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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第一章 刻印の高校生編
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2・出会い

――西暦2096年4月18日(水)PM15:26 放課後 明星高校 昇降口――

「飛鳥、大河君、美花、お待たせ」


 入学式から数日が経ち、少しずつ新しい生活にも慣れてきたある日の放課後、いつものメンバーで帰宅するため、飛鳥達は真桜を待っていたところだった。


「いや、待ってないよ。それよりそっちの子は?」


 真桜と一緒にやってきたのは、勝気で活発そうなショートカットの少女だった。


「初めまして、かな。私は一ノいちのせ さゆり。よろしくね、三上飛鳥君」

「俺のことを知ってるのか?」

「そりゃね。あの源神社の跡取りじゃない。それに私達の世界じゃ、別の意味で有名だし」


 飛鳥とさゆりは、互いに初対面だが、さゆりは飛鳥のことを知っていた。実家の源神社が有名な理由は、父が有名人だからだと思うが、公表されているわけではない。


「私達の世界?それってどういう意味なの?」

「それはこうこうことよ」


 百聞は一見にしかず、とはまさにこのことだろう。美花の疑問に答えるように、さゆりは自身の右腕を見せた。普通ならただ右腕を見せられただけでは何もわからないし、何も起こらない。だがさゆりの右腕の一部に、普通ならあり得ない“亀裂”が走っていった。それは飛鳥も真桜も、大河や美花でさえも、よく見知った現象だ。


「なるほどね。ということは一ノ瀬さんも、ってことか」

「さゆりでいいわ。お察しの通り、私の実家は滋賀県にある一ノ瀬神社よ」


 この一言で、さゆりが源神社のことを知っている理由に納得がいった。


「滋賀って、なんでそんなところからこの高校に入学したの?」

「もちろん、飛鳥君と真桜の噂を聞いてたからよ。二人のお父さんは、連盟の代表だしね」


 同時にさゆりが明星高校に入学した理由も語られたが、それはそれで疑問が残る。


「ちょっと待って。小父さんって確か、今年に入ってから代表になったんじゃなかったっけ?」

「代表になったのはね。だけどお父さん、ずっと連盟議会の議員をやってたのよ」

「だから親父さん、ちょくちょく家を空けてたのか」


 飛鳥と真桜の父は、源神社の神主を務めている。だから中学時代に遊びに行ったときは、何度も顔を会わせていた。だが何度か、神社を空けることがあり、大河と美花も出かける姿を見たことがある。てっきり神社の仕事だと思っていたが、どうやら違ったようだ。


「ああ。っと、さすがにこの場でこれ以上の話はし辛いな。場所変えようぜ」


 さゆりに聞きたいことはあるが、こんな人の多い場所で話すようなことではない。飛鳥が場所の変更を提案するのも当然で、それは全員が理解していた。


「そうね。ところで一ノ瀬さん……さゆりってどこに住んでるの?」

「源神社の近くよ。そこにアパートを借りてるわ」


 明星高校は近隣の中学だけではなく、全国から進学してくる生徒が少なくないが、学生寮は存在しない。そのため市内のマンションやアパートと契約しており、生徒は格安で借りることができる。さゆりが借りているアパートも、その一つだ。


「なら続きは、源神社にしようぜ。あそこなら周りを気にしなくてもいいからな」

「賛成!」


――PM16:13 源神社 鳥居前――

「ん?あれは……」


 源神社の鳥居前まで帰ってきた五人だが、そこでは宅配業者が困った顔をしていた。


「宅配便?飛鳥、何か頼んだの?」

「まさか。真桜じゃないのか?」

「私も頼んでないよ。そもそも頼むんなら、こんな中途半端な時間指定なんかしないって」

「それもそうか」


 オンライン・ショッピングは便利だが、購入してすぐに物が届くわけではない。これは今も昔も変わらない。だが戦前より手軽に利用できるようになっているため、利用する人は増えている。もちろんすぐに欲しい場合は、自分で店に買いに行く。

 だが今回は、飛鳥も真桜も何も買っていない。それに飛鳥も真桜も、あまりオンライン・ショッピングは好きではない。確かに簡単に変えるが、最近は利用者が増えすぎたこともあり、宅配業者の手が足りなくなってきているため、遅配が発生することも珍しくなくなってきていた。


