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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第二章 刻印の宿命編
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16・守護者

 だがさつきの行動を阻んだのは、優位論者でも渡辺でもなかった。


「さつきさん、すいませんでした」

「飛鳥?なんであんたが謝るわけ?」

「あの日、渡辺を止めただけで、何もしなかった俺に責任がないわけじゃありませんから……」


 確かにあの日、飛鳥は誠司を倒した。だがブラッド・シェイキングで気を失った誠司には見向きもせず、その場を後にしたのも事実だから、もしかしたらあの時手を差し伸べていれば、状況は違っていたのではないかと思ってしまった。


「あんたのせいじゃないわよ。仮にしてたとしても、何も変わらなかったわ」

「そうかも知れませんけど……でも私達には、渡辺さんの怒りを正面から受ける義務があると思います。だからさつきさん……」


 真桜はクラスメイトだが、誠司の存在は常に敬遠していた。自分から率先して周囲との壁を作っていたのだから、これは仕方ないのかもしれないが、自分が生成者だと知っていれば、少しは違ったはずだと考えてしまった。


「真桜も……。わかったわ」


 飛鳥も真桜も、本当は心優しいことを、さつきはよく知っている。飛鳥だけではなく、真桜にまでそう言われてしまえば、二人に忠誠を誓ったさつきとしては折れるしかない。だからガスト・ブラインドも解除した。


「え?立花先輩……何で?」


 状況がわからないのは久美だけではなく、渡辺も優位論者達もだった。

 だが次の瞬間、凄まじい重圧を感じた。殺気でも怒気でもない。


「融合生成、カウントレス!」

「融合生成、ワンダーランド!」


 飛鳥と真桜は、左右の手から刻印宝具を生成し、刻印融合術を発動させた。融合型刻印宝具の発する威圧感に、渡辺も優位論者も圧倒されていた。


「うそ……」

「な、何なの、あれ……!」


 圧倒されていたのは相手側だけではない。久美も望も、そして良平もだ。


「刻印融合術。複数の刻印宝具を融合させる、融合型刻印宝具生成者の奥の手よ」

「ゆ、融合型刻印宝具!?本当に存在したんですか!?」


 久美は融合型刻印宝具は実在しないと思っていた。刻印融合術は幻の術式であり、使える者はいないと思っていたからだ。その証拠に、日本には百年以上現れていない。

 だが今目の前で、飛鳥と真桜がそれぞれ融合型刻印宝具を生成した。宝具を生成できるというだけでも驚きなのに、それが二人、しかも刻印融合術を発動させるなど理解の範疇を超えている。


「つまり……どういうこった!?」


 良平も混乱している。目の前の後輩が刻印法具を生成したばかりか、刻印融合術まで発動させたのだから、これで驚かない方がおかしい。


「化け物だってことだ。で、立花。お前はどうすんだ?」

「守秘義務があるからねぇ」

「そっちじゃないわよ。宝具を使うのはともかくとしても、二人共融合型にする必要なんてあるの?」


 安西も聖美も、征司の粛清を立会人として見届けた。だからさつきが宝具を生成できることも、飛鳥と真桜の盾であることも知っている。二人の意志を尊重するさつきの態度もわかるし、ガイア・スフィアの存在を秘匿しておきたいという連盟の思惑もわかる。

 だがそれは、融合型刻印宝具も同様のはずだ。ある意味ではさつきの宝具より、秘匿優先度は高い。それを校門前の広場という、衆人環視の中で使うことに疑問を覚えているのだ。


「ないわね。だけどあんまり騒ぎにするわけにはいかないから」

「……なるほどな」

「日も落ちてるのに、よくもこれだけの規模と精度で使えるわね……」


 呆れ果てた様子で納得したようだ。同時に疑問も氷解した。確かにこれなら、秘匿性は保たれる。幸いにして、校門広場では作業している生徒の姿もない。仮にいたとしても、不審者がスノウ・フラッドを発動させた時点で、逃げ出すだろうが。


「ど、どういうことなんですか?」


 3年生は呆れながらも感心しているが、久美にはまだわからない。刻印融合術のインパクトが強過ぎることもあるが、さつきがガスト・ブラインドを解除してから、特に変わった様子も気配も感じられない。

