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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第二章 刻印の宿命編
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9・怒り

――PM12:08 材木座海岸 外れ――

「に、兄さん……?」

「ゆ、勇輝……」


 勇輝は岩場に腰掛け、穏やかに海を見ているようだった。だが右半身は錆びた金属と化し、服は自身と相手の血で赤黒く染まっている。


「ゆ、勇輝さん……何で……何で!」


 勇輝の前には、軍服を身に纏った幾人もの男達の死体が転がっている。一人だけ笑みを浮かべているようにも見えるが、ざっと数えただけでも十人は下らない。さつきも真桜も、そして飛鳥も言葉がない。雅人は握りしめた拳から、血を滴らせていた。一度ここには来た。雅人だけではなく、飛鳥も真桜も、そしてさつきも。だが気付かなかった。勇輝がなぜそんなことをしたのかがわからなかった。ただ無残な現実が、眼前に突き付けられている。


「せ、先輩……たった一人で……」

「勇輝先輩らしいけど……だけど、なんでここまでするのよ!」


 駆け付けたのはさつき達だけではない。聞き付けた風紀委員や翔、恭子、発見した水泳部員達の姿も見える。大河、美花、さゆりもだ。さつきは雅人に、真桜は飛鳥にしがみつくように泣いている。大河は人目もはばからず叫んでいた。美花もさゆりにしがみつき、崩れそうな身体を支えていた。誰もが勇輝の死を悲しんでいた。雅人はさつきを慰めながら、錆びた鉄くずとなってしまった親友の右腕に視線を落とした。そこで雅人は見つけた。

 吸い寄せられるように雅人が手を伸ばすと、勇輝の右手が待っていたかのように崩れ落ちた。そして雅人が刻印具を拾い上げると同時に、刻印が発動した。勇輝は雅人が最初に気付くと信じ、最期の刻印を自らの刻印具に刻み込んでいた。それは雅人の精神に干渉し、自分と藤田の会話を全て再生していた。全てを理解した雅人の、誰にも聞こえないような、それでいて響くような呟きが漏れた。


「勇輝……これが、これがお前の……最期の刻印なのか……」


 勇輝が遺した刻印具を握りしめながら、雅人は無念を滲ませた。

 だから無粋な輩が姿を現した時、飛鳥も真桜も、そして雅人もさつきも怒りを隠そうともしなかった。


「ここは我々刻印銃装大隊第二中隊が預かる。さっさとこの場から去れ!」


 背後から武装した軍人が大挙して押しかけ、自分達を包囲した。最初から逃がすつもりはないのだろう。後輩達もそれはわかっているようだ。その証拠に顔色が蒼白になっている。刻印銃装大隊―過激派が何故ここに来たのか、勇輝の最期の印を刻み込んだ雅人には、全て理解できていた。過激派の好きにさせるつもりなどまったくない。それでは何のために勇輝が……親友が死んだのかわからなくなる。


「……何のために?」


 堪え切れない怒りに身体を震わせつつ、雅人が静かに口を開いた。


「その男は祖国を守る我が隊を理由もなく攻撃し、あまつさえ全滅させた反逆者だ。たとえ死体であろうと、処分は我らが下す。さあ、その男の死体をこちらへ引き渡せ!」


 傲慢極まりない物言いだ。真桜とさつきは涙を流しながら、怒りを宿した目で、過激派を睨みつけた。


「断る」


 雅人は短く、機械的に答えた。

 私怨は判断を鈍らせる。雅人はそう思っているし、そうしてきた。だが今、この場でだけは、怒りを抑えられない。私怨を捨てることなど、できるわけがない。


「ならば貴様達も反逆者と見なす!」


 だから銃装大隊を率いてきた隊長の一言に、四人は躊躇いもせず刻印宝具を―飛鳥はリボルビング・エッジとエレメンタル・シェルを、真桜はブレイズ・フェザーとシルバー・クリエイターを、雅人は氷焔之太刀を、そしてさつきはガイア・スフィアを生成した。


