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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第七章 神器繚乱編
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32・織りなす未来へ

――西暦2098年2月19日(水)PM19:48 源神社 鍛錬場――


 三女帝に無理矢理招待された生徒会、並びに風紀委員会の面々は、口から魂でも吐き出しそうな顔をしていた。

 もっとも、それも無理もない話だ。


「なあ、アルフ。さすがに気の毒だよな?」

「そりゃそうだろ。なにせ俺、軽く泣きそうになっちまったからな」

「確かに涙を誘うな。もっとも、彼女達も似たようなものだが」


 ミシェル、アルフ、星龍が、心からの同情を寄せているのは、生徒会や風紀委員会ばかりではない。

 三人の視線の先にいるのは、イーリスの娘リリアーナ、アルフの妹アリス、星龍の婚約者 美雀、そしてアーサーの姉クレアだ。

 リリーは源神社に居候の身だし、先日は真桜、オウカと共に三女帝に捕まり、レーヴァテインまで交えた親子歓談に巻き込まれたと聞いている。

 その話を聞いたミシェルは、真桜達を襲った不幸に、軽く涙してしまった程だ。

 だからなのか、リリーは目の前の事態にも、他の者達ほど動揺している訳ではない。

 同じく祖父が七師皇の美雀も、内心は分からないが表面上は平静を保っている。


 だがアリスとクレアは、予想外過ぎる事態に激しく動揺し、今や生徒会、風紀委員の面々と同じような顔をしていた。


「えーっと……姉さん、大丈夫?」


 見かねた弟が恐る恐る声を掛けるが、姉の反応は鈍い。

 壊れたブリキの玩具のようにゆっくりと首を動かして自分に視線を向けてくるが、理解出来る許容量を大きく超えてしまっているため、口は大きく開いたままだ。


「やっぱりこれ、やり過ぎだったんじゃありませんか?」

「こんなもんだろ」

「まあ、これぐらいは仕方ないわよね」


 飛鳥もやり過ぎではないかと感じているが、リゲルとニアはあっさりしたものだ。


「とはいえ、生徒会の子達には見せておいた方がいいのは確かだからな。なにせ今までの事があるから、飛鳥も真桜も不意に生成してしまう可能性は否めないだろう?」

「それはそうだが……」

「だったら生成するのって、私達だけでも良かったんじゃない?」


 一斗が理由を告げると、飛鳥は不承不承ながら同意しかける。

 だが真桜の言うように、生徒会に伝えておくだけなら、飛鳥と真桜だけでも十分だ。


 だというのに現在この場には、ブリューナクを除く全ての刻印神器が生成されてしまっている。

 カラドボルグとフェイルノートは、一斗が口にした理由が大きく、事実カウントレスやワンダーランドの生成は、半ば止むを得ない状況だった。

 さすがに同じような事件が起こるとは思いにくいが、例え万が一の可能性であっても前例がある以上、対処は必要になる。

 それにカラドボルグとフェイルノートの生成に関しては、オーストラリアとの問題も関与してくるため、飛鳥と真桜が生成者だという事を伏せる事が出来ない。

 だからこそこの場で、飛鳥と真桜は要請を受け、それぞれカラドボルグとフェイルノートを生成している。


「普通は一生に一度見れるかどうかって言われてんだが、お前らの友人って事だし、これぐらいは構わねえだろ」

「オウカがお世話になってるんだし、レーヴァもお礼を言いたかったみたいだしね」


 だというのに、リゲルもゲイボルグを、ニアもレーヴァテインを無造作に生成している。

 理由は言った通りだが、それでも生成する必要があったとは、飛鳥には思えない。

 そもそもニアは、先程生徒会室で生成していたのだから尚更だ。


「こんな反応、俺達にとっても結構新鮮なんだよ。だいたい俺達が生成する時って言ったら、相手側が全滅するんだからな」

「リゲルさんはそうでしょうけど、私は結構生成してるわよ?」