 だからさつきの指し示す物は、久美にとって衝撃以外の何物でもなかった。


「あれ、見えるかしら?」

「あれって……刻印?まさか、あれって!?」

「ええ。光性A級広域干渉系術式ウラヌス。飛鳥のカウントレスはその名の通り、術式をほぼゼロタイムで発動させることができる宝具。術式の発動速度で、あれを使った飛鳥の右に出る者はいないわよ」

「とんでもねえ能力だな……」

「じゃあなんで、真桜ちゃんも同じ術式を使ってるの?確かに多重結界としての強度は上がってるだろうけど、同じ術式を使う意味がないのは、さつきだって知ってるでしょ?」


 飛鳥と真桜が発動させた光性A級広域干渉系術式ウラヌスは、太陽系第七惑星の名を与えられた惑星型術式に分類されている。領域内の光を収束、拡散、歪曲させることにより、攻防一体の結界としても機能するだけではなく、惑星型の特徴として、外部との干渉を遮断する効果もある。遠目で目を凝らしてよく見れば、この場に天王星に似た結界が張り巡らされていることがわかるだろう。

 さらに特筆すべき特徴として、惑星型A級術式は干渉遮断結界としてだけなら、C級並の印子しか消費しない。そのため印子監視網にも感知されにくい。しかも監視カメラには、印子によって形成された惑星の外郭は映らない。飛鳥も真桜も、そしてさつきもそれをよく知っている。だからウラヌスを発動させている。

 だが聖美の疑問は、そんなことではない。多重結界とは複数の術師が広域術式を、同じ領域内に作用させて作りだす広域系結界術式のことであり、高等技術でもある。だが同じ属性を展開させたところで、相克関係は単一属性にしか効果を発揮せず、メリットはない。多重結界は複数の属性の相克関係、相応関係による相乗効果を狙って発動させることに最大の理由があるからだ。


「普通に使うなら意味はないわね。でも真桜のワンダーランドは、領域指定広域殲滅型とでも言うべき能力があるの。自分の領域内部なら、あの場から一歩も動かずに制圧することも簡単なのよ」

「広域殲滅って……」

「もう驚くのも飽きてきたんですけど……つまり真桜ちゃんが飛鳥君と同じ術式を発動させたのは、飛鳥君の術式内部に同じ術式を、少しだけ狭い範囲で発動させて、対象を特定するためなんですね」


 香奈が疲れたように呟いた。本当に驚き飽きたようだ。


「そうよ」


 見ればそれは香奈だけではない。ほとんど全員が同じような顔をしている。さつきは微かに口元を緩めながら、一言で答え、視線を飛鳥と真桜へ戻した。


「飛鳥、優位論者は私が止めるから、渡辺さんをお願い!」

「わかった!」


 阿吽の呼吸。この辺りはさすがに、長年のパートナーといえるだろう。真桜は既に術式を発動させていた。


「何、これ?銀の……雨?」

「風性S級広域対象系術式シルバリオ・ディザスターよ。あの部下さん達も可哀想にね。馬鹿な親の私怨に付き合わされて、融合型生成者の相手をさせられるんだから」

「風?え?銀って土系じゃありませんでしたか?」


 雪乃の疑問ももっともだ。銀は鉱物であり、土属性に相当する。

 シルバー・クリエイターが銀を生成することは知っている。だから雪乃は、シルバー・クリエイターが土、ブレイズ・フェザーが風に相当する宝具だと思っていた。


「一見そう見えるわね。だけどワンダーランドやシルバー・クリエイターで生成されたと言っても、大元は真桜の印子。その真桜は風系に適性が高いから、あの銀は土系でありながら風系でもある、という矛盾した効果を生み出せるの。生成系宝具で誤解されがちなことだけど、別に間違ってるってわけでもないわ」

「無茶苦茶な理屈だな、それ。で、こうやって話してる間に制圧完了か。相変わらずというか、とんでもないというか……」


 志藤の呆れた声をバックに、真桜のシルバリオ・ディザスターは銀の針雨と化し、優位論者達の刻印具を破壊し、戦闘力を奪っていた。


「渡辺さん!あんたは間違ってる!渡辺家にも、あいつのしでかしたことは伝えられているはずだ!」

「だからどうした!征司が何をしようと、知ったことか!私は征司を殺したお前を討つために、ここにいるのだ!」


 飛鳥は剣状武装型刻印具を抜いた渡辺と斬り結んでいた。渡辺家は渡辺綱の末裔と言われている。征司の宝具を見ても、そしてこの男の力量を見ても、それは事実だったのではないかと思える。

