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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第二章 刻印の宿命編
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11・盾

――西暦2096年8月31日(日)PM16:00 鶴岡八幡宮 研修道場――

 あの日からずっと、優菜は鶴岡八幡宮に身を置いている。誰にも話したくなかった自身の体験を告白した優菜は、学校を辞めるつもりだった。

 だがさつきは、それを引き止めた。誰にも、飛鳥や真桜にも話してはいないし、今日のことも伝えていない。

 さつきは今、鶴岡八幡宮の研修道場にいる。今日ここで、渡辺征司の粛清を行うためだ。鶴岡八幡宮は広大な敷地に研修道場と呼ばれる武道館を構えている。源氏に縁の深い神社でもあり、武道によって精神や徳を培うために創設された。戦後になり、刻印術が世間に広まってからは、刻印術も取り入れ、同時に施設の改修も行った。規模こそ明星高校の刻錬館と大差ないが、設備面では横浜の総合刻印館にもひけを取らない。

 本来ならば神社という神聖な場所ですべきことではない。だが神社での葬儀がないわけではないし、境内は刻印術師の決闘場として利用されてきたという歴史もある。鶴岡八幡宮も事情を理解し、快く研修道場を貸してくれたが、さつきとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だからさつきは、もっと早くに決行するつもりだった。

 征司は過激派に切り捨てられた瞬間に激昂し、銃装大隊隊員の数名に重傷を負わせ、自身も全治二週間の怪我を負うはめになっていた。粛清に相手の都合を考慮する必要などない。だがさつきは、征司の傷が回復するまで待つことを選んだ。勇輝が喜ぶわけでも、優菜の傷が癒されるわけでもない。おそらくは自己満足でもない。さつき自身もよくわかっていない、と言ってもいいだろう。

 この場にいるのは優菜だけではない。優菜の隣に雅人。立会人として同級生の風紀委員、志藤、安西、聖美、そしてさゆりがいる。立ち会いの許可は連盟から得ている。だがさすがに緊張しているようだ。立会人、といえば聞こえはいいかもしれないが、一言で言ってしまえばどちらかが死ぬ現場を見ていろと言っているのだから、それも当然だろう。特にまだ1年生のさゆりは、自分がこの場にいていいのかという疑問を抱いている。

 だが思考はここで中断された。征司が連盟の使者と共に研修道場へ入ってきたからだ。


「立花先輩、本気ですか?俺と決闘するなんて、よくもまあそんな大それたことを」


 入ってくるなり征司の大言壮語が道場に響いた。しかしさつきは動じない。この程度のことは想定済みだ。だが感情が抑え切れなくなってきているのもまた事実。あまり話したい相手ではない。だがそういうわけにもいかない。何故なら征司には、粛清ではなく決闘、しかも自分に勝てばお咎めなしという条件で呼び付けていたのだから。


「宝具もないあなたが俺と決闘など、無謀にも程がある。ようやく連盟も、俺の力を認めたということか。体裁は大事ですからね」


 征司に疑っている様子はない。それも予想していた。だが征司の戯言に、これ以上耳を貸すことはできなさそうだ。


「何か勘違いしてるわね」


 冷たく言い放つとさつきは、刻印宝具ガイア・スフィアを生成した。


「それは……刻印宝具!?なぜあなたが……!」

「驚いてるわね。まっ、あたしがこのガイア・スフィアを生成できてから、まだ三ヶ月しか経ってないし、あんたが知らなくても無理もないけど」

「三ヶ月だと?まさか……いや、あなたはあの日、重傷を負ったと聞いている。宝具生成ができたならば、そんなことはあり得ないはずだ……!」

「そうかもね。だけど生成者だって無敵じゃない。怪我ぐらいしてもおかしくはないわよ。こんなこと、あんたに話しても無駄だって知ってるけど。それよりいいの?あんたのセリフじゃないけど、宝具なしであたしに勝てるの?」


 さすがに予想外の事態に、征司は硬直していた。さつきは宝具生成ができない術師だった。それは本人も認めている。だがさつきは、あの日初めて宝具生成に成功したとも言った。その上で自分が鬼切丸を生成するのを待っている。宝具生成に成功すれば、次に行うのは“S級術式開発”。そこまで思い至って、征司は激昂した。


