2・期末考査明け週間
――西暦2096年7月16日(月)PM12:45 明星高校 風紀委員会室――
期末考査明けの月曜日、町内会会長との屋台の打ち合わせ、交渉を雅人に任せることになった飛鳥は、風紀委員会室に来ていた。だが近日中に行われる出店組合との話し合いには出席しなければならない。他にも町内会や近隣神社との打ち合わせなど、飛鳥が出席しなければならない会合が頭が痛くなるほどある。
もっともその日程は雅人の交渉次第なので、飛鳥に出来ることは、花火大会に関して言えば今のところなくなった。まだこれからだと言うのに、現時点でという但し書きがあるとはいえ、やることがないというのもどうかと思うが。
「来たわね、飛鳥。大丈夫なの?」
「多分、今日は大丈夫だと」
さつきの質問に、飛鳥は簡潔に答えた。
「そう。なら巡回の組み合わせを決めましょうか。あたしと藤間、志藤と武、聖美と香奈、昌幸と飛鳥、エリーと真桜。他は安西と一緒に常駐ね。それから昌幸とエリーは、は飛鳥と真桜が抜けなきゃならなくなった場合は、委員会室で常駐組と合流すること。飛鳥はともかく、真桜は大丈夫だと思うけど、一応ね」
そう言うとさつきは、さっさと組み合わせを決めた。問題が起こることを前提としているため、刻印術師同士のペアはない。
「それじゃ安西、あとはよろしくね」
「わかってるよ。お前らも気をつけてな」
安西は風紀委員会室に残ることとなった。風紀委員会の定員は20名だが、定員に達したことは一度もない。現在も総勢15名であり、必然的にペアを組めない委員も出る。だが安西は土属性、特に探索系に高い適正を持っており、最上位探索術式とされるモール・アイも、さゆりより高い精度で使用することができる。そのために安西が委員会室に常駐することは半ば確定事項であり、彼を考慮する必要がなかったという理由がある。無論、安西一人に常駐させるはずもなく、術師ではない生徒が三名、術師が一名、安西の補佐として常駐することに決まった。
「それじゃ出動!」
さつきの号令の下、風紀委員は校内へ散って行った。
――PM15:37 明星高校 刻印館裏――
「お前、持ってるんだろ?知ってるんだぜ?星刻堂の限定刻印具を買ったこと」
「な、なんでそれを……!」
星刻堂は刻印具メーカーの一つで、消費型での販売が多数を占める昨今、珍しく装飾型を限定販売している。帽子やジャケットのように“着る”ことができる刻印具メーカーとしても有名だ。
「偶然、お前が星刻堂から出てくるのを見ちまったんだよ。嬉しそうな面してたよなぁ。今年の星刻堂限定モデルはジャケットタイプで、俺の好みだったんだよ。俺のために買ってくれたんだろ?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
刻印館裏―ようするに体育館裏―ではいかにも不良といった生徒が、少し気弱そうな生徒に絡んでいる。どうやら1年生のようだが、誰がどう見ても友好的ではない。と言うか、完全なカツアゲだ。
「おいおい、いいのかよ。そんな口利いてよ!」
不良生徒はいきなり刻印具を取り出した。完全な刃物であり立派な凶器だが、生活型に分類されている、刻印銃刀法違反―武装型刻印具を含めた銃刀法違反―の適用外のナイフだった。
「こいつにはよ、B級術式を組み込んでんだよ。俺を怒らせると、せっかくの限定モデルが台無しになっちまうぜ?それでもいいのかよ?」
生活型といえばライフラインやインフラに利用されていると思われがちだが、調理用品としても多数販売されており、その中には包丁や果物ナイフのような刃物も含まれている。そして刻印具である以上、個人に合わせたカスタマイズも可能だ。
「イヤだって言ったら取り上げられるだけじゃないですか!どっちにしても僕が損するだけだ!」
まったくもってその通りであり、気弱な生徒にとっては限定モデルのジャケットを不良に献上するか、一度しか袖を通してないのに廃棄処分にするかの二択しかない。彼にとっては理不尽すぎる要求だった。
