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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第二章 刻印の宿命編
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13・優位論者

――西暦2096年9月25日(火)16:34 風紀委員会室――

 2年生風紀委員が頭を悩ませてからはや三週間。昨日、生徒会選挙も無事に終わり、今日は新任の風紀委員の初顔合わせの日となっていた。推薦された2年生三人、1年生五人も無事に承認され、さつきの後任も発表される。

 だが引き続き風紀委員に在籍する七人の2年生―雪乃、武、昌幸、エリー、香奈、もり まどか、戸波となみ はるか(♂)―は戦々恐々としていた。新任が任命される可能性もなくはない。だが予備知識もなく前任、及び後任(予定)の実力を見せつけられれば、自信喪失どころか一生消えないトラウマを植え付けられることになる。既に自分達がそうなのだ。3年生もそれを痛感していることは容易に想像できる。となれば新任の三人が選ばれる可能性はほぼない。


「ねえ、遥ちゃん」


 香奈が遥に声をかけた。遥は女の子のような名前とは裏腹に、大柄で体格がよく、機転も利くため、委員長に最も近い男として同級生から祭り上げられていた。


「……なんだよ?」


 正直不本意だ。だが押しに弱いのが最大の欠点であり、本人も自覚している。このまま押し切られてしまった夢も見た。だがそれとこれとは別の話だろう。


「さっき聞いたんだけどさ、次の委員長、もしかしたら雪乃かもしれないよ?」

「……へ?」


 だから香奈のセリフは、予想外のものだった。素っ気ない態度を取っていた遥だが、一瞬で香奈に向かい合っていた。


「結局2年生って、術師は雪乃だけでしょ。新任に一人いるみたいだけど、飛鳥君と真桜ちゃんに自信奪われちゃうかもしれないじゃない?だったらいっそ、慣れてる面子で術師を中心にした方がいいんじゃないかってことみたいよ」


 確かに雪乃の様子がおかしい。これはもしかするのかもしれない。だが遥は、そこまで楽天家ではない。どちらかと言えば慎重、臆病ともいえる。しかし雪乃の態度が演技にも見えない。だから判断が付かない。


「はいはい。席に着いて、席に着いて」


 遥が逡巡している間に、さつきが新任の委員を連れて入ってきた。見たことのない生徒がいるが、おそらく1年生だろう。


「それじゃ新任は自己紹介」


 新任の2年生―川島かわしま のぞみ鬼塚おにづか 良平りょうへい北川きたがわ 浩司こうじは全員知っている。だが三人の視線の先にいるのは、飛鳥と真桜だ。二人のことは知っているはずだし、鬼塚にいたっては夏休み前に飛鳥にケンカを吹っ掛けていたはずだ。さつきがトラウマを植え付けたという話を聞いた覚えがある。遥はチラリと飛鳥に視線を向けたが、当人は記憶になさそうだった。

 それはともかくとしても、問題なのは北川だ。不正術式の入手、使用で真桜に制圧された三笠とも付き合いがあったはずだ。事実、先輩方の顔色を窺ってみたが、誰も歓迎などしてはいない様子だ。


「2年は以上ね。それじゃ次、1年生」

「はい。1年3組、一ノ瀬さゆりです。よろしくお願いします」

「シャッス!1年2組、佐倉大河です!」

「同じく1年2組、真辺美花です」


 この三人はよく知っている。春の学校襲撃事件でも先月の鶴岡八幡宮の騒ぎでも、騒動の鎮圧に一役買っていた。だがあとの二人は初めて見る顔だ。


「1年1組、水谷みずたに 久美くみです」


 長い髪の、落ち着いた雰囲気の少女は、確か1学期の期末考査では、刻印術実技学年3位だったと記憶している。1位が飛鳥で2位が真桜だから、実質的に1年トップと言ってもいいだろう。


「1年4組、足立あだち 弘樹ひろきッス」


 だが最後の一人が自己紹介した途端、飛鳥と真桜の顔色が曇った。どうやら足立も、問題児のようだ。誰が推薦したのかはわからないが、一体何を考えているのか、問い詰めたくなる。