「つまりは俺を実験台にしようとしてるのか!ふざけるなよ!」

「別にふざけてないわよ。飛鳥や真桜が相手じゃ、練習にならないのよ。二人共強過ぎるから。だからランクをあんたまで落としただけの話であって、あたしは大真面目よ」

「それがふざけてると言っている!」


 完全な挑発だが、征司はあっさりとその挑発に乗ってしまった。

 窪田と松浦にそそのかされ、刻印術師優位論を吹き込まれてから、征司は大抵のことを力で思い通りにしてきた。両親は口を出さなくなった。妥協せざるを得ない状況もあったが、それでも大抵のことは思い通りにしてきた。先日過激派に命を狙われた際にはこちらも手傷を負ったが、追っ手も振り切った。決闘に勝利すれば、これまでの行いはなかったことにするとも言われた。それも宝具生成すら出来ない未成年の術師とだ。

 だから過激派を抜けてからの約二週間、征司は気分が良かった。ついに連盟が、自分の実力と価値を認めたのだと思った。だから勧められた通り、傷を癒すことに専念もした。多少の邪魔者は存在するものの、これでようやく、大手を振って高校生活を再開できると思っていた。その矢先にこれだ。


「それと一つ訂正しとくわ。あたしはね、あんたを粛清するためにここにいるのよ。飛鳥や真桜を狙うだけでも許せないのに、優菜や大河、美花、そして兄さんまで……。もうあんたの命一つじゃ足りないのよ!」


 その点については―飛鳥と真桜を狙ったという事実は、雅人にとっても許せないことだ。だが雅人は宝具を生成していない。それどころか戦闘態勢すら取っていない。


「ならばなぜ、お前だけが宝具を生成している?そこの雑魚共はともかく、なぜソード・マスターは生成していない?まさかとは思うが、お前ごときが俺を粛清できるとでも思っているのか?」


 激昂した征司に、既にさつきへの敬意などない。他者は全て自分以下であり、自分以上の者は存在しないという、過信という言葉でさえ足りない傲慢さ。兄を失った悲しみ、雅人の親友を失った喪失感、飛鳥と真桜に背負わせた十字架、大河と美花の前から永遠に消えた師、そして優菜に与えた恥辱。征司と話しているだけで、それらの思いが渦を巻く。この男と話しているだけで、言い知れぬ嫌悪感と不快感が増していく。こんな奴のせいで兄が命を落としたのかと思うと、罪悪感に押し潰されそうになる。怒りと憎悪で、自分が自分ではなくなりそうな気がする。


「当たり前じゃない。あんたなんか、あたし一人でも充分お釣りがくるわ」


 だからさつきはこの場にはいない、優しく、料理が上手く、本当は泣き虫な姫君に感謝し、微かな笑みを浮かべながら、征司に冷たく、素っ気なく答えた。


「宝具の生成ができた程度で、思い上がるなよ!」

「思い上がってるのはどっちだ?お前は宝具を生成してから、非適性属性・系統の習熟という努力もしていないだろう。才能だけではでやっていけると自惚れている奴に、俺が出る必要性は一切ない」


 雅人の言う通り、刻印術は生来の適正によって、どうしても得手不得手がでてしまう。ある程度は才能で補えるが、それも限界がある。努力を積み重ね習熟することで、ようやく克服したと言えるレベルに達することができる。


「生成者はそれだけで存在価値がある。努力など無意味なものだということに気付かないとは、ソード・マスターの力もたかが知れているな」


 だが征司は、真っ向から否定してみせた。自分が優れているという思い込み、他者を見下す傲慢さ、そしてなにより相手の力量、実力を認めようともしない小さな器。過激派が征司を切り捨てざるを得なかったのも当然の話だ。


「別にどう思っててもいいわよ。あんたと話すことなんて、これが最期だからね」

「いい度胸だ!手加減してやろうと思っていたが気が変わった!お前はここで殺す!」


 言うが早いか、征司はS級術式、雷切りを発動させた。


「速い!」


 初めて目にするS級術式に、さゆりは驚いていた。雷切りの概要は知っている。だが聞くと見るとでは、明らかに違う。さゆりの目には征司が消えたようにしか見えなかった。だがその一撃を、さつきはガイア・スフィアで受け止めていた。


「ふん!盾状だけあって、防御力は高いようだな!だがそんな小さな盾で俺の雷切りを防ぎきることなど、できはしない!」


 志藤、安西、聖美は別の意味で驚いていた。今さつきが発動させたのは風性C級防御系術式エアー・シルトだ。さつきの得意属性とはいえ、火は風に煽られるという相克関係から、火属性に適正が高い征司の、A級術式に匹敵する雷切りを防ぐことなどできるはずがない。互いが得意属性の術式を使用している以上、それが常識だ。だが予想に反し、さつきは完璧に受け止めていた。