「ならお前を気絶させてから、剥ぎ取らせてもらうとするかな!」
不良としてもジャケットをズタボロにするつもりはなかったようだ。不良は手にしたナイフ状刻印具から火属性の術式を起動させた。だが、術が発動することはなかった。
「な、なんだ!?俺の火が!」
「生活型とはいえナイフ状刻印具で脅すなんて、立派な犯罪ですよ、先輩?」
発動を防いだのは真桜だった。
「ああ?何だ、てめえは?」
「誰かと思ったら三笠じゃない。あんた、まだそんなことやってたのね」
「正岡!?ってことは風紀委員か!ってちょっと待て!そいつ、1年だろ!?」
三笠と呼ばれた不良が驚いていた。ある意味期待通りの反応に満足したエリーは、即座に刻印具から風性D級支援系拘束術式バインド・ストリングを発動した。
「バ、バインド・ストリング!?何しやがる!」
「何しやがる、じゃないでしょ。あんたこそ何してるのよ。1年生相手にカツアゲなんて、みっともないったらありゃしない」
三笠を拘束したエリーを横目に、真桜は脅されていた生徒に話しかけていた。
「向井君じゃない」
「み、三上さん?え?風紀委員?1年生なのに?」
風紀委員会に所属している生徒は、例外なく周知されている。つまり飛鳥と真桜も、所属していることは公表されている。だが入学直後の1年生が風紀委員会に推薦されたことはなかったため、飛鳥と真桜が所属していることを知らない生徒は多い。
「真桜ちゃん、知り合いなの?」
「クラスメイトです。そう言えば星刻堂の限定モデルを買ったって言ってました」
向井と呼ばれた生徒は、真桜のクラスメイトだった。だがあまり親しいというわけでもなさそうだ。
「星刻堂って、それ、すごいじゃない。三笠が狙うのもわかるわ。だけど君……向井君、そんなものを持ってきちゃダメよ。こんなバカが、何をしでかすかわかったもんじゃないんだから」
「す、すいません……」
エリーの警告に向井は恐縮していた。だがバインド・ストリングに拘束されていた三笠が黙っているはずもない。
「いい加減にしろよ、正岡!風紀委員だからって調子に乗んじゃねえ!」
「ちょ、ちょっと!まさかこれって!」
「フレイム・ウェブ。水属性すら無効化する攻防一体の火属性B級術式か。ライセンス取ってるんですか、先輩?」
呆れた声を上げたのは真桜だった。三笠が発動したのは真桜の言う通り、火性B級支援干渉系術式フレイム・ウェブ。炎の鎧を纏う術式だ。通常、B級以上の術式―探索系のみC級から―は術式許諾試験という連盟の試験に合格し、ライセンスとともに組み込むことを義務付けられている。
だが無許可で使用することが不可能かというと、そういうわけでもない。金に目が眩んだ刻印術師や愉快犯、暴力団が術式を売っているため、それを買って組み込めばいい。正式なライセンスによって行使する術式より性能は落ちるが、連盟の目が届きにくいという大きなメリットが存在するため、それを買う人間は後を絶たない。無論、立派な違法行為だ。捕まれば執行猶予すらつかないし、最悪の場合、死刑もあり得る。
「ライセンスだぁ?知るかよ、んなもん!」
三笠はあっさりと白状した。残念ながら彼も刑務所行きは確定だ。不正な方法で入手した術式の行使、当然それも違法であり、たとえ未成年であっても、成人と同じ量刑が適用されることになっており、執行猶予もつかない。残念なことだが、毎年多くの未成年者が不正術式の入手、使用のため逮捕されている。なお当然のことだが、使用者の刻印具は全て没収され、詳しく調査された後、廃棄される。
「不正入手に不正使用って、どれだけ重罪かわかってるんですか?」
呆れたように呟きながら、真桜は風性C級対象干渉系術式オゾン・ディクラインを発動させた。同じ風紀委員の武が、飛鳥のテストの際、不注意から発動させてしまったエア・ヴォルテックスの劣化版といえる術式だ。とはいえ、対象へ作用する速度も精度も、武のエア・ヴォルテックスより数段上だ。
