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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
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9・明星祭へ向けて

――西暦2097年10月7日(月)PM15:00 明星高校 生徒会室――

 新生徒会発足から一週間が経った。どの委員会も新しい体制に試行錯誤を繰り返している中、生徒会は明星祭に向けての企画会議を開いていた。


「それでは生徒会を始めます。議題は明星祭の出し物について。富永君、各クラスやクラブの希望をまとめた表を出してくれる?」

「わかりました」


 かすみが開会を告げ、駆が正面のホワイト・ボードに希望表を映し出した。


「どれどれ。やっぱりプールサイドでの希望が多いな」

「いつもは使わないからね」


 毎年プールは、水泳部や水属性の適性者が多いクラスがアトラクションやデモンストレーションに活用していたため、プールサイドは観客席となることが多く、そのため出店の類は一切なかった。  プールを含めた刻練館全体を飲食禁止エリアにしていたことも、大きな理由だろう。だがプールサイドは人気の昼食スポットなので、開放すれば明星祭でも人気が出るだろうことは予想がついていた。


「演劇部や吹奏楽部は例年通りだな。変えようがないとこだが」

「変えられたら、そっちが驚くだろ」


 こちらは講堂だが、演劇部、吹奏楽部、日芸部、映写部が希望していた。だがこれは例年通りなので、特に目新しいものではない。


「飲食系の屋台や喫茶店が多いのはともかく、展示系が去年より少ない感じね」

「その展示だけどよ、3年にプールを使用した展示ってのがあるぞ」

「本当ね。何を展示するのかしら?」


 プールを使った展示など、想像もつかない。この場の全員が首を傾げた。だが飛鳥には、その展示を希望した3年生のクラスに覚えがあった。


「三条先輩のクラスか。あの人ありきの企画だろうな」

「なるほどね」


 雪乃のクラスということで、全員が納得した。


「他にプールの使用希望はないから、ここは決まりでいいと思うの」

「だな。むしろ三条先輩がどんなことするのか、興味がある」


 雪乃は3年生唯一の生成者であり、オラクル・ヴァルキリーという称号と相まって3年生最強と呼ばれている。2年生生成者と違い温和で温厚、争いごとを好まない美少女ということで、校内人気も高い。その雪乃ありきの企画となれば、刻印術師でなくとも興味がわく。


「柔道部と剣道部、服飾部が合同で希望してるのも意外だな」


 服飾部とは洋服や和服、民族衣装、装飾品などを制作したり、歴史を調べたりするクラブで、他校では手芸部が該当する。


「だな。伊東、何するつもりなんだ?」


 だが希望しているだけで、何をするかが記入されていない。


「ファッション・ショーだよ。西原の奴、書き忘れたな」


 西原にしはら 朱里あかりは服飾部部員であり、連絡委員会文化部長の最有力とされている女子生徒だ。


「ファッション・ショー?三部合同でか?」

「剣道小町と柔道小町がいるから、その二人をメインにってことじゃない?」


 剣道部と柔道部には、校内でも人気の女子生徒がいる。いずれも2年生であり、生徒会長のかすみ、風紀委員会の美花を含めた四人は上級生下級生問わず、高い人気を集めている。


「なるほど。で、自分達じゃ衣装の用意ができないから、服飾部を巻き込んだってことか」

「そういうこと。巻き込んだっていうより、服飾部の提案だけどな」


 提案した服飾部の本音は、かすみと美花もモデルに使いたかった。だが生徒会長と風紀委員会副委員長である二人に、そんな余裕はない。しかも生成者と親しいこともなんのそので、服飾部は直談判も辞さない勢いを見せていた。それを壮一郎が必死で止め、なんとか剣道部と柔道部を巻き込むことで妥協させることに成功した。これで良かったのかどうかは考えずにはいられないが。