 だが感情に任せた剣で、飛鳥を捕らえることはできない。時折刻印術が混ざるが、飛鳥の生体領域を貫くほどのものではない。


「だったら関係ない人達を巻き込むな!直接俺を殺しに来ればいいだろう!?」

「それこそ知ったことではない!征司だけではなく、妻の命まで奪った報いを受けろ!」


 渡辺は既に狂っている。征司の死より、むしろ妻の死が彼を変えてしまったのだろう。感情が暴発したためか、かすかに本音が混じっていたようにも聞こえる。


「死ね!三上の息子!」

「仮に俺を殺せたとしても、あんたの運命は一つしかないんだぞ!」

「子供が運命を語るな!」

「この……分からずやが!」


 振り降ろされた渡辺の剣を受け流し、飛鳥は渡辺の右腕を斬り付けた。その瞬間、渡辺の右腕が膨張し、破裂した。


「な、なんだ、今の!?」

「腕が……!」

「水性S級対象干渉系術式ミスト・インフレーション。右腕だけに対象を絞って発動させたわね。よくやるわよ」

「そ、それって高等技術なんじゃ……」


 望は目の前の攻防が信じられなかった。真桜はたった一人で多数の優位論者を無力化させ、飛鳥は剣の使い手を制し右腕を吹き飛ばした。しかも体の一部だけに対象を指定するなど、見たこともない。


「高等技術だな。少なくとも使った術式の扱いに習熟してないと、無理だったはずだ」


 答えたのは志藤だが、飛鳥ならそれぐらいはできて当然だと思っているようだ。実際やってみせたのだから、恐らくは真桜も、先程のS級術式を自由自在に使いこなせるのだろう。


「もう驚くのも面倒くさくなってくるな」

「わかります。ここまでくると、逆にどうでもよくなりますよね」

「同感。もうあいつらが何を仕出かそうと、驚く気にもならねえよ」


 既に何度、飛鳥と真桜に驚かされたかわからない。そのためか、本当に驚くのも面倒で、飽きてきたような気がする。

 そんな先輩方のやり取りなど、飛鳥の耳には届いていない。右腕を失った渡辺は、腕を押さえながら蹲った。そんな渡辺を拘束するため、飛鳥は水性D級支援系拘束術式ウォーター・チェーンを発動させた。


「く、くそっ!離せ!征司の仇を……妻の仇を取らせろ!!」

「あんたにくれてやるほど、俺の命は安くない。そんなことしたらあの世で勇輝さんに、何されるかわかったもんじゃないからな」


 飛鳥の呟きは風に乗り、誰の耳に響くこともなく消えていった。


「やっぱりこうなってたか。広域干渉系を破るのも楽じゃないんだけどな」

「あら、雅人。遅かったじゃない」


 突然響いた声に、さつきは動じていない。本当に遅かったと思っている。だから雅人の隣に、数人の生徒がいることに気付くのが遅れた。


「立花先輩、これは何事なんですか!?」

「竹内?優菜も。もしかして雅人、生徒会連れてきたの?」


 護が叫ぶのも当然だ。なにせいきなりウラヌスが展開され、どうしたらいいのかと途方に暮れていた所に雅人が現れ、結界を破ってくれた。ようやく中に入れたと思ったら、今度は目の前では多くの男達が伏せていたのだから、叫びもする。


「事情を説明しないわけにはいかなかったからな。それに校門前にウラヌスなんて展開されたままじゃ、明日の準備にも支障がでるだろう?」

「そんなに時間かけてなかったはずだけど、それもそうか。簡単に説明すると、そいつらはテロリストよ。うちの生徒を狙っていたところを、取り押さえたの」

「取り押さえたって……あっちの人、大怪我してるじゃないですか!やり過ぎですよ!!」


 それはそうだろう。渡辺は右腕を失っている。誰がどう見ても大怪我だ。相手がテロリストであっても、過剰防衛に過ぎるというものだ。だがさつきも、そして雅人も顔色を変えない。答えたのは二人でも、風紀委員でもなかった。


