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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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3・使者

――西暦2097年1月2日(日)中華連合 河南省 某所――

「いいか。貴官が希望だ。必ず伝えるのだぞ」

「ですが、閣下!自分だけ行くなど、できません!こうなってしまった以上、自分も!」

「それだけはいかん!貴官の力は後々必ず必要になる!それに連中の暴走を引き起こしてしまったことは、我々にも責任がある。貿易や交渉を有利にするためテロリストを黙認してきた……。その結果がこれだ」

「……はい。国のためと思い、自分も見て見ぬふりをしていましたが、やはりテロなど、すべきではなかった……」

「そうだ。テロでは何も変えられん。むしろかの国に警戒心を植え付けるだけになった。そしてついに連中は、元首達の暗殺という凶行に走った。それだけではなく、すでに連合政府内部にも、連中の魔手がのびている。このままでは我が国は世界から孤立するだけでは済まないだろう」

「それは自分も承知しています。ですが、だからといって自分だけなどと!」

「貴官だからだ!我が国有数の刻印術師である貴官以外に、適任など存在しない!真に国を思うなら、日本へ行け!」

「……わかりました。閣下、ご武運を!」

「貴官もな。ワン 星龍シンロン中尉」

「はっ!」


――同時刻 中華連合 北京 中華行政政府――

「圓大人、元首就任、おめでとうございます」

「まだ不穏分子がいる以上、手放しでは喜べん。だが礼を言っておこう。それで、王星龍はどうしている?」


 中華連合暫定元首から正式な元首へと就任したユアン 鷲金ジュジンは、北京にある行政政府元首室に腰を降ろしていた。積年の想いが叶ったというのに、圓の顔に笑顔はない。彼の懸念はまだ潜伏しているであろう穏健派の存在だった。


「残念ながら消息不明です。ですが圓大人が正式に元首に就任されたこともあり、大っぴらに軍や警察を動かすことができるようになりました。既に手配は済ませてあります」

「わかった。だが油断するな。王星龍は優秀な術師だ。刻印宝具こそ生成できないが、その実力は侮れるものではない」

「心得ております。幸い我が方には、宝具生成者もおりますゆえ、奴を取り逃がすことはないでしょう」

「奴の逃亡先は国内ではない。香港か、もしくは日本かだ。万が一奴がどちらかの国に逃亡した場合、我々の足下をすくわれかねん。人選は問わん。必ず始末しろ」

「はっ」

「いや、待て。逃亡先が日本ならば、しばらくは泳がせろ。その方が後々都合がよくなるかもしれん。連中も動きやすくなるだろうからな」


 強硬派にとって許せないのは、かつては自国の領土だった香港が独立を果たし、台湾が日本と合併したことだ。だが香港はA.S.E.A.N.に加盟し、日本とも同盟を結んでいる。どちらも国際条約によって正式に締結されているため、いかな強硬派といえど、迂闊な真似は世界を敵に回すことになると理解している。

 だが世界を敵に回さず、目的を達成する方法がないわけではない。その一つがマラクワヒーをはじめとしたテロリストの暗躍だ。現在日本を騒がせている多くのテロリストは中華系だが、アジア系、アラブ系のテロリストもいないわけではない。その中には香港系のテロリストも存在する。それだけで日本と香港の関係が崩れるわけではないが、同時に偽情報を流すことにより、世間の目と耳を惑わすことはできる。

 しかも都合がいい事に、刻印術の優位性を唱える団体が支援までしてくれた。これは強硬派にとっても予想外のことで、日本が内部分裂を起こしかけていると見る者もいる。そのため強硬派は、日本への干渉を強める方針を選択した。日本が内部分裂を起こせば、どちらが勝とうと、必ず国力も軍事力も低下する。無論、刻印術師もだ。そうなれば日本を制圧することも可能となる。日本を制圧すれば、A.S.E.A.N.やアジア共和連合もひれ伏す。USKIA、ロシア、ユーロといった強国とさえも互角以上に戦える。中華連合はその名の通り、世界の中心となる。そのためには穏健派を消さなければならない。

