っていたようだが、実際はまさかの攻撃系だった。


「すごいな、それ。ということは近い内に試験を?」

「そうみたいだけど、何を受けるかで迷ってるわ。干渉系にもけっこう高い適性持ってたからね」

「確かに特化してますね。でもそれじゃあ、防御系が弱いんじゃ?」

「他にも支援系と探索系が弱かったわね。本当に攻撃特化って言葉がピッタリだったわ」

「確かに偏ってますね。でも正岡先輩、探索系はともかく、支援系の術式を多めに習得してませんでしたか?」

「だから頭抱えてるのよ。適性が低いって言っても、それなりの頻度で支援系を使ってたわけだから、防御系や探索系より練度は高いわけだし」

「ああ、なるほど。組み込む術式に困ってるわけですね」


 一緒に巡回することが多かった真桜はよく知っている。エリーは支援系、干渉系を多く習得している反面、攻撃系術式をほとんど習得していない。適性が低いと思っていたこともあるが、あまり好みではなかったからだ。それは本人から聞かされていたから間違いない。だが攻撃系に適性があるなら話は別だ。


「そうなの。だから飛鳥君と真桜ちゃんが帰ってくるのを待ってたのよ」

「俺達を?雅人さんの方が向いてると思いますけど?」


 飛鳥は水、真桜は風に適性がある術師だ。特に真桜は、苦手属性を持たないという生来の特性がある。だから全ての属性をバランスよく習得している。苦手の探索系だけは風属性に絞っているが、それも適性が低いわけではない。

 だが火属性に関しては火属性に適性をもつ雅人の方が適任だ。しかも生来の特性として、苦手とする系統がない。属性は適性が低くても使えないわけではない。問題となるのは相克関係ぐらいだろう。だが系統は、適性が低ければそれは顕著に術式に表れる。例えば広域系は、広範囲に作用するから広域系と言うのであって、適性が低ければ範囲は狭くなる。大は小を兼ねるが、逆はない。

 だが雅人には、これが当てはまらない。苦手とする系統がなければ、属性の相克関係だけが術式を覆す唯一の手段となる。だからこそ雅人は、世界でも有数の刻印術師として名を馳せていると言える。


「さつき先輩が怖くて頼めないって言ってたわ。説得力も納得力もあったから、何も言えなかったけど」

「あ~……」


 確かに説得力も納得力もある。雅人なら快く引き受けてくれるだろうが、背後でさつきが殺気を撒き散らすだろうことも想像に難くない。


「正岡先輩もすごかったけどよ、もっとすごいことがあったんだよ」

「もっとすごいこと?何があったんだよ?」

「さつき先輩と雅人先輩が来たら教えるわ。それより荷物を置いてきたら?」


 言われて自分達が帰ってきたばかりだということに気が付いた。一泊だけだったから大荷物というわけではない。しかも自分達に与えられた役目は要人警護だ。なるべく軽装で来るよう指示されてもいた。


「そうでした。それじゃ荷物を置いてきますね」

「大河、みんなはどこにいるんだ?」

「美花と森先輩は社務所だけど、他のみんなは鍛錬場だよ。せっかくだからってことで、みんな遠慮なく刻印術をぶっ放してるぞ」

「壊してないだろうな?」

「お前じゃあるまいし、そんなことするわけないだろ」

「うるさいよ。帳簿に問題あったら、開発中のS級術式の実験台にしてやるから覚悟しとけよ」

「殺す気か、お前は!」


 飛鳥のS級術式といえばミスト・インフレーションだが、実はまだそれだけしかない。

 だから飛鳥は、以前から新しいS級術式を開発していた。最近ようやく形になってきたところだ。まだテスト段階だが、そんなものの相手をさせられるなど、命がいくつあっても足りない。事実ミスト・インフレーションは、水や土属性に高い適性を持つ術師でさえも防ぐことは難しい。