「竹内、あの男は渡辺征司の父親だ。おそらくだが彼は、春の事件の際に彼を取り押さえた三上君を狙ってきたんだろう」

「御堂先輩?それに渡辺征司って、一学期に問題を起こしていた生成者の?連盟に拘束されたと聞いていましたが、彼が取り押さえていたとは……」


 だが翔の答えに、優菜は別の意味で顔色を変えていた。膝が震えてくる。体中に悪寒が走る。忌まわしい記憶が呼び起こされる。

 そんな優菜をさつきが見逃すはずもなく、優しく頬をなでている。


「大丈夫よ、優菜。あの時あたしは、あんたを縛るものはなくなったって言ったけど、それは間違いだったわね。だけど今度こそ、本当に何もなくなるわ。そうでしょ、雅人?」

 優菜の視線が、さつきから雅人へと移る。雅人は優しく頷き返し、言葉を紡いだ。

「そうだ。俺がここに来たのは優位論者、並びに渡辺修治を粛清するためだからな」

「しゅ、粛清!?な、なんでですか!?」


 さつき以外の全員が驚いている。さつきはそれを予想していたし、元からそのつもりだった。連盟の許可が出たのならば、遠慮する必要もなくなった。


「あの優位論者達は、過激派と関係のある術師だ。だから既に、粛清対象になっている。もっとも、それを見越した上で、渡辺に手を貸すよう命じたんだろうがな」

「よりにもよって過激派か……。ほんとにロクでもないな、優位論者は……」


 志藤の呟きも、実感がこもっている。優位論者からはたった半年で多大な被害を受け、大きな犠牲を払ったのだから、既に嫌悪対象でしかなくなっている。


「同感だ。そして渡辺だが、奥方を亡くされてから、過激派と接触していた。過激派や優位論者は、術式許諾試験を受けることができないからな」

「つまり、術式の横流しをしてたってこと?」

「ああ。その見返りとして、今日の襲撃の手助けをする事になっていたようだ。別件で捕らえた優位論者から吐かせたらしい。だから連盟は、渡辺の粛清も決定した」

「そういうことなら、もっと早く教えなさいよ。そうすれば、先に始末しとくことだってできたんだから」

「俺もさっき聞いたばかりなんだよ。だがその点について、はまったく同感だ。だからというわけじゃないが、この件は俺が担当することになった。こんなところで執行することになるとは、さすがに思ってなかったが」

「こんなところって……まさか!?」


 雅人のセリフは、護にはとても信じられなかった。意味するところは、一つしかない。


「ああ。見たくなければ、この場を離れた方がいい」

「あたしも手伝うわよ。渡辺はともかく、あっちの優位論者達には言っておきたいことがあるからね」

「何かあったのか?」


 さつきの一言は意外だった。渡辺に言いたいことがあるのならわかる。自分もそうだ。だが優位論者に言いたいことなど、何もない。だが続くさつきの言葉で、納得がいった。


「美花の刻印具を狙ったのよ」

「美花ちゃんの?なるほどな。わかった、そっちは任せる」

「ありがたく」

「せ、先輩!この人達、なんか、すっげえ危ない話してませんか!?」


 良平が怯えながら先輩方にすがり付くのも、当然と言えるだろう。目の前で、今から粛清を始めます、などと言われても、受け入れられるわけがない。


「してるな。ああ、竹内。先に言っとくが、この件は風紀委員会とは無関係だからな」


 志藤も安西も聖美も、そして翔もこんな事態は慣れたもので、さほど動揺してはいないようだ。事情を知らないであろう竹内生徒会長へ、予防線を張ることも忘れていない。


「さつきも雅人先輩も、連盟の指示で動いてるようなものだからね。あの二人の実力を見るいい機会ではあるけど、飛鳥君と真桜ちゃんよりトラウマになるんじゃないかしら?」

「飛鳥も真桜ちゃんも、今回は控えめだったからな。場所と事情を考慮してくれたんだろ」

「あれで……控えめなんですか!?」


 久美は既に、何度驚いたかわからない。だが驚かずにはいられない。惑星型A級術式を展開させたまま、融合型刻印宝具によるS級術式の発動などという、非常識な光景を目の当たりにしたばかりだ。だが控えめということは、手加減していたということであり、そもそも刻印融合術を使う必要すらなかったという事実もある。それでいてさらにトラウマを負わされるなど、いったい何が起こるというのか、想像もできない。


