15・復讐者
――西暦2096年11月2日(金)PM17:32 明星高校 風紀委員会室――
「みなさん、お疲れ様でした。今年は特に大きな問題もなく、無事に当日を迎えられそうです」
新生徒会が発足してから一ヶ月、明星際を翌日に控えた日の放課後、風紀委員会室では雪乃が全員の労を労っていた。だがそこまで苦労したかと言えば、そうでもない。
「去年ってこんなに楽だったっけ?もっと暴れるバカがいたような気がしたんだけど?」
「いたな。お前が病院送りにした奴が」
「去年の今頃は、色々と忙しかったからね。手加減する余裕もなかったのよ」
委員会室には3年生の姿があった。9月度で引退ということになっているが、どの委員会も、生徒会でさえも明星際が終わるまで、引き継ぎや手伝いの名目で出入りしていることは珍しくない。それは風紀委員会も例外ではなく、特に今年は春から様々な事件に巻き込まれもした。後輩達の心配をしても、おかしなところはなにもない。さすがにさつきが去年、暴れた生徒を病院送りにしていたというのは初耳だったが。
「病院送りって……よく問題になりませんでしたね」
飛鳥がしみじみ呟くのも無理からぬことだろう。
「正当防衛ってやつだ。なにせ雅人先輩への恨みを晴らしたかった、っていう動機で立花を狙ったんだからな」
「……どこの命知らずなんですか、それ?」
聞かなければよかった、と飛鳥は瞬時に悟った。さつきを狙うなど、自殺志願者と勘違いされても不思議ではない。それは1年生全員が共有した思いであって、うっかり呟いてしまった飛鳥に批難の視線が突き刺さっている。
「視線が痛いぞ。悪かったって」
「でも今年って、全然騒ぎが起きませんでしたよね。もしかして飛鳥君と真桜ちゃんのこと、知れ渡ってるんでしょうか?」
まどかも去年の騒ぎを覚えているが、今年は本当に何もなかった。去年との違いといえば、やはり飛鳥と真桜の存在だろう。
「ある程度は知られてるだろうな。三上兄妹が生成者だっていう噂が、夏休み明けから広まってるってのもあるが」
「え?そうなんですか?」
「どこからそんな噂が……」
答えた志藤に驚いた飛鳥と真桜だが、自分達はそんな噂を聞いたことがなかった。
「噂ってのはそんなもんだろ。尾ひれ背びれがつくこともよくあることだ。この噂に限っては減ってるけどな」
「確かにね」
安西や聖美のように、真相を知る者としては、そう表現せざるをえないだろう。
「減ってるって、どういうことなんですか?」
先輩方の発言に、望が疑問を呈した。噂の内容は興味があるが、減っているとなると、やはり誇張なのだろうか、とも思う。
「そのまんまの意味よ。それより雪乃、どうかしたの?」
さつきが簡単に答えた。
刻印術は多種多様だが、術師によって切り札となる術式が異なる。切り札である以上、当然ながら公表している術師などいない。宝具生成者はS級が多いが、普通の術師はB級だ。A級は宝具生成者専用という誤解された知識が広まっているが、普通の刻印術師が使えないわけではない。処理能力や発動速度は落ちるが、生来の刻印を媒介にすることで、刻印具なしでも刻印術を使用できる。無論、B級以下の術式も同様だ。若い術師は生まれた時から刻印具という、刻印術起動補助用の道具があったため、刻印具が開発されたのはわずか二十年前で、それ以前の術師は刻印具など使わず、生来の刻印のみで刻印術を使用していたという事実を知らない者も少なくはない。
だがさつきは雪乃が気になっている。様子がおかしいからだ。
「は、はい。校門に不審な人影が見えたので、今確認中です」
「不審な人影だと?」
雪乃の言葉に、すぐさま安西がモール・アイを発動させた。さゆりも同じ術式を、飛鳥もドルフィン・アイを発動させたようだ。
「確かに不審ですね……。何してるんだろう?」
雪乃が発見した人影は、誰がどうみても挙動不審だった。
「待ち合わせに学校前、ってのは珍しくないが、それにしちゃ場違いだな。ん?あれは……真辺と水谷か?」
「ですね。あ、接触しました。えっ!?」
丁度そこに、美花と久美が接触したのだが、事態は緊急を告げた。
「ヤバい!美花と水谷が!」
「な、何があったのよ!?」
「不審者で確定です!いきなり美花さんと久美さんに術式を発動させました!あれは、スノウ・フラッド!?」