 帳簿のミスは飛鳥の方がはるかに多い。むしろ大河はそれを直しさえしていた。それを新S級術式などで返されては、割に合わないどころの話ではない。

 大河は今度、必ず何かを奢らせることを心に誓った。


――PM5:45 源神社 鍛錬場――

「香奈。あたし達を待ってたって聞いたけど、エリーの適性以外で何があったの?」

「まあまあ、そう慌てないで。ね、雪乃?」

「そこまでのことでもないと思うんだけど……」

「何言ってやがる。大事じゃねえか。早く見せてやれよ」

「雪乃?まさか、あんた!」

「えっと、はい」


 さつきの予想通り、雪乃は右手の刻印を発動させた。印子が集まり、雪乃の全身を巡り、形を成した。


「刻印宝具!?雪乃先輩、生成できたんですね!」

「おめでとうございます、委員長」

「ありがとう。これも飛鳥君のおかげよ」

「俺の?何かしましたっけ?」

「ドルフィン・アイの拡張性を教えてもらうまで、私はずっと悩んでたの。私は攻撃系への適性が皆無と言っていいほど低いし、一番適性のあった探索系も思うように使えなかったの。だから空気中の水分を使うっていう発想はなかったわ。だけどそれを教えてもらってから、私は前よりずっと高い精度で刻印術を使えるようになったわ。探索系だけじゃなく、他の系統も。委員長になってからも何度も助けてもらったし、おかげで自信を持つこともできたわ。だから私は、この“ワイズ・オペレーター”を生成できたの」

「へえ。やるじゃない、飛鳥」

「別に俺は……」

「ふ~ん……飛鳥ったら、雪乃先輩に手を出してたんだ……」

「待て、真桜!それは誤解だ!」

「じゃあなんなのよ?」


 飛鳥を見る真桜の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。誰がどう見てもヤキモチだ。


「水属性に探索系って、俺と似た適性持ってるから親近感があったんだよ!それだけだって!」

「本当に?」

「本当に」

「誓って?」

「誓って」

「真桜ちゃん、心配しなくてもとったりしないから安心して」

「先輩……。わかりました。飛鳥」

「わかってるよ。今度買ってくる」

「はぁ……。なんか疲れたな……」

「胸やけがすごいわね……」

「いつものこととはいえ、こればっかりは慣れないわよね……」


 真桜が飛鳥にヤキモチを焼くことは、実はけっこうある。委員会の女子は全員焼かれたことがあるし、美花にいたってはしょっちゅうだ。その度に飛鳥がなだめることになるわけだが、どこからどう見ても恋人同士の些細なやり取りにしか見えず、ケンカにすら見えない。最終的には甘ったるい空気が流れるため、何度も見た光景とはいえ、毎回胸やけを起こす。別の意味で夢に出てくる。雅人とさつきにはそれが微笑ましい光景に見えるため、逆に暖かい目で見守っている。

 耐えかねた武が一度だけ冷やかしたことがあるが、真桜の殺気に土下座する勢いで謝っていた。それ以来誰も、何も言うことができずにいる。

 だが今回は予想外の援軍がいた。


「それにしても設置型の宝具なんて、初めて見たわ。宙に浮かぶキーボードに複数のモニター、それにメーター?雪乃らしいっちゃらしいけど」

「俺も初めて見たな。設置型と言えばどうしても大型と思いがちだけど、こんな形もあるんだな。それで、S級術式はどうするつもりなんだい?」

「さすがにそこまでは。昨日生成できたばかりですから」

「確かに昨日の今日じゃ、簡単には思い付かないわよね。そうだ、飛鳥。あんたの開発中の術式って、もしかしたら雪乃の方が効果的に使えるんじゃないの?」

「あ~、確かにそうかも」

「え?飛鳥君、新しいS級術式の開発をしてたの?」

「ええ。さすがに一つだけじゃ心許ないですから。それに俺だけじゃなく、真桜も雅人さんも開発中ですよ」

「飛鳥、見せてあげたらどうだ?」

「それはいいですけど、加減できませんよ?」


 飛鳥が気にしているのは術式の概要を知られることではない。まだ調整中のため、先輩や同級生達を巻き込む可能性が高いからだ。宝具を生成したばかりの雪乃も難しいだろう。


「それはあたし達で何とかするわよ」

「わかりました。それじゃやりますから、なるべく離れてて下さい。大河、的出してくれ」

「はいよ。何個だ?」

「とりあえず五個でいい」


 そう言うと飛鳥は、リボルビング・エッジを生成した。


「カウントレスじゃなくていいのかい?」

「あれだとまだ制御できません。こないだ危うく暴走させるとこでしたから」

「それも仕方ないか。それじゃこっちはいいわよ」

「わかりました。ミスト・リベリオン!」


 全員が下がったことを確認すると、飛鳥はまだ開発中の術式の言霊を唱えた。すると五つの的が結界に包まれた。


「なんだ?広域術式?」

「干渉系じゃない?」


 結界内の的は、水分を蒸発させ、内部からの圧力によって全て粉々に吹き飛んだ。水分全てを失った的の欠片は、鍛錬場のあちこちに飛び散り、真桜達にも降りかかっている。


「うおっ!」

「もう!危ないじゃない、飛鳥!」

「わ、悪い!失敗した!」

「失敗だぁ!?」

「何を失敗したの?」

「本当は領域内の水を蒸発させるだけのつもりだったんです。だけど膨張した圧力を制御できなくて」

「それで的が吹っ飛んだのか。ん?ちょっと待て。それってミスト・インフレーションの広域系ってことじゃないのか?」

「それも視野にいれてますけど、探索系も使ってるんでそれは副次的なものです。広域対象干渉系結界術式として開発してるんで」

「それってA級の代わりってことか?」

「はい。世界樹型はすぐに探知されますし、何度も注意されてるんで。惑星型は結界術式としてだけならともかく、何かするとすぐに難度が上がりますから、その代わりにと思いまして」