「な、なんだと!?風で俺のフレイム・ウェブを!?」
三笠が驚くのも当然で、相克関係から見れば風は火を煽る、つまり相性が悪い。しかもフレイム・ウェブはB級、オゾン・ディクラインはC級だ。オゾン・ディクラインは大気中の酸素を減衰させ、窒素や二酸化炭素を充満させる術式であり、火系にも高い効果を発揮するが、それを考慮しても、この結果はあり得ない。百歩譲ってもこんな短時間で、などという話は聞いたことがない。事実、真桜が鎮火に要した時間は発動と同時だった。
真桜は風系に高い適正を持っているだけではなく、宝具を使わなくとも既に一流の能力を持つ刻印術師だ。そんな真桜からすれば、不正入手した術式など問題にはならない。驚く三笠をよそに、真桜はエリーと同じバインド・ストリングを発動した。拘束力も精度も、エリーのものより数段上の術式に、三笠は空いた口がふさがらない。無酸素空間にさらされていたため、三笠が酸素欠乏症になっている、などということもない。
「嘘だろ……。なんで1年がこんな……」
「さすがは真桜ちゃん。残念だったわね、三笠。この子はね、そんじょそこらの術師じゃ、束になっても相手にならないぐらい強いのよ。委員長だって無理だって言ってるぐらいだもの」
「この刻印具は没収させてもらいます。それと残念ですけど、これは警察に通報しなければならないので、このまま拘束させてもらいますね」
冷たく言い放つ真桜に、向井は軽く怯えていた。彼は術式戦闘を見たことがなかったのだから、それも無理もない話だ。
「向井君、クラスのみんなには内緒にしといてね」
だが真桜はそんなことは気にもせず、向井に対してウインクをしてみせた。そんな向井は、ただ黙って頷くことしか出来なかった。
――PM17:55 明星高校 風紀委員会室――
「と言うわけで、2年の三笠は警察に引き渡されました」
「あの馬鹿……不正術式に手を出してやがったのかよ」
閉門間際ともなれば残っている生徒は少ない。風紀委員も委員会室でその日の報告、伝達業務が終われば解散だ。
「その2年生が使用した不正術式、誰が売ったかはわかってるの?」
さつきの脳裏には、去年の騒動が思い出されていた。
「それはわかりませんけど、去年の件とは無関係みたいですよ。三笠がB級術式を脅しに使ったのも、今日が初めてみたいですから」
だからエリーの返答に、少しだけ胸を撫で下ろしていた。
「それで真桜ちゃんがその2年生を拘束した、か」
「ちょっとショックでしたけど、やっぱり私とはレベルが違うんだなって思いました」
エリーは刻印術師ではない。刻印具の扱いは学年でもトップクラスだが、彼女の刻印具にはC級までの術式しか組み込まれていない。B級術式にも興味はあるが、まだ新しい刻印具のカスタマイズができていない。何より自分の適性系統がわからないために、どの術式に焦点を絞ればいいのかがわからないのだ。
「この兄妹と比べること自体が間違いだろ」
「だな」
昌幸の意見に、すかさず武が賛同した。
「わかってるわよ。別に初めて見たわけでもないし」
それはエリーにも、よくわかっている。真桜とコンビを組むことは多いから、その度に差を見せつけられているが、それでもやはりショックなものはショックだ。
「それにしても三笠のやつ、生成者にケンカ売るたぁな。前からバカだバカだとは思ってたけどよ」
「公表してるわけじゃありませんし、できることでもありませんから」
真桜だけではなく、飛鳥とさつきの三人が生成者だということは、大河、美花、さゆり、各委員長を含めた生徒会、そして真桜が刻錬館で助けた3年女子を除けば、風紀委員しか知らないことになっている。むしろ宝具をひけらかしている征司がおかしいのであって、三人が公表を控えているのは普通のことだ。