不審者に接触した美花と久美は、いきなり攻撃を受けた。見る限りではなんとか無事だが、相当に危険な事態だ。
「何ですって!?いきなりB級を使ってきたの!?」
「しかも一人じゃねえ!複数だ!飛鳥、立花!急ぐぞ!」
さらに不審者が一人でないとなれば、美花と久美の命が危ない。
「了解!」
「はい!」
安西に促されるまでもなく、飛鳥達は急いで、風紀委員会室から走り出した。
――PM17:45 明星高校 校門前――
美花と久美は、コンビを組んで巡回を行っていた。今年はあまりにも問題が少なかったため、1年生同士のペアも組ませていたが、これには美花の経験が、2年生にも劣らないという事実が大きい。
「真辺さん、本当なの?」
「ええ。さっき校門で、不審な動きをしてる人がいたわ」
その美花は、探索系に適性を持ち、新委員長である雪乃から、常駐を依頼されている。だが常に常駐というわけではなく、今回のように巡回に行くこともある。
「でもプラント・シングって、そこまで精細な術式じゃなかったわよね?」
「普通に使うとそうみたい。でも私も最近知ったんだけど、プラント・シングって、視覚よりも聴覚が大切みたいなの」
「聴覚?あ、そっか。シングって歌っていう意味だっけ。それでなのね」
プラント・シングがマイナーな理由は、手間がかかるわりには視覚的情報が得られにくいというものが大きい。確かに多くの術師も誤解している。だが本来は、植物の発する微弱な印子を音として感じ取り、植物を指向性、集音声の高いマイクとして使うことによって、聴覚的情報を得るための術式だ。視覚的情報は副次的な物に過ぎない。しかし習熟が困難だということに変わりはないし、建築物の構造や人員数、装備などが把握しにくく、植物を媒介にする必要があるという事情も考慮すれば、やはり使いにくい術式と言えるだろう。美花が本来の使い方に気が付けた理由は、予備知識もなく、初めて使った探索系術式だという理由が大きい。
「多分だけどね。それでさっき、聞こえたの。はっきりとは聞きとれなかったけど、あと十五分、っていう言葉が」
「聞きようによっては待ち合わせ時間を気にしてるだけに聞こえるけど、そうじゃなさそうね。イントネーション?」
「ええ。あ、いたわ」
どうやら久美の予想通りだったらしい。聴覚情報を得るプラント・シングだが、視覚情報が皆無というわけではない。むしろそちらの方が有名だから、視覚と聴覚の情報を得ていた美花が不審者と断ずるには、それなりの根拠がある。
「向こうも気付いたみたいね。確かにあれは不審者だわ。何をしてくるか、わかったもんじゃないわね」
不審な影も美花と久美が接近していることに気がついていた。少し動揺しているようにも見えるが、だからこそ不審者だと断定できる。普通に待ち合わせをしているだけなら、この学校の生徒が近づいてきたところで動揺することはないはずだ。
「刻印具の準備をしておいたほうがよさそうね」
「賛成。向こうも準備してるみたいだし」
だから美花と久美は、用心のために刻印具をいつでも起動できるよう準備をしてから声をかけた。何もなければそれでよし、だがそうでなければ、何をされるか、何が起こるかわからないからだ。
「すみません、ここで何をしているんですか?」
だが予想に反して、影はいきなり術式を発動させた。それもかなり高位の術式だ。
「きゃあっ!!」
「ス、スノウ・フラッド!?いきなりこんな殺傷力の高い術式を発動させるなんて!」
「恨むなら、三上兄妹を恨め!」
男の目には憎悪が宿っている。どういう理由かはわからないが、この男は本気で復讐に来たのだろう。だが美花も久美も、その理由がわからなかった。
「三上って……飛鳥君と真桜を!?どういうことなの!?」
「私はあの兄妹に、大切なものを奪われた!これは復讐だ!!」
「わけのわからないことを!」
久美がアース・ウォールを発動させた。だが完全には防げない。男の力量は、どんなに少なく見積もっても、相克関係を凌駕している。久美は水属性に適性を持つ術師だが、目の前の男のような力量はない。それは美花も同様で、しかも刻印術師ではない。土属性の術式を発動させたところで、相克関係を無視して無効化されることは明白だ。しかもそれだけでは済まなさそうだ。
