17・明星祭開幕
――PM18:34 明星高校 風紀委員会室――
「さつき、雅人先輩は?」
風紀委員は、全員が委員会室に戻ってきた。だが雅人の姿が見えないことが気になった聖美が、さつきに訊ねた。
「源神社に帰ったわ。飛鳥も真桜もこっちにいるから、明日の朝のお勤めは雅人がやるんだって」
神社は神聖な空間だから、無人にするわけにはいかない。だが飛鳥も真桜も、手伝ったことがある大河も美花もさつきも、今日は学校に泊まることになっている。だから雅人は、源神社へ泊まり込み、朝のお勤めを果たすことにしていた。雅人も勝手知ったる源神社だから、滞りなく勤めてくれるだろう。
「真面目な人だよな、ホント」
「あんたらとつるむと、奢らされてばっかだから、逃げたんじゃない?」
「いや、さりげなく俺達のせいにしようとするな!全部お前だろ!」
安西が否定するが、飛鳥と真桜が加入してからというもの、雅人に奢ってもらったことは、さりげなく多い。だが言いだしっぺはさつきだから、こちらのせいにされるいわれもないだろう。
「あの、皆さん。消灯時間は十二時です。夕食の用意もありますから、それ以外は自由にしてもらって結構です。それからさつき先輩」
そんな先輩達を横目に、雪乃が消灯時間を告げた。同時に事情を説明するために、さつきに声をかけることも忘れない。
「わかってるわ。生徒会に説明でしょ。あんたも委員長として同席して。生徒会室でいいのよね?」
「はい。各委員長も同席すると聞いてますが、いいんですか?」
「いいわよ。前期もそうだったしね。飛鳥、真桜。どこまでならいい?」
「融合型までなら」
「風紀委員だけじゃなく、会長にも見られてますから」
雪乃は怪訝そうな表情を浮かべた。飛鳥の言っている意味がわからなかったからだ。
刻印宝具はそれだけで十二分に切り札となり得るが、この二人はそれを複数生成し、さらには刻印融合術というとんでもないことまでやってのけている。切り札どころか、戦況を一変させることすら可能、戦術兵器にさえ匹敵する能力を持つと言われている。それが融合型刻印宝具だ。
だが飛鳥のセリフは、まだ何かがあるようにも聞こえる。しかし雪乃は、務めて考えないようにした。聞いても教えてくれないことは明白だし、何より聞けば後悔しそうな予感がしたからだ。
「オッケー。あ、夕食って言えば、真桜が作ってくれるのよね?」
「賛成!」
「大賛成!」
さつきの提案を、香奈とエリーが手を打って支持した。
「作るのはもちろんいいんですけど、どこで作ればいいんですか?」
真桜は料理が趣味で、腕もプロ級だ。昔から三上家の食事は、真桜が作っている。さつきも何度も御馳走になっているし、真桜もそのつもりだ。
「実習室でお願いします。真桜ちゃんだけでは大変なので、他の人も手伝ってあげてくださいね」
「じゃあ男は買い出しだな。飛鳥、お前も来いよ」
「わかりました」
だが肝心の食材がない。そのため遥が買い出し部隊を募り、飛鳥も拉致された。だが真桜の料理は、何度食べても美味しいから、飛鳥としても断る理由がない。
遥だけではなく、先輩達は先程の出来事でショックを受けた飛鳥と真桜に、気を遣ってくれているのもわかる。その気遣いが、二人には嬉しかった。
――西暦2096年11月3日(土)AM7:00 明星高校 風紀委員会室――
今日と明日の二日間、明星高校は文化祭――明星祭が開催される。一般にも開放され、校外からも多くの来客が訪れる。
「みなさん、おはようございます。今日からいよいよ明星祭が開催です。例年多くの方が足を運んでくださっています。そのために問題も起きますが、解決するのも防ぐのも、私達風紀委員の仕事です」
雪乃は寝覚めがいい方だ。神社のお勤めで朝が早い飛鳥と真桜、さゆりも、この時間の起床は苦ではない。だが他の委員もそうかと言えば、決してそんなことはない。
「眠ぃ……」
「夕べ遅くまで騒いでたもんね……。こんな様で見回りなんて、やりたくないわ……」
「私は何度もうなされて、よく眠れなかったわ……」