「今日は挨拶だけの予定だから、自己紹介が終わったら新任は解散。そのあとで、あたしの後任を発表するから」


 遥だけではなく、2年生七人の背筋が伸びた。雷に打たれたような、という表現がぴったりだろう。だがそこで、まさかの声が響いた。


「委員長。新入りでよけりゃ、俺が引き受けてもいいッスよ」

「俺も賛成ッス。北川先輩、刻印術師ッスもんね」


 2年生も1年生も予想外だったようだ。だが3年生はそうでもない。むしろ想定内といった雰囲気だ。


「却下」


 だからさつきは、冷たくあしらった。


「へえ?じゃあ先輩、もう誰を次の委員長にするか決めてんスか?俺も納得できる奴なんでしょうね?」


 今まで知らなかったが、どうやら北川は刻印術師優位論者のようだ。おそらくは足立もだろう。


「……今から緊急解任会議を始めます。異議のある者は?」


 誰もいない。新任の望、良平、久美はキョトンとした顔をしているが、それだけだ。むしろ嫌悪感が広がっている。だが刻印術師優位論者が空気を読むことはない。


「緊急解任会議?何スか、それ?」


 言った通り、足立が空気を読まずに発言した。予想できたことだが、嬉しくない。そもそも正解したからといって、空気が軽くなってくれるわけもない。


「緊急解任会議は、風紀委員には不適切だと判断された者を対象に行う会議だ。誰が対象なのかは、言うまでもないと思うがな」


 詳しく説明してくれなくても、字面でわかる。だが志藤があえて声に出したのは、それではわからない奴らがいるからだ。


「へえ。そんな奴いたのか。しっかりしろよ、お前ら。つっても、1年の専横を許すようじゃ、それもしゃねえよな」


 明らかにケンカを売られている。だが北川にそんな意識はない。優位論者は自分の理屈で動く。刻印術師でさえ説得は難しい。というか、無理だ。


「なら次期委員長として、俺も参加しなきゃだよな」

「俺もッスね。先輩の後を継ぐのは、俺しかいないわけだし」


 寸劇でも見ているような気分だ。目の前の二人の優位論者は、あまりにも滑稽だ。室内のあちこちで失笑が漏れている。


「それじゃ開票。はい、賛成多数、というより満場一致で可決されました」


 当たり前だが拍手などない。


「ちょ、ちょっと先輩。誰なんスか、そいつって?」

「いきなり開票って、俺達は無視ッスか?」


 北川や足立の疑問は当然と言える。話し合いなど皆無でいきなり開票、しかも満場一致と言われても何の事だかわからないし、そもそも誰を対象にしているのかすらわからない。だがわからなかったのは望、良平、久美だけであり、大河、美花、さゆりを含めた委員達は誰のことを指しているのか、その理由も十二分に理解していた。


「まだわかんない……それも仕方ないか。対象は北川と足立、あんた達よ。おめでとう。満場一致なんて、そうそうないわよ?」


 さつきがたっぷり皮肉を込めている。だがあれでも優しい方だ。


「はあっ!?なんで俺達が!?」

「そうだぜ!俺達は推薦されたから来てやったってのによ!」


 来てやった、という上から目線も気に食わないが、それでも北川と足立の気持ちはわからないでもない。せっかく推薦され、承認されたというのに、何もしないうちから解任なのだから、普通なら怒って然るべきだ。


「あたし達が頼んだわけじゃないわ。そもそもあんた達、誰に推薦されたのか知ってるの?」


 通常推薦は、教師や風紀委員、生徒会が行う。自薦は一切認められず、それに類する行動も同様だ。だから風紀委員は、誰に推薦されたのかを知っている。


「へ……?」

「そ、それは……」


 だが北川も足立も、誰が推薦者なのか、本当に知らなかったようだ。


「本音を言えばね、あたしはあんた達を、八つ裂きにしても足りないのよ。あんた達も渡辺征司と同じなんだからね」


 背筋が恐怖で震えた。さつきから殺気が漏れている、というより意図的に漏らしているようだ。一流の刻印術師が放つ殺気は、それだけで場の空気を一変させるには十分だ。望、良平、久美の新任トリオは完全に怯えてしまっている。殺気を向けられた北川と足立も、呑まれる寸前だ。

 さつきは刻印術師優位論者の手によって兄を……勇輝を失った。それだけでも十分な理由だが、それ以上の理由として、さつきは飛鳥と真桜に忠誠を誓い、真桜の盾として命を捧げている。その飛鳥と真桜は、雅人とさつき、そして勇輝を実の兄、姉のように慕っている。

 だが奪われた。ただ奪われたのではない。自分達の盾として、死なせてしまった。その事実が重い十字架となって、二人に圧し掛かっている。勇輝だけではなく、さつきと雅人も、いつか同じことをするかもしれないし、その時は勇輝のように喜んで死んでいくだろう。

 いずれ飛鳥と真桜は、その力を世界のために使いだす。その時に邪魔になるような存在は、自分達が排除する。今目の前にいるのは、まさにその邪魔者だ。言葉通り、八つ裂きにしても足りない。だがそれでは何の意味もない。この場を設けたのは、意味があるのだから。


