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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
105/164

8・新体制発足

「そうなのよね。それじゃこの話はここまでにして、明星祭の話に移りましょう」


 かすみは魔剣事件について、詳細を知っている方だろう。機密事項、国家機密ということで教えてはもらえなかったが、オルレアンで出会ったあの女性がダインスレイフの生成者だということに疑念の余地はないし、状況を思い出しても他に考えようがない。

 その女性――ジャンヌが総会談に出席するために来日し、源神社に滞在していたのだから、あの時は腰を抜かしかけた。


「そうしよう。今年は40周年記念ってことで、理事長からもけっこうな額が援助されるんだろ?」


 毎年、新生徒会最初の仕事は、明星祭だ。去年も一昨年もそうだった。特に今年は創立40周年という記念祭でもあるため、例年より一日長く、しかも源平展覧会までもが組み込まれている。


「ええ。それに生成者が六人に留学生が一人、さらには世界的に有名な卒業生までいるから、市や県、連盟からも援助があるわ」

「連盟から?瀬戸、それは誰の名義になってる?」


 だが飛鳥は、連盟が援助してくれるなどという話を聞いていない。一斗や菜穂が素直に教えてくれるとは思わないが、雅人やさつきがすぐに教えてくれるはずだ。


「え?ちょっと待ってね。えっと……上杉竜一、ってなってるわ」


 だが飛鳥の予想に反して、名義は一斗ではなかった。


「上杉さんか。判断に迷うな……」

「限りなく怪しいけどね……」


 顔をしかめているのは飛鳥だけではなく、美花もだ。二人とも嫌な予感をヒシヒシと感じている。


「知り合い?」

「ああ。上杉さん、刻印管理局の局長でもあるんだよ。だから四刃王や三華星まで出てきそうで怖くてな……」

「なるほど……」


 刻印三剣士の久世雅人、四刃王の伊達一馬、三華星の秋本光理は、刻印管理局に所属している。局長である上杉は三人の上司でもあり、“鬼夜叉おにやしゃ”と呼ばれる日本最強の一人に数えられる超一流の生成者でもある。上杉が四刃王に名を連ねていない理由は、生成する刻印法具の形状が合致しないだけで、その実力は四刃王や三華星に匹敵する。

 ちなみに総会談に出席しなかった理由は、前述の三人が刻印管理局から出席したため、過激派及び革命派の調査・追討任務に空いた穴を埋めるため、自ら陣頭指揮を執っていたためだ。


「名村先生も四刃王になったし、柴木署長もそうだったわね」

「さつき先輩も三華星だもんね」

「卒業生に四刃王と三華星、三剣士までいるんだから、うちの学校ってかなりとんでもないな」


 四刃王と三華星は日本で、三剣士は世界で最強を意味する称号の一つであり、それぞれに卒業生がいる事実は、壮一郎の言うようにかなりとんでもない。


「タメにこいつらまでいるからな。そういや前から気になってたんだが、四刃王って一人足りなくねえか?」

「え?四刃王って名村先生に柴木署長、刻印管理局の伊達一馬、それから剣聖 龍堂貢のことじゃないの?」


 その四刃王、日本最強の称号に反して一度もメディアに露出したことがない。三華星も似たようなものだが、こちらは約三ヶ月前にさつきが香川保奈美から称号を受け継いだことを契機に、揃ってテレビ出演したことがある。

 だが四刃王は、教師に警察官、軍人、そして和食料理人という職業が関係しているのか、はたまた別の理由があるのか、全員が強く拒否する傾向が強く、四刃王の称号を受け継いだ時の簡単なインタビューでさえ連盟経由で公表する徹底ぶりだ。そのため卓也が加わったことで、世間では誰が四刃王なのかということに、若干の混乱が見られており、迅や瑠衣のように正確に知らない者も珍しくはない状態になっていた。


「龍堂さんは名村先生に称号を譲って引退されたよ。四刃王最後の一人は、うちの親父だ」


 さすがに自分の父が関係することなので、飛鳥は正確に知っていた。


「そうなの?でも三上君のお父さんって、七師皇でしょ?」

「七師皇は世界刻印術総会談の定義であって、各国の定義とはまた異なる。だから、七師皇が自国の称号を併用するのは普通のことなんだと」

「なるほどね」


 言われてみればその通りだ。飛鳥の父 一斗は七師皇の一人であり、“精霊王”とも呼ばれているが、かつて四刃王だったことは有名だ。だが誰かに四刃王の称号を譲ったという話はなかったし、日本と総会談の定義が異なることは、この場の誰もが知っている。


