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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第二章 刻印の宿命編
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4・最終日

――西暦2096年7月21日(土)13:04 明星高校 風紀委員会室――

「それじゃ今日も行くわよ。最後だからって気を抜くんじゃないわよ!」


 今日は一学期最終日。明日から夏休みということもあり、初日ほどではないが問題は起きにくい。だがそれとは別に、飛鳥と真桜が1年生だと知った一部の上級生から、二人を試すような挑発行為が何度かあった。当然そんな輩をさつきが許すはずもなく、ほとんどがトラウマを植え付けられていたが。


「そういえば真桜ちゃん。今年も夏越の舞を舞うってお父さんに聞いたけど、本当なの?」

「か、香奈先輩……どこでそれを?」


 真桜は夏越の舞を舞うことを、まだ誰にも言っていない。この場では飛鳥とさつきしか知らないが、もし二人がバラしたのなら、事後報告でも必ず真桜の耳に入る。大河と美花も同様だ。さゆりはわからないが、そんな話をした覚えはないから、おそらく知らないだろう。いったい香奈は、どこで聞いたのだろうか。


「氷川神社ってあるでしょ。あそこってうちの親戚なのよ」


 まさかの神社繋がり。氷川神社は埼玉県さいたま市に鎮座している大きな神社だが、言ってしまえば神奈川県鎌倉市の祭りである夏越祭と直接の関係はない。しかし親戚ならば鎌倉市在住であってもおかしくはないし、またそれほど距離があるわけでもないため、真桜の舞の噂を聞いていても不思議というわけでもない。なお氷川神社は、刻印術師の家系ではない。


「夏越の舞って、夏越祭で巫女さんが舞うあれのこと?」

「それです。私も親戚に聞くまで知らなかったんですけど、真桜ちゃん、去年と一昨年も舞ってるんですって」

「俺、去年見たぞ。あれって真桜ちゃんだったのか」

「私も見ました。綺麗でしたよね」


 予想外の繋がりが明らかになり、真桜は一気に追い詰められた。


「あんた達、その話は終わってから!行くわよ、って言ったでしょ!」


 だからさつきの声は、まさに天の助けだった。地雷が仕込まれていたような気がしなくもないが、今の真桜には、それに気づく余裕はなかった。


――PM17:10 明星高校 校門広場――

「特に問題はなさそうですね」

「ああ。今日はお前に絡んでくる連中もいなさそうだし、何とか無事に終わりそうだな」


 飛鳥と昌幸は、校門前を巡回していた。今日は本当に平和で、実習も問題なく終わった。不正術式の使用やケンカも起きなかったから暇ではあったが、風紀委員が暇な方が、学校的にはありがたい。


「あれはあれで面倒でしたけどね」

「委員長かお前か、どっちが相手でも、確実にトラウマになるからな」


 この一週間ずっとペアを組んでいた昌幸自身も、飛鳥に絡む馬鹿な同級生や残念な先輩が、さつきや飛鳥に強烈なトラウマを植え付けられていた現場を目撃せざるを得なかった。自分も初めて見た時は、夢にまで出てきたものだ。それは真桜とペアのエリー、さつきとペアの藤間、瑞穂も同様だ。特にさつきとペアの藤間と瑞穂は一日交代だったとはいえ、日に日にやつれているようにも見える。飛鳥と真桜に絡む生徒に鬼の形相でトラウマを植え付ける相方を、昌幸やエリー以上に見せ付けられていたのだから、それも無理もない話だ。

 それとは別に、さつきに制圧された生徒はともかくとして、飛鳥や真桜本人に制圧された生徒達の心境もわからなくもない。だが二人は、そこいらの刻印術師とは違う次元に住んでいる。異次元人相手に後れを取ったところで、それはおかしくもないし、比べること自体が間違っていると、昌幸は既に理解しきっている。


