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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第二章 刻印の宿命編
20/164

10・過激派

――西暦2096年8月15日(水)PM15:54 鶴岡八幡宮 社務所――

「それではお願いします」

「ええ、心得ています。雅人君もさつきさんも、あまり無理はしないようにね」

「お気遣い、ありがとうございます」


 雅人とさつきは鶴岡八幡宮に来ていた。神崎優菜が保護されているからだ。

 鶴岡八幡宮は刻印術師の家系ではない。刻印術師の家系は神職に就いていることが多いとはいえ、それは地域に密着しているような小さな神社であることが多い。京都の護刻院神社のような大きな神社もないわけではないが、全体から見ればやはり少数だ。だが大きな神社が刻印術師と無関係かと言うと、そうではない。刻印術師は神事や儀式とも密接な関係を持ち、近隣の神社とも、深い関係を築き上げてきた。そのため多くの神社は刻印術師に協力的であり、刻印術師も神社を狙うような輩の牽制をすることで、ある意味持ちつ持たれつの関係が成り立っていた。

 鶴岡八幡宮は同じ鎌倉市在住ということもあり、三上、久世、立花の三家と深い関わりを持つ。だから雅人やさつきも、子供の頃からよく来ていた。無論、勇輝もだ。悪戯をする度に怒られたこともあるし、源平池に落ちて溺れかけたこともある。子供の頃から知っている勇輝の死を、八幡宮の人達も悲しみ、悼んでくれた。

 だが今日、雅人とさつきが来た理由は別にある。社務所に保護されている神崎優菜と会うためだ。十日前、優菜は別室で話を聞いており、全てを知った。さつきがサウンド・サイレントを応用し、優菜の控える別室にも音を届けていたからだ。飛鳥、真桜と同様に当事者である優菜には知る権利があるし、聞く義務もあるとさつきは思っていたし、間違っていたとも思っていない。

 だが優菜は、あの日から心を閉ざしてしまい、塞ぎ込んでしまっていた。涙を流すこともあるそうだが、簡単に心の整理ができる話でもない。時間がかかることはわかっていたが、優菜には新たな事実を伝えなければならない。残酷だということはわかっている。それでも伝える必要がある。雅人は勇輝の死を、そう理解していた。


「元気そうね、神崎さん」

「元気……ですか?私の何が元気だって言うんですか?」

「そうやって憎まれ口を返すことが、よ。だけど今日は、あなたに聞きたいことがあって来たわけじゃない。あなたに伝えることがあるから来たの」

「私に?」


 優菜は顔を上げ、心当たりがないような表情を見せた。だがその表情も、次のさつきのセリフを聞くまでだった。


「あなたの身元引受人だった藤田さん、死んだわ」

「!?」


 優菜は言葉にならない悲鳴を上げた。だがさつきは構わず、話し続けた。


「あなたが藤田さんにそそのかされたわけじゃないことはわかってる。むしろあの人は、あなたを危険から遠ざけようとしていたみたいね。過激派のやりそうなことだわ。あなたが知ってるかはわからないけど、あなたを引き取ったために、藤田さんは過激派に引き込まれてしまった。あなたを人質にとられてね。連盟もそれを知って動こうとしたけど、藤田さん自身が止めたみたい。下手したら内戦になってたかもしれないから、藤田さんの判断は正しかったんだろうけど、それが今という状況につながってしまったと、あたしは思ってる」


 優菜は答えない。だが思い当たることがないわけでもない。特に先月、ほとんど無理矢理、自分を刻印銃装大隊駐屯地へ連れ込んだ一人の少年のことは。

 そんな優菜に、さらに大きな衝撃が与えられた。


「藤田さんを殺したのは、あたしの兄よ。と言っても、ほとんど相打ちだったみたいだけどね」


 優菜が驚きと怒りと憎しみのこもった視線をさつきに向けた。だがそれも一瞬だった。刻印術師優位論者はテロリストと同じ扱いをされることが多い昨今、警察や連盟に逮捕、または粛清されたという優位論者は後を絶たないし、刻印銃装大隊は過激派―優位論者が作り上げたと言っても過言ではない部隊だ。どのような形にせよ、それに協力した自分達の末路など、わかりきったことだ。だが頭では理解できても、心が追いつかない。優菜にとって藤田は、年の離れた兄のようだった。年の差は親子ほどもあるにも関わらずにだ。