 そのために何年も前から準備を進めているが、準備が良くても、実行できなければ意味がない。だが焦っては元も子もない。失敗は自分達の死を意味する。穏健派の暗殺という強硬手段を取ったことも、時が来たと判断したからだ。中華連合はその名の通り世界の中心でなければならない。そのためにはまず香港、そして日本だ。圓鷲金はまだ見ぬ世界制覇の夢を見ながら、黒い笑みを浮かべた。


――西暦2097年1月7日(月)PM12:20 材木座海岸――

 今日から三学期が始まる。だがある意味では学業どころではない。先日日本政府は台湾の返還要請を、香港政府は解散要請をそれぞれ拒否した。そのため中華連合との関係は悪化し、状況は予断を許さなくなってきている。いつ中華連合が宣戦布告を行ってもおかしくはない。香港が加盟しているA.S.E.A.N.が中華連合との戦争準備を開始したと、先日のニュースで報道され、意外なことにロシアも動いているとの噂がある。

 中華連合としてもA.S.E.A.N.はともかく、ロシアは想定外だった。ロシアは軍事力こそ強いが、未だ内政が不安定のため、干渉してくる余裕はないと思われていたからだ。西のアジア共和連合は傍観するようだが、それもいつまで続くかわからない。アジア共和連合と中華連合は、犬猿の仲として有名だからだ。最悪の場合中華連合は、四方から攻められることとなる。だからこそ、そこに隙が生じ、男は海路で日本に潜入することができた。とは言っても船上で刺客に襲われ、乗客の安全を確保するために航路上で強制的に下船せざるを得なかったが。


「ここは……どこだ?あの船は横浜に向かっていたはずだから、そんなに離れてはいないと思うが……」


 幸いというべきか、男は風属性に高い適性を持っているため、風性B級広域系結界術式オゾン・ボールによって海中を進むことができた。その名の通り酸素の球を作り出すこの術式は、海水に含まれている酸素を集め、その中に入ることで水中でも呼吸を確保することが可能だ。さすがに水圧には勝てないが、そこまで深く潜らなければいいだけの話だ。


「まずは所在の確認が優先か。だがこんな時期に海に来ている人は……さすがにいないか。あの建物なら誰かいそうだが、迂闊に侵入するわけにはいかないな。どうしたものか……」

「お兄さん、何かお困り?」

「何!?誰だ!?」


 男が考えを巡らせていると、声が響いた。


「女?何故こんなところに……。いや、丁度いい。聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」


 訪ねながらも警戒を解いてはいない。何故ならすさまじい殺気が放たれているからだ。


「聞きたいことねえ。答えられることでよければいいんだけど」

「ここはどこだ?」

「……え?」


 男の質問は予想外のものだった。だから声の主――さつきは呆気にとられてしまった。


「だからここはどこか、教えてもらいたいんだ。私は横浜に向かうはずだったんだが、予想外の事態でここに来てしまった。だが場所がわからなくて途方に暮れてしまっていたところだ」

「ご丁寧にどうも。予想外だったからびっくりしちゃったけど、それなら答えられるわ。ここは鎌倉。横浜の隣よ」

「鎌倉?確か源頼朝という将軍がいた地か」

「詳しいわね。ならこっちからも質問させてもらうわ。あんた何者?予想外の事態って言ってたけど、それがここに辿り着く理由がわからないわよ?」

「失礼した。私は王星龍。中華連合陸挺軍中尉だ。連合上層部の息のかかった者に命を狙われ、命からがらここまで辿り着いた」

「中華連合?それに命を狙われたって……どういうことなの?」

「私は陸挺軍将軍の命を受け、日本刻印術連盟に現連合政府の暗躍を告げるために遣わされた。そのために命をかけて、日本までやってきたのだ」

「……あんたの言い分はわかったわ。だけどいきなり言われても、はいそうですか、って信じられるとでも思う?」

「もっともな話だ。だから武装を解除する。監視をつけてもらっても構わない。私を刻印術連盟まで連れて行ってほしい」


 いきなり信じてもらおうとは、さすがに星龍も考えていない。むしろ信じられたら、そっちの方が戸惑っただろう。さつきも星龍が本気だと理解した。だから殺気は収めたが、戦闘態勢は維持したままだ。