「な、なんのつもりだ!?」

「それはこっちのセリフだ!」

「勇輝さんを殺しておいて……その上死体まで寄越せなんて、何様なの!?優位論者が、そんなに偉いとでも言いたいの!」

「だ、黙れ!一般人ごときが、命をかけて母国を守る刻印術師に、そんな口を利いていいと……許されると思っているのか!?」

「……もういい。お前らと話すことは何もない。融合生成、カウントレス!」

「生成、ワンダーランド!」


 傲慢な隊長のセリフに、飛鳥と真桜は刻印融合術を発動させた。ここで融合型刻印宝具などがでてくるなど、予想外、想定外だ。その証拠に過激派は慌てているが、刻印融合術と同時に発動された飛鳥の水性A級広域干渉系術式ネプチューンと真桜の無性A級広域干渉系術式マーキュリーによる多重結界によって、逃げ道も塞がれていた。

 これらは惑星型A級広域干渉系術式と呼ばれており、自身や対象を核とし、球状の広域結界を発生させる術式となっている。対象系は対象の識別、選択、行動予測をする必要があるため、必然的に膨大な処理能力を必要とする。そのため対象術式ではない惑星型は、その処理能力を制御能力と干渉能力に使うことができるため、単純な術式強度は広域対象系を凌ぐ。

 太陽から最も遠い惑星の名を冠したA級広域干渉系術式は、土砂を含んだ大量の海水によって外界からの視覚を遮断し、同時に氷の結界となった。その中では太陽から最も近い惑星の名を冠したA級広域干渉系術式によって生み出された超高温と極低温の空間が、まるで自転でもしているかのように結界内で激しく交差している。

 無性とは火、土、風、水、光、闇のいずれにも属さない属性であり、複数の属性効果を持つ術式も分類されている。習得は光と闇以上に困難であり、国内でも数十人程度と言われている。そのため高温と低温を同時に生み出すA級広域干渉系術式マーキュリーは、無属性の最高位、最高難度、最上位に位置づけられている。

 誰もが飛鳥と真桜の融合型刻印宝具に驚いていた。噂では聞いたことがある。複数の宝具生成者でさえ実際に生成することは困難だとされる、幻の術式―刻印融合術。

 それが目の前で、しかも二人もいるなど、想像できるはずもない。もしかしたらこの国では、この二人だけしか生成できないかもしれない。それほどまでに希少な術式だった。ちなみに刻印神器と呼ばれる刻印宝具も、この刻印融合術によって生成されているが、世界で三つしか確認されておらず、その存在は都市伝説とも、現代の神話とも言われている。

 それだけでも十分すぎるほどの脅威だが、雅人とさつきの複数属性特化型刻印宝具も国内でたった四人―内二人は連盟代表夫妻という、希少さならひけを取らない宝具だ。それだけではなく複数属性特化型は融合型刻印宝具、もしかしたら刻印神器にも匹敵するのではないかとも言われており、数ある刻印宝具の中でも最高位に位置付けられている。つまり四人を同時に敵に回すことは、ある意味では日本最大最強戦力の一つを敵に回すことに等しい。

 その強大な戦力は過激派に向けられている。むしろ自分達を守る側だ。頭ではわかっている。だが飛鳥、真桜、雅人、そしてさつきの殺気、二つの融合型と二つの複数属性特化型刻印宝具の放つ重圧は、刻印術師とはいえ、高校生に耐えられる代物ではない。いや、一流の術師であっても無理だろう。現に過激派は混乱している。


「志藤、みんなを連れてここから出ろ。今の俺達に、加減する余裕はない。それから、ここに連絡しろ。管理局局長の直通ナンバーだ。俺の代理だと言えば話は通る。最優先で管理局の派遣を要請しろ。最優先でだ」

「は、はいっ!」


 恐怖に震えていた志藤は、雅人のセリフでかろうじて現実へ戻ってきた。雅人から投げて寄越された端末を、拙い手付きで受け取りディスプレイに視線を落とした。番号が表示されている。これが刻印管理局局長へのナンバーなのだろう。