「それじゃ三女帝は?確かドイツとロシアの七師皇に、三上君のお母さんのことだったわよね?」

「あれか……」

「なんでそんな嫌そうな顔してるのよ」


 真子の質問に、飛鳥は露骨なまでに嫌そうな顔をした。

 三女帝は称号ではないと公言されているが、残念ながら世間一般では世界最強の称号の一つとして認知されつつある。今年の総会談で三人が揃ったことが、大きな理由のようだ。


「なんて言ったらいいかわからないけど、三女帝は七師皇の良心 白林虎が、トラブル・メーカーをまとめてそう呼んだのがはじまりらしいのよ」


 困ったような顔をしながら、美花が答えた。


「えっと……もしかして、詳しく聞いたら後悔する話?」


 だが予想すらしていなかった答えに、真子は少し後悔しているように見受けられる。


「100%な」

「少なくとも、七師皇に対する敬意はなくなるわね」


 飛鳥も美花も、迷いなどどこにもなかった。


「それもとんでもない話だな……」

「なら、これなら大丈夫かな?」


 響もあまり詳しくは聞きたくないが、それとは別に気になることがある。


「何がだ?」


「三上君のお母さんって、七師皇と同等の実力者って噂されてるじゃない?だから三女帝って呼ばれてると思ったんだけど、関係ないの?」

「そうみたいだな。母さんは親父と同時に七師皇に推薦されたらしいが、同じ国から二人の七師皇が選出されることはないから、母さんは親父に七師皇の立場を譲ったって聞いたぞ」

「それにドイツのイーリス・ローゼンフェルトが七師皇になる前からそう呼ばれてたそうだから、三女帝と七師皇はあんまり関係ないみたいなの」


 三女帝誕生は今から18年前、スウェーデンのストックホルムで開催された総会談だ。当時から有名だった一斗と菜穂が、それぞれ結婚相手を、イーリスが婚約者を連れてくるという話だったため、例年とは多少異なる年だったとアサドから聞かされた。その席で菜穂とニアは同い年のドイツ人生成者 イーリスと出会い、意気投合してしまった。当時の菜穂、ニア、イーリスは、若手女性術師として最上位の術師と呼ばれていたこともあり、あろうことか開催されたホテルのキッチンを無理矢理借りて、自らの手料理を振る舞うという暴挙に出てしまい、危うく世界大戦を引き起こしそうになったとも聞かされている。菜穂の夫であり、ニアとも旧知の間柄であった久住怜治と、イーリスの婚約者として紹介されたエアハルト・ミューラーが関係各所に頭を下げて回ることで、何とか場を収めたそうだが、二人からはとてつもない哀愁が漂っていたらしい。


「ある意味じゃ三剣士に近いって、アサドさんが言ってたな」

「だから有名だけど、有名じゃないのね……」

「本当に聞くと後悔する話ね……」


 真子も響も、どうやら後悔しているようだ。見れば全員が似たような顔をしている。それも当然だが。


「え、えっと、それじゃ話を戻すけど、今年は連休を利用することで、いつもより一日多くなってるし、記念祭ということで源平展覧会も組み込まれてるから、例年より大変よ」


 かすみが軌道を元に修正した。真桜と親しいかすみは、ある程度の話は聞いていたのだから、その分受けた衝撃や混乱は小さかったようだ。


「その展覧会だけど、なんで組み込まれたんだ?」

「だよな。高校の文化祭なんだから、そんなもん組み込まれても困るぞ」

「それなんだけど、真桜の前世が静御前じゃないかって言われてるでしょ?」

「ああ。前世論じゃかなり有名だな。確かそのためにアーサー・ダグラスが鎌倉に来たんだろ?」

「よく知ってるな」

「俺も少しは興味あるからな。確かお前も、源義経じゃないかって噂があるだろ?」

「らしいな。真桜繋がりでそう言われてるだけだろうけど」


 真桜の前世が静御前という話は、前世論者の間ではかなり有名だが、飛鳥が源義経ではないかという話は、実はあまり有名ではない。飛鳥と真桜の関係を知っている人は簡単に思いつくが、そうでない人は結びつけて考えようとはしていないため、これは仕方がないことでもあるが。