「そう……ですか」


 優菜にはそう答えることが精一杯だった。今も必死に整理している。だが頭がグチャグチャで、何が何だかわからなくなってきた。


「今日はそれを伝えに来ただけだ。君から無理矢理話を聞き出すつもりはない。君が過激派に戻るというなら考えなければならないが、そうじゃないなら、藤田さんの遺志を優先する。話はそれだけだ」


 そう告げると、雅人はさつきを促し、部屋を出るために腰を上げた。

 雅人の言葉は、優菜にとって小さな光にも見えた。まだ思考はまとまっていない。だがそれでも、これだけは伝えられる。そしてそうすれば、答えはわかるはず。優菜はそう考えた。だから自分でも意識しない内に、口が開いていた。


「……彼は……渡辺君は、市ヶ谷の駐屯地にいるはずです」


 腰を浮かせたさつきは、優菜が漏らすとは思っていなかった。だから慌てて椅子に座り直すと、再び優菜と向き合った。


「渡辺って、渡辺征司?なんでそこにいるって言えるの?」

「藤田さんが連れて帰る予定だったからです。私は一度しか行った事ありませんけど……」

「藤田さんが連れて行った……はずはないな。だが君の意思でもないだろう。それも渡辺か?」

「……そうです。夏休みに入る前に宝具で脅されて、無理矢理連れて行かれました。そこで藤田さんに会って、ショックを受けて……それから今日までずっと……」

「先月からか」

「それだけじゃありません。私……渡辺君に犯されたんです。ただの人間でも、子孫を残すためには役に立つって言って……無理矢理……」


 予想外の告白に、雅人もさつきも驚きに目を丸くしていた。優菜の目から雫が零れている。それも当然だ。女として誰にも話したくないこと、話せないことだ。同じ女であるさつきも、嫌悪感を滲ませている。だから意識したわけではないが、完全な無意識というわけでもない。さつきは震える優菜を抱きしめると、優しく囁いた。


「ありがとう、話してくれて。そして辛い思いをさせて、ごめんなさい」

「う、うう……うわあああんっ!!」


 感情が抑え切れない。涙が止まらない。だが今はどうでもいい。優菜はさつきの胸で泣き続けた。


―――西暦2096年8月16日(木)PM21:23 市ヶ谷 国防軍 刻印銃装大隊駐屯地――

「閣下、連盟から通達が……」


 刻印銃装大隊大隊長 宮部みやべ 敏文としふみは顔を曇らせ、総指揮官である南徳光みなみ とくみつへ報告をしていたところだった。


「銃装大隊の解散、及び渡辺征司の身柄引き渡し要求か。やはりあの小僧の策は稚拙すぎたか」


 南は苦笑していた。自嘲していた、というべきかもしれないが。


「僭越ながら、それに荷担した我々も同罪かと」

「言うな。小娘を連れてきた時点で、あの小僧が我々を軽く見ていることはわかっていた。まだ矯正中だったために大目に見てやっていたが、その結果が藤田率いる第三小隊、及び第二中隊の壊滅だ。既にあの小僧の命一つでは、賄いきれん損失だ」


 南も宮部も、若くして刻印法具を生成した誠司を、特別な目で見たことはなかったし、本人にもそう告げていた。だが誠司は、どうやら自分達をもなめていたようだ。南も宮部も、使える者なら刻印術師だろうとそうでなかろうと、等しく使う。だがそれが、誠司には気に入らなかった。その結果、独断を許し、貴重な手駒を失ったのだから、自分達の考えの甘さも、誠司の短絡さも、とても許せるものではなかった。