「親父さんかおふくろさん宛てじゃねえのか?何にしても、届いたんなら受け取るしかないだろ」

「そうよね。行ってきたら?」


 確かにその可能性はある。京都に長期出張しているとはいえ、引っ越したわけではないから、両親宛の手紙や荷物は今も普通に届いている。


「あ、そうかも。それじゃ、ちょっと行ってくるね」

「俺達は先に行ってるぞ」

「わかった」


 諦めて戻ろうとしていた宅配業者にとっても、これは助かる。指定時間に届けることができなければ、日を改めてということになるのだが、いつ届ければいいのかはお届け先の都合に左右される。時間指定がなければまだ楽なのだが、中には自分で忘れて出かけておきながら、すぐに持ってこいという迷惑な客もいる。それも一人や二人ではない。これも遅配の原因となっているため、オンライン・ショップや宅配業者を悩ませている。その件についての注意書きも、利用規約に追加されている。

 だから車に乗ろうとした瞬間に声をかけてくれた真桜の存在は、ドライバーさんにとってとてもありがたいものだった。


――PM16:21 源神社 母屋 居間――

 美花がお茶を用意し、居間でくつろいでいると、ようやく真桜が戻ってきた。


「遅かったな。何が届いたんだ?」


 と訊ねつつも、真桜の表情が優れないのは誰が見ても明らかだ。嫌な予感を覚えつつも、荷物を確かめないわけにはいかない。両親宛てなら、京都へ送らなければならないのだから。

 だが真桜は、無言で荷物を飛鳥に手渡した。否、押し付けた。


「俺宛て?誰から、って親父かよ!」


 その一言に飛鳥だけではなく、大河と美花も身構えた。この手のトラップは飛鳥達の父が好んでよく使い、自分達も被害に遭ったことが何度もあるのだから、この反応もやむを得ない、というか当然だ。唯一首を傾げているのは、この家の主のことをよく知らないさゆりだけだった。


「……どうするの、飛鳥君?」


 美花が恐る恐る訊ねた。


「本音を言えば、厳重に封印した上で破棄したい。だけど内容を見る限りじゃ、開けるしかないだろうな」


 伝票に目を落として内容物を確認したが、それでも嫌な予感は拭えない。


「何が入ってるの?」

「刻印具となってる」

「刻印具?小父さんから?飛鳥君に?」


 美花の頭上に、クエスチョン・マークが激しく踊っている。先月中学を卒業する際、飛鳥と真桜は新しい刻印具を購入している。最新モデルの携帯型を購入したと散々自慢されたのだから、それは間違いない。


「なんで今更?」


 真桜の頭でも、クエスチョン・マークが踊り出した。こちらは美花よりも激しく踊っているようだが、それも無理もない。京都滞在中、真桜は両親から先月購入した刻印具とは別の刻印具を手渡されているのだ。当然、飛鳥ももらっている。しかも連盟でカスタマイズされた特別製だ。市販の刻印具よりも高性能かつ特注品でもあるため、お値段もプライスレスだ。


「入学の御祝いなんじゃないの?別に珍しいことでもないと思うけど」


 入学祝いにボールペンや時計を贈ることは珍しくなく、この時代ではそれらの代わりに、刻印具を贈ることが多い。さゆりの考えは一般的だろう。


「普通ならね。だけど私も飛鳥も、もう入学祝い貰ってるし、そもそも送り主がお父さんっていう時点で……」

「罠の可能性を否定できないわよね……」


 飛鳥と真桜の父は日本刻印術連盟の役員を長年に渡り務めており、現在は代表に就任している。連盟議会の議長も兼任しており、年に一度開催される世界刻印術総会談の代表をも務める、日本を代表する刻印術師だ。間違っても罵られたり誹られたりするような人物ではない。あくまでも表向きには、外交的には。


「罠って……あなた達のお父さん、いったいどういう人なのよ……」


 だからさゆりの疑問も当然のものであり、父の人となりを知らない人からすれば、当たり前のことだ。


「変人かつ怪人だ。だが万が一……いや、億が一という可能性がないわけじゃない。開けるぞ!」

「おう!準備はいいぜ!」

「さゆり、何が起きても驚かないでね!」

「え、ええ……」


 明らかに信頼されていないことがよくわかる。代表がどんな生活をしていたのか興味はあるが、ロクでもない話ばかりになりそうな予感もあり、聞くと後悔することになりそうな気もする。さゆりは戸惑いと好奇心を抑えつつ、贈られてきた荷物へ意識を移した。


