7・新生徒会
――西暦2097年10月1日(火)PM15:00 明星高校 生徒会室――
「みんな、一年間、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「よ、よろしくお願いします!」
会長の田中かすみ、副会長の向井 学、書記の山下 亨、会計の瀬戸 瑠衣、そして1年生の副会長 富永 駆の五名が新年度の生徒会執行部であり、各委員長を加えた十名が生徒会役員、そこに各委員会の副委員長と連絡委員会の運動部長、文化部長の七名の準役員を含めることで、明星高校生徒会となる。ちなみに今年は、2年生の生成者も準役員として加わることになっている。
だが今は新生徒会役員の顔合わせなので、準役員はこの場にいない。どの委員会も副委員長は選出されているが、連絡委員会の運動部長と文化部長は運動部の新人戦の日程も加味されるため、選出されるのはだいたい10月の中頃から下旬が多いことが理由だ。そのため準役員が揃うのは毎年明星祭の直前となり、顔合わせもその時に行うのが慣例となっている。
だがそんな中に、なぜか美花の姿があった。
「それじゃ明星祭に向けて、といきたいんだけど、その前に飛鳥君から伝達事項があるの。生徒会の一員として知っておかなきゃいけないことだけど、同時にかなり機密性の高い情報でもあるから、絶対に他言はしないでね」
「昨日、こいつに散々脅されたよ。最悪の場合、国家反逆罪って、どんだけなんだよ」
「いきなりだけど、辞めたくなってきたわね……」
昨日簡単に聞かされていた各委員長達は、若干だが心の準備ができているようだ。対して亨と瑠衣は、いきなりそんな話になるとは思っていなかった。二人とも聞いてないという顔をしている。瑠衣が辞めたくなるのも当然かもしれない。
「手遅れだよ。そもそも先輩達だって、去年は大騒ぎだったからね」
「むしろ去年は何か事件が起きるたびに、三条先輩が頭を下げて回ってたわよ」
「気の毒すぎる……」
「そういや昨日、前期の役員はリップルで派手に騒いだらしいな」
「ええ。竹内先輩があんなにお酒に弱いなんて、知らなかったわ」
「酒飲んだのかよ。どんだけストレス感じてたって話だよな」
「実は昨日の前期の解散の打ち上げ、ほとんど三条先輩の奢りだったんだよね」
「マジか?」
「俺達も出したぞ。かなり迷惑かけたからな」
明星祭前の襲撃事件に始まり、最近の留学生暴行未遂事件、並びに優位論者の風紀委員会襲撃未遂、自治委員会暴行未遂事件で終わった前生徒会は、昨日の放課後、西材木座駅前にある明星高校生ご用達の喫茶店リップルを貸し切り、羽目を外した宴を催していた。全員がかなりのストレスを感じていたため、酒が入ったこともあり収拾不能な事態に陥るまで時間はかからなかった。
ただ一人、雪乃だけが申し訳なさそうにしていたと聞いている。その宴会費用は、生成者が全額負担という豪気なものだったが、実は迷惑をかけてしまったお詫び以外の何物でもない。
「ということは、来年は私達も奢ってもらえるってことね」
「そうなるな」
「待て。なんでそうなる?」
「先輩達を見てれば、そう思いたくもなるよ。それでも今年は最初にかなりの情報を知ることができるから、去年に比べればかなりマシだと思うけど」
向井の意見には、賛同者多数だった。
「既にバレてることもあるからな」
だが飛鳥は、意識してその賛同者達を無視して話を進めた。
「確かにお前ら兄妹が融合型の生成者で、しかも連盟代表の息子と娘って聞いたときは、腰を抜かしたからな」
飛鳥と真桜の両親のことは、既に全校生徒が知っている。今年の総会談までは知らなかった生徒もいたようだが、さすがに称号を貰ってしまった以上、隠し通すことは不可能だった。
同時に日本に二人しかいない融合型の生成者だということも公表されてしまったため、何度かテレビ局からオファーが来たが、さすがにそれは断り続けている。
「そういえば二人って、いつ生成したの?」
この場にいる刻印術師は飛鳥、壮一郎、真子、瑠衣、駆の五人だが、直接飛鳥の刻印法具を見たことがあるのは壮一郎だけだった。だからというわけではないが、真子にはいつ飛鳥達が生成したのかが気になったようだ。そしてそれは、他の術師達も同様だった。
「生成したのは確か9歳の時で、融合させたのが11歳だったかな」
「そ、そんな早くに生成してたの!?」
「早すぎるだろ……」
