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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
110/164

13・鬼

――西暦2097年11月1日(金)PM16:45 明星高校 校庭――

「オーライ、オーライ……はい、ストーップ」


 例年とは違い、警察による警備が厳重にされている中、一台のトラックが校庭で建設が進められているプレハブに到着した。簡素な造りで、平屋の工場のような外見をしているが、様々な刻印術を刻印化させてあるため、耐久性や耐震性、居住性も高い。ブロックごとに建設される仕組みなので、トラックの荷台はプレハブの中に入っているようにも見える。


「はい、わかりました。それではお願いします。盾無だそうよ」

「ということは、後は唐皮だけね」

「唐皮が一番早いと思ってたんだけどなぁ」


 赤糸威は既に到着し、展示も完了している。そして今、盾無が到着したところだった。だが距離で言えば、赤糸威が一番遠く、唐皮が一番近い。だがなぜか、距離がある順で到着するという事態になっていた。


「交通事情もあるから、その分時間に余裕を持たせていたってことなんでしょ」

「そんなとこだろうな。それにしても、野次馬が多いな」


 迅が校舎側に目を向けながら、呆れたように呟いた。


「仕方ないだろ、それは」


 壮一郎も同感だが、自分としても大変興味深いのだから、気持ちはよくわかる。


「一生に一度、あるかないかだしね」


 かすみも興味がないわけではないが、生徒会長である自分にとっては、胃に穴が空くのではないかと思えるほどのプレッシャーだ。


「やっほー、かすみ」

「真桜。オウカちゃんも。巡回中?」


 そこに、真桜とオウカの生成者姉妹がやってきた。


「ええ。あとちょっとしたら、みんなもこっちに来ると思うけど」

「助かるわ。名村先生と一ノ瀬先生は、ちょっと遅くなるって連絡があったから」

「確かお二人って、警察に行ってるんですよね?」

「飛鳥君と三人でね。本当なら学校で打ち合わせをする予定だったんだけど、柴木署長の都合がどうしてもつかなかったから」


 飛鳥は卓也、準一と共に、明日の警備の打ち合わせのために、鎌倉署に赴いているため、この場にはいない。


「かすみさんは、そちらに行かなくてもよかったんですか?」


 オウカが口を挟んだ。風紀委員長である飛鳥が呼ばれるのはわかるし、術師教員である卓也と準一もわかる。だが術師ではないとはいえ、生徒会長のかすみが顔を出さなくてもいいのかという疑問がある。


「一流の生成者の中に入っていく勇気は、さすがにないわよ」


 学年でも上位の実力を収めているかすみだが、適性的にも戦闘向きではなく、後方支援か学術研究向きだ。話を理解することはできなくもないだろうが、四刃王の話し合いでもあるため、生成者であってもそんな中に飛び込む者はいないだろう。事実、飛鳥はかなり辛そうだった。


「飛鳥ってさりげなく、護衛とか警備に向いてるしね」


 飛鳥は広域系、干渉系、探索系に適性を持っており、防御系への適性も低いわけではない。生成する刻印法具リボルビング・エッジは近接戦闘向きだが、エレメンタル・シェルは投擲武器としても使用可能だし、リボルビング・エッジに装填することで100メートル程度まで射程を伸ばせる。そして融合型であるカウントレスは銃にも変形可能で、こちらの有効射程は300メートルになる。しかも刻印術を発動させる四工程の内、術式選択と刻印起動の二工程を省略できる特性があるため、いち早く刻印術を行使できる特徴もある。だがどちらかといえば、性格的な要素が大きいだろう。無論、適性的にも問題はない。支援系への適性は低いが、それでも学年5位の成績を収めている。


「三上さんはどうなの?」


 生徒会選挙中、飛鳥を始めとした生成者は、かすみの護衛についてくれていた。特に飛鳥は、敦やさゆり、久美より経験が豊富なため、かすみに襲い掛かった優位論者を確認し、すぐに確保してくれたのだから、飛鳥の護衛能力が高いことはよくわかる。だがそれを言うなら、真桜も飛鳥と経験は変わらないはずだ。むしろ護衛ならば、飛鳥より真桜の方が、適性が高いのではないかとも思える。