雪乃の演説も無意味に近い。望のように昨日の悪夢にうなされた者も多く、寝不足になるのは仕方がない。雪乃も夢に見た。だからそれはいい。だが香奈の発言は、看過できるものではない。
「香奈さん……私、消灯は十二時だって言ったわよね?なのに騒いでたの?」
「怒るなよ。先輩達から、色々話を聞いてただけなんだから。そういえば先輩達は?」
学校に泊まり込む機会は、滅多にない。だから話を聞くだけでも、時間を忘れ、いつの間にか馬鹿騒ぎに発展することも珍しくはない。さすがに校内だから飲酒は禁止されていたが、たとえば源神社に泊まったとすれば、確実に宴会に突入していたことは想像に難くない。事実、昨夜はそれに近かった。
「3年生は引退ということになってるから、明星祭の巡回はあくまでも自主参加よ」
「さっき刻錬館を覗いてみましたけど、まだ寝てましたよ」
3年生は引退しているという建前があるため、この場にはいない。だから飛鳥の言う通り、まだ寝ていても許される。心情的には許したくないが。
「人数的には去年と同じだけど、探索系が得意な人の数は増えてるし、何より飛鳥君と真桜ちゃんがいるから、去年よりは楽かな」
エリーの言うことは間違いではない。去年の明星祭は、安西しか探索系を効果的に使うことができなかった。雪乃もドルフィン・アイを使ってはいたが、大気中の水分を使うことには思い至らなかったため、役に立っていたとは言い難い。
だが飛鳥にコツを教わり、去年とは比べ物にならない精度で行使できるようになっているし、さゆりも安西と同じモール・アイを、術師ではないが美花がプラント・シングを、さらに飛鳥が雪乃と同じドルフィン・アイを、雪乃以上の精度で使用できる。苦手ではあるが真桜もブリーズ・ウィスパーを使えるから、探索系での監視は、去年より楽になっていると言えるだろう。
「エリー先輩、もしかしてそれって、私と飛鳥の自由時間が別々になるっていう意味ですか?」
だが真桜の心配はそこではない。せっかくの明星祭、真桜は飛鳥と一緒に回ることを楽しみにしていた。風紀委員の巡回があるから、時間はあまりとれないだろうこともわかっていたが、それだけは絶対に譲れない。
「そんな命知らずなこと言わないわよ。でしょ、雪乃?」
「ええ。ですが自由時間は一人二時間しかとれませんから、どうしても時間がずれてしまうんです。だから飛鳥君と真桜ちゃんの自由時間が重なるのは、二時から三時までです」
「残念だけど仕方ないですよね。すいません、我がまま言って」
「真桜ちゃん、甘えんぼさんだもんね」
「い、いいじゃないですか、別に!」
真桜が真っ赤になりながら声を荒げている。隣では飛鳥の顔も赤くなっていた。だがこんなことは、風紀委員会では日常茶飯事だ。
「続けますね。お昼ご飯は十一時から一時までの間に、各自ですませてください。自由時間は後ほど掲示します。巡回も通常通り、二人一組で行ってもらいます。何か質問はありますか?」
「巡回の組み合わせと委員会室への常駐は決まってるんですか?」
「ええ。それも後で掲示します。ただ術師は五人だけで、私とさゆりさんは委員会室へ常駐することが多くなります。なので、飛鳥君と真桜ちゃんを中心に行ってもらうことになります」
雪乃が委員長に就任した際にも、似たような議題が上がった。だが今回は誰も反対しない。昨日の様を見せ付けられて、反対などできるわけがない。
「川島も水谷も、今回は反対しねえんだな」
「あんなもの見せ付けられて、反対なんかできるとでも思うの?あんなの、想像できるわけないじゃない……」
融合型刻印法具の生成者は、世界でも数少ない。日本ではここ数十年、いなかったはずだ。刻印融合術が幻の術式と言われている所以だが、その融合型の生成者が、まさか二人もいるとは思いもしなかった。
「だから言ったじゃない。想像なんか可愛いもんだって。さすがにさつき先輩や雅人先輩は、私達も泣きそうになったけど……」
さつきも雅人も、無遠慮にS級術式を発動させ、死体すら遺さずに粛清を完了させた。しかも情けなど一片もなくだ。気の弱い者ならば確実に泣きだすだろうし、誰が夢に見ても不思議ではない。事実、この場のほぼ全員が、昨夜は悪夢にうなされた。
「一ノ瀬は知ってたんだよな?」