「あたし達3年があんた達の推薦を承認したのは、見せしめのためよ。二度とうちの学校に、刻印術師優位論者が手を出してこないようにね」


 これがその意味だった。


「み、見せしめだぁ!?」

「ふ、ふざけんじゃねえ!俺達は生け贄だってのかよ!?」


 だがそんな理由で推薦が承認されていたなど、二人は夢にも思わなかった。風紀委員になれば行動しやすくなると思っていただけに、こんな事態は想定外だ。


「そうしてほしいなら、リクエストに応えてあげてもいいわよ?知ってた?生け贄って、本当に死んじゃうのよ?」


 さつきだけではなく、3年生は全員が本気だ。二人を見る目が一様に険しくなっている。


「し、職権乱用だろ!まだ何もしてねえってのに、いきなり解任なんて横暴すぎる!」

「そうだぜ!俺達が何したってんだよ!?」


 確かに北川も足立も、まだ何もしていない。問題児ではあるが、程度の差はあれ、武も問題児に分類されているから、理由にはならない。だがさつきには、どうしても許すことのできない理由がある。


「あんた達を推薦したのが、南徳光だからよ。誰か知ってる?」


 顔色を変えたのは飛鳥と真桜だけだった。3年生は既に知っているようだが、他は聞いたことがあるような、といった感じだ。


「南?誰だよ、そいつ!」

「そんな奴、知らねえし!だいたいなんでそいつの推薦だからって、いきなり辞めさせられなきゃならねえんだよ!」


 だからこの答えも予想通りだ。さつきは飛鳥と真桜に目を向け、頷いた。飛鳥と真桜も頷き返した。


「知らないなら教えてあげるわ。南徳光はね、刻印術連盟元代表にして、現在は連盟の粛清対象堂々一位の裏切り者よ。それが何を意味するか、刻印術師ならわかるでしょ?」


 即座に場の空気が変わった。北川と足立の顔色も変わった。


「な、ならなんで、そんな大物が俺達を推薦すんだよ!」

「そ、そうだ、そうだ!たかが高校に、そんな大物が出てくるわけねえだろ!」


 南のことは本当に知らないが、こんな所で出るような名前でもない。何より南は、自分達もよく知らない人物だ。


「出てくる理由ならあるわよ。もっとも、あんた達に教えるつもりはないけど」

「な、なんだと!?」

「ふざけんなよ!!」


 挑発混じりの嘲笑に、ついに北川と足立が切れた。混乱していた、とも言える。だが発動させた術式は不発に終わっていた。


「な、何だ!?なんで術が発動しねえ!」

「刻印具が壊れやがったのか!?いや、違う!じゃあ何でだ!?」

「まだわかりませんか、先輩?」


 答えたのは飛鳥だった。だがその眼差しには、冷たい光が宿っている。


「て、てめえ……!」


 北川は憎悪のこもった目で飛鳥を睨んだ。だが飛鳥は動じていない。


「先輩、今何時だと思いますか?」

「はあ?何言ってんだ、てめえ?まだ五時前に決まって……あん?」


 北川は窓の外に目をやった瞬間、固まっていた。時計は確かに五時前を指している。だが外は、どうみても真夜中だ。何度も時計と窓に目を向けるが、結果は変わらない。足立もようやく気付いた。だが同じものが見える。外はどう見ても夜……月の光も星明りも無い、漆黒の空が広がっている。


「飛鳥、もういいわよ。やっぱりこいつら、わかってないみたいだから」

「そうみたいですね。でも、いいんですか?」

「あたしがこんな奴らに、後れを取るとでも?」

「余計なことでしたね」


 笑みを交わし合い、飛鳥は術式を解除した。すると漆黒の空が、茜色に染まっていく。


「な……何なんだ、今のは……」


 北川も足立も、何が起こったのか本当にわかっていなかった。


「わかんないのは仕方ないとしても、術式の名称ぐらいは知ってるんじゃない?闇性A級広域対象系術式ヘルヘイム。聞いたことない?」


 親切心でさつきが教えてあげたが、本当にそうなのかはとても疑わしい。


「は?闇性?ヘルヘイム?」

「つかA級!?まさか、三上が使ったってのか!?」

「そうだよ。それがどうかしたか?」


 驚く足立に、飛鳥は冷たく答えた。この上なく面倒くさそうに、この上なく冷たく。


「ば、馬鹿言え!A級っつったら、生成者しかできねえんだぞ!てめえみてえな1年ができるわけねえだろうが!俺だってできねえんだ!」

「優位論者はみんなそう言いますね。自分にできないから他の誰にもできないって。自分が世界の中心にでもなったつもりでいるから、あんた達は平気で他人を傷つけることができるんだ……。いい加減うんざりだよ」