「……あたしの一存で決められることじゃないわ。刻印管理局に委ねることになると思うけど、それでいいかしら?」

「刻印管理局?ああ、日本軍の刻印術師を管理している部隊のことか。それで構わない」

「そう。じゃ、武装解除……って言いたいとこだけど、そこにいる人達も知り合いかしら?」


 さつきは星龍の背後に忍び寄っている影を見逃してはいない。星龍も気付いている。だから少しも慌てていない。


「いや、敵だ」

「だってさ、雅人」

「何?」


 言うが早いか、さつきの言う、そこにいる人達は炎に包まれた。


「これは……ジュピター!?まさか私がここに来たときから!」

「あなたが中華連合の王星龍だったのか」

「お前は……久世雅人!?なぜこんなところに!?」


 星龍が驚いたのは自分を狙った刺客でも、刺客を撃破した術式でもない。久世雅人という存在に驚いていた。


「やっぱり雅人のことは知ってたか。別に不思議でもないけど。それより雅人。この人、知ってるの?」

「ああ。中華連合でも五指に入る刻印術師と言われている。だが確か、宝具生成はできなかったはずだ」

「久世雅人に名前を覚えていただいていたとは光栄だな。その通り、私は刻印宝具の生成はできない。仮にできたとしても、久世雅人に勝てるとは思えないがね」

「ご謙遜を。それより目的地が刻印術連盟ということだが?」

「その通りだ。だが私が中華連合の人間だということも事実。今の情勢下で、すぐに信用してもらえるとは思っていない。軍の取り調べでも何でも受ける覚悟はある」

「潔い人ね。どうするの、雅人?」

「さつきの言う通り、俺達の一存では決められない。申し訳ないが刻印管理局へ連行させてもらう。悪いようにはしない」

「わかった。だが一つ頼みがある」

「何だ?」

「正確な名称は覚えてないが、刻印術師部隊には私の存在は秘密にしておいてほしい」

「刻印術師部隊?管理局も似たようなものだが、それはいいのか?」

「刻印管理局とは敵対していると聞いている」

「管理局と敵対してる刻印術師部隊って言ったら、あれしかないわね」

「そうだな。わかった、それは善処しよう。俺達としても、連中にあなたの存在を知られるわけにはいかないからな」

「感謝する」


 そう言うと星龍は刻印具を外した。


「私の刻印具だ。プライベートなものもあるから、できれば調べてほしくはないんだがね」

「なるべく意向に添えるよう努力しよう。約束はできないが」

「それで十分だ。それでいつまでジュピターを展開しているつもりだ?」

「既に解除している。さつき、そっちもいいぞ」

「オッケー」

「ヴィーナス……。久世雅人はともかく、君はいったい……。その服装、確か学生の制服のはずだ……」

「あんたみたいな潔い人だとは思わなかったから、最低限の備えよ。実際、あんたを狙った刺客はいたわけだしね」

「それにしても、さつきの服が学生服とわかるなんてね」

「私はこれでも親日家だからな。日本の文化や文明にも興味がある。特にアニメが大好きでね。戦前の青い猫は今でも私のお気に入りだ」

「青い?ああ、あれね。確かに日本でも人気よね」

「知らない人はいないだろうな。俺もけっこう好きだ。管理局が来るまで、退屈しなくてもすみそうだ」

「じゃああたしは戻るわ。あとよろしくね」


 青い猫の話で盛り上がろうとしている男二人に告げると、さつきは踵を返した。

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