「知ってたと言うか、無理矢理知らされたと言うか……」
さゆりは征司の粛清された現場を目撃している。なぜ自分が立会人に選ばれたのかはわからないが、刻印術師同士の決闘の立会人に選ばれることは名誉なことでもある。だからさゆりは二つ返事で引き受けた。だがあんな惨劇が待ち受けていると知っていれば断ったかもしれない、と思う自分も確かにいる。それほどまでにさつきのエンド・オブ・ワールドは鮮烈だった。今でもはっきりと思い出せる。
「生徒会の方が混乱してたわよ。さつき先輩と雅人先輩が連盟の指示で動いてたこともだけど、飛鳥君と真桜ちゃんが、融合型刻印宝具の生成者だってことは知らなかったわけだし」
雪乃は昨日、さつきと共に生徒会に事情を説明し、飛鳥と真桜が融合型刻印宝具の生成者であることを告げた。さすがに全てを報告できたわけではないが、それでも融合型刻印宝具という言葉は、場の空気を一瞬にして混乱へと導いた。生徒会長の護をはじめ、その場にいた刻印術師の受けた衝撃は計り知れない。
「竹内の奴、自信喪失してなかったか?あいつだって、それなりのレベルの術師だったはずだろ?」
「竹内君だけじゃなかったけどね。術師なら普通、自信喪失するわよ。その上で、さつき先輩と雅人先輩の刻印宝具とS級術式だもの」
護は校内でも指折りの実力者であり、成績もいい。特に雪乃が適性を持たない攻撃系は、雪乃より好成績を収めている。だが昨日の出来事は、確実に護にトラウマを与えた。自分のしてきたことが、まったく意味がなかったようにも感じたらしい。
「えーっとですね……そのさつきさんなんですけど……」
さゆりは忘れたことはない。あの日、さつきが漏らした一言を。
「姐さんがどうかしたのか?」
「私、直接聞いたんですけど、あれでもまだ、未完成だって言ってました……」
これも予想できたことだ。あれだけの術式が未完成など、いったい誰が信じるというのだろうか。
「マジか!?」
「いやいやいやいやいやいや!ありえねえだろ!」
「多人数相手に発動させて、しかもあんなことまでしでかしてるのに、それが未完成!?嘘でしょ!?」
「飛鳥と真桜相手じゃ通用しないから、って言ってました……」
一同の視線は、一斉に飛鳥と真桜に向けられた。一糸乱れぬ、という言葉がぴったりだ。
「え?いや、その……そういうわけでも……」
「あれはあくまでも試作段階のものでしたから……」
「試作だろうと何だろうと、あんなもん普通の人間が食らったら、即死亡だろ!」
「術師だって無理よ……。あなた達、どれだけなのよ……」
当たり前すぎる話に、そして非常識すぎる話に場の混乱は激しい。
「さつきさん、土属性は苦手だから……」
「あれ見てそれを信じろって言われても、信じる奴なんているのかよ……」
「はぁっ……もういいわ。なんか、どうでもよくなってきちゃった……」
久美ががっくりとうなだれた。既に刻印術師としてのプライドはズタボロだ。今まで学んだことが、全て無に帰してしまった気もする。
「落ち込むなって。こいつらがおかしいだけなんだからよ」
「ひどいぞ、大河」
飛鳥を化け物扱いしながら、大河が久美を慰めている。当然飛鳥も反論するが、誰も同意する者はいない。
「今更じゃない。それで委員長。開門って何時からでしたっけ?」
その点は美花も同感だった。だがそれより、今日は入学して初めての明星祭だから、楽しみで仕方がない。
「え?ああ、はい。開門は九時よ。二時間近くあるけど、朝食の支度や出し物の準備があるから、いくつかのクラスやクラブはもう活動しているわ」
昨夜泊まり込んだのは、生徒会と風紀委員会だけではない。クラスは少数だが、クラブはほとんどが泊まり込んでいる。食堂も明星祭の準備で忙しいから、今頃実習室は戦場のようになっているだろう。
「じゃあ私、朝食の支度をしてきますね。準備ができたら呼びますから、それでいいですか?」
「ええ。私もあとでお手伝いに行きますね。みなさんはそれまで、出し物の準備を手伝っても、巡回をしてても結構です」
「真桜、私も手伝うわ」
「ありがとう、さゆり。助かるよ」