 途中から先輩相手ということは忘れていた。高校に入学してからまだ半年も経っていないというのに、優位論者には散々振り回されてきた。兄と慕っていた人まで奪われた。この上いったい、何をしようというのだろうか。飛鳥には目の前の二人が、地獄からの使者のように見えて仕方がない。と言っても、地獄の使者の使い魔の下僕の従者の下僕の使い魔程度だが。


「てめえ……俺にそんな口を利くたあ、いい度胸じゃねえか!殺してやるよ!」


 北川のような輩に言葉は無意味だ。いきなり襲い掛かってくるような短絡的な思考しかもたないのなら、ここで終わらせてもいいんじゃないかとさえ思える。さすがにここではできないか、などと傍から見れば物騒なことを考えながら、北川の発動させた土系B級攻撃術式アイアン・ホーンをオゾン・ディクラインで原子分解させ、同時に発動させた火性D級支援系拘束術式ライトニング・バンドで四肢を封じた。


「お、俺のアイアン・ホーンを!ちきしょー!離しやがれ!」

「み、三上!!」


 振り返ると、足立が真桜を人質に取っていた。頬には生活型刻印具が押し当てられている。室内が騒然と……しているわけでもなく、むしろ足立に同情の視線すら送られている。


「な、何だよ!?何で誰も慌ててねえんだよ!?俺がちょっとでも手を動かしたら、お前の妹に一生消えない傷が残るってのによ!!」


 衝動的に行動してしまったとはいえ、女の顔に傷をつけようとは考えていない。だが誰も―新任委員は目を回しているが―悲鳴すら上げず、顔色すら変えていない。人質にした真桜すら、自分に軽蔑の眼差しを向けている。


「傷を残す、ねえ。何なら、やってみたらどうだ?」

「……は?な、何言ってんだよ、お前……!ふざけてんのか!?」


 足立にとって、こんな状況も想定外なら、飛鳥の一言も想定外だ。何を言われたのか、一瞬わからなかった。


「好きに受け取れよ。どうなんだ?やるのか、やらないのか?」

「じょ、上等だ!後悔しろよ!お前のせいだからな!」


 足立は刻印具を持つ手に力を入れた。だが手が動かない。というより、冷たい。


「ちょっと飛鳥。ひどくない?私、人質にされたんだよ?」


 足立の存在などなかったかのように、真桜が飛鳥にむくれて見せた。


「こんなとこで人質になるほうが悪いだろ」

「ひっどーい!それが婚約者に対する言い草!?ひどくないですか、エリー先輩!?」


 飛鳥の冷たい一言に真桜が絶望的な顔をしながら、エリーに泣きついた。


「まったくよねぇ。しかもやってみろって。できないってわかってても、女の子に言うセリフじゃないわよねぇ」

「そうよ、飛鳥君。もっと大事にしてあげなきゃ」


 エリーだけでなく、香奈まで真桜の味方のようだ。飛鳥は少し照れながら頭を掻いていた。


「な、なんで……身体が動かねえんだよ……!」


 すっかり忘れられていた足立の呟きが響いた。遠目からではわかりにくいが、右半身が、正確には空気が氷り付いている。本当は血液を凍らせてもよかったのだが、こんな所でそんな真似をしてしまえば、自分もこんな連中と同類になると思い、真桜は水性B級広域対象系術式コールド・プリズンを発動させ、足立の周囲にある大気中の水分を氷らせ、動きを封じていた。


「志藤、安西、藤間。こいつらを警察に突き出しといて。アイアン・ホーンの不正入手と不正使用ってことでね」

「やっぱりそうなのか?」

「ええ。連盟には照会済み。こいつらは問題が多過ぎて、許諾試験を受けさせてもらえないのよ」

「それって相当じゃねえか」


 術式許諾試験は刻印術師だけではなく、一般にも広く開放されており、連盟が主催し、支部を担っている全国の神社で受けることができる。A級を受験するためにはB級を三種、B級はC級五種、探索系はB級を二種以上習得していれば他には必要なく、年齢制限もない。だが国家試験に準ずる試験のため、犯罪者や予備軍、テロリストや暴力団は受験することができない。

 昨年夏に壊滅するまで、日本はマラクワヒーのテロによって大きな被害を被った。そのマラクワヒーは、七年前に刻印術師優位論者とつながっていたことが発覚し、そのため優位論者と認定された刻印術師も予備軍と認定され、受験資格を剥奪されることとなっていた。北川と足立は、この予備軍に該当する。