「私は全然ダメ」

「真桜は護衛には向いてないわよ。性格的にね」

「ほっといてよ。私は飛鳥に守ってもらうんだから」


 やってきたさゆりにバラされつつも、飛鳥に依存している傾向が強い真桜は、護衛に向いているとは言い難い。


「お姉ちゃん……」

「本末転倒じゃねえのか、それ?」

「いいじゃない、別に。オウカだって、瞬矢君に守ってもらいたいって思ってるでしょ?」

「え?い、いえ、そんなことは……」


 いつの間にか、風紀委員も全員集まっていた。意外にも勝と浩が興味を示していたので、せっかくの機会だからということで、今日は真桜とオウカ、久美と琴音、敦と勝、瞬矢と京介がコンビを組み、さゆりは花鈴と琴音、美花は大河と紫苑で三人一組のチームとなって、探索系を使っていた。


「やっぱり姉妹ねぇ。オウカちゃんだって、最近は瞬矢君にべったりだし」

「そ、そんなことはないと思いますけど……」


 とは言ったものの、優位論者に襲われてからというもの、オウカは瞬矢にべったりだ。その事実は、いまだ校内でホットな話題となっており、瞬矢とオウカが付き合っているという噂まで流布する始末だ。


「どうなんだ、瞬矢?」

「ノーコメントでお願いします」


 美少女とはいえ、そんな噂が流れてはたまったものではない。瞬矢を取り巻く視線は常に殺気だっている。だが迷惑だと口にすれば、オウカが泣きそうな顔をすることもわかっているし、実はそんな悪い気がしているわけでもない。恋愛感情ではないことは間違いないが、そこは彼女が欲しいと思う年相応の少年といったところだろう。


「新田君だけじゃなく、他の1年生も慣れてきてるわね。いいことだけど」


 2年生の生成者は恐れられているため、親しい間柄でもなければ今の他愛ないやり取りもできない。

 だがその素顔は、年相応の少年少女達だ。1年生が慣れてきた理由も、この素顔を見ているからという理由もある。


「1ヶ月経つしな。去年のことは知らねえけど」

「去年か……」

「思い出したくないわ……」


 去年のこの日、息子の復讐を企てた男が、過激派を伴って現れた。仇である飛鳥はもちろん、A級術式が使える美花の刻印具も狙われたため、雅人とさつきの怒りを買い、全員が粛清されたのだが、久美はそこで初めて、飛鳥と真桜が融合型の生成者だということを知り、雅人とさつきの鬼神のような強さも見せつけられた。かすみは二度目だったが、あの日のような惨劇が、今度は目の前で繰り広げられたため、あまりの恐怖で泣くことすらできなかった。


「顔色悪いぞ、姉ちゃん」

「会長も大丈夫ですか?」


 京介と駆が心配するが、どう見ても平気ではない。


「あんまり……」

「みんなが夏休みに負ったトラウマより、全然キツかったわよ……」


 あの頃とは比較にならないほどの実力を身につけた久美だが、やはりあの日のトラウマはそう簡単に払拭できるものではなかったらしい。かすみにいたっては直接生成者の戦いを見たこと自体が初めてでもあったし、普通の家庭に育ったのだからあんな惨劇を見る機会があったはずがなかった。


「マジですか……」

「私達、怖くて泣いちゃったのに……」


 1年生の風紀委員は、夏休みに中華連合強硬派に襲われた。狙われたのはオウカだが、そのオウカを守るために身を挺して戦い、全員で積層術を発動させるまでに至った。そして真桜とオウカに刻印を継承したフランス人女性 ジャンヌ・シュヴァルベに救われた。だが同じ生成者の命を、いとも容易く奪い去った二人を見て、紫苑、花鈴、琴音は震え上がって泣いてしまった。


「そういえばあれって、この時期だったわね。沙織先輩も泣いてた覚えがあるわ」

「片桐委員長も知ってるんですか?」

「保険委員長を引き継ぐにあたって、沙織先輩から教えてもらったのよ」


 前保健委員長の小山沙織は、前生徒会長の竹内護の恋人でもある。その沙織も、去年の惨劇を直接見ており、しかも神槍事件でも大きなトラウマを植え付けられたため、一時は再起不能寸前まで追い込まれてしまった。


「そういえば真子、沙織先輩って最近はどうなの?」

「もう大丈夫みたいよ。竹内先輩や三条先輩のおかげもあったみたい」


 沙織のことは、真桜も心配だった。理由が理由だし、事情が事情だから責められるようなことはなかったが、それでも罪悪感はかなり大きかった。


「ならそろそろ、飛鳥に謝罪に行かせても大丈夫か」

「と思うけど、先輩に聞いてみないとわからないわね」

「謝罪って……飛鳥委員長が原因なんですか!?」


 駆が驚いている。沙織の実力が、一学期は噂ほどだとは感じられなかったが、何かのトラブルに巻き込まれて調子を崩しているという噂も聞いていた。さすがにそのトラブルに飛鳥が絡んでいたとは思わなかったが。