「化物じみた腕も納得だ……」
刻印法具を生成する平均年齢が20代後半から30代前半と言われているのだから、わずか9歳での生成は確かに早すぎる。さすがに9歳でS級開発は危険すぎるために一斗や菜穂から全力で止められたが、それでも刻印融合術を発動させると同時に開発に挑み、小学校を卒業するまでにはS級だけではなく、いくつかのA級術式まで使いこなしていたのだから、化け物と言われても仕方がないだろう。
「はぁ~っ……。それで、知っておかなきゃいけないことって、何なの?」
刻印法具の生成は、生まれた家は関係ない。だが飛鳥は七師皇を父に持つ、刻印術師の世界ではサラブレッドと言える存在だ。本人がどう思っていようと、周囲にはそう見える。だがそれを差し引いても、10になる前に生成した術師など、真子は聞いたことがなかった。
「まずはオウカのことだ。あの子は本当の意味での生成者じゃない」
「は?」
「どういうことなの?」
本当の意味での生成者、という表現は聞いたことがない。刻印法具を生成するから生成者と呼ばれるのであって、そこに本当の意味も何もないはずだ。
「オウカちゃん、継承者なんですって」
「継承者!?」
「マジか!?」
だから継承者という言葉は、さすがに予想できなかった。
「マジだ。授印者はフランス人だが、こちらは名前を公表できない。フランスやロシアとの国際問題になるからな」
「いきなりとんでもない爆弾投下しやがって……」
「刻印継承って、本当にできるのね……」
刻印継承は世界でも前例が少ない。しかも他国の術師によって継承された場合、国際問題以外の何物でもないのだから、公表された実例が少ないのは当然と言えるだろう。事実として、刻印継承は都市伝説の一つとして扱われている。
「言っとくけど、これはまだ前菜だよ」
「待て待て待て待て!既に大問題だろ!なのに前菜って、どういうことだよ!?」
だが続く向井のセリフに、壮一郎が即座に悲鳴を上げた。刻印継承は普通ならばメイン・ディッシュでもおかしくはなく、そんな事例が前菜など、考えるだけで恐ろしい。
「飛鳥君、あのことバラすけど、いいわよね?」
「うっかり口を滑らせて、先輩達にもバレてるからな。もしかしたら、既に知ってるんじゃないのか?」
「な、何のことよ?」
全員の頭の中で警報が鳴り響いている。既にかなり腰が引けてしまっているが、無理もないことだろう。
「夏休みに、相模湾で国籍不明の軍艦が沈没したでしょう?」
口を開いたのはかすみだった。だがいきなり相模湾のニュースなど持ち出されても、意味がわからない。
「そういやあったな、そんなニュース」
「それがどうかしたの?」
夏休みのニュースとはいえ、既に一ヶ月以上経過しているし、続報はほとんどなかったから詳細は思い出せない。確か事故で沈没したといった内容だったような気がする。
「あれって飛鳥君と井上君、それから三剣士の仕業なのよ」
「何してんだ、お前らは!!」
「何をどうすれば、そんな事態になるのよ!?」
まさに予想外だ。事故ではなく事件、しかも犯人はここにいた。軍艦を沈めるなど、三剣士が一緒だったとはいえただの高校生に出来ることではない。しかも本当にどうすればそんなことになるのか、予想すらできない。
「予想通りの反応、ありがとう。っていうか、聞いてなかったのか?」
だが飛鳥は、この反応が予想できていた。前生徒会の先輩達からも同じような反応が返ってきたのだから、今更動じはしない。
「私は聞いてたわ。確かその軍艦、USKIAのだったんでしょ?」
そして真子も動じていない。真子は前委員長の沙織から引き継ぎをするにあたって、風紀委員が関わった事件のことを聞かされていた。昨年春のテロリスト襲撃事件、昨年夏休みの夏越祭襲撃事件及び明星高校への襲撃未遂事件、明星祭前の襲撃事件、神槍事件、不正術式事件、革命派襲撃事件、魔剣事件、そして今年の夏休みの世界刻印術総会談関連の事件。いずれも問題が大きすぎるうえに、ちょっとしたことで他国との関係が悪化するような事件ばかりだった。だがその全てに生成者達が関わっていたのだから驚きだ。
「正解。詳細は重要機密に指定されてるから、話せないけどな」