「それに真桜ちゃん、宝具なんて使ってないしね。相克関係の術式を下位級術式で無効化するなんて、初めて見たわ」
「真桜は風属性に適正持ってますからね。それもあると思いますよ」
「ともかく、その三笠っていう2年生が警察に捕まったこと以外は、大きな問題はなかったってわけね?」
「夏モデルに関してはそれだけだな。まあ毎年初日はあんまり大きな問題は起きないからな。明日以降ってとこじゃねえか、問題は」
モール・アイで校内を見張っていた安西が答える。真桜とエリーが刻印館の騒ぎに駆け付けたのは、二人が一番近かったからだ。
「って言われても、明日以降は飛鳥の予定が掴みにくいのよねぇ……」
さつきが盛大に溜息を吐いた。不本意ではあるが、飛鳥としても同意見だった。まだ雅人からの連絡はないが、いつ連絡がきてもおかしくはないし、日が経つにつれて飛鳥は身動きが取れなくなるだろう。
「ところで安西、お前、ずっとモール・アイを使ってたのか?」
「ああ。三条の助けも大きかったけどな」
安西に褒められた2年生の刻印術師 三条 雪乃が、照れた表情で答えた。
「いえ、飛鳥君にドルフィン・アイのコツを教えてもらわなかったら、逆に安西先輩に負担をかけてましたから」
雪乃は水属性探索系に高い適正を持っている。だが水がなければドルフィン・アイは効果を発揮しないというのは常識だ。気弱で戦闘系が不得手という理由もあり、雪乃は自分が風紀委員には向いていないと悩むことが多かった。だから同じ水属性で、戦闘系だけではなく探索系にも高い適正を持つ飛鳥に、空気中に存在する水分を介するコツを教わっていた。その結果、以前とは比べ物にならないほどの精度でドルフィン・アイを発動させることができるようになり、自分を立ち直らせる機会にも繋がった。
そんな雪乃が安西とともに委員会室に常駐していても不思議ではなく、むしろ当然だと言える。
「そういえば真桜。渡辺ってどうしてるの?」
ふと思い出したように、というわけではない。さつきにとって征司の動向は、ある意味では最優先で確認しなければならない。だがマラクワヒーの襲撃があったあの日から、征司は一度も登校していない。登校しているのかも知れないが、少なくともさつきは見ていない。
「あの日から一度も登校してません。まだ連盟の監視下にあるみたいですから」
「当然といや当然だな。つうかあいつ、退学になってなかったのかよ」
「仮にそうだとしても、あれだけのことがあったら自分から辞めるだろう」
武と志藤の疑問は当然だ。だがそれは、あくまでも普通ならば、という条件が付く。征司が普通ではないということは、この場の誰もが理解している。刻印術師優位論者に常識は通用しない。それだけでも厄介だが、征司に国防軍過激派が接触しているという話を、先日雅人から聞いたばかりだ。必ず何か問題を起こすと、飛鳥も真桜も、そしてさつきも確信している。だがそれを話すことは余計な心配をかけることになり、かえって危険を招く可能性が高い。
「渡辺は無関係だったみたいですからね。あれは松浦が、渡辺の宝具生成を知らせたことが原因みたいですし」
だから飛鳥は、不本意ながらも征司を擁護せざるを得なかった。雅人の話を聞かせることは間違ってもできないのだからやむを得ないことなのだが、飛鳥はとてつもない不快感に耐えていた。
「それで連盟が監視しながら矯正してるってか。無理だと思うがなぁ」
武の指摘は間違いではない。というか、的中しているだろう。ほとんどの委員が首を縦に振っていた。
「何にしても、この時期にあいつがいないのは好都合よ。問題が一つ、確実に減るんだから」
このさつきの指摘にも全員が首を縦に、先程よりも激しく振っていた。
――PM19:05 源神社 社務所――
「おかえり。今日はどうだった?」
「雅人さん、お疲れ様です。初日から大変でしたよ」
「初日から?珍しいな。何があった?」
社務所で作業をしていた雅人が、疑問に首を傾げた。