「さつきさんとね。あんまり余裕はなかったから、仕方ないところもあるんだけど」

「神槍事件じゃ、そういった話はけっこうあったよな。俺も雅人先輩からトラウマもらったし」

「あれはキツかったよな。さすがソード・マスターだとも思ったが」


 敦と壮一郎も、神槍事件で過激派と戦ったことがある。当時はまだバスター・バンカーを生成していなかったから、危うく命を落とすところだった。そこに現れた雅人が一瞬で過激派の生成者を殲滅し、避難と誘導を指示し、刻練館に入っていった。


「そういや今期の生徒会で、あいつのマジバトルを直接見たことある奴っているのか?」


 そこに大河が口を挟んだ。飛鳥は明星高校最強とされており、刻印術実技では2年生トップの成績を収めている。

 だが意外にも、飛鳥の本気を直接見たことがある生徒は少ない。


「ああ、そういえば」

「私はないわ」

「俺もないな」

「井上先輩と一ノ瀬先輩なら」

「それなら俺もある。遠目だったけどな」


 やはり生徒会でもいなかったようだ。飛鳥だけではなく、真桜や雪乃、久美も広域系の結界を展開させ、人に見られないような状況で戦うから、これはある意味では当然だ。ちなみに敦とさゆりはともに広域系を苦手としているため、夏休み前の革命派襲撃事件で何人かの生徒に見られている。


「ということは、直接見たことあるのはかすみだけか」

「だから会長に推薦されたんだもんね」

「そうだったの?」

「そうなのよ」


 だがかすみは、飛鳥の本気を目の当たりにしたことがある。去年の夏とこの日に。


「後藤先輩もそんなこと言ってたな。田中と真辺ぐらいしか、こいつらを止められねえって」


 前自治委員長の後藤歩夢も、去年のこの日の惨劇を目撃した。刻印術師でもある歩夢は、護や沙織同様、術師としてのプライドを打ち砕かれたが、父が生成者でもあるため、生成者の力はよく知っていた。だから沙織のように再起不能になりかけたわけではないが、それでも父より強い後輩を見てしまったのだから、ショックは大きかった。


「私が副委員長になったのも、かすみと同じ理由だしね」

「お互い、貧乏くじを引かされたわよね」


 かすみが前生徒会から懇願されたように、美花も3年生風紀委員の総意で任命された。飛鳥達を止められる生徒は、雪乃ぐらいしか存在しない。あとは仲のいい美花とかすみぐらいだろう。その条件なら大河も該当するのだが、残念ながら無理だ。軽く見られているわけではなく、むしろ対等の立場だ。だが悲しいかな、強い男でもあるため、泣き落としなんて真似はできないし、本人にもその気はない。

 だが美花とかすみは、温和で温厚、若干気の弱い性格をしているため、泣き落としはかなり有効だ。実際、飛鳥のエレメンタル・シェルを、敦のバスター・バンカーで撃ち出せるかの実験をした時、誤って大河に命中させてしまったことがある。その時飛鳥と敦は、美花に泣きながら思い切り怒られた。それ以来飛鳥と敦は、美花に頭が上がらなくなっていた。


「それには同感。せめて大河君と向井君ぐらいは、巻き込んでも許されるわよね」

「ひどい……」


 向井としては副会長としてサポートしているのだから、それは本当に勘弁してほしいと心から思う。


「お、あのトラックじゃねえか?」

「っぽいわね」


 そんな話をしていると、もう一台トラックが校庭に入ってきた。おそらく唐皮を搬入してきたトラックだろう。


「文化庁てことは、唐皮だな」

「だな。ん?あ、あいつはっ!?」


 だがトラックから降りてきた一人の男を見て、敦の態度が豹変した。


「井上君?」

「嘘……」

「あの人って、まさか……!?」


 それはさゆりと久美も同様だ。特に久美は激しく動揺しているようにも見える。


「どうしたんだよ、おい?」

「知り合いでもいたの?って、そんな雰囲気じゃないわよね?」

「かすみ!いつでも逃げられるようにしといて!」


 真桜の声にも、強い緊張が混じっている。


「真桜まで。どういうことなのよ!?」

「まさか、あの中に過激派でもいるってのかよ!?」


 生成者達に走った緊張は、生徒会にも伝播した。


「いや、あいつは過激派なんかじゃねえ……」

「だけど……なんで村瀬燈眞がここに……」


 村瀬燈眞は三ヶ月前、USKIAの元七師皇 アイザック・ウィリアムによって捕えられ、刻印後刻術という禁断の術を施された。敦、久美、雪乃、アーサーによって後刻印を排除され、その後は連盟の監視下で治療を受けていたはずだ。