「もしかして展覧会が明星祭に組み込まれたのって、それが理由なの?」


 一高校の文化祭に、記念祭とはいえ、展覧会を組み込む理由はない。しかもその展覧会、とんでもない物を展示するのだから、何故組み込まれたのか、今でも疑問で仕方がない。


「それだけじゃないらしいけどね。だけど前日までは授業があるから、展示品は校庭にプレハブを建てて、そこに並べるんですって」

「目玉って平家の唐皮鎧からかわよろい源氏八領げんじはちりょうだっけ?」

「八領といっても、盾無たてなししか残ってないらしいけどな」

「頼朝と清盛が身に付けたって言われる鎧だったよな?」

「うん。しかもその二つは、明星祭でしか展示されないから、見に来る人は多いと思う」


 平家の棟梁 平清盛の唐皮鎧と源氏棟梁 源頼朝の盾無は、現在国宝に指定されている重要文化財だ。それが同時に展示されるなど、一般の展覧会でもありえないのに、高校の文化祭で展示されるのだから、既に大きな反響を呼んでいる。


「え?そうなの?でも展覧会って、明星祭が終わっても場所を変えて続けるんでしょ?」

「そっちはレプリカなんですって。本物は管理が厳重だから、こんな機会でもないと一般公開はしないそうよ」


 明星祭は三日間なので、その後は横浜の会場に場所を移動し、11月いっぱいは続けられる。だが唐皮と盾無は、明星祭の三日間しか展示されないため、来場客はとんでもないことになりそうだと予想されていた。しかも高校の文化祭が良い機会だと思われても、開催する方としてはたまったものではない。


「ちなみに刀剣類は、全てレプリカだよ。さすがに学校の内で本物はマズいからね」

「それは当然よね。ということは唐皮と盾無の警備だけが厳重ってことか」

「ええ。そっちは名村先生と市役所の人が対応してくれるから、私達は明星祭を成功させることを第一に考えましょう」


 国宝が展示されるということもあり、卓也は校長から警備責任者に任命されていた。市役所側も同じ四刃王である柴木が協力してくれているため、鎌倉市役所としても明星高校としても、これはとてつもなくありがたいことだ。


「そうね。校庭が使えないってこと以外は、去年といっしょなのよね?」

「ええ。だから今年は、校庭での催し物は制限が多いわ。だから伊東君、各クラブ、特に運動部にはそのことをしっかりと伝えておいてね」


 運動部の多くは、毎年校庭で催し物を行っている。いくつかのクラブが合同で催すこともあるし、単独の場合もあるが、今年は校庭に使用制限があるため、多くの運動部から不満の声が上がっていた。


「運動部は校庭を使うことが多いからな。了解」


 かなり前から、言ってしまえば去年の明星祭が終わってからすぐに、今年の明星祭に展覧会が組み込まれることはわかっていた。だから生徒会長や連絡委員長としても、今更不満を述べられても困るとしか言いようがなく、いい加減に諦めてほしいというのが素直な感想だ。


「でも校庭が使えないってことは、今年は屋台の数が少なくなるってことじゃない?」


 屋台は校門を入ってすぐの広場が最も多いが、校庭での催し物も多くあるため、校庭にもそこそこの数が出店する。だが今年は校庭が使えないため、必然的に屋台の数が減ることになる。


「屋台はそうだけど、飲食関係は去年より多くする必要があるから、教室だけじゃなく、プールサイドも開放しようと思ってるの」

「競争率高そうだな。それじゃプールはどうするんだ?」


 高校の文化祭ではあまり見られないが、明星高校ではプールを利用したアトラクションなども催しているため、ほとんど水泳部の独壇場となっている。そのためプールサイドにも多くの人が来るため、屋台などを出す余裕はなかった。だがプールサイドは景観もいいため、生徒間では人気の昼食スポットとなっている。かすみも何度も利用したことがあるため、今回思い切ってプールサイドを開放しようと考えていた。