 三ヶ月前のマラクワヒー襲撃事件で重傷を負ったさつきは、一ヶ月近く入院していた。その理由は、さつきが手にする刻印宝具ガイア・スフィアそのものにあった。刻印宝具は生成者の印子を多量に消費する。多量と言っても普段の生活をしていく上では支障はない。だが初の宝具生成を、重傷を負った身体で行い、それが複数属性特化型、しかも限界まで印子を使ったとなれば、誰であろうと回復は遅れる。にもかかわらずさつきは、ガイア・スフィアの特性を掴むために幾度も生成し、その都度印子を消耗させていた。その結果入院が長引いてしまっていたわけだ。

 だがさつきは、一流の刻印術師でもある。入院中、ただ寝ていたわけではない。


「どうやらイメトレの成果も出始めたようだし、印子も回復してるわね。やっぱりハイレベルの相手とばかりじゃ、効果は実感しにくいわ」

「余裕があるようだが、さっきの雷切りは挨拶代わりだ!俺の雷切りは雷より、そして光より早い!それに反応できる人間など、存在しない!」


 確かに光より早い物質は存在しない。その意味では征司は正しい。だから征司は、最大値で雷切りを発動させた。炎の温度も、纏う雷の数も、自身の速度も、限界まで上げられている。理屈では防げる道理はない。


「ば、馬鹿な!」


 だから次の瞬間、征司は驚愕していた。手応えはあった。だがそれはさつきを斬り捨てた手応えではなく、防がれた……いや、砕かれた手応えだった。


「確かにさっきより早かったし、威力も増してたわね。だけどね、雷切りは近接戦闘用の術式であって、直接当たらない限り効果を発揮しない、中途半端な術式なのよ。だから軌道が読めれば、防ぐことは難しくはないわ」

「お、俺の雷切りが中途半端だと!?ふざけるな!俺の雷切りは完璧だ!これ以上の術式はありえない!」


 さつきの指摘は的を射ている。征司は、自分でも予想以上の完成度の雷切りに満足していた。これがあれば誰にも負けない、この世で最強の存在になった、と心から信じ込んでいた。

 だが征司は気付いていなかった。雷切りを開発するにあたって、そして今日に至るまで、征司は対人戦闘で雷切りを使ったことは、先日飛鳥と戦った時が初めてだった。動く的を相手にしたことはある。だがパターン化された動きしかできない的では、実戦の役には立たない。征司に限らず、刻印術師優位論者のほとんどは、柔軟な思考ができない。格下の策など、力でねじ伏せることができると考えているからだ。

 だがさつきは、格下ではない。確かに刻印宝具の生成は征司の方が早かったが、そんなことに関係なく、さつきは努力と修練を重ねてきた。それは征司のような張り子の虎ではない。多くの努力と実績に裏付けされた確かな自信―本物の虎だ。だから雷切りの弱点も欠点も、さつきには手に取るようにわかる。


「それにあんたが自分で言ったでしょ。光より速いものはないって。自信を持つのは結構だけど、あんたのそれはただの過信と慢心。あんたと同じ速さで、この子を動かせばいいだけのことじゃない。同じ速さなら残る問題は対象までの距離。あんた、助走のために距離取り過ぎなのよ」


 さつきの言う通り、征司は助走のために距離を取った。その距離、約10メートル。対してさつきは、征司が距離を取ると同時に、全身にスプリング・ヴェールと風性C級防御系術式クラウド・ヴェールを同時発動させ、ブリーズ・ウィスパーで印子の流れを認識し、さらに征司の突進に合わせてエアー・シルトまでも発動していた。征司が10メートルの距離を移動する間に、小柄なさつきの身体に多数の術式展開印子が張り巡らされていたことになる。

 同じ速度ならば距離が近いほど、短いほど速く目的地に到達する。子供でもわかる理屈だ。雷より速いと言われていても、人間が生身で光速に耐えることは不可能であり、そのために征司の雷切りは亜音速の域を出てはいない。だがそれでも、人間の反射速度を超えるスピードであることに間違いはない。

 だがさつきは、ブリーズ・ウィスパーで雷切りの印子が辿る道筋を見極め、征司より早く、音速に近い速度でガイア・スフィアを動かし、スプリング・ヴェールによる相克関係を展開し、得意とする風属性のクラウド・ヴェールとエアー・シルトで受け止めた。だがそれすらも布石にすぎなかった。雷切りを受け止めたその瞬間、エア・ヴォルテックスと水性B級干渉系術式スノウ・フラッドが同時に発動した。風の渦と雪の洪水は瞬時に鬼切丸の炎を消し去り、刀身を冷却し、熱疲労を加速させ、刀身をヘシ折った。