「三女帝が揃う度にな。その都度俺らが、どれ程の恐怖を感じてるか分かるか?」

「失礼ね」


 ニアにとっては本当に不本意だが、リゲルにとっては大真面目な話だ。

 三女帝が揃うというだけでも何が起こるか分からないというのに、そこにレーヴァテインまで加わってしまえば、本気で予想がつかない。

 そう思っているのはリゲルだけではなく、アサドや林虎も同様だ。

 下手をすれば四度目の世界大戦になってしまうのではないかと、本気で考えている。


「あ、アーサー……」

「何、姉さん?」


 そこで辛うじて意識を取り戻したクレアが、意を決してエクスカリバーを生成している弟に対して口を開いた。


「カリスって……エクスカリバーの恋人なの?」

「……はい?」


 どうやら姉は、まだ混乱しているようだ。

 確かにカリスはエクスカリバーの鞘であり、人格も女性だが、恋人という訳ではないはずだ。


「半身と言っていましたから、その表現も間違ってはいないと思いますけど……さすがに本人達に尋ねるのは、その……勇気がいりまして」


 答えたのはカリスを生成している雪乃だが、さすがにエクスカリバーとカリスの関係が何なのか、直接聞けるほど神経は図太くない。


「クレアよ、我とカリスの関係は、そなたが思っている通りで間違いない」


 だというのに、エクスカリバーご本人が答えてしまった。

 心なしか、刀身が薄っすらと赤くなってる気がする。


「あ、そうなんだ。良かったね、エクスカリバー」

「うむ」


 クレアにとって、エクスカリバーは気の許せる友人の一人と言えるため、心から良かったと思う。


 などなど、至る所でカオスな空間が展開されていた。


「……かすみ、大丈夫?」

「……すっごくお家に帰りたいです」


 だが生徒会の面々は、この異空間から脱出したくて仕方がない。

 七師皇が揃っているというだけでも緊張するというのに、まさか刻印神器が6つも生成されるなど、予想外過ぎる事態だ。


「ま、まあ刻印神器を見れて、ラッキーだ程度に思っておけば……」

「……本当にそう思ってます?」


 かすみにそうツッコまれたさつきは、思わず視線を逸らしてしまった。

 さつきにとっても、この状況がカオスだという事は分かっているし、刻印神器を見れてラッキーだなどと、思いもしていない。

 むしろ自分も早く帰りたくて仕方がないぐらいだ。


「ラッキーと言えばラッキーなんでしょうけど、それでもこの状況は……」

「ですよね……」


 なんとか復活した真子の呟きに、セシルが心からの同意を示した。

 既に七師皇は酒盛りを始めているし、雅人やミシェル、アルフは巻き込まれて飲まされている。

 見れば生徒会や風紀委員の男子も、強制されているような気もする。

 特に壮一郎は失恋が確定した事もあってか、林虎相手に悩み相談をしている始末だ。


「これ、どうやって収集つけるんですか?」

「無理。酔いつぶれるかお酒が無くなるかしないと、どうしようもないわ」


 瑠衣の疑問をバッサリと切り捨てるさつきだが、七師皇は酒にも強い者が多いため、酔いつぶれた姿を見た事は無い。

 残るは酒が尽きる事だが、ビールや日本酒はケースで用意されているし、ウイスキーやブランデー、ワインなども似たような量があるため、本当に尽きるかどうかも怪しい。


「今日は諦めるしかないでしょうね」

「あんた達は明日も学校だから、なるべく被害が出ないようにするわ」


 何故か不退転の決意を固めたセシルとさつきの姿が、かすみ達にはとても恐ろしく思えた。


――西暦2098年2月20日(水)AM0:23 源神社 飛鳥私室――


 混沌とした宴会は、日付が変わっても続けられていた。

 七師皇どもは特に予定がないそうだが、飛鳥達明星高校生は学校だし、五剣士達も予定がある。

 なので無理矢理離脱し、女子は開いている部屋に、男子は居間で雑魚寝をしてもらう事にした。

 飛鳥としても、真桜とともに原因に一役買っているため、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「飛鳥、大丈夫?」