「それじゃあ、行くぞ!」


 飛鳥は一気に箱を開けた。


「……何も起こらないね?」

「ってことは、億が一ってやつが起こったのか?」

「どうやらそうらしい。入ってたのはこれだ」

「携帯型と装飾型の刻印具ね。見たことないタイプだけど、新型なの?」


 入っていたのは市販されているものより一回り大きな携帯型と、腕輪状の装飾型が一つずつだった。


「マニュアルはちゃんとあるな。それにこれは手紙か。ん?大河と美花宛て?」

「はあぁっ!?」

「わ、私達宛て!?何で!?」


 当然だが荷物は飛鳥か真桜、あるいはその両方宛てと決めつけていた大河と美花にとって、これは完全なる不意打ちだった。二人の表情に緊張が走っていくのがよくわかる。


「知らん。読んでみたらどうだ?」

「まさか俺達がターゲット……ってことはさすがにないだろうが、緊張するな……」

「でも小父さんが私達を狙ったことはないわけだし……そこまで心配する必要はないと思うよ?」

「……何で疑問形なのよ」


 大河は怯えながら、飛鳥から手紙を受け取り、渋々と目を落とした。どうやら息子と娘の親友にさえも、完全に信用されてはいないようだ。本当に何をやらかしていたのだろうか。


「それだけの前科があるってことだからな」

「……何となく、代表の人となりがわかった気がするわ」


 この時さゆりは、心から代表に会いたくないと思ってしまった。


「それでお父さん、何って言ってるの?」

「えっとね……九ヶ月前のあの事件のことみたい」

「あの事件!?なんで今更……」


 真桜の、そして飛鳥の顔色も変わった。九ヶ月前のあの事件、それは四人が通う中学が、逃走中のテロリストに立て篭もられた事件のことしかない。だがあの時のテロリストは連盟が動き、完全に壊滅させたはずだ。


「どうやらお守り代わりに、ってことみたいだな」

「お守り?それに九ヶ月前のあの事件って……もしかしてあなた達、関係者だったの?」


 事件のことは、さゆりも知っている。学校名は伏せられていたが、連日トップニュースで報道されていたし、著名な刻印術師が動いたという噂も聞いた。だが詳細は公表されていないため、何があったのかは今もって専門家が議論を続けている。


「関係者って言っても、俺と美花はただの人質だったけどな」

「何言ってるの。大河君も美花も、私達の都合に巻き込まれただけじゃない」

「そうだぞ。無事だったのは連盟の協力が助けてくれたこともあるが、運が良かっただけなんだからな」


 四人はあの日、何があったのかを良く覚えている。だがそこで起きたことは、あまりにも問題が大きすぎると、ただの中学生にもわかってしまうほどのものだった。だから誰にも話したことはないし、これからも話すつもりはない。


「それは感謝してるけど、小父さんの手紙に、あの時の残党が潜伏してるって書いてあるの」

「何っ!?」

「あいつらが……?」

「残党ってことは、あの事件で自分達の組織を壊滅させた連盟への復讐ってことね。だけどまさか、残党がいたなんて……」


 その程度のことは、さゆりにも予想ができる。連盟の動きは早かったから、残党がいたとは思わなかったが。


「だけどなんで、大河君と美花にこんな特注の刻印具を渡すことになるの?まさか、自分の身は自分で守れってことなのかな?」

「お守りとかぬかしてるが、その可能性はあるな。だからってこんな……」

「だとしても、こいつはありがたくいただいておくぜ」


 連盟がどう考えているか、正確にはわからない。だがたとえそうでも、大河にとって、足手まといになることだけはごめんだった。だから自分宛てだという携帯型の刻印具を手に取った。


「大河君?」

「私も。あれから飛鳥君と真桜に刻印化してもらった術式を端末に組み込んではいるけど、やっぱり市販の刻印具じゃ限界だったから」


 同様に美花も、装飾型刻印具に視線を落とした。


「いいのか、美花?」

「いいも悪いもねえよ。そもそも何回、厄介事に巻き込まれたと思ってんだよ」

「そりゃそうだが……」


 中学時代、大きな事件に巻き込まれたことは一度だけだが、その一度がとてつもなく大変だった。その後も、どこから聞きつけたのか、パパラッチ紛いの連中に後を尾けられたこともある。