「渡辺征司の身柄引き渡しには応じる、と?」

「こちらで始末してもいいと伝えろ。だが、銃装大隊の解散要求は受け入れられん。銃装大隊は我々の悲願成就のために必要な戦力だ。三上に伝えておけ」

「あの兄妹のことを、ですな」


 ニヤリと宮部が笑みを浮かべた。第二中隊が壊滅したことは当然だが知っている。派遣したのも任務を与えたのも自分なのだから、知らなければ逆に問題だ。あの場にさつきは当然、飛鳥、真桜、雅人がいたことは確認済みだ。そこから何があったのかを推測することは簡単だし、結果も容易に推測できる。警察の介入を止めたのは連盟と雅人だけではない。過激派も同様だった。


「そうだ。三上の動きを封じることができるのであれば、第二中隊は役目を果たしたと言える。立花勇輝の命も奪えたとなれば、尚更だ」

「あの者の命を奪えたことは大きかったですな。そう考えれば小僧の策も、下策ではあっても効果があったと言うことになります」

「確かに立花勇輝の命が対価ならば、悪くはない。だが藤田の第三小隊が壊滅したことは誤算だった。あの男には、まだ働いてもらわねばならなかったからな」

「確かに。しかし、疑問があります」

「何だ?」

「立花勇輝は、我が国でも上位にいると言える刻印術師です。刻印宝具の生成はできませんが、下手な生成者より実力は上です。その立花勇輝が、藤田率いる第三小隊と相打ちなど、考えにくいのですが?」


 宮部の疑問は、ある意味では当然だろう。藤田が多くの刻印術師を葬ってきた歴戦の猛者であっても、高位の実力を持ち、宝具生成も時間の問題と言われていた勇輝が相手では分が悪い。


「確かにな。いかに藤田と言えど、相手が悪い。だが確か立花勇輝は、干渉系に特化していたはずだ」

「確かに。それでは……」

「おそらくはな。能力が高くとも、所詮は子供ということだろう」


 南の推測は当たっている。勇輝が藤田の道連れになった理由は、優菜のためだった。だが南は、肝心な点を理解できていなかった。

 五人を繋ぐ見えない絆―それが南の最大の誤算だった。


――西暦2096年8月18日(土)PM20:25 源神社 母屋 居間――

「以上が過激派の言い分だ。何か言いたいことはあるか?」


 映像通信回線で京都の連盟本部からの報告、通達を受けているのは飛鳥、真桜、雅人、さつきの四人だった。


「渡辺征司の身柄引き渡しには応じるが、部隊解散は受け入れない?間違いないのか?」

「間違いない。これ以上連盟に余計な手間を掛けさせないために、渡辺征司の処分は自分達でしてもいいそうだ」


 一斗のセリフには皮肉が込められている。連盟の手間など、あまりにも白々しすぎるのだから当然だろう。


「代表、過激派は……いえ、南は俺達が材木座で戦ったことを知っている、というわけですね」

「あれだけのことをされて気付かなかったら、そっちの方が問題だろう」


 まさにその通りだ。銃装大隊は一人の生き残りもいなかった。部隊が丸々一つ壊滅しても気付かないようなら、とっくの昔に過激派は壊滅していただろう。


「だけど、全てを知っているわけでもなさそうよ」

「どういうことなの?」


 菜穂のセリフに、真桜が疑問を返した。


「さつき君の宝具のことは知らないようだ。返答文にも飛鳥、真桜、雅人君の名前しかないからな。さつき君の名前がないわけではないが、勇輝君の妹という印象だ」

「それが元代表でありながら、過激派に寝返った南の返答、ですか……」


 雅人が呻くように呟いた。

 南は一斗の前の連盟代表を務めていた。だが南はあの事故の直前、突如代表職を辞任し、刻印銃装大隊へ迎え入れられた。それは飛鳥と真桜の婚約発表の日取りが周知され、変更がきかなくなった瞬間でもあった。そのため一斗が正式に代表に就任するまでの間、暫定的にという名目で就任したのが前大戦を生き延び、既に現役を引退している香川かがわ 保奈美ほなみという老齢の女性だった。