「見せしめにはもってこいだけどな。それじゃ連れていくか。飛鳥、お前も来てくれ。ライトニング・バンドが厄介だ」


 さつきは北川のことも足立のことも知らなかった。だから最初は気にも留めていなかったが、推薦者が不明という状況に不審を抱いた。それは同級生達も同様だったが、手掛かりは身近にあった。窪田の代わりに赴任してきた新教頭の西谷が、連盟時代の南の配下だったことがわかったからだ。もっともこれは、巧妙に偽装されていたため、さつき達が調べただけではわからなかっただろう。話を聞いた雅人が管理局の情報網まで使い、詳細に調べ上げた結果だ。さすがに南という連盟元代表にして過激派筆頭の裏切り者が関与しているとは思っていなかったが、飛鳥と真桜が関わることに、雅人がいい加減な調査をするわけがない。

 さつきは3年生だけを招集し、事の次第を説明した。3年生にとっても、過激派は勇輝を殺した仇と言える存在であり、先月のあの日、自分達が受けた仕打ちを忘れてはいない。全員が即座に協力を約束し、計画を立案し、そして実行した。たとえ微々たるものであろうと、後輩達を守ることに異議などあろうはずもないし、何より勇輝に顔向けができない。


「ついでだし、ヘルヘイムのことも聞かせてもらおうか。この先も、お目にかかれるかわからないしな」

「先輩たちなら使えると思いますけど」


 これは掛け値ない飛鳥の本音だ。一流の術師に比べればまだまだだが、3年生は同世代では高レベルの実力を持っている。さつきという同世代きっての術師や雅人、勇輝という先輩達に揉まれたことも大きい。だが前後左右に生成者、それも融合型に複数属性特化型というレアすぎる存在が何人もいるなど、身近の比較対象の次元が違いすぎる。容易に自信を喪失することも十分頷ける話だ。


「お世辞なんか必要ねえよ。ま、お前に言われると、何となくそんな気になるけどな」


 そう言うと志藤は、安西、藤間、飛鳥とともに北川と足立を連行して行った。


「これでよし。あんた達……望、良平、久美だったわね。いきなり怖い思いさせて、ごめんね」


 志藤達が委員会室を後にすると、さつきは本当の委員候補達に謝罪した。三人ともまだ目を白黒させながら怯えているが、それも当然だ。


「姐さんがあんな殺気出すからでしょうが」


 武のセリフもすさまじい説得力がある。一流でさえ怖じ気づくような殺気をいきなり、しかも同じ委員候補相手に放たれてはたまったものではない。特に1年生の久美はよっぽど怖かったのだろう、目に涙が浮かんでいる。


「何よ、武?あたしのせいだっての?」

「まったく責任がないわけじゃないですか。飛鳥君や真桜ちゃんだって、元凶になりかねないことしたワケだし」

「私もですか?」


 いきなり自分にも矛先が向けられたが、心当たりがない。というより、多過ぎて見当がつかない。それもそれで問題ではあるが。


「気持ちはわかるけど、コールド・プリズンなんか使わなくても良かったんじゃないかな……」

「そうよねぇ。いくら飛鳥君に見捨てられたからって、あれはやりすぎよねぇ」


 だが先輩達は容赦がない。ここぞとばかりにたたみ掛ける算段だ。


「見捨てられてないですよ!ひどいなぁ、もうっ!」


 冗談だとわかっているが、それでも飛鳥に見捨てられるなど、真桜には耐えられない。だから少し涙目になっている。涙腺は弱い方だ。


「で、でも飛鳥君、本心じゃないですよ?」


 恐る恐るといった様子で美花が助け船を出した。


「大丈夫、わかってるわよ。それで望、良平、久美。どうする?今ならまだ、承認を取り消すことも出来るわ。あんなことが日常ってわけじゃないけど、近いことはそれなりに起こるの。だからやりたくないなら、断ってもらってもいいわ」


 三人は即答しない……のではなく、できなかった。確かにあんなことが日常ではたまったものではないが、それなりの頻度で発生していたことは知らなかった。それだけでも驚きだが、さつきの殺気、飛鳥のヘルヘイム、真桜のコールド・プリズン。普通の生活で身につけられるものでないことは明白だし、それに驚いていたのは自分達だけだった。


「とりあえず、今日の所はもういいわよ。少し落ち着いてから答えをだしてもらっていいから。大河、美花、さゆり。あなた達も」

「了解ッス」

「わかりました」

「それでは、お先に失礼します」


 望も良平も、そして久美も混乱が激しく、三人が何事もなかったように帰路についたことに、しばらく気づけなかった。

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