総会談関連の事件は世間にも詳細を伏せられていたため、真子が知らなくても無理はないのだが、その実は七師皇や三剣士だけではなく、三華星、四刃王、中華連合の四神、フランスのサクレ・デ・シエルまで出張るような大きな事件だった。そんな世界最上位の術師達に混じって行動をしていた時点で異常を通り越していると感じたし、保険委員長という役職を辞退しようかとまで考えたほどだ。
「なんでそんな大問題なのに、口を滑らせたりなんかしたのよ……」
まさに瑠衣の言うとおりで、守秘義務の高い機密指定の重要案件をポロッと漏らしたりなどされてはたまらない。しかも目の前の風紀委員長は、本当にそれぐらいは出来そうだからタチが悪い。
「ネットの都市伝説とかを扱ってるアングラ系のサイトに、それらしい噂がアップされてたんだ。矢島先輩が突っ込んだんだけど、三上君達にも予想外だったらしいから、ポロっと漏らしちゃったんだよ」
「朝早くの出来事だったそうだけど、それでも起きてる人は起きてるものね」
早朝にも関わらず、材木座海岸や沖合ではA級どころか神話級までもがいくつも使われた。当然だが監視網に引っ掛かっている。だが軍や警察上層部も、連盟の意向を知らされていたため動かなかった。刻印神器が生成される可能性も高かったため、付近の監視網はオフにされており、神器生成者が誰かということも知られてはいない。
「心配しなくても、これはUSKIAとも話がついてるから、国際問題にはならないって話だ」
「国際問題にはならないって、もしかして連盟が動いたの?」
事後処理は三華星、四刃王が請け負ってくれたが、沈めた軍艦がUSKIA国籍だったため、水面下では国際問題に発展しかけていた。百年以上前から外交が弱腰なことに定評のある日本政府だが、今回はかなり頑張ったし、三剣士や七師皇の母国までもが日本側についてくれたのだから、いかにUSKIAといえど引き下がるしかなかった。
「ああ。だけど俺も詳しくは聞いてない。外交とかの問題は、さっぱりだからな」
「それもそうか。どっちにしても、俺達がどうこうできる話じゃないからな」
「だけどそれはそれとして、実は三条先輩を含めた生成者は、既に何度か連盟の任務もこなしてるそうなの。だから副委員長の美花にも来てもらったのよ」
「納得した。つかなんで、真辺が副委員長なんだ?」
美花が雪乃と並ぶ風紀委員会のアイドルだということは、全校生徒が知っているが、風紀委員には明星高校の称号を持つ生成者が全員揃っている。そんな生成者を差し置いてという迅の疑問は、ある意味では当然のものだろう。
「風紀委員でみんなを止められるのは、私しかいないからって言われたわ。それにみんなが任務に就くことがあれば、私か大河君が代理で出席するしかないし」
だが美花の回答に、全員が納得した。今までは雪乃が2年生達を抑えてくれていたが、雪乃が引退、卒業すれば、誰も止められない。唯一止められるとすれば、美花だけだろう。
「さすがに全員が出払うような事態はないだろうけど、念のためにな」
飛鳥も最近まで任務を受けてはいなかった。中学時代は融合型の生成者だということを秘匿する目的があったし、飛鳥と真桜の手を煩わせるつもりは、盾であることを誓っている雅人とさつき、そして勇輝にはまったくなかったという理由もある。だが七師皇から称号を授かり、中学時代とは比較にならない実力を身に付けた今、何度か任務をこなしている。
「んなことがあったら、大問題だろうが」
「だけど理由は納得できるわね。考えすぎな気もするけど」
だがそんなことは、この場の全員には問題とは感じない。個人でも一流とされている同級生生成者が全員出払うことになったら、それは本当に一大事だ。神槍事件や魔剣事件ならともかく、そんな事件がそう何度も起きるとは思えないし、思いたくない。
「そうとは言い切れないんだよ」
「過激派や革命派の残党がどこにいるかも、どれだけ残ってるのかもわからないから、警戒は続けられてるの。そこに中華連合やUSKIAまで絡んできちゃったから、さらに話がややこしくなってるのよ」
だが飛鳥と美花は、その可能性があると思っている。優位論者だけでも面倒なのに、中華連合強硬派の残党、アイザック・ウィリアムの息のかかった部隊が日本にくる可能性は高く、軍や連盟は今も警戒を続けている。
「確かにややこしいな。それに三剣士ってことは、フランスやオーストラリアまで絡んでるだろ。なんでそんなデカい問題に首突っ込んでるんだよ?」
三剣士と共にUSKIAの軍艦を沈めるなど、普通に生活していれば考えないし、予想すらしない。だから壮一郎達が疑問に思うのも当然だ。