「それはまた考えるけど、あんまり派手な催し物は遠慮してもらうことになるわね」

「そうなるよな。ってことは今年は、去年より飲食関係に力を入れる感じか」

「講堂は普通に使えるから、そっちは大丈夫よ。あとは展示系ね」


 当初、展覧会の展示品は講堂に展示するという案もあった。だが演劇部や吹奏楽部、映写部、落語や漫才などの日本古来からの芸能文化を題材とした日芸部、演舞を行う武道系クラブの活動の場を奪ってしまうことになるため、その案は却下され、代わりに校庭を使うことになったという経緯がある。


「といういことは連絡委員会は各クラブに、自治委員会はクラス委員にそのことを伝えて、何をするか決めてもらうってことか」

「ええ。予算の心配はいらないと思うけど、出し物が決まらないと、話が進められないから」


 県や市としても、国宝が展示される大事な展覧会を無視することはできないし、多くの人が来場すると予想されるため、飲食関係が不足することは避けなければならない。連盟も同じことを考え、資金援助を行っていると言えるだろう。


「確かにそうだよな。ってことは、明星祭についてはここまでか?」

「プールサイドの件に異存がなければね」

「俺はいいと思う。プールサイドに屋台を出すとどんな感じになるのかわかれば、来年以降も使いやすくなるだろうからな」

「私も賛成」

「俺もだ。水泳部辺りからは反対されるだろうが、それはなんとかする」


 プールサイドを開放しようと考えたのはかすみだが、反対されるのではないかと心配もしていた。だがみんな賛成してくれたため、ほっとしている。


「お願いね。それじゃ次は宿泊研修について。今年は福岡に決まったわ」


 明星高校は刻印術に力を入れているため、毎年2学期の終わりに、1年生と2年生が合同で宿泊研修へ行くことになっている。場所は毎年異なるが、日本国内の刻印術や刻印術師に縁のある地となっており、近隣の高校との交流試合も行われる。


「福岡?何かあったか?」

「大宰府ぐらいしか思いつかないな」

「確か菅原道真って、刻印術師じゃないかって言われてるわね。だからか」


 菅原道真すがわらのみちざねは平安時代の学者の家系に生まれた貴族で、右大臣まで昇進し時の朝廷を支えていた人物だが、左大臣 藤原時平ふじわらのときひらに陥れられ、大宰府へ左遷され、その地で死去した。だが、死後に天変地異や疫病が多発したため、朝廷に祟りをなしたとして、恐れられ、太政大臣の地位を贈り、祟りを沈めるために天神様として祀られた。これが天神信仰のはじまりであり、同時に日本三大怨霊として恐れられている。


「あとは福岡じゃないけど、関門海峡ね」

「関門海峡?なんで?」

「壇ノ浦の戦いだろ。だけどそれって、山口じゃなかったか?」

「そうなんだけど、源氏も平氏も、どちらも刻印術師の一族じゃないかって言われてるから、菅原道真の件も踏まえて決まったそうよ」

「毎年のこととはいえ、アバウトね」


 関門海峡の源氏と平家といえば、源義経と平知盛が有名だろう。菅原道真を含め、確かに刻印術師ではないかと言われているが、それを証明する資料や文献が見つかったことはなく、他にも多くの人物とともに、未だに議論が続けられている。


「これも毎年のことだけど、いくつかの高校との交流試合もあるわ。今年は相手が尻込みしてるみたいだけど」


 だが宿泊研修は他校との交流試合が本番だと、多くの生徒が認識している。そのため明星祭が終わると、多くのクラブは交流試合に向けて練習を開始する。


「でしょうねぇ」

「なんだよ?」

 瑠衣が大きな溜息を吐きながら、飛鳥に呆れた視線を向けた。なんとなく理由はわかるが、認めたいとは微塵も思わない。

「だって、ねえ?」

「そうよねぇ」


 だが呆れているのは真子や美花だけではなく、この場の全員が共有する思いだ。


「誰が生成者の相手なんかしたがるってんだよ」

「しかも七師皇から称号まで貰ってるんだから、普通の高校生には荷が重すぎるわよ」


 その通りだった。しかも普通に高校生活を送っていれば、称号持ちの一流生成者と接する機会はないし、ましてやそれが同級生、しかも五人もいるなど普通ではありえない。


「去年はあからさまにケンカ売ってきたから、俺も真桜も容赦しなかっただけだぞ?」

「まあ確かに、あれはひどかったわよね」


 だが飛鳥の言い分としては、交流試合などで刻印法具は生成するつもりはないのだから、そこまで怯えられても困るし、去年も一度も生成してはいない。


「そんなにだったんですか?」


 1年生の駆は、去年の結果は知っているが、内容は聞いていない。だが飛鳥と真桜が関与しているとなれば、一歩間違えば大問題になるようなことをやらかしたのではないかと思ってしまう。