 だがそんなことを考えている場合ではない。雅人は加減する余裕がない、と言い切った。それはつまり、これからここで始まるのが、ただの戦闘ではないということを意味する。融合型と複数属性特化型が加減もせずに使用されれば、ただの刻印術師である自分の命など、一瞬で消えるだろう。生成されただけで押し潰されるような圧力を感じたし、ネプチューンとマーキュリーが発動したことなど、気付きもしなかった。

 本音を言えば、見届けたい。どんな結果が待っているにせよ。だが自分達では足手まといにしかならず、容易に自分達を巻き込む。しかもこちらは防ぐことなどできない。志藤はそう思い至った。

 見れば飛鳥と真桜が、多重結界に穴を開けている。ここが脱出するための唯一の道だ。


「飛鳥!絶対に……絶対にそいつらを許すんじゃねえぞ!」


 さゆりと共に美花を支えつつ、大河が先に飛び出した。それを合図にしたかのように、翔も恭子も、その場の全員が邪魔にならないように、そして巻き込まれないように急いで結界から走り去った。


「当たり前だろ、大河。誰が許すかよ!」

「美花……待っててね!必ず仇は討つから!」


 既にこの場を去った親友に告げると、飛鳥と真桜は結界を閉じた。


「き、貴様ら!わ、我々を敵に回すことがどういうことか……わ、わかっているのかっ!!」


 隊長が声を裏返らせながら叫び声を上げた。


「喋るな……!過激派はもう、俺達の敵なんだからな!」

「あんた達が兄さんを連れて行こうってのも、証拠隠滅のためでしょ!誰がそんなことさせると思ってるのよ!」


 吐き捨てるように言い放つと、雅人は火系A級広域干渉系術式ジュピターを、さつきは風系A級広域干渉系術式ヴィーナスを発動させた。どちらも先日、連盟から呼び出しを受けた際に習得したものだ。ネプチューン、マーキュリーと同様に惑星の名を与えられたA級広域干渉系術式―木星を模した結界から炎を伴った雷光が、金星を模したからは多量の二酸化炭素を含んだ風の刃が吹き荒れた。


「ひ、ひいっ!こ、攻撃!攻撃開始だ!!」


 隊長の命令も部下の耳には届いていない。完全に怯えきった部下達は、命令を待たず先程から刻印術を発動させようとしている。しかし刻印具が起動しない。四人の生体領域と高密度に集約されたA級術式の多重複合空間によって、精密機械でもある刻印具が破損してしまっていた。

 刻印銃装大隊は刻印術師優位論に基づいて設立された、刻印術師優位論者の部隊でもある。ゆえに刻印具以外の武装はない。幸か不幸か、部隊の大半が刻印術師であるため、刻印具なしでも刻印術は使用できる。隊長を含めた数人は刻印宝具の生成もできる。

 だが真桜のシルバリオ・ディザスターの前に、全ての刻印宝具は銀と化した。

 同時に銀像と化した過激派の男達は、さつきのヴィーナスがもたらす滅びの風によって塵となる。

 飛鳥のミスト・インフレーションが血の花を咲かせ続ける。

 雅人の無性S級対象干渉系術式 氷焔合一ひえんごういつがすべてを氷らせ、焼き尽くす。

 数分後には死体すら残さず、刻印銃装大隊第二中隊はこの世から消えていた。


「さつき、飛鳥、真桜ちゃん……。勇輝がなぜこんなことをしたのか、わかった」


 直後に雅人が呟いた一言に、三人は目を見開いた。既に多重結界は解除されている。勇輝と第三小隊の死体以外は特になにもない、いつも通りの空間となっていた。軍人が大挙して押し掛けてきた形跡など、どこにも見受けられない。


「雅人……それ、本当なの?それじゃあ、兄さんは……」


 ヘリの音が近づいてくる。刻印管理局のものだろう。だがそんなことはどうでもいい。三人は雅人の告げた事実に、驚愕することしかできなかった。


――PM12:23 明星高校 風紀委員会室――

 風紀委員会室は暗欝な雰囲気に包まれていた。雅人の指示に従い、多重結界から出てきたとはいえ、勇輝が死んだことに変わりはない。2年生は夏越祭後の数日程度だったが、人柄の良さからすぐに打ち解けていた。3年生にとっては世話になった、頼れる先輩だった。そして大河と美花にとっては、刻印術の師匠だった。頼れる兄貴分であり、ムードメーカー。それが勇輝だった。