「危ない!」


 だから考えを巡らせていた昌幸の反応が遅れたことも、仕方のないことだろう。


「うおっ!」


 飛鳥が発動させたスプリング・ヴェールに何かが当たった。だが水のヴェールを突き破ることなく、それはゆっくりと地面へ落ちていった。


「わ、悪ぃ、飛鳥。助かったぜ」

「いえ。それより、これを見て下さい」

「これは……石?いや、刻印具か。しかも投擲状消費型。なんでこんな所に?」


 昌幸の疑問はもっともだが、消費型とはいえ投擲状刻印具がスプリング・ヴェールに防がれた理由など、一つしかない。


「本部、こちら葛西、三上組。応答願います」


 だから飛鳥は、即座に巡回本部のある風紀委員会室へ連絡を入れた。


「こちら本部。どうした、飛鳥?」

「今、葛西先輩が、投擲状消費型刻印具による攻撃を受けました。現在地は校門前広場です」

「葛西が?わかった。すぐにそっちを視る。お前らはそこを動くなよ」


 飛鳥の報告を受けた安西だが、昌幸が狙われたことを不思議がっているようだ。昌幸は人当りもよく、人の恨みを買うような性格ではないから、狙われた理由に、さっぱり見当がつかない。だがそれでも、放置するわけにはいかないから、安西はすぐにモール・アイを発動させていた。


「わかりました。お願いします」


 飛鳥は務めて冷静に振舞っていた。視界に入った少女の姿に見覚えがあったからだ。刻印具を投げたのは間違いなく彼女だ。そしてそれは昌幸ではなく、自分を狙ったものだということも間違いない。だが理由がわからない。心当たりがないわけではないし、自分では意識していない遺恨があるのかもしれない。何故なら彼女は……


「葛西君、飛鳥君。こちら本部、三条です。聞こえますか?」

「ああ、聞こえる。何かわかったのか?」

「いえ……発見できなかったわ……。ごめんね、役に立てなくて……」

「いえ、気にしないで下さい。もしかしたら、こないだの件と関係があるのかもしれませんから」

「安西先輩もそう言って、範囲を拡張して探してくれてるわ。校内にいれば、きっと何かわかるはずよ」

「わかった。それじゃ俺達はこのまま巡回を続ける。何かわかったら連絡してくれ」

「わかったわ。葛西君も飛鳥君も、がんばってね」


――17:50 明星高校 風紀委員会室――

「みんな、お疲れ様。予想外の事件が何件かあったけど、なんとか今年は乗りきれたわ」


 逮捕者や不審者が出たが、特に大きな怪我人はなく、全員が安堵の息を吐いていた。


「これも毎年の事だけど、夏休み中は学校に用がある人が自主的に巡回をすること。一人で回ることになるだろうから、特に注意すること。何か質問は?」

「一人で回るのは構わないんだが、不審者の件はどうなったんだ?春みたいなことになったら、とてもじゃないが対応しきれないぞ」


 安西の疑問はもっともだ。

 刻印術は火、土、風、水、光、闇、無の七属性に攻撃系、防御系、支援系、探索系、干渉系、広域系、無系の七系統―系統によってはさらに細分化される―の組み合わせで構成されている。

 だが生来の適正や特性によって、得意とする属性や系統には個人差がある。安西は土属性の探索系に高い適正を持つ反面、防御系術式への適性が低い。それは生来の属性であっても例外ではなく、土は水を堰き止める、という相克関係にある水属性術式を防ぐことも難儀している。自分一人だけならなんとかならなくもないが、多数の生徒を守ることはかなり厳しいと言わざるを得ない。事実安西は襲撃事件の際、一緒に行動していた志藤に防御を任せ、自分は安全な場所を探しながら数人のマラクワヒーを相手にするだけで精一杯だった。


「それが結局わからなかったのよね。あれから一度も現れてないみたいだから、学校も警察も行き詰ってるそうよ。下手したら迷宮入りじゃないかしら」

「厄介だな。夏休みといっても、部活で登校する奴らは多い」

「1年生だけじゃなく、2、3年生も対人戦闘の経験ない人って多いもんね。多かったら、それはそれで問題だけど」


 聖美の言う通り、刻印術を行使した対人戦闘は命のやり取りになることが珍しくない、というより多いため、知識として教えられてはいるものの、実際に経験した生徒は少数だ。風紀委員は巡回の過程で必ず経験することになるが、一般の生徒は、たとえ刻印術師であっても、その機会すらない。そのために週に一度、刻錬館で術式試合が行われるよう手配されているわけだが、実戦と術式試合は全くの別物だ。そのため春の事件では委縮してしまい、何もできなかった生徒も少なくはない。