「み、水谷さん!あれ!」
「嘘!?仲間がいたの!?こ、このままじゃ……!」
委員会室へ連絡を取ることを忘れていたわけではない。だが二人共、スノウ・フラッドの干渉を受けた瞬間に、連絡用の刻印具を落としてしまっていた。既に地面は氷り付いており、拾うこともできない。
「……水谷さん!伏せて!」
美花は手にした刻印具に、印子を込めながら、決断した。
「真辺さん?何するつもりなの!?」
この刻印具はただの刻印具ではない。刻印術連盟―飛鳥と真桜の父 一斗から贈られた特別製だ。夏休みに自分用の調整もされた。この刻印具はまだ試作品であり、自分はそのテスターとして登録されている。この刻印具に組み込まれている術式を使うことは、ライセンスを持っていなくても例外的に認められている。刻印術師だけが、適性を持って生まれてくるわけではない。美花は勇輝に火属性への適性を見出され、火属性術式を多く練習し、習得する努力を重ねていた。
そしてこの刻印具には、使うことのできないはずのA級術式が組み込まれている。飛鳥と真桜、さつき、雅人、そして勇輝を相手に使ったこともある。だが実戦での使用経験はまだない。しかし躊躇している暇もない。だから美花は、組み込まれていた術式を発動させた。
「イラプション!?火性A級広域系術式……!刻印術師でもないあなたが……なぜ……!?」
久美だけではなく、スノウ・フラッドを発動させた男も、自分達に襲い掛かろうとしていた男達も驚いている。当然だ。A級術式は刻印術師しか習得できないとされている。刻印具が処理能力と制御能力、そして術式の威力に耐えられないからだ。それは常識であり、実証された事実でもある。だが美花の刻印具は破損していない。刻印宝具を生成しているわけでもないから、刻印術師ではない可能性すらある。
そのイラプションは、術式の等級によって、スノウ・フラッドとの相克関係をある程度だけ跳ね返し、状況を拮抗させていた。
「あ、後で話すから……!だから今は……!」
実戦は練習とは違う。予測不能な事態を容易に引き起こす。美花が予想以上に激しく印子を消耗させたとしても不思議ではない。
「わ、わかったわ!」
久美は美花以上に実戦経験がない。春の襲撃事件の際、久美は恐怖に震え、何もできなかった。たまたま近くにいた雪乃と香奈に助けられた。正直、今でも怖い。実戦がこんなにも恐ろしいものだとは思っていなかった。だがここで何もしなければ、自分は刻印術師として生きていくことなどできない。
意を決した久美は、水性B級広域干渉系術式ミスト・アルケミストを発動させた。ミスト・アルケミストは大気中の水分を操る術式だが、霧を発生させるだけではない。大気中の約八割を占めるのは窒素であり、窒素を液化させることによって液体窒素すらも発生させる。液体窒素はマイナス196℃という低温であり、急激に気化させることによって酸素欠乏症を引き起こす。干渉系は地形や大気へ干渉する系統であり、圧縮、電離、化学変化などを容易に発生させる。そのため処理能力が高く、扱いも難しい。
事実久美は、ミスト・アルケミストを使いこなすまで習熟していない。久美がミスト・アルケミストを発動させた理由は、イラプションによる溶岩流と液体窒素を接触させることだった。A級術式によって発生した溶岩は、久美のミスト・アルケミストでは相克関係があったとしても消すことはできない。だがそれが狙いだった。
「なっ!?」
校門前に爆発音が響いた。イラプションとの相応関係によって、ミスト・アルケミストが水蒸気爆発を起こしたのだ。幸いというべきか、発生させた範囲が狭かったため、美花も久美も目立った外傷はない。だがそれは相手方も同様だ。
「あの小娘……思い切った真似しやがる。危うく巻き込まれるところだったぜ」
「だがまだまだ未熟だな。領域が狭すぎる。こけおどしがせいぜいだ」
男達は、久美の行動を未熟だと断じた。確かに今の水蒸気爆発は、熟練した者には効果が薄い。それをもっともよく理解しているのは、他ならぬ久美だった。
「むしろあっちの小娘が、イラプションなんて使った方が驚きだ。だが宝具を生成した気配はないな」
「となると刻印具か?新型だとでも?」