「ええ。毎年平均で、三校ぐらいと交流試合をするんだけど、去年は四校だったの。そのうちの一つが、ガラの悪い高校でね」

「うちの女子をナンパしたり、交流試合のルールを無視したりで、散々だったのよ」


 去年の宿泊研修は、北海道で、交流試合は三日あったのだが、初日に近隣のゴルフ場を利用した屋外戦で、対戦高校の一つが明星高校を含む三校に、開始の合図前に奇襲を仕掛けたことはもちろん、殺傷力の高い術式を規定された威力を無視して使用したり、外部からの乱入者に手助けさせたりと、やりたい放題だった。さらに女子を手当たり次第にナンパしたり、危うく襲われかけた女子生徒まで出てしまったのだから大問題だった。しかも審判をしていた教師に生成者はおろか刻印術師すらおらず、無法地帯一歩手前という事態を引き起こしていた。


「だから飛鳥君と真桜が、札幌ドームでその高校の生徒全員を相手にしたの」

「たった二人で、全校生徒を相手したんですか!?」

「目に余る行為のオンパレードだったからな」


 ここにいる美花やかすみ、真子もナンパされ、襲われかけたのだから、飛鳥と真桜が黙っている理由はどこにもなかった。


「ちなみに全滅までに要した時間は、五分ぐらいだったか?」

「そんなにかかってなかったわよ」

「しかもなかなかエグかったな、あれは。開始と同時に二人で指定エリア全域にコールド・プリズンとエア・ヴォルテックスの積層結界張って、ほとんど一気に殲滅しやがったからな」

「何人かは入院したしね。自業自得だし、それだけのハンデをもらっておきながら手も足もでなかったわけだから、問題にはならなかったけど」

「そんなことしてたんですね……」

「今年は俺だけじゃなく、生成者はあまりでしゃばらないようにするけどな」


 去年のことがやりすぎだとは思わないが、だからといって進んで出場する気にもならない。刻印法具を生成せずとも、生成者と生成できない刻印術師、一般人との間には大きな差がある。宿泊研修は互いの交流と技術研鑚、向上を目的としているのだから、相手校の戦意をくじいたり、ましてや再起不能にさせたりすることは避けなければならない。


「相手にトラウマを植え付けるだけじゃなく、再起不能にする可能性だってあるからな」

「相手が指名してきたら別だけどね。だけど生成するつもりはないんでしょ?」


 それは壮一郎や真子にもよくわかる。日頃から生成者と接しているのだから、実力の違いは嫌でも理解せざるをえない。


「そりゃな。それより日程はどうなってるんだ?」

「初日は大宰府、二日目が交流試合、三日目に壇ノ浦よ。詳細はまだ決まってないけど」

「まあ、期末の後だしね」

「今年は一日だけなのね。交流試合って、何校の予定なの?」


 交流試合まで二ヶ月程なのだから、通常なら既に相手校は決まっている。どの高校も文化祭を挟むことが多いため、練習に時間を割きにくいという理由もあるし、交流試合は明星高校の行事の一環なので、相手校にはさらに早く通達される。


「……ゼロよ」

「いないのかよ!?」

「三条先輩が来ないとはいえ、五人も生成者がいるから、どこの学校も尻込みしちゃってるんだ。だから今、先生達が有力な術師がいる学校を調べてるんだよ」


 予想に反して対戦校は決まっていなかったが、向井が理由を告げるにいたり、誰しもが納得せざるをえなかった。


「俺達は交流試合にでなくてもいいんだけどな」

「それもそれで問題でしょう。だけどそういうことなら、宿泊研修の方もどうしようもないわね」

「ってことは、今日はこれでお開きか?」

「初日だしね。明星祭が近づけば忙しくなるけど、それはまた連絡するわ」

「わかったわ」

「それじゃ、今日は解散します」


 明星祭も宿泊研修も、現時点ではこれ以上話を進められない。それに今日は初日なので、互いの顔合わせが最重要だ。飛鳥が全てを語ったわけではないことはさすがにわかるが、それでも話してくれたことは前期とほとんど同じなので、問題ではない。だからかすみは、解散を告げることにした。