「ああ、そうだ。南は連盟内部にも精通しているからな。だが、あの男は裏切り者だ。それもただ裏切っただけじゃない。連盟の内部事情という手土産まで持参している。どうりで連盟議会が荒れてるわけだが」

「ってことは連盟議会の優位論者は、南の息のかかってる奴らってことか?」

「おそらくはそうだろうが、全員というわけでもないだろう。だが連盟議会本部は神戸にある。それが幸いだった」


 刻印術連盟本部は京都の護刻院神社境内だが、連盟議会本部は兵庫県の神戸市内にある。連盟本部と連盟議会本部が別々の場所にある理由は、このようなことが想定されていたからではない。神社の境内に似つかわしくないという理由も大きいが、収容力が足りない。言ってしまえばそれだけの理由だが、神事を司る神社の方々からすれば、それも当然のことだ。もっとも、議会が荒れている理由は他にもあるようだが。


「もしかして、先月のあたしと雅人のテストは!」

「こんなに早く、とは思ってなかったがな。さつき君の刻印宝具を秘匿することが目的だったが、それも杞憂に終わりそうだ」


 先月呼びつけた際、一斗が雅人、さつきに課した試験は、刻印具及び刻印宝具の使用が禁止されていた。それも全て、さつきの刻印宝具の存在を秘匿することが目的だった。

 風と土の複数属性特化型刻印宝具ガイア・スフィア。大地と天空を支配するその刻印宝具は、炎と氷を支配する雅人の氷焔之太刀同様、融合型刻印宝具すら上回る潜在能力を秘めている。だが公にしてしまえば、生成したばかりのさつきが標的になり得た可能性もあったし、逆に手段を選ばなくなる可能性もあった。四人の関係は、連盟や連盟議会上層部では有名は話だ。当然、元連盟代表である南も知っている。一斗がいくつか保険をかけていたとしても、それは当然のことだ。


「それで親父。どうするつもりなんだ?」

「南は立派な粛清対象だからな。つっぱねるんなら刺客を送り込むだけだ」

「代表、俺も加えていただけないでしょうか?」


 一斗の答えに、間髪いれず雅人が立候補した。だが一斗はいい顔をしているわけではない。むしろ苦い顔をしている。


「……雅人君、私怨で動くことがどういった結末を生み出すか、君は知っているはずだが?」

「無論です。建前だけならいくらでも述べられます。ですが本心では、勇輝の仇を討ちたい……その感情を止められない……!このままじゃ俺は……!!」


 雅人は勇輝が何を考えていたのか、それを遺された刻印で全て知ってしまった。あれは勇輝の刻印具に記録されていた音声データなどではない。雅人の精神を、刻印具に記録させていた自分とグランド・ミラージュの印子に干渉させ、雅人にも“体験”させていた。

 だが雅人にとって、それは耐え難い苦痛だった。親友が傷つき、命を落とした瞬間まで、自分は傍にいながら、何もすることができなかったのだ。これならば自分の身を切られる方が何倍もマシだ。雅人は本気でそう思った。だが自分でも同じことをしただろう、という確信がある。同時に仇を討たなければ自分は先へ進めない。こんな様では、二人を守ることなどできはしない。これでは飛鳥の盾足り得ない。これでは親友の遺志を継ぐことなどできない。雅人はそう思っていた。


「……いいだろう。だが飛鳥、真桜、さつき君は駄目だ」


 一斗はそこまで事情を知っているわけではない。雅人の目に、迷いがないことを見てとっただけだ。妻や親友の仇討ちならば、自分もやった。だがあの時の自分が、今の雅人のように自制出来ていたかと言われれば、一斗はノーと答える。雅人に強烈なまでの自制心を叩きこんだのは、他ならぬ自分なのだから。