 この場の全員が―雅人は表情一つ変えていないが―またしても驚いていた。特にさつきの戦っている姿を初めて見たさゆりは、戦慄していたと言ってもいい。さつきの実力は知っていたつもりだったが、正直これほどとは、さゆりは思っていなかった。飛鳥と真桜という、ずば抜けたセンスと実力を持つ二人と毎日のように接していたために、おそらくは感覚が狂っていたのだろう。事実、さつきのセンスも実力も、決して二人に劣るものではない。

 さつきが見せた異なる属性の同時多重展開は多重積層術と呼ばれる高等技術であり、相克関係によっては相殺による術式の不発、という最悪の結果を引き起こすため、実戦での使用は多大なリスクを伴う。だがさつきは、風は火を煽る、という相克関係を風と水の同時多重展開―吹雪によって完全に無効化した。さつきはこの多重積層術を最も得意としており、この技術をもって同世代最強と称されている。


「それじゃ今度はこっちの番ね」


 そう言うとさつきは、征司をガスト・テイルで吹き飛ばし、ガイア・スフィアに組み込んだばかりの術式を起動した。すると二人を囲むように、広域対象系術式にも似た空間が出現した。


「な、なんだ、これは……?」


 初めて見る術式に、さすがの征司も警戒している。だがさつきはそんな征司には構わず、起動した術式を次々と処理し、仮称として登録した術式の言霊を唱えた。


「エンド・オブ・ワールド!」


 発動したさつきのS級術式は、征司の立っている場所に大きな揺れを生み出した。


「う、うわっ!」


 大地震にも匹敵する振動に立っていられなくなった征司は、折れた鬼切丸を床に突き刺し、転倒だけは避けた。だが次の瞬間、強い風をともなった雨にさらされることとなる。大嵐、と言っても差し支えのない強い雨風の中を、征司は動く事ができない。やがて嵐は竜巻となり、征司を天空へと巻き上げた。さつきが得意とするトルネード・フォールに似ているが、あくまでもこの竜巻は拘束が目的であり、そこまでの殺傷力は持っていない。

 だが征司の身体に稲妻が落ちた瞬間、それを合図に雨は針に、風は刃となり、征司の身体を切り裂き、刺し貫いた。


「ば、馬鹿な……こんな……」


 征司はまだ宙を舞っている。竜巻によって拘束され、地面に落ちることを許されていない。火属性の術式を発動しているのに、竜巻が消えない。効果がない。あり得ないことだった。火属性に高い適性を持っている自分が、火属性の稲妻で大きなダメージを負ったことも信じられなかった。さつきの術式に、まったく対抗することができない。屈辱という感情が征司を支配しようとしていた。だがそれは、今戦っているさつきの手……いや、セリフによって阻止された。


「あんたはね、あたし達の大切なものを……飛鳥と真桜を傷付けた」

「な、なに……?」


 征司はさつきの言っていることが理解できなかった。だから次の言葉を聞いた瞬間、征司だけではなく、立ち会いの四人、そして優菜までもが驚愕に目を開いていた。


「あんたのせいで兄さんが死んだ……。だけど兄さんは飛鳥と真桜のために、その命を使い果たし、満足しながら死んでいったわ……。でもそれは兄さんだけじゃない。あたしや雅人にとっても、飛鳥と真桜は絶対なの!あの子達が望むなら、あたし達は喜んでこの命を差し出す!」


 思わぬさつきの告白に、最初に呟きを返したのは志藤だった。


「あいつ……今、何て言った?命を……差し出す……?」

「ほ、本気……なの!?」

「あの子達の歩く道に転がる小石の掃除だって、あたし達の仕事よ。そう……渡辺征司という名の小石のね」

「お、俺が……小石!?掃除だと!?」

「そうよ。あんたを生かしておけば、この先必ず、あの子達の邪魔になる。あんたごときがどうにかできる子達じゃないけど、歯車は小石一つで簡単に壊れる。壊れた歯車は歪みを生み出し、やがて全体へ影響を及ぼす。それを事前に防ぐことが『盾』であることを誓った、あたし達の役目なのよ!」


 さつきに迷いはない。言葉に偽りもない。兄同様、自分の命は飛鳥と真桜のためにある。

 さつきは雅人を心から愛している。だが雅人と飛鳥、どちらかの命を選べと言われたら、さつきは迷わず飛鳥を選ぶ。それは雅人も同様で、さつきと真桜の命を天秤にかけられれば、雅人は真桜を選ぶ。兄が生きていても、同じ選択をする。願望や希望ではない。確信だ。