「ああ。不本意だが、最近慣れてきたからな」


 かなり飲まされていた飛鳥を心配する真桜だが、飛鳥は意識も足取りもしっかりとしていたし、口調も乱れていない。

 本当に不本意だが、最近は飲まされる事も増えているため、かなり肝臓が鍛えられているのだろう。


「我等にはよくわからぬが、楽しそうであったな」

「あんなに大勢の前で生成したのって、初めてだもんね」

「うむ。未だ神槍が秘されているとはいえ、我にとってもなかなか面白かったぞ」


 部屋に戻ってから生成されたカラドボルグとフェイルノートは、元はといえば飛鳥と真桜が二心融合術によって生成するブリューナクの意識を分けて宿している。

 本体という意味ではブリューナクになるが、分体となるカラドボルグやフェイルノートであっても、あそこまで自由になれたのは初の事でもあるため、楽しんでいたようだ。


「さすがにブリューナクは簡単に生成出来ないけど、少しは生成しやすくなったのも間違いないな。まあ、意識が分かれてるとはいえ同一人物なんだから、みんなの前で生成する時は別人を装ってもらわないといけないが」

「心得ている。神剣と同じゆえにな」

「そういえばそうだっけ」


 神槍ブリューナクは、神剣アンスウェラーと神剣フラガラッハに形状を変化させ、飛鳥と真桜がそれぞれ手にする事もある。

 だからこそブリューナクも、聖剣や聖弓として生成されたとしても、それぞれが別人を装う事など造作もない。


「とはいっても、そうそう頻繁に生成は出来ないよね」

「しやすくはなったが、さすがに別問題だろ」


 神器生成者は、些細な事で刻印神器を生成する事もある。

 話し相手としてはもちろん、相談事に乗ってもらう事もある。

 アーサーは姉のクレアのために生成するし、ニアも三女帝が揃うと必ずだ。

 リゲルに至っては、酒の相手に生成していると言っていた。

 しかもゲイボルグには専用の器があり、穂先を浸すことで酒を飲んでいるそうだから恐ろしい。

 飛鳥や真桜のみならず、話を聞いた五剣士も、最初は何の冗談かと思ったものだ。


「そういえばブリューナクは、酒は飲まないのか?」


 飛鳥は酒に強いが、普段はあまり飲まない。

 真桜が酒に弱いため、相手がいない事も大きな理由だ。

 だがブリューナク、あるいはカラドボルグもゲイボルグのように飲む事が出来るなら、飛鳥にとって気兼ねなく飲める相手が出来る事になる。


「カラドボルグとなった身なれば、喜んで付き合おう」

「あー、そういえばカラドボルグの持ち主って言われてるフェルグスは、大酒のみの大食らいって話だったっけか」


 カラドボルグの所有者として伝わっているフェルグス・マック・ロイは、アルスター物語に登場するアルスター王と言われている。

 伝承では、耳から唇の間は7フィート、目と目の間や鼻の長さ、唇の幅は拳7つ分と、顔だけでもとんでもなく大きく、7匹の豚と樽7杯のエールと7匹の鹿を平らげ、700人力の持ち主、とある。

 だからなのか、カラドボルグとして生成されたブリューナクも、酒については興味があるようだ。


「フェルグスって人、確か奥さんの他にも女の人を侍らせてたんだよね?」


 ここで真桜の嫉妬の視線が、飛鳥に突き刺さる。

 確かにフェルグスは鹿と牛の女神フリディッシュを妻としており、フェルグスの盛んな性欲を満足させた唯一の女性と伝えられている。

 そしてフリディッシュがいない場合、フェルグスを満足させるには7人の女性を求めたとも。

 飛鳥がカラドボルグを生成してからネットなどで調べた際、真桜はその一文が凄く引っかかっていた。


「いや、待て。刻印神器は伝説とか神話とかの武具とは別物だぞ?生成者だって、前世がそうだって訳じゃないんだ。そもそも俺には真桜がいるんだから、他の女なんて必要ないだろ」