「それもそれで面白そうね」

「だな。ってことは講堂も問題なしか」

「ええ。やっぱり問題は、飲食系の希望が多すぎることね」

「予想してたことだし、自治委員会と連絡委員会で抽選するしかないな」

「だな」


 飲食系の出店に関しては、当初から希望が多くなることが予想されていた。だから自治委員長の迅と連絡委員長の壮一郎が委員会で説明し、抽選することになるのはわかっていたことでもある。それでも連絡委員会は大変だろう。


「それから図書委員会なんだけど、松本さん」

「ええ。今年は源平展覧会の展示品が展示されるから、図書館でも源氏と平家に関する資料を開示することになったの」

「開示って言っても、ウチの図書館の資料なら大した量じゃないだろ?」

「それがそうでもないのよ。鎌倉っていう源氏と縁の深い土地柄だし、大学の資料も借りれることになったから、けっこうな量があるわ」


 明星祭で源氏と平家の資料を展示することは、源平展覧会が合わせて開催されるのだから当然といえる。鎌倉という源氏に縁深い土地柄、高校であってもそれなりの資料は揃う。因縁の家である平家も、それは同様だ。


「大学のもあるのか。そりゃ確かに多いな」

「ええ。だから図書委員総出で、資料の整理にあたってるわ。そんなわけで図書委員会は、準備も含めてあまり関われないと思うの」

「つまり自治委員会と連絡委員会で、それを伝えてくれってわけか。そういうことなら仕方ないな」


 明星高校の資料だけでもそれなりの量だが、そこに明星大学の資料まで加われば、整理や仕分けだけでもかなりの作業になる。図書委員会がそちらにかかりきりになるのも仕方がないことだ。


「だな。と言っても、俺達も似たようなもんだが」

「風紀委員は仕方ないわよ。今年は特に、巡回に力を入れてもらわないといけないし」


 図書委員会とは違い、風紀委員会は毎年準備にも関われない。全員がまっとうに準備してくれれば参加できるだろうが、毎年必ず、ここでも問題を起こす生徒が現れる。といっても刻印術を使って暴れたりするわけではなく、準備に非協力的な態度を取るだけだ。だがそれも、明星祭が近付くにつれて厄介な問題になる。準備に協力しなかったのに、当日になるとあれこれ文句を言いだしたり、急に目立とうとしたりしだし、断れば邪魔をしてくる生徒まで出てくるのだから始末に悪い。例年はそういった生徒を記録しておき、当日に文句を言うようなら即座に捕まえ、場合によっては警察の方々に手間をかけてしまうことになるが、今年はそんな余裕がないことが予想される。


「とんでもない貴重品が展示されるわけだからな。準備はともかく、当日はどうしようもない」

「それもそれでかなりのプレッシャーだな。余程の奴でもない限り、そんなことは考えないだろうが」


 今年は国宝が展示されるため、警察もそちらに力を入れることが予想されるし、飛鳥達もそちらに狩り出されることになるだろう。だがそれでも、生成者を出し抜こうなどと無謀なことを考える馬鹿がいないとは断言できない。特に優位論者なら国宝に利用価値を見出し、この機会に強奪しようなどという命知らずなことを考えても不思議ではない。


「まあ、命知らずではあるわよね。それに風紀委員だけじゃなく、連盟や警察からも名のある術師が来るんだろうし」

「市内に四刃王が二人もいるし、雅人さんやさつきさんも来るから、それはないかもしれないな」

「あ、そっか。それに一ノ瀬先生までいるわけだから、既にかなり厳重な警備態勢よね」

「手を出す気すら失せるメンツだな。確実に死ぬだろ」


 飛鳥達六人だけでも警備体制は盤石に近いが、そこに四刃王、三華星、そして刻印三剣士まで加わるのだから、手を出せばほぼ確実に命を失うことになる。


「ホントよね。とりあえず警備については置いといて、図書委員の方は何とかなりそうなの?」

「3年生も手伝ってくれてるし、大学の資料は進学した先輩達が用意してくれるから、多分大丈夫だと思うわ」


 まだ先が見えないどころか、はじまってもいない作業に、多くの図書委員が悲鳴を上げていたのだが、前図書委員長である藤堂とうどう 新太郎しんたろうをはじめとした3年生は、自分達から手伝いを申し出てくれていた。作業量や時間がどうなるかはまだ予想ができないが、かなり助かったことは事実なので、今日の生徒会が終わればすぐに作業に取り掛かることにもなっている。