「あれが全力だって言われても、俺達は信じねえな」

「信じろっていうほうが無理でしょ。で、俺達はどうします?」


 慣れている先輩方も、それはそれで怖い。春の襲撃事件からまだ半年だというのに、いったいその間に何があったのか、考えるだけでも恐ろしい。


「私は見届けます。ここはまだ校内ですから、風紀委員の管轄です。だから私は委員長として、見届けます」

「俺もです。生徒会長として、見届ける義務があると思っています」


 生徒会も風紀委員も、異口同音の答えで残る意志を伝えた。


「だとさ、立花。いいのか?」

「あんまりよくないけど、刻印術とともに生きていくなら、こういうことに出くわすことだってあるか」

「トラウマにだけはしないでくれよ」


 雅人の本気とも冗談ともつかないセリフに、3年生風紀委員が呆れ声を返す。


「そりゃ無理ってもんですよ」

「無理ですね」

「無理よね」

「ははっ。それじゃ、行ってくるよ」


 遠慮のない後輩達に苦笑を返すと、雅人は氷焔之太刀を、さつきはガイア・スフィアを生成し、飛鳥と真桜の隣へ進んだ。


「雅人さん……」

「よくやったな、飛鳥。だがせっかく捕まえてくれたのに悪いんだが、連盟は渡辺、そして優位論者達の粛清を決定している。執行人は俺とさつきだ」

「えっ!?」

「それが……連盟の決定なんですか!?」


 驚いた二人だが、雅人とさつきが、刻印法具を生成して近づいてきたのだから、もしやという予感はあった。だが言葉にされると、やはりショックは受けるものだ。


「雅人から聞いたんだけどね、渡辺は過激派に術式の横流しをしていたの。それもこの日のために協力するという見返り条件までつけてね。金銭目的よりよっぽどタチが悪いわ」

「そ、そんなことを……」


 雅人からもたらされたこの話は、飛鳥と真桜に大きな衝撃をもたらした。自分達を殺すためだけに、そこまでするとは思っていなかった。連盟が粛清を決定したのも当然だろう。

 だがこれ以上渡辺から何かを奪うなど、二人にはできない。雅人とさつきにはそれがよくわかる。これ以上、二人を傷付けるわけにはいかない。元より二人の手を、これ以上血で染めるつもりもない。手を汚すのは、自分達で十分だ。


「見たくなければ、離れてくれ。こんな場所で粛清をすることの意味、わかるだろう?」

「いえ、残ります」

「私もです。見届けなければいけない、そんな気がするんです」


 本当ならこの場を去ってほしかった。できれば見せたくはなかった。だが飛鳥も真桜も、見届けることを選んだ。主が決めた以上、自分達はそれに従うまでだ。


「わかった。なら、みんなの所まで下がってくれ。そして、みんなを守ってやってほしい」

「わかりました」


 飛鳥と真桜の背中を見送り、雅人とさつきは渡辺と優位論者へ視線を移した。


「さてあんた達、死ぬ前にいいことを教えてあげるわ」

「い、いいこと……だと?」


 優位論者は腰が引けている。まだ十八歳の少女に、自分達は完全に気圧されている。


「あんた達が狙ってた、刻印具を持った女の子だけどね、あの子、兄さんの弟子なのよ。立花勇輝って言えば、わかると思うけど?」

「た、立花勇輝だと!?で、ではまさか……お前が立花さつきか!」

「正解の商品は、地獄への招待状よ!あの子も兄さんの生きた証だからね。あたしが許す理由は、何一つないのよ!」


 さつきはエンド・オブ・ワールドを発動させた。落雷、津波、竜巻、噴火、地割れ、吹雪、地滑り―あらゆる自然災害が形を成し、総勢十名の優位論者達に襲い掛かる。だが対抗する術はない。優位論者達は次々に命を落とし、征司同様、四つの柱によって死体すら遺さず消え去った。


渡辺わたなべ 修治しゅうじ、あなたはやりすぎた。飛鳥と真桜ちゃんに、逆恨みなんかで手を出したんだからな。その罪、万死に値する!」

「だ、黙れ!人の息子を殺しておいて、その言い草はなんだ!?」

「あなたの息子は、それだけのことをしてきた。それに渡辺征司を殺したのは、他ならぬあなただ。親としての責任を放棄し、彼を野放しにしたあなたの、な」

「ふざけたことを言うな!征司は渡辺家の大事な跡取りだ!多少のわがままは目をつぶる!こんなことで、渡辺家を潰えさせるわけにはいかん!」


 渡辺の理屈は、子供の理屈に近い。逗子にある渡辺家は、それなりの名家として通っていた。過去形なのは、渡辺がその名家を没落させたからだ。

 その原因は、全て息子の誠司にある。誠司を溺愛するあまり、刻印術師優位論に傾倒していくことを黙認し、刻印法具を生成してからというもの、連盟での発言権を強めるため、病身の妻をも見捨てた。