 惑星型は攻撃や防御だけではなく、幻惑術式としても結界術式としても高い効果を持つ。だが使った瞬間、一気に印子消費量が増える。そのためすぐに印子監視網に引っ掛かる。

 世界樹型とはヴァナヘイムやニブルヘイム、アルフヘイムなどの北欧神話の世界名を付けられた広域対象系術式を指す。だがこちらは、結界としての効果も高いが、印子の消費量を抑えることができない。対象術式の常として、膨大な処理能力と印子を使うからだ。


「また物騒なこと考えてやがるな。じゃあ何か?そんなとんでもない術式を、C級並の印子で使おうってのか?」

「理想はそれですね。でも見てもらった通り、まだ制御できてませんが」

「私も似た術式を開発してますけど、どうしても印子を抑えることができないんですよね。やっぱり無理なのかなぁ」


 飛鳥も真桜も、かなり真剣に悩んでいる。実際、開発にかなりの時間をかけながら、まだ完成にこぎつけることができていないのだから、仕方のないことだろう。


「その発想がおかしいだろ……」

「普通ならできないって言いたいところなんだけど……」

「こいつらならやりかねないな……」


 だが先輩方の反応は逆だ。広域系ミスト・インフレーションに見えた術式をC級相当にするなど、普通は考えないし、思いつかない。普通の術師が考えたのなら鼻で笑うだろう。だが飛鳥と真桜ならば話は別だ。この二人なら本当にやりかねないと思えてしまう。


「雪乃、参考になった?」

「さ、参考も何も……考えたこともないですよ、あんな術式……」

「それが普通ですって。どう低く見積もっても、B級クラスの術式ですからね。それをC級にするなんて、無茶にも程がありますよ……」


 さゆりの言葉も呆れが混じっている。先輩達の言う通り、その発想がありえない。


「でもS級術式の開発って初めて見ましたけど、本当に大変なんですね」


 久美も同意見だが、S級術式の開発を見たのはこれが初めてだ。刻印術師ならば誰でも、S級術式開発に興味はある。だが切り札ともなる術式の開発でもあるため、普通ならば見ることなどできない。それだけが理由ではないが。


「さっきのミスト・リベリオンでしたっけ?あれもちょっと加減間違えたら、俺達も巻き込むんでしょ?」

「簡単に巻き込むわね。だから一人、もしくは生成者同士で開発するかしかないのよ。宝具によって強化された生体領域と宝具の印子があればなんとか防げるけど、それでも事故がないわけじゃないからね」

「事実、開発中に亡くなった術師も多い。ミスト・リベリオンも飛鳥が制御できてきているから見せることができただけであって、開発初期は俺達だって危ないと思ったことが何度もあるよ」

「え?でも飛鳥の奴、制御できてないって言ってましたよ?」

「C級相当の術式を想定して使ったからね。実際飛鳥も真桜ちゃんも、A級相当の術式としてなら完成してると言えるよ」

「つまり術式のランクを落とすために、逆に難易度上げちゃってるんですね」


 高精度、高難度の術式は処理能力や制御能力も高い。飛鳥のミスト・リベリオンもその例に漏れない。本来ならばA級相当であり、最近ではようやくB級相当までランクを落とすことができるようなってきた。それでも制御に失敗することがある。にもかかわらず、C級相当術式として使用するなど、現時点では夢のまた夢だ。

 だからS級術式の開発は一朝一夕でできるものではなく、多くの生成者が日夜頭を悩ませている。


「考えるだけで頭痛くなってくるな」

「というかあんた達、あんまり驚いてないわね」


 この場の誰もが、ミスト・インフレーションの恐ろしさを知っている。渡辺修治の右腕を吹き飛ばしたところしか見たことはないが、あの時は渡辺の右腕にのみ対象が設定されていた。肉体や物質の一部のみに対象を設定することは高等技術であり、使用した術式に習熟していなければ不可能だ。だから対象指定をしなければ、ミスト・インフレーションが容易に渡辺の命を奪ったことは想像に難くない。そんな術式の広域系ともなれば、それだけで驚愕と恐怖に値する。だからあまり驚いた様子がない後輩達に、さつきは少しだけ首を傾げた。