刻印具ではA級術式を使うことはできない。これは常識であり、事実だ。だから美花が持つ刻印具は、男達にとって価値があるものだった。A級を手軽に使えるようになれば、自分達の目的に、また一歩近づくことを、信じて疑っていない。
「回収すればわかるだろう。我々の目指す未来のためにも、あの刻印具は必要だ」
刻印具は持ち主だけが使えるというわけではない。市販されていることからもわかるように、誰にでも使うことができる。それが例え、既に誰かが使ったものであっても。
「やっぱり……刻印術師優位論者だったのね!」
刻印術師優位論者はテロリストと同列に扱われるため、術式許諾試験を受けることができない。たとえ生成者であっても、例外はない。そのため優位論者が使う刻印術は、高い確率で不正術式となっており、A級術式を使えない理由は、刻印具では使うことができないからだ。
「それって、春に学校を襲ったテロリストと関わり合いがあったって噂の!?」
「噂じゃなくて事実よ!」
「春?ああ、あの三下どものことか。あいつらのせいで、我々は予想外の痛手を被った」
「むしろ我々は被害者だ。テロリストごときと一緒にされるなんて心外だな」
テロリストが臆面もなく被害者面するとは思わなかった。だが自分の理屈で動く優位論者に、世間の理屈は一切通用しない。
「同じじゃない!何でまた、学校を襲ってるのよ!?」
美花が叫ぶ。もっともな疑問だ。しかも自分達にスノウ・フラッドを発動させた男を援護までしていた。テロリストでなければ、いったい何だと言うのだろうか。
「復讐はその男の正統な権利だ。俺達はそれを手伝ったまでのことだ」
「だからって何をしてもいいわけじゃないわよ!」
「全てはこの国のためだ。そのためには目をつぶらなければならない些事もある。これもその一つに過ぎない」
優位論者にとっては当然の理屈だ。国のため、という大義名分を臆面もなく掲げ、そのくせテロリストや犯罪組織、暴力団の支援まで行っている。春の事件は大きなニュースとして、松浦と窪田という優位論者が関わっていたことも含めて、全国で報道された。そのため優位論者は、世間一般ではテロリストと同類扱いだ。
「優位論者風情が、語るんじゃないわよ」
だからさつきのセリフは、世間心情を代弁したものに等しい。
「さつきさん!」
「イラプションにミスト・アルケミストの相応関係で水蒸気爆発を起こすなんて、無茶なことするわね。おかげで間に合ったんだけど」
「美花、水谷さん!」
「真桜!飛鳥君も!」
駆け付けたのは飛鳥、真桜、さつきだけではない。風紀委員全員だ。
「美花、こいつらは優位論者か?」
二人の無事を確認できて一安心だが、優位論者に仇討ちなどという概念は存在しないから、何のために来たのか、飛鳥にはまったくわからなかった。
「そうよ……!」
「なんで優位論者がここにいるのか、なんとなく予想できるけど、一応聞いとくわ。何の用なの?」
だがさつきには、ありすぎるほど心当たりがあった。本来なら確認する必要はないし、そんなつもりもない。だが今回は、一つだけイレギュラーな事態が起きていた。
「用があるのは俺達じゃなく、この男だ」
優位論者の男達の前に、一人の男が出た。美花と久美にスノウ・フラッドを発動させた術師だ。
「あんたは!?」
さつきはその男を知っていた。知り合いではない。むしろ関わり合いたくないと思っていた。
「息子の仇……討たせてもらう!」
「息子?それに仇って?」
「飛鳥、その男、渡辺征司の父親よ」
目の前の男に、飛鳥は本当に覚えがなかった。だがそれも当然で、まさか誠司の父親が出てくるとは思ってもいなかった。
「渡辺の!?だけど俺が仇って、どういうことなんですか!?」
「代表の息子だからだ!征司は手のかかる奴だったが、大事な一人息子だったんだ!それを粛清など……。おかげで妻はやつれ、先日息を引き取った」
「あんたには可愛い息子だったのかもしれないけど、あたし達は大迷惑を被ったのよ。そのせいで、あたしの兄さんも死んだわ……!」
過激派には明星高校のOBもいるという噂がある。だから誠司が全ての元凶というわけではないが、それでも誠司の行動が、勇輝の死を招いたことは間違いない。おそらく勇輝は知らなかっただろうが、もし知っていれば、命を落とさずにすんだかもしれないという思いもある。誠司が優奈に仕出かした仕打ちを。