「春の件があるから、夏休みは警察が巡回に力を入れてくれるそうよ。さすがに常駐はできないけど」


 さつきの言う警察とは、普通の警察官のことではない。刻印術に秀でた刻印具の使い手のことだ。無論だが、刻印術師も含まれている。


「なら大丈夫かな。まあ春みたいな事件が、そうそう起きても困るけど」

「だな。それに俺達より、よっぽど頼りになる。この兄妹は例外だけど」


 昌幸が飛鳥と真桜に目を向ける。


「例外って何ですか……」

「そこまで言わなくても……」


 ある意味人外扱いだ。さすがに飛鳥も真桜も、顔をしかめている。これが普通の反応でもあるわけだが。


「いや、実際そうだろ。高校生でA級をあそこまで使いこなす奴が、他にいるとでも思ってるのか?」

「……探せばいるんじゃないでしょうか?」


 不本意ながらも飛鳥はさつきに目を向けた。


「あたしはまだ習得してないわよ。っていうかさ、高校生の生成者が、あたし達の他にどれだけいると思ってるのよ?」

「未成年の生成者は確か……1パーセント以下って言われてたな。なら八十人ぐらいか?」

「百人はいるんじゃない?」


 刻印宝具は刻印術師の約三割程度、未成年の内から生成できる者は一割にも満たないという統計から見れば、どちらも誤差の範囲内だろう。


「残念ながらそんなにいないわ。連盟が把握してる、高校生以下の生成者は全部で四人。つまりあたし達三人と渡辺だけよ」

「たったそれだけなのかよ!」

「思ってたより全然少ないじゃない!何のための統計なのよ!?」


 さつきの答えに、一同騒然。それもそうだろう。


「統計って言うより予測、推測の類ね。連盟が把握してる人数、っていう但し書きが付くし」

「それにしても少なすぎる。そもそも未成年が、刻印宝具を隠し切れるとは思えないぞ」

「そうなのよねぇ。だから多分、いてもあと一人か二人ぐらいじゃないかしら。その前に統計そのものが見直されるだろうけど」


 日本だけではなく、世界中で見ても生成者は統計を下回っているが、その統計はあくまでも推測によるもの、という但し書きがつく。だがその統計が発表された数十年前と違い、術師も生成者も国や刻印術連盟のような組織によってかなりの数が確認されている。統計が見直される日も遠くはないだろう。


「だよなぁ。その統計っていや、複数持ちってどの程度なんだ?」

「数万人から数十万人に一人って言われてるわよね。目の前に二人もいるから、それも疑問だけど」

「連盟はどのぐらい把握してるんでしょうか?」

「飛鳥と真桜だけよ。それこそ、隠し切れるものじゃないしね」

「確かに……」


 風紀委員は飛鳥と真桜が複数の刻印宝具生成者ということを知らされているだけであり、融合型刻印宝具生成者ということまでは知らない。複数使える、ということと、融合させることができる、ということでは意味がまるで異なるからだ。複数の使い手であっても融合させることができない術師の方が多く、それゆえに宝具を融合させる刻印融合術は、幻の術式とも言われている。刻印術師でさえ知らない者もいる術式を、術師ではない者が知らなくても不思議なことは何もない。


「それはそれとして、今日はどうする?打ち上げ、ってわけでもないが、飛鳥と真桜ちゃんの歓迎会、やってないだろ。せっかく全員揃ってることだし、どっか飯でも食いにいかねえか?」


 閉門が近いため、風紀委員といえど校内に残ることはできない。話は尽きないが長話をする時間もない。だからというわけでもないし、ついでというわけでもない。志藤の提案は、以前から度々話題に上がっていたものだ。


「あ、それはいい考えね。全員揃うなんて機会、そうそうないものね」

「そうね。飛鳥、真桜、いいかしら?」


 だからさつきも聖美も真っ先に賛成した。


「もちろんですが、その前に雅人さんに連絡取らないと」

「私は鶴岡八幡宮に連絡を入れないと」


 自分達の歓迎会、と言われて嬉しくないはずがない。だが飛鳥は大会の準備、真桜は夏越祭の用意が控えている。


「別の意味で大変だな、それ」

「夏祭りも花火大会も、一大イベントだもんね。なんなら雅人先輩も呼んじゃえば?」

「いいな、それ」

「一応聞いてみますよ。時間がとれるなら、断ることはしないと思いますけど」


 世間からはソード・マスターと呼ばれている雅人だが、2年生には気さくな先輩というイメージが定着していた。飛鳥や真桜もそう思っているから、時間がとれれば来てくれるはずだ。二人にとってさつきは姉だが、雅人も兄なのだから。

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