「もう飽きましたよ。飛鳥が失敗したって言ったのは驚きましたけどね」

「今更ですからね。慣れちゃってる私達もどうかと思いますけど」

「あれだけ立て続けに、非常識な光景を見せ付けられましたからね」


 納得である。ミスト・インフレーションだけではなく、真桜のシルバリオ・ディザスター、雅人の氷焔合一、そして自分のエンド・オブ・ワールドというS級術式を見てしまったのだから、どれほど驚異的な術式を開発しようと、それだけでは動じない。融合型刻印宝具の衝撃に、そうそう勝るものはない。この場の誰もがそう考えていた。


「私が刻印宝具を生成できたのは、さつき先輩や雅人先輩はもちろんですけど、やっぱり飛鳥君と真桜ちゃんの存在が大きかったと思います。もしかしたらさゆりさんと久美さんも、遠くない内に生成できるんじゃないかしら?」


 雪乃は飛鳥と真桜のおかげでワイズ・オペレーターを生成できたと思っている。二人がいなければ、術師としての自信を取り戻すことなどできなかっただろう。それは自覚していたことであり、いつも悩んでいたことだった。だから二人の同級生であるさゆりと久美も、在学中に宝具生成ができるのではないかと思える。


「委員長を見てるとそんな気にならなくもないですけど、やっぱり無理ですよ」

「そうですよ。どれだけ才能があっても、どれだけ努力しても、一生生成できない術師の方が多いんですから」


 久美の言う通り、刻印宝具は簡単に生成できるものではない。才能があっても、努力をしても、その両方があっても、できない術師の方が圧倒的に多い。生来の刻印と同調して初めて、刻印術師は刻印宝具を生成することができる。

 同調する条件は人それぞれだ。雅人とさつきは、飛鳥と真桜の盾としての役目を幾度も自覚することで、ようやく生成できた。飛鳥は真桜を、真桜は飛鳥を想い、生成に成功した。そして雪乃は失った自信を取り戻し、そのために力を貸してくれた全ての人達に心から感謝することで、生成することができた。


「だからって諦めてるわけでもないでしょ?」

「宝具生成を諦めた刻印術師っているんですか?」


 同調する条件はわからない。だが術師としての誇り、それがなければ絶対に宝具生成はできない。それだけは断言できる。だからさつきは、久美の返答に心から満足した。


「ごもっとも。それじゃ今日は、雪乃の宝具生成のお祝いしましょうか」


 そう言いながら視線は雪乃ではなく、雅人に向けられた。意味するところは一つしかない。


「いいけどね。飛鳥、電話してくれ。出前を頼もう」

「さすが雅人さん!太っ腹!」

「い、いえ!そんな大袈裟なことをしてもらわなくても!」

「大袈裟なことじゃないか。この三人はちょっと特殊であれだから、実質的に高校生の生成者は三条だけと言ってもいい。世間に誇れることだと思うよ」

「あれってどういう意味よ?」

「そうですよ。人外扱いしないでください」


 真桜とさつきの目が険しくなる。当然だ。特殊であれ、など、明らかに人外扱いだし、女の子に言うセリフではない。だが雅人はそこまで迂闊ではない。


「飛鳥と真桜ちゃんは融合型、さつきは複数属性特化型じゃないか。それが特殊だって言ったんだよ」


 雅人は真桜とさつきの追及を、宝具の特性であっさりと回避してみせた。この程度で怯んでいては、この二人と付き合えない。伊達に長年の付き合いではない。


「上手い……」

「さすがだ……」


 だが後輩達から見れば、それは羨望の的だ。真桜相手だけでも無理なのに、その上さつきも同時に相手するなど、地獄の鬼を相手にするほうがまだマシだ。下手をすれば、女子全員の批難の視線にさらされるだろう。雅人に尊敬の眼差しが集まるのもわからないでもない。


「いまいち納得いきませんが、これから奢ってもらうわけですから追求しないことにします。特上でいいですよね?」


 飛鳥としても納得できてはいない。だが自分で言った通り“今回も”雅人の奢りだ。ならば多少のことは目をつぶるのも大人の対応だろう。さりげなくランクを上げたのはささやかな報復だ。


「好きにしてくれ」


 雅人は苦笑するしかなかったが、後輩の宝具生成を祝うことに異論はない。久しぶりに聞くいいニュースなら尚更だ。それは雅人だけではなく、この場の全員が共有する思いだった。

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