「それじゃ、俺達は巡回に行くか」

「みんな待ってるしね」


 飛鳥と美花が生徒会に出席したため、風紀委員会はまだ巡回を始めていないし、他の委員会も今日は活動をしていない。これも慣例だが、各委員会は生徒会で委員長が顔を合わせた後、新体制がスタートすることになっている。


「風紀委員も大変だよな。毎日放課後巡回してるから、部活なんかできねえし」

「井上か?そもそもあいつ、新人戦の出場、拒否られたって言ってたぞ?」


 敦は空手部に所属しているが、来週から始まる新人戦空手大会への出場を、全国高等学校体育連盟や教育委員会から禁止されていた。


「当たり前だろ。七師皇から直接称号貰える実力者ってだけで、相手が逃げるぞ」


 出場を禁止された理由は、敦がクレスト・ハンターと呼ばれることになったからだ。敦は去年の新人戦、県大会ベスト4という成績だった。だから今年は、全国大会出場を目指し、練習に励み、新人戦を最後に、空手部を退部するつもりでいた。


「それどころか、三上君や三剣士と同じ戦場でバトれるんなら、もう高校生のレベルじゃないわよ」

「確かにそうよね。それに出ても、井上君なら簡単に優勝しちゃうでしょ。それは他のみんなも同じだけど」


 もっとも、本人はその可能性があるかもしれないと考えており、あまり強いショックは受けていない。悔いがないと言えば嘘になるが、去年の今頃とは比べ物にならない実力を身に付けたことは実感できているので、今は気持ちを切り替え、空手部を退部し、風紀委員会の活動に専念している。


「そうでもないと思うけどな」


 飛鳥も敦も、刻印法具を生成せずとも、近接戦闘なら高校生レベルでは相手にならない実力を持つ。瑠衣の予想通り、大会に出場しても、簡単に優勝できるだろう。だが飛鳥は楽観視するつもりはないし、敦は自分の実力を過信することはない。楽観も過信も、実戦では取り返しのつかない事態を容易に引き起こす。飛鳥と敦だけではなく、真桜や雪乃、さゆり、久美もそのことをよく知っている。


「あんまり謙遜しすぎると、逆に嫌味に聞こえるわよ?」


 真子も実戦も経験しているから、飛鳥が謙遜する理由もわかる。だが自分を過小評価することは、相手をさらに過小評価することに繋がる。それは相手を傷つけ、逆に自慢と受け取られる場合もある。真子はそんなことは思っていないが、飛鳥達の自己評価が低すぎることは前から気になっていた。


「そんなつもりはないんだけど、気をつけるよ」


 飛鳥もそんなつもりはなかっただけに、これからは気をつけなければならないと思いながら、美花と共に生徒会室を後にした。


――PM15:23 明星高校 風紀委員会室――

「ただいま」

「待たせたな」


 飛鳥と美花は、風紀委員会室に入り、全員の顔を見渡した。


「思ったより早かったな。生徒会の方はいいのか?」

「初日だからな。それじゃ巡回行くぞ。全員そろってるよな?」

「はい」

「飛鳥、挨拶はいいの?」

「おっと、そうだった。今更だが、新風紀委員長の三上飛鳥だ。改めてよろしくな」


 真桜に言われ、飛鳥はまだ新任の挨拶がまだだったことを思い出した。今更感はどうしようもないが。


「こ、こちらこそ!」

「よろしくお願いします!」


 さすがに1年生達はガチガチに緊張しているが、誰一人欠けずに加入してくれたことはありがたいと思う。


「そんなに緊張しないでよ。こないだとやることは変わらないんだから」


 だがそれはそれとして、いつまでも緊張されていては困る。特に紫苑、花鈴、琴音の緊張は半端ではない。


「紫苑達が緊張してるのは、そんなことじゃないと思いますけど……」


 オウカも緊張しているが、それは今日から自分も風紀委員になったからであり、紫苑達のものとは微妙に違う。


「え?そうなの?」


 だが困ったことに、真桜だけでなく、生成者達はその理由に心当たりがまったくない。


「一流の生成者がこんなにいるんだから、緊張するのが普通よね」

「だよな」


 副委員長の美花と副委員長補佐を任じられた大河は、1年生達の気持ちがよくわかる。大河と美花も高い実力を身につけているが、この場の同級生達と比べれば戦力不足は否めないのだから、ある意味では1年生以上にプレッシャーを感じていることだろう。とてもそうは見えないが。