「な、なんで!?」

「お、親父!なんでだよ!?」

「雅人君は強い自制心を持っている。それが私怨であっても、制することはできるだろう。だがお前達に、それができるか?飛鳥、真桜。三ヶ月前に横浜で何をしたか、忘れたわけじゃないよな?」

「そ、それは……!」


 雅人だけではなく、飛鳥や真桜も同じく叩き込まれている。だが二人はまだ未熟であり、子供でもある。激しい感情のコントロールなど、大人でも容易ではないのだから、それも仕方のない話だ。だがだからといって、何をしてもいいわけではない。


「では代表。なぜ私も?」

「さつき君の宝具は、できればギリギリまで存在を秘匿しておきたい。生成できたばかりという理由もあるが、それだけが理由ではない」


 無論さつきも、自制心を保つための修行を、一斗から受けている。だからこそ今、この場で、さつきは冷静でいられる。兄の命を奪った過激派を許すつもりはない。だがそれで笑う兄ではない。むしろ自分を叱るとわかっている。そう考えて、無理矢理平静を保っているのかもしれない。


「それじゃ何でだよ?」

「さつき君、君に渡辺征司の粛清を任せたい。君の報告を聞き、渡辺征司の矯正は不可能だと判断せざるを得ない。だが渡辺征司は、勇輝君の命を奪った一因でもある。だから君の判断に委ねようと思う」

「やります」


だから一斗の依頼を、さつきは迷わず受けた。


「……私怨だけ、ではないな。神崎優菜のことがあるからか?」

「それもあります。ですが私達にとって最優先されることは、飛鳥と真桜です。それがあの日、私達三人が誓ったことですから」


 私怨がないなど、口が裂けても言えない。征司は過激派の手先となり、勇輝の命を奪った元凶でさえある。それだけではなく、優菜への仕打ちもある。女ならば口にするだけでも耐えられない仕打ちを吐露してくれたのだ。それが一時の感情に任せた物だとしても、さつきにとっては充分だった。そんな征司を前にすれば、自分は感情を抑えることができないだろう。

 だがさつきには、真桜の盾としての誇りある。その誇りが揺れるさつきの感情に芯を通し、支えている。


「親としては嬉しいけど、あなた達にもそんな堅苦しい生き方はしてほしくないんだけど」

「自分で決めたことです。それに今という時代に己の主君を持つことができるなんて、幸せなことだと思いますが?」

「……勇輝君もそうだと?」


 昔はただの子供のお遊戯にすぎなかった。それがいつの間にか我が子の盾として、本当に命を落とすことになってしまったという現実に、一斗は思わず呟いてしまった。


「私はそう思います。だけどそんなに重いなら、捨ててくれても構わないって、兄さんなら思ってるはずですよ」

「確かに、あいつならそうだろうな」


 さつきも雅人も、迷わず答えた。


「重いですね。とてつもなく……。でも……」

「捨てるなんて、できるわけないじゃないですか……。これが勇輝さんの生きた証なんだから……私達はずっと、背負っていきます」


 勇輝の最期に言葉―若と姫―。それは飛鳥と真桜のことを指している。数年前のあの日、勇輝は雅人、さつきと共に飛鳥と真桜の盾になることを誓った。三上、立花、久世三家に上下関係はないし、今後も作るつもりはない。自分達が個人的に、二人に忠誠を誓うだけだ。立花と久世を継ぐ者が、三上を継ぐ者に忠誠を誓うことの意味を理解できていなかったわけではない。二人がこの先、刻印術師の新たな指導者になると直感的に悟ったからだ。だから三人は、二人の盾となった。飛鳥も真桜も、そんなことをしてほしいとは一度も思わなかったし、今も思っていない。だが勇輝の死によって理解せざるを得なかった。勇輝だけではなく、雅人もさつきも、いざとなれば自分達のために命を捨てる覚悟があることを。


「ありがとう、飛鳥、真桜……」


 だから飛鳥と真桜の答えは、さつきにとって心から感謝できるものだった。

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