「連盟で治療中って聞いてたのに……」

「治療中って……」


 だが村瀬燈眞、アイザック・ウィリアム、刻印後刻術の件は、世間に与える影響が大きすぎるため、公表されることはなかった。そのためこの場の誰も、村瀬燈眞の名前は知っていても、真桜の呟きを理解することができなかった。


「待て!様子がおかしいぞ!」


 だが燈眞はこちらを向くと、作業着の上着を脱ぎ、内ポケットから何かを取り出し、付近に投げた。


「な、なんだ……あれ!?」


 その何かから、突然異形の怪物が現れようとしていた。


「あれって……まさか、召喚の刻印!?」

「な、なんだよ、それは!?」

「神話の魔物や怪物なんかを呼び出す刻印だ!一度だけ見たことがある!」

「あの時出てきたのはドゥエルグだけど、一流の生成者以上だったわよね。今度はいったい何が……」


 修学旅行中、フランス オルレアンでダインスレイフと遭遇した敦、さゆり、久美は、ダインスレイフが生み出した召喚の刻印によって召喚されたドゥエルグと戦った経験がある。真桜は直接戦ってはいないが、三人が命を落とす寸前だったことはよく覚えている。


「でてくるわよ!」

「な、なんなんだ、あれ!?」

「鬼……?」

「また厄介そうなのが……!」


 現れた怪物は、日本古来の妖怪 鬼は、2メートルはあろうかという巨体に剣や槍、金棒などの武器を手にしていた。


「っていうか、無差別じゃねえかよ!」

「このままじゃ、みんなにも被害が及ぶわ!」

「召喚されただけだってのに、お巡りさんの被害は甚大だもんね!」


 召喚された鬼は、少なく見積もっても20体は下らない。その鬼達は、召喚されると同時に近くにいた警察官や搬送業者に襲いかかっていた。


「美花、大河君!かすみ達をお願い!オウカ、あなたも!」

「は、はい!」

「了解だ!」


 真桜はブレイズ・フェザーを生成し、ウラヌスを発動させ、校庭を結界で包み込んだ。


「こ、校庭全体にウラヌス!?」

「驚くのは後にして、早く逃げて!」


 真桜のウラヌスは校舎側に避難路を確保している。同時にさゆり、久美、敦も刻印法具を生成し、鬼達へ向かっていった。


「かすみ!急いで!」

「いえ……!私も残るわ!避難誘導が必要でしょ?」


 源氏と平家の国宝が展示されるとあって、興味ある生徒は校庭に出てきていたが、作業の邪魔にならないよう、校庭を立ち入り禁止にしていたことは幸いだった。だが警備に当たっていた警察官や運送業者は、既に多数の怪我人が出ている。かすみは怪我人の避難を優先することを選んだ。


「なら俺達もだ。会長だけおいていくわけにはいかねえからな」

「同感ね」


 壮一郎と真子も、かすみ一人を残していくつもりはないし、生成者には及ばないが刻印術師なのだから、この事態を見過ごすつもりはないようだ。


「だ、だけどっ!」


 だが真桜は、召喚された怪物の強さを知っている。ある意味では優位論者より危険ではないかとも思う。


「俺と美花も、田中達と行く!」

「ええ!だから真桜達は、あの鬼をお願い!」

「お姉ちゃん!私達も美花さん達を手伝います!」

「……わかった!気を付けてね!」


 大河と美花、そしてオウカを含む1年生たちも逃げようとはしていない。刻印具を構え、戦闘準備を整えていた。だから真桜は、鬼達と戦うのではなく、援護を選択した。


「はいっ!」


 さゆり、久美、敦は既に鬼と戦い始めている。そのためこちらに鬼達が来る気配はない。真桜はその様子を見ながら、かすみ達と避難作業を開始した。

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