「不正術式を使った先輩がいたので、警察沙汰になっちゃったんですよ」
現場を取り押さえ、三笠の監視や警察への事情説明でその場に待機を余儀なくされた真桜が説明した。
「不正術式か。確かに面倒だな。誰から買ったのかはわからないんだよね?」
「さすがにそこまでは。術式から辿っても難しいことですから」
刻印術は使用者が扱い易いように調整することができる。それは不正術式であっても同様で、調整されてしまえば不正術式を売った術者を特定することが困難となる。自分に適した調整をするためには、実際に使ってみるしかないのだから、不正術師の癖や特徴が上書きされてしまうことは、ある意味では当然だ。
「まあ珍しい事件ってわけでもないし、何人かは目処がついてるから、あとは連盟が処理してくれるかな」
「そう思いたいですね。それで雅人さん、今日はどうでしたか?」
飛鳥にとってはある意味、不正術式よりも重要な問題だ。
「明日は町内会、明後日は近隣神社の会合だ。残念だけどどっちも予定をズラすことはできなかったよ。みなさんにも予定があるからな」
「明日と明後日ですか。時間は何時からなんですか?」
「どちらも5時からだ。幸いにも場所は源神社でいいと言ってくれたから、ギリギリまでは学校にいてもらっても大丈夫だ」
夏休み前ということもあり、明星高校は午前中のみとなっているため、午後は部活や委員会、自習に割り当てられている。だが意外にも、下校する生徒は多くない。短時間ではあるが、刻錬館で刻印術の実習を行うことができることが最大の理由だ。
「明日の実習は2時からで、明後日は……げ、3時からかよ」
「明日はともかく、明後日は無理そうね」
風紀委員としても、この授業を見逃すことはあり得ない。監督している教師は刻印学の専門家だが、刻印術師ではないからだ。松浦が死んだ今、明星高校に刻印術師の教師はいない。現在の風紀委員は、約半数にあたる七名が刻印術師だ。ある意味では教師よりも対応力が高い。そのため風紀委員の監視は必須となっている。ちなみに去年までは松浦が監督していたのだが、去年も一昨年もその前も、監督責任を果たしたことも、トラブルを防止したことも一度もない。
「さつきと真桜ちゃんなら、よっぽどのことでも対応できるじゃないか」
雅人は笑って答えた。
「それから組合の方だけど、そっちは神主さん達との話し合いで決めるらしい」
「それじゃ今日は、特になしってことですね」
「いや、これから市の人が来ることになってる」
「こんな時間にですか?」
飛鳥の疑問は当然だ。市の人と言われて真っ先に思いつくのは市役所の職員だ。だが既に7時を回っている。お役所仕事の代表格でもある市役所が、こんな時間に何の用なのだろうか。
「俺も疑問だったんだけど、どうもこの神社に保管されてる源氏縁の書物とか鎧とかいったものを出せないかって話らしい」
「ああ、来年の。だけどそんなこと、親父じゃなけりゃ答えられませんよ」
「代表にはもう連絡したよ。飛鳥に任せると言っていた」
「……丸投げかよ」
「お父さん……せめて出せない物だけでも……」
飛鳥も真桜も、蔵に保管されている源氏に縁のある書物、刀剣、鎧は見たことがある。だが多くは源頼朝や頼家、実朝といった鎌倉幕府の将軍より、源義経縁の物が多かったと記憶している。市の担当がそれを知っているかはわからないが、リクエストに応えられるかどうかは甚だ疑問だ。そんなことを考えている飛鳥をよそに、社務所の呼び鈴が鳴った。
「来たみたいだな。真桜、悪いけどお茶の準備頼めるか?俺は市の人を応接間に通すから」
「うん、わかった」
だがリクエストに応えられるかどうかは別としても、その話は以前からあったのだから、担当者が来ることは予想できていた。さすがにこの時期とは思わなかったが、来られた以上、追い返すこともできない。真桜にお茶の準備を頼んだ飛鳥は、担当者であろう市役所の役人を迎えるため、腰を上げた。