「志藤、管理局はなんだって?」


 藤間が沈黙に耐えられず、口を開いたとしてもおかしくはない。時間の問題だったという側面もあるが、これでも一番付き合いの長い大河と美花を気遣ったつもりだ。今も美花は、さゆりにすがりつくように涙を流し続けている。二人の落胆は、あまりにも大きい。


「すぐに部隊を派遣してくれるそうだ。証拠の確保ができるかは保証はできない、と言われたが」

「仕方ないですよね、それは……」

「だな。委員長も雅人先輩も、飛鳥も真桜ちゃんも……完全にブチ切れてたし」


 志藤の答えに呟いたさゆりに、昌幸が言葉を繋げた。


「ああ。ヤバかったな、あれは……」

「まさかあの二人……融合型刻印宝具の生成者だったとはな。実物を見れるとは思わなかった……」


 融合型刻印法具の生成者は、長らく日本にはいなかった。二つの刻印法具を生成する者はいたらしいが、融合させたという話は聞かない。それだけでも、飛鳥と真桜がいかに特別な存在かわかるというものだ。だがまさか、あんな状況で見ることになるとは夢にも思わなかった。


「A級惑星型、しかも無属性のおまけつきでな……」

「無性A級なんて使える人、いたんですね……」

「末恐ろし過ぎるぜ……」


 飛鳥はネプチューンという水属性の惑星型を使っていたが、真桜はマーキュリーという無属性の惑星型を使っていた。あまり余裕はなかったが、手慣れた感じがしたから、相当前から習得していたのだろう。それも恐るべき事実だ。


「さつきと雅人先輩も負けてなかったけどね。複数属性特化型は融合型に匹敵するって噂は聞いたことあったけど……」

「マジっぽいスね、その噂。あのまま残ってたら、絶対巻き添えになってましたよ、俺達……」


 堰を切ったように、全員が口を開いていた。そうでもなければ、恐怖に押し潰されていたかもしれないし、尊敬する先輩が死んだという受け入れがたい事実も、重く圧し掛かってきている。誰もそのことを理解していたわけではないが、それでも口を開かずにはいられなかった。


「それもあるだろうが、久世先輩が俺達を逃がしたのは戦闘を見せないため、だろうな。戦闘と言っていいのかはわからんが……」

「ですね……」

「佐倉君、真辺さん。君達は知っていたのか?」


 翔の疑問に、室内の全員の目が大河と美花に向けられた。この場で知っていた可能性があるのは二人だけだから、これは当然だろう。


「ええ……。口止めされてましたけどね」

「ずっと何でだろうって思ってましたけど……夏越祭であの話を聞いた瞬間、納得できました……」


 大河と美花は、昨年の夏に、初めて飛鳥と真桜の刻印法具を見た。だがその後、一斗と菜穂から黙っているように頼まれもした。その時は理由がわからなかったが、命を狙われていたとなれば、そうすることも当然で、むしろ自分達を助けるために生成してくれたことがイレギュラーだったのだと、初めてわかった。


「確かにな……」

「あれもあれで信じられない話だったからな。代表達が二人の存在を隠すのも、わかるってもんだ」

「勇輝先輩も、飛鳥君と真桜ちゃんを守ったのかな……?」


 誰にともなく、無意識に恭子の口から言葉が漏れた。


「多分……」


 翔は短く答えると、窓の外に目を向けた。目に映るのは、惑星型A級広域干渉系術式の多重空間と一台のヘリ。目視では判別しにくいが海王星のように見えることから、飛鳥のネプチューンが境界なのだろう。そしてあのヘリは、おそらく刻印管理局のものだろう。

 星が消えた時、何が起きていたのか、何が起きるのか、できれば考えたくはない。

 だが翔は生徒会長という立場から、知っておかなければならないようにも感じていた。

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