 渡辺誠司の身辺調査をした際、雅人は両親のことも詳細に調べ上げた。誠司の母は、誠司を失ったショックで亡くなったことは間違いない。だがそれも、渡辺がまともな治療を受けさせなかったため、既に体が衰弱していたことが、最大の理由だった。妻の仇と連呼する渡辺の姿は、雅人には都合のいい逃避にしか見えなかった。


「いや、ここで潰える。あなたが子供を育てるという親の役目を放棄し、奥さんを見捨てた瞬間から、渡辺家の運命は決まったんだ」

「子供が運命を語るな!お前ごときに、私の……私達の運命を決める権利などない!」

「権利ならある。あなたは飛鳥と真桜ちゃんに……俺達の主君に手を出した。それだけで十分だ」


 冷たく突き放し、雅人は氷焔合一を発動させた。

 雅人は火属性に適性を持つ。水属性への適性が低いわけではないが、術式の相性や相克関係から、あまり使用することはない。

 だが今、氷焔之太刀に宿っているのは氷の刃。刻印術師であろうと不可能とされる絶対零度の冷気を、雅人は生み出している。水は摂氏100℃で沸騰し気体となり、0℃で凝結し個体となる。作用しているのは熱エネルギーであり、熱は火属性術式の基本でもある。熱エネルギーが高ければ水蒸気となり、低ければ氷となる。雅人は氷焔之太刀を生成することができてから、改めてその事実に気が付いた。そして熱エネルギーという観点から火と氷という相反する属性の共通点を見出し、熱エネルギーを利用した術式を開発した。

 それがこの無性S級対象干渉系多重積層術式 氷焔合一だ。

 その雅人の氷の斬撃を、渡辺は間一髪のところで避けた。少し皮膚を斬られたが、この程度では致命傷には程遠い。

 だが雅人はそれを確認すると、渡辺に背を向けた。


「何の真似……」


 言い終える前に傷が氷り付き、全身へと広がった。個体は原子の動きを制限する。絶対零度はその頂点であり、全ての原子の運動が止まる。だがあくまでも止めているだけだ。その原子をさらに圧縮させ、原子そのものを破壊すれば、行き場を失ったエネルギーは膨大な熱エネルギーへ変換され、解放された瞬間、大気に火をつける。

 全身が氷り付いた瞬間、渡辺を覆った氷から灼熱の業火が生まれた。その業火によって、渡辺はこの世から姿を消した。


「あの二人に手出しする連中は、決して許しはしない。命に代えても、必ず守り抜く。勇輝……お前のようにな」


 雅人は亡き親友の名を口にすると納刀し、氷焔之太刀を刻印へと戻した。見るとさつきの方も終わったようで、左手の盾を刻印へ戻しているところだった。二人が視線を合わせ頷き合うと同時に、ウラヌスが解除された。飛鳥と真桜に視線を向けると、二人も頷きを返してくれた。

 だが周囲の者は固まっている。死体すら遺さない残酷ともいえる粛清に、初めて見る誰もが言葉を失っていた。


「立花、お前……」


 かろうじて言葉を発したのは一度見せ付けられた経験がある志藤、安西、聖美、そしてさゆりの四人だけだった。


「ん?何?」

「やりすぎですよ!雅人さんも!見てくださいよ、みんなを!」


 さゆりが青い顔で悲鳴を上げる。一度見たからといって慣れるものではないし、今の光景は先日の一件よりもさらに恐ろしいものだった。


「あら、ショック受けてるわね。大丈夫かしら?」

「あれが大丈夫に見えんのかよ!?」


 確かに平気には見えない。確かに凄惨な光景だった。相手は死体どころか、痕跡すら遺さずにこの世から消えてしまったのだ。特に直接戦った久美は、腰を抜かしてしまっている。


「……確か今日ってさ、明星祭に備えて、泊まり込みが許されてたわよね?」

「やるか?」

「そうだな。竹内達にも話しておかなければならないだろう」

「え?え、ええ。お願いします……」


 まだ混乱しているが、護も刻印術師だ。そして何より、生徒会長だ。言いたいことも聞きたいことも山ほどある。護は生徒会用の刻印具を操作し、風紀委員と生徒会の宿泊許可証を発行した。

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