 優菜は圧倒されていた。目の前では見たことも聞いたこともない術式が展開されている。だがその術式より、さつきのセリフの方が何倍も強烈だった。


「盾……それに命をって……。まるで部下とか家来みたいな……」


 自分達で言っておきながら、まだ信じられない。だから優菜は、雅人に視線を向けていた。


「ああ、そうだ。俺達は自分の意思で、飛鳥と真桜ちゃんの『盾』になることを決めた。忠誠を誓ったと言ってもいい。それは俺達の誇りだ。二人のためなら、俺達は喜んで命を捨てる。だから勇輝も、命を捨てた。その証拠に、あいつは笑っていた。誰かに命じられたわけじゃない。これは魂に刻まれた宿命だと、俺は思っている」


 一片の迷いもない雅人の告白に絶句したのは優菜だけではない。志藤も安西も聖美も、そしてさゆりも言葉を失っていた。


「じゃあね、渡辺。地獄で松浦と窪田が待ってるわよ」

「や、やめろぉっ!!」


 冷たく言い放つとさつきは、天から風と水の柱、地から火と土の柱を生成した。風の刃、氷の刃、雷の刃、そして鉄の刃を纏った四つの柱は次々と征司に襲い掛かった。

 最初に氷の刃を纏った水の柱が征司の身体を貫き、内部から斬り裂き命を奪った。物言わぬ骸と化した身体を鉄の刃を纏った土の柱が飲みこみ圧縮し、雷の刃を纏った火の柱が焼き尽くし、そして風の刃を纏った風の柱が全てを運び去った。エンド・オブ・ワールドが解除された時、そこに立っていたのはさつきだけであり、征司の姿は世界のどこにもなかった。


「な、なんだ……今のは……」


 火、土、風、水という4つの属性の多重積層術。呟いた志藤はもちろん、さゆりも聖美も目を丸くし、言葉を失っていた。


「終わったようだな。天候と地形を操る無性S級広域対象系多重積層術式エンド・オブ・ワールド、完成かな?」


 志藤の疑問に答えたのは雅人だった。だがさつきは納得がいかない様子だ。


「ダメね。やっぱり土系が弱いわ。これじゃハッタリ程度にしかならないし、規模もあれが精一杯。とりあえず、それなりの威力はあるみたいだからこのまま登録しとくけど、まだまだ改良の余地は十分あるわね」


 さゆりも志藤も安西も聖美も、生成者がS級術式を開発するということは知っている。だが、あれほどの術式を開発しておきながら不完全だと言い切ったさつきのセリフは、とてもではないが信じられなかった。


「あれだけの術式の、どこに不満があるんだよ……」

「まったくだ……。天変地異も真っ青じゃねえか……」

「エンド・オブ・ワールド……。本当に世界の終わりでも見てるようだったわ……。あれでも足りないの……?」

「そりゃ、飛鳥と真桜を仮想敵にして開発したからね。これぐらいは最低限よ」


 一同揃ってひっくり返りそうになった。目の前でさつきが展開した術式は、A級術式をも凌駕しているだろう。それでもさつきは未完成だといい、飛鳥と真桜を仮想敵とした場合、最低限にしかならないと言い切った。つまるところさつきは、融合型刻印宝具はこの程度ではないと言っているのだ。四人は驚き疲れたのか、問い詰める気力すら残っていない。志藤と安西は後ずさりながら壁にもたれ、聖美はただただ茫然とし、さゆりはその場にへたり込んでしまった。


「俺にはこいつらが、とんでもない化け物に見えて仕方がねえよ……」

「ホントよね……」

「想像以上……って言葉じゃ足りないよな……」

「そうですよね……。想像を遥かに超えてました……。ここに来たこと、ちょっと後悔してます……」


 立ち会いを任せられた四人が同じような感想を抱いたとしても、誰が責めることができようか。


「人を人外扱いしないでくれないか。俺達はれっきとした人間なんだから」


 雅人が苦笑しながら反論するが、さゆりも志藤も安西も聖美も現実を受け入れることで精一杯で、答える余裕は一切なかった。

 そんな友人達を横目に、さつきは優菜へ視線を向けた。


「優菜、こんな程度じゃ無理かもしれないけど、もうあなたを縛るものはないわ。あなたはただ利用されてただけ。だから、もういいのよ」


 優菜にとって、さつきの言葉はとても優しく、暖かく感じられた。


「はい……。ありがとう、ございます!」


 優菜はさつきに、涙を流しながら何度も礼を述べた。

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