「本当に総出なんだな」


「私も一度見させてもらったんだけど、本当に多かったわ。写本の写本とかだから貴重品ってわけじゃないけど、閲覧する人に見やすくしてもらう必要もあるし、さらに大学の資料まで借りるわけだから、かなり大変だと思う」

「本自体は貴重品じゃないのか?」

「ええ。ほとんどは電子化されてるから、館内ならどこでも見られるわ」

「紙媒体の資料や文献もあるだろ。そっちはどうするんだ?」

「田中さんも言ってたけど、写本の写本の、そのまた写本みたいだから、見たい方がいたら普通に見てもらうわ。理事長も許可を出してくださってるから」

「理事長の許可があるなら大丈夫か」


 明星高校は私立なので、理事長が存在する。その理事長 日高ひだか 信行のぶゆきは明星大学の学長も兼ねている。60歳近い年齢だというのに新しい物好きで考えに柔軟性があり、生徒や学生の自主性を重んじてくれているので人気が高い。今年の明星祭は40周年記念ということもあり、例年以上の額を寄付してくれている。


「そういう訳だから阿部君、伊東君。抽選の前に図書委員と風紀委員のこと、伝えておいてね」

「ああ。どっちも仕方がないから、理解してもらえるだろう」

「風紀委員に関しては、毎年のことだしな」

「クラスの出し物もあんまり手伝えないから、けっこう申し訳ないんだけどな」


 飛鳥は去年、クラスの出し物の準備を、まったくと言っていいほど手伝えなかった。これは同じクラスだった大河と美花も同様だが、今年はその二人だけではなく、真桜やさゆり、久美、敦までもが同じクラスなので、一気に七人も人出が減ることになる。しかも生徒会長のかすみまでもが同じクラスなので、合わせて八人も欠ければ、それだけで準備は滞ることが多くなる。


「それこそ今更だからな」


 2年生の風紀委員が同じクラスに集中するのは毎年のことなので、風紀委員が所属しているクラスは比較的準備が楽な出し物か、モチベーションが保てるだろうという理由から希望通りの出し物が割り当てられることが多い。これは生徒会も同様だが、風紀委員程偏るわけではないので、どうなるかはその年にならないと判断が難しい。


「それじゃ田中さん、今日はこんなところ?」

「ええ。喫茶店と屋台は山下君が上限を決めてくれてるから、自治委員会と連絡委員会は、それぞれの割り振りで抽選をしてもらうようにお願い」

「抽選から外れたクラスやクラブは、第二希望の出し物になるけど、既に決まったところとかぶるようなら、第三希望。それもダメなら、もう一度考え直してもらうことになるから」

「期限は?」

「土曜日でお願い。連休を挟んじゃうから、週明けから準備や手配を始めたいの」

「今年は連休や40周年記念というだけじゃなく、源平展まで絡むから、早めに取り掛かっておきたいんだ」

「了解だ」


 早く準備に取り掛かりたいのは、壮一郎も同じだ。去年の様子を見る限り、ここの生徒はクラスの準備よりクラブの準備を優先する傾向が強いように見受けられる。だからそのバランスを取ることも連絡委員会の仕事であり、かなり手間がかかる。だから早く抽選ぐらいは終わらせたいと思うのも当然かもしれない。