「七師皇から直接称号貰っちゃったから、それに見合った実力を示さないといけないんですって」
「納得」
「三条先輩含めて全員だもんね。確かにタダで貰えるわけじゃないから、それは仕方ないか」
どうやら納得してくれたようだ。七師皇に認められた以上、見合った実力を示すことは当然で、それは真子や瑠衣にも理解できる。
だから美花は、誰にも気付かれないよう、こっそりと溜息を吐いた。飛鳥達が一流の実力者だということに疑いはない。だが美花は、飛鳥達に称号が与えられた理由は、ブリューナクの存在を隠すためではないかと思っている。さすがに重要国家機密に指定されているのだから、この場で話すことはできないが、二人が高校を卒業し結婚すれば、ブリューナク生成者だということは公表されるから、それまで黙っていればいいとも思っている。
「ところで富永君がかなり怯えちゃってるけど、いいの?」
この場の唯一の1年生にして副会長の駆は、今にも泣き出しそうな気配を見せていた。
「順応してるお前らも、大概だと思うけどな」
だが対象に、2年生は驚きながらも数々の突っ込みを入れてきていた。飛鳥からすれば、こいつらの反応もけっこうなものだと思う。
「慣れって怖いわよね」
真子が遠い目をしている。悲しいかな、2年生は同学年に五人も生成者がいるという事態に慣れてしまっていた。しかも神槍事件のような大きな事件に巻き込まれもしたため、革命派襲撃事件では、3年生共々かなり余裕があった。飛鳥の話してくれたことは確かに驚きだが、何故か今更と感じた自分がいる。
「大丈夫、富永君?」
「あ、あんまり……」
かすみが声をかけるが、やはり駆には衝撃が大きすぎたようだ。予想してたとはいえ、見ていて気の毒になってくる。
「確か富永って、新田や長谷部妹と同じクラスだったよな?」
「は、はい……」
駆は1年6組所属で、そこは浩と琴音のクラスでもあった。クラスメイトだから何度も話したことはあるし、成績優秀な駆は同じく成績優秀な浩とは仲がいい。
「1年の風紀委員も知ってるってことか」
「立場上、教えとかないといけないからな。それでも巻き込む時は巻き込むが」
「気の毒に……」
確かに1年生風紀委員も知っておくべきだろう。事情はわかるし、それは当然だと思う。だが同時に、1年生の気持ちが手に取るようにわかる。自分達よりダイレクトに関与する可能性が高いのだから、本当に気の毒で仕方がない。
「その代わりってわけじゃないが、あいつらは俺達が直接しごいてるから、けっこう腕は上がってきてるぞ」
飛鳥は京介や瞬矢達だけではなく、オウカ、紫苑、花鈴、琴音にも同じ課題を出していた。元々高いレベルで刻印術を使っていたオウカは夏休み中にクリアしていたが、紫苑と琴音も2学期に入ってすぐに終わらせた。一番時間がかかったのは花鈴だが、それでも風紀委員に推薦する直前には終わらせていたのだから、実力はかなり上がったと言える。
「そういえばその推薦された1年生だけど、女の子三人ってそんなに成績良くなかったわよね?」
「中の上、ってとこね。だけど夏休みに、中華連合の強硬派に襲われたことがあるの」
「その時に全員で発動させた積層術で、生成者の防御系を貫いたんだ。それだけ相性が良いなら成績を考慮しなくてもいいだろう、ってことになったんだよ」
風紀委員はコンビで動くことが多い。だから個人の力量は当然、互いの信頼関係も重要とされる。例年ならば明星祭辺りまではギクシャクするのだが、今年はそんなことはない。うかつな勝と勝気な花鈴がたまにぶつかるが、互いが反目し合っているわけではないので問題にはならないだろう。
「そりゃすげえな」
そして最大の理由は、生成者の防御系術式を積層術で貫いたことだ。積層術は本人だけで使う場合を除けば二人から三人で行使することが最も多く、人数が多くなれば多くなるほど難易度も上がる。だが1年生は全員で一つの積層術を発動させたのだから、試験の成績以上に実力があることは予想が出来た。
「新田君を含めて、全部で八人だっけ?」
「ええ。しかも術師と就学生が四人ずつで、それぞれ属性がバラバラだから、バランスもいいと思うわよ」
就学生とは刻印術師ではない学生のことで、高校生以上の学生を指す。ちなみに刻印術師ではない普通の人達のことは、非術師や一般人と呼ばれることが多く、生成者に匹敵する者は魔術師や刻印学