「そんなことはないだろ」

「あるんだよ。それよりさっさと巡回行こうぜ」

「わかった。今日は俺と瞬矢、真桜とオウカ、敦と京介、さゆりと紫苑、久美と花鈴、常駐は美花と大河、浩、勝、琴音で行こう」


 属性の相性から考えれば、飛鳥と瞬矢、敦と京介は相性が悪い。

 だが瞬矢も京介も、先日の一件で相性が悪いながらも強度と精度の高い積層術を発動させたのだから、相性の悪さは苦にはなりにくい。コンビを組むのが飛鳥と敦なら尚更だ。久美と花鈴も、同じ理由で相性が良くないが、久美が支援系に適性を持っているため、こちらは合わせてくれるから、別の意味で安心できる。本来であれば真桜と花鈴、久美とオウカがベストだが、初日だからという理由で姉妹でコンビを組ませたのは、委員長特権の乱用かもしれない。


「常駐の数、多くない?」


 だがさゆりが気になるのはそこではなかった。美花、勝、琴音が常駐ということは、三人で探索系を使うということになる。当然生成者も使うが、歩きながらでは精度が落ちるので、委員会室で常駐する美花には劣ると言わざるをえない。勝と琴音は、美花ほどの精度ではないが、それでも高い精度で探索系を行使できるため、前期は飛鳥を含めて四人で回していた常駐が、今期は五人、しかも生成者もいるのでさらに多くなったと言える。


「ワイズ・オペレーターに頼り過ぎてたからな。色々と考えながらやっていこうと思ってるんだよ」


 前委員長である雪乃のワイズ・オペレーターは、高い処理能力を持ち、探索系を投影することや刻印具に記録することまでできる極めて希少な刻印法具だ。雪乃が委員会室に詰めている時は、巡回もかなり楽だったし、その特性を活かすことで少数でも問題なく監視できていたことも大きい。


「まあ、確かにね」

「雪乃先輩がいた頃とは違うから、それは仕方ないか」

「だな」


 その雪乃は、昨日で名目上は引退となっている。いつまでも頼るわけにはいかないし、春になれば明星高校を卒業するため、早く新しい体制に慣れなければならない。だがワイズ・オペレーターに頼り過ぎていたのは間違いないので、色々と試行錯誤しながらやっていくしかないだろうと飛鳥は思っていた。


「というか、先輩達が全員巡回って……」


 1年生は雪乃のワイズ・オペレーターを通して探索系の有用性を教え込まれたので、瞬矢もそれは理解している。だがまさか、初日からいきなり生成者の先輩方が全員巡回するとは思っていなかった。


「初日からなめられるわけにはいかないだろ」

「そんな馬鹿がいたら、見てみたいけどね」

「いないでしょ、そんな人は……」


 京介も同感だ。

 1年生である自分達がなめられることはあるだろう。聞けば1年生の新風紀委員は、毎年必ずなめられるらしい。

 だがそれは当然の話で、刻印術師かどうかに関係なく、3年生との力量差は大きい。1年生で刻印術実技トップの浩であっても、相克関係で有利なはずの武やまどかにも勝てない。だから学年別でコンビを組むことになっており、常駐制が導入されてからはそこも考えて決めることになっていた。


「たとえそうでも、威圧や牽制って、けっこう大事なのよ。後ろめたい人は、それで自滅することもあるし」


 示威行為は好きではないが、牽制効果は馬鹿にならないし、問題を未然に防ぐこともできるのだから、これは必要なことだろう。歩くだけで男子が問題行動を止めてくれることもあるが、これはアイドルである美花の仁徳の賜物であり、別の話だ。


「そういうこと。それじゃ行くぞ」


 初めて巡回の号令をかけた飛鳥は、瞬矢を伴い、最初に風紀委員会室から出て、校内の巡回を開始した。

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