「三上、いざってときは仲裁頼むぞ」


 だがその抽選も、何事もなく終わるとは思いにくい。


「何でだよ。そこまで揉めたりはしないだろ?」

「あ、そっか。連絡委員会の性質上、問題は起きやすいわね」

「だからなんで……って、そういえばそうだな。なら、井上以外の誰かに行ってもらうことにするか」


 瑠衣も飛鳥も、連絡委員会がどんな委員会か思い出し、軽く溜息を吐いた。だから敦を立ち会いに行かせることが、さらなる問題を呼ぶことも簡単に予想ができた。


「空手部に有利だって思われるかもしれないから?」

「ああ。あとは1年も二人ばかり行かせる。来年の参考になるかもしれないし、連絡委員会の実態を見せておくいい機会でもあるからな」

「それもそうね。それじゃ富永君も、明日は連絡委員会の抽選に行ってくれる?」

「わかりました。でも、自治委員会はいいんですか?」


 飛鳥とかすみだけではなく、全員が同じようなことを考えた。連絡委員会はけっこう問題が起きる。犬猿の仲のクラブこそないが、似たようなクラブは存在するため、練習の割り当てで揉めたり、当日に乱入したりなど、連絡委員会だけではなく生徒会や風紀委員会も頭を痛めている。しかもタチが悪いことに、それを理由に模擬試合を要求されるのだから、連絡委員会の手間はかなりのものだ。


「クラス委員の集まりだし、あまり大きな問題は起きないだろう。新生徒会発足前にこそ起きたが、あれは起こるべくして起きたことだし、むしろ発足前で助かったと言える問題だな」


 対して自治委員会はクラス委員で構成されているため、余程の事がなければ問題は起きない。先日の一件がまさに余程の事で、しかも巻き込まれた形だが、優位論者が生徒会に紛れ込まなくて助かったと考えている自治委員がほとんどだ。


「俺達からすれば、かなり時間をかけちまって、申し訳ないけどな」

「風紀委員が目をつけてたってことすら知らなかったからな。そもそも、なんでそんな奴が立候補できたのかが疑問だ」


 優位論者だからといって、生徒会選挙に立候補できない規則はない。だが明星高校は神槍事件と革命派襲撃事件の際に、過激派などの優位論者に襲われたため、ほとんどの生徒が優位論者を敵視している。素性を隠したままならある程度の支持は得られるだろうし、事実として会計になった1年生がいる。


「ああ、それは竹内先輩と三条先輩の策略だ。生徒会でも例外はないっていう、一種の見せしめだな」


 この件を風紀委員会が知ったのは偶然ではない。2学期に入ってから新任の風紀委員を選出するため、刻印具の検査をしなかった1年生がいるかどうかを、卓也の協力の下確認していたのだが、やはり何人かが引っかかった。刻印具の検査をしなかった理由はわからないが、それでも問題ありと判断し、雪乃が護に報告、全員の身元調査を行った。

 だが予想以上に人数が多かったため、調査に手間取り、生徒会選挙までに終わらせることができず、その生徒が会計に当選してしまったという経緯がある。


「またエゲつないこと考えたな……」

「でも竹内先輩や三条先輩らしくないわよね」

「そりゃ元々の発案は、三華星のマルチプル・ヴァルキリーだからな。去年、風紀委員会で似たようなことをしたから、今年は生徒会でしただけだろう」


 生徒会選挙が終わってから判明した事実だが、優位論者が生徒会にいるのはよくないと判断した前生徒会の3年生は、次善策を考案した。それが去年の風紀委員会と同じく、生徒会役員だろうと優位論者は許さない、という見せしめを行うことだった。もっとも、どれほど有効かは判断がしにくい。自分の都合で動き、相手の都合などお構いなしの優位論者には、世間の常識が通用しないのだから。


「なんか、すごく納得できるわね」

「俺達としても、放置する理由はないからな。だから俺も、自治委員会の抽選に立ち会うようにする。大丈夫だとは思うけど、一応な」

「いや、助かるぜ。第三者が立ち会ってくれるだけで、公正さは保てるからな」

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