一人暮らしをしているだけあって、さゆりも料理は得意だ。だからすぐに名乗りを上げた。
真桜も友人と料理できるのは嬉しいから、何を作るかを話しながら実習室へ歩いて行った。
――AM9:00 明星高校 屋上――
「お待たせしました。これより、第39回明星祭を開催します」
護の声がスピーカーにのって響くと同時に、門が開いた。数えて39回目となる明星祭は、こうして無事に開催された。
「見て、飛鳥。すごい人だよ」
「本当だな。こりゃ俺達も、忙しくなりそうだ」
巡回開始前のわずかな時間、飛鳥と真桜は屋上に来ていた。明星高校の屋上は空中庭園と呼ぶには高さが足りないが、それなりに整備されており、普段は生徒も多い。
だが今日は明星祭。今ここにいるのは飛鳥と真桜だけだった。
「本当だよね。でもさ、私、なんか楽しくなってきちゃった」
「俺もだよ。さつきさん、雅人さん、大河、美花、さゆり、水谷、三条委員長、それに風紀委員の先輩達。みんないい人達だからな」
「そうだよね。最初は風紀委員って、無理矢理やらされた気がしてたけど、今じゃやってて良かったって思うもん」
「同感だ。最初はさつきさんの罠だと思ったからな。っと、あんまりのんびりしてもいられないな。行こうぜ、真桜」
「うん!」
真桜が飛鳥の左腕にしがみつくと同時に、二人は空を見上げた。特に理由はない。強いて言うなら亡き兄 勇輝に声を掛けられた気がした。
だが聞こえたのは風の音。二人は顔を見合せながら笑いあい、そしてゆっくりと歩き始めた。
刻印の宿命編<完>
刻印術師の高校生活 第2章「刻印の宿命編」、ご覧いただき、ありがとうございます。
主要キャラ多数登場しましたので、今回は少し裏話を。
水谷久美は刻印術師で、今後のキーパーソンです。雪乃もそうですが、飛鳥と同じ水属性というのは意味があります。
けっこう勝気な性格ですが、実は冷静で仲間想い、行動より理論を優先するタイプかな。RPGのジョブでたとえるなら、黒魔導師になるかも。
三条雪乃。この子はかなりの重要人物です。2年生唯一の刻印術師風紀委員で、終盤では委員長に就任しましたが、どう見ても戦闘には不向きな、温和なお方です。久美同様、水属性というのは一応意味ありです。
イメージは賢者、かなぁ。
そして最大の誤算は渡辺誠司。
当初の予定では、飛鳥と和解することになっていました。火属性に適性を持っているのは、そのためです。ところが作中で勝手に暴走し、とんでもない自己中になってしまいました……Orz
そのために退場させるしかなくなり、それも想定していたものよりひどくなりました。さつきさん、少し手加減を……Orz
というように、どうもキャラが私めの目を盗んで暴走することが多々あります。特に渡辺親子はひどかった……。辻褄を合わせる身にもなってくれぃ!
加筆分で、久美の成績と渡辺父のろくでもなさを追加しましたが、これは当初の予定通りです。特に渡辺父は、誠司が乗り越える壁として、あえてろくでなしにしたのに、まさか息子がそれを超えるろくでなしになるとは、想像もしていませんでした。
というように、2章はさりげなく大変で、3章にも少なからずの影響を与えてくれることとなりました。
ちなみに主要キャラをRPGのジョブに当てはめると、飛鳥は騎士、真桜は弓姫(そんなジョブねえ!)、雅人は剣士、さつきは……赤魔導師?
大河、美花、さゆりはネタバレになるので、3章の後書きでお答えいたします。
それでは第3章「誓いの刻印編」もよろしくお願いします。
次章予告
中学3年の夏、飛鳥達を巻き込んだテロ事件の黒幕は、中華連合の強硬派だった。穏健派を駆逐した強硬派は日本に対し圧力を強め、武力介入の準備まで始めた。
そしてそれは、軍事政権樹立を目論む日本軍過激派にとっても、非常に都合のいいことだった。戦争を望まない中華連合の穏健派の一人 王星龍は、日本刻印術連盟本部のある京都へ向かうため、秘密裏に日本へ入国した。
だが時既に遅く、中華連合の強硬派は艦隊を派遣し、宣戦布告を行った。
過激派と中華連合強硬派が襲いくるなか、戦後最大の国難を防ぐため、飛鳥と真桜は自らの封印を解き、神の槍を顕現させた。