 これは飛鳥の言う通りで、刻印神器と神話や伝説の同名の武具は、同じ物ではないとされているし、刻印神器達も認めている事実だ。

 飛鳥の前世は源義経であり、フェルグスとは国も時代も全く異なるし、そもそもカラドボルグを生成した経緯が刻印継承からなのだから、飛鳥とフェルグスに共通点は少ない。

 唯一と言ってもいい共通点は、伴侶となる女性が唯一無二という事だろう。


「絶対に?」

「絶対に」


 少し涙目になっている真桜だが、基本的にはいつものやり取りと大差はない。

 だからといって迂闊な発言をしてしまえば、真桜の機嫌を損ねるだけでは済まないため、飛鳥は慎重に言葉を選ぶ必要がある。


「姫よ、安心するがよい。我は酒に興味を持ったのは、伝承にある所有者が好んでいた為だ。そもそも我等は、人の身などに興味は持てぬし、食事も出来ぬ。故に姫が心配する事など、何もありはしない」


 ここでカラドボルグからのフォローが入った。

 フェイルノートはフェイルノートで別の事に興味がありそうだが、少なくともカラドボルグは、酒以外に興味は無いようだ。


「そっか。ご飯が食べられないのは残念だけど、剣なんだし仕方ないよね」

「酒を飲めるってだけでも、大概な気がするけどな」

「確かに」


 剣や槍が酒を飲むなど、物語でも聞いた事が無い。

 だが目の前の聖剣は興味を持っているし、魔槍に至っては結構な頻度で飲んでいる。

 事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。


「さて、それじゃあそろそろ寝るか」

「明日も学校だし、そうしないといけないよね」

「ああ。それに明日は美花が、明後日には敦とさゆりが退院するんだから、また宴会になるだろうし、体調を崩したら地獄を見そうだ」

「七師皇も、まだしばらく日本にいるって言ってるもんね」


 アゾットが消え去った事でラピス・ウィルスは消え去り、罹患していた者は快方に向かっている。

 イーリス達が適切な処置を行っていたこともあり、ほとんど全員が明日退院するし、最も重篤だった敦とさゆりも明後日には退院出来るほどになった。

 だからなのかは分からないが、七師皇はまだしばらくは日本に留まり、経緯を見ると口にしている。

 他にも理由はあるようだが、飛鳥も真桜も詳しくは聞いていない。

 聞いたところでどうなるものでもないし、自分達に何が出来る訳でもない。

 そればかりかどんな罠が仕掛けられるかも分からないため、関わりたくないと考えている。


「よしっと。それじゃあ飛鳥、フェイルノート、カラドボルグ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

「「よい夢を」」


 真桜は勢いよくベッドから立ち上がると、フェイルノートを刻印に戻し、飛鳥の頬に自分の唇を当て、部屋を出て行った。

 それを確認してから、飛鳥もカラドボルグを刻印に戻し、部屋の灯りを消し、ベッドに横になった。


 まさかブリューナク以外の刻印神器を生成する事になるとは思わなかったが、おかげで神器大戦と呼ばれるようになった事件も解決出来たし、アーサーと雪乃も二心融合術を成功させた。

 その事は明日正式に公表されるため、周囲は騒がしくなるだろうが、そこは両親も気を配ってくれるだろう。

 いずれは神器生成者として名を連ねる事になっていたのだから、早くても飛鳥にとってはあまり違いはない。

 飛鳥にとって重要なのは、真桜とともに平和に暮らしていくことだ。


 その未来を信じて、飛鳥は瞼を閉じ、眠りについた。

第7章はこれで終了になります。

第8章からは3年生編となりますが、少し時間が掛かりそうです。

早ければ来月から開始します。

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