「いつまでもお前らの足手まといは御免だからな。自分の身ぐらい、自分で守ってみせるさ。練習には付き合ってもらうけどな」

「私も手伝うわよ。特に二人は代表の子供なんだから、必ず狙われる。何が起こるかわからないけど、非常事に備える必要はあると思うわよ」

「私達が飛鳥君と真桜のことを知ったのも、その非常事が原因だものね」


 中学時代の事件まで、飛鳥と真桜は刻印術師であることを、周囲に隠しながら過ごしてきた。自分達と連盟の現代表との関係が知られる可能性があったが、二人にとって、そんなことはどうでもよかった。


「だけどみんな以外で、二人のことを知ってる人は少ないんでしょ?」

「さすがにそれはね。近所の人達には隠し通せないし、中学の同級生も何人か知ってたと思うわ」


 だが大河も美花も、そんなことはしなかった。そして足手まといにならないよう、本格的に刻印術を習得することを決意した。


「だけど残党が存在してるんなら、代表と奥様、それから飛鳥と真桜の存在ぐらいは知られてるはず。代表達は京都だから手を出しにくいけど、二人は別」

「ああ。大河と美花が狙われる可能性だって低くないだろうな。連盟も動くだろうけど、今の状況じゃ大っぴらに動く事もできない」

「ええ。それなら大河と美花には悪いけど、自分の身は自分で守ってもらう必要があると思う」


 飛鳥と真桜、そして連盟代表が親子だということは、公表されていない。だが一部では有名な話だ。テロリストが復讐を企てているなら、連盟代表の家族構成や交友関係を調べることは当然で、子供を人質にとることも珍しくない。そして自分の子供より、子供達の友人の方が、効果が大きい場合もある。


「……わかった。すまん、大河、美花」

「ごめん……また巻き込んじゃって……」


 飛鳥と真桜にも、それぐらいはわかる。だから大河と美花に、謝ることしかできなかった。


「気にすんなよ。それに巻き込まれるのが嫌なら、お前らから距離をとってるよ」

「そうそう。今更って感じよね?」

「それもそれで、ひどい話だけどな」


 そう言いながらも飛鳥の脳裏には、九ヶ月前の事件が鮮明に思い出されていた。

 飛鳥と真桜が刻印術師としての宿命と禁断の力を解放した、あの忌まわしい事件を――


「……か、飛鳥ってば!」

「ん?どうした、真桜?」

「どうした、じゃないわよ。ボーっとしちゃって」

「ああ、悪い。それで、何だ?」

「大河君と美花が刻印具の調子を見たいらしいから、鍛錬場に行こうって話よ。聞いてなかったの?」

「ああ、そうだったっけ。わかった。行こう」


――PM16:37 源神社 鍛錬場――

 源神社の鍛錬場は、母屋に隣接している道場のような外観をしているが、内部は様々な刻印を施してある。そこでは大河と美花が、先程飛鳥達の父から贈られてきた刻印具を準備していた。


「なあ飛鳥。こいつ、携帯型って話だけど、武装型って言った方がよくないか?」


 大河がマニュアルを読みながら、口を開いた。


「武装型?そりゃ大袈裟だろ。生活型だって使い方次第じゃ、大きな殺傷力を持つんだ。別に珍しいことじゃないと思うが?」

「だって見てみろよ、これ」


 生活型に分類される刻印具には、ナイフや包丁のような形状もある。調理用として使われているが、同時に身近にある刃物でもある。昔から多くの事件で凶器として使われていたこともあり、不正に使用した場合、厳しく取り締まられることになっている。


「どれ。……なるほど、確かにこれは武装型だな……。あの親父、何てもんを……」

「何?そんなにヤバそうなの?」


 マニュアルを見た飛鳥は頭を抱えそうになった。

 大河の刻印具にはB級に分類される刻印術が組み込まれていた。通常、刻印具で行使できる刻印術はC級までとされているため、B級以上の刻印術を使えるのは刻印術師のみとされている。だがある程度調整した刻印具ならばいくつかは使用可能となる。それでも印子と呼ばれる生体波動を刻印具に馴染ませなければならないし、組み込める刻印術も二、三種類が限界だ。