「征司のせいだという証拠がどこにある!子供が推測で物事を語るな!」
「推測じゃなくて事実よ。あんたが息子の面倒をしっかり見なかったせいで、どれだけ多くの人が傷ついたと思ってるの?」
征司が勇輝の死に関わり、過激派と内通していた証拠は山ほどあるし、何より本人が自慢げにそう証言していた。刻印術、及び刻印宝具の不正使用という前科も多々ある。しかも更生する気配すらなかった。
「あいつには私達も手を焼いていたんだ。そんなこと、知ったことか!」
「だったら仇討ちなんていう資格はないわ。それに渡辺征司の粛清は連盟の決定。それに異を唱えることが何を意味するか、あんたにもわかるでしょう!」
征司の粛清は時間の問題であり、むしろ未成年だからという理由で遅れていた方だ。だが狂気に取り付かれた渡辺には、そんなことは関係がない。既に理屈などどうでもいい。ただ息子の仇を討てれば、それでよかった。
「うるさい!子供は黙って大人の言うことを聞いていればいいんだ!」
渡辺の眼には憎悪と狂気が宿っている。理屈ではなく、感情で動いていることは間違いない。どうやらこの男は、父親としては失格だったのではないかと思う。
「子供の理屈ね。ご先祖様が泣いてるんじゃない?あんたが渡辺を止められなかったのも当然ね」
さつきが渡辺と言い合っている間、飛鳥と真桜は衝撃を受けていた。確かに渡辺征司は自分達の大切なものを傷付け、奪った元凶の一つだ。だから征司がどうなろうと、知ったことではない。事実、それだけのことを征司はしてきた。
だがそれを言うなら飛鳥と真桜も、既に多くの命を奪っている。テロリストや優位論者が相手だろうと、人の命を奪ったという事実に変わりはない。その人にも家族がいる。そのことを理由に、恨まれている自覚はある。罪悪感もある。だがやらなければやられる。それが刻印術師の宿命でもある。
「それじゃあんた達は?まさか仲間の仇討ち、ってわけじゃないわよね?」
死んだ者は、ただの役立たずであり、必要とされていなかった。これが多くの優位論者の共通認識となっている。
「俺達はただの付き添いだったんだが、その小娘の刻印具に興味が湧いた。渡してもらおうか」
「でしょうね。美花がイラプションを使った時点で、そうだろうと思ったわ。だけどそれもお断り。あんた達優位論者に渡すぐらいなら壊すわ」
さつきも多数の人命を奪っている。罪悪感もないわけではない。だが狙いが飛鳥、真桜、そして美花だとわかった瞬間、罪悪感は消え去った。それどころか許すつもりさえなくなっている。さつきから発せられた殺気は、すぐに状況を一変させた。
二人の少女を相手にしていた時は、A級術式イラプションの発動時こそ驚いたが、ミスト・アルケミストも水蒸気爆発も、特に驚くべきものではない。刻印具を奪い、二人を始末することは容易いことだった。だが今、目の前に現れた一人の少女に、自分達は威圧されている。半端じゃない殺気を向けられている。まだ高校生でありながら、これほどの殺気を放つなど、通常ではありえない。
さつきは愛用の携帯型刻印具を構え、風性B級広域干渉系術式ガスト・ブラインドを発動させた。敵を逃がさないために、生徒達の目に触れさせないようにするために。
「あんた達の言い分はよくわかったわ。だけどねあんた達、誰に武器を向けてるか、わかってるの?」
さつきの視線は氷のように冷たい。さつきにとって、飛鳥と真桜に敵意をもって武器を向けるような輩は敵だ。それだけで万死に値する。ただの高校生やチンピラならともかく、刻印術師優位論者が相手となれば容赦はしない。
だが今回は少し事情が違う。優位論者達は怖じ気づいているが、一人だけ例外がいたからだ。
「邪魔をするなっ!」
「邪魔?それはどっちよ? あんたの筋違いの仇討ちに付き合うつもりもないし、そんなくだらない理由で、テロリストなんか連れてくるんじゃないわよ。あんたもこの場で引導を渡してあげるから、覚悟しなさいよ!」
さつきは本気で、渡辺や優位論者を倒すつもりでいる。だから左手の刻印に印子を巡らせ、いつでもガイア・スフィアを生成するつもりだった。