 にも関わらず、大河の刻印具に組み込まれているB級術式は、刻印術師に匹敵するほどの術式数だ。しかも形状変化が可能で、変化させると銃形態となる。これでは武装型と言われても仕方がない。


「確かにヤバいわね……。捕まっても言い訳できないわよ、これ」

「ってことは美花のもヤバそうだな……」

「ヤバいなんてもんじゃないよ!見てよ、これ!」


 既に真桜の顔色は真っ青だ。嫌な予感を覚えつつも、確認しないわけにはいかない。飛鳥とさゆりは意を決して、美花に贈られた刻印具に目をやった。


「げっ!マジか、これ!!」

「嘘でしょ!?」


 当たり前のように飛鳥とさゆりも顔色を変えた。だがそれも当然のことだった。


「A級刻印術が二つも!?しかも、デフォルト設定じゃないの!どうやって組み込んだのよ、これ!」

「ありえねえ……」


 飛鳥、真桜、さゆりだけではなく、大河と美花も困惑している。

 刻印具では、A級刻印術を使用することは不可能とされている。例外的に使用する方法は存在するし、確立されてもいるのだが、A級刻印術を使用してしまえば、その刻印具は処理能力や威力、能力に耐えることができずに、100%の確率で破損する。しかもデータのサルベージも不可能となるため、所有者が扱い易いようにカスタマイズした術式や機能、馴染んだ生体波動までも消失することとなってしまう。

 そもそも刻印具は、一般人が刻印術から身を守ることを第一の目的として開発されたツールだ。刻印術師は生来の刻印に印子を集中させることで、生体領域と呼ばれる目に見えない防御膜を張り巡らせている。そのために印子が干渉する現象に対して、高い自己防衛力を持っている。

 だが近年、刻印術に使用される刻印は、生来のものである必要がないことが判明した。そのために生体領域を機械的に再現するための技術開発は、各国でも最優先で進められていた。そして約二十年前、日本の企業が初めて生体領域機能の再現に成功し、それを小型化して携帯端末に組み込んだ。これが最初の個人用刻印具であり、それ以来各国でも機能や性能は日進月歩で進化している。

 そして今、生体領域だけで見れば、刻印具は刻印術師に匹敵する生体領域を再現している。よって刻印具が破損してしまえば、身を守る手段がなくなることを意味し、それは自分が発動させた術式に対してであっても例外ではない。何の防衛手段もなくA級刻印術の干渉を受けてしまった場合、高い確率で身体異常が認められ、最悪の場合は死に至る。つまり刻印具でA級刻印術を使用するということは、ほとんど自爆と同義、ということになる。

 これは刻印学という刻印術、刻印術師に関する学問では常識となっており、A級術式を行使可能な刻印具の開発には成功していないことになっている。あくまでも公には――


「なあ美花……これ使うの、やめといたほうがいいんじゃないか?」


 さすがに事の重大さを悟った飛鳥は、当然のように美花に問い掛けた。


「いくら小父さんでも、命に関わるような無茶はしてこないでしょ。それに飛鳥君も真桜もさゆりもいるんだし、何かあっても刻印具が壊れるだけで済むわよ」

「それは……そうかもしれないけど……」


 しかし美花はあっけらかんと答えた。美花も、そして大河も、飛鳥と真桜の刻印術師としての実力をよく知っている。万が一刻印具が暴走したとしても、二人がいればA級術式の干渉を受けずに済むという確信もある。その信頼に答えるために二人ができることはただ一つ。


「……わかった。真桜、用意しておこう」

「わかったわ。さゆりもいい?」

「A級なんて、私の手に余るけどね。それで、どっちを試すの?」


 さゆりはA級刻印術を見たことがない。わかっているのは、自分の手には余ることだけだ。だが飛鳥と真桜は、あまり問題を感じているようには見えない。


「やっぱりこっちでしょうね」

「だな。こっちの方が対処しやすい。大河、危ないから離れとけよ」


 正直さゆりは、飛鳥が何を言っているのか、よくわからなかった。だが刻印術のことを無理に聞くことは、マナーに反する。刻印具が一般化している今、これは常識だ。だからさゆりは、自分の疑問を押し殺し、今の状況に集中することにした。


「言われるまでもねえよ。しっかり防御頼んだぜ」

「ああ」

「それじゃあ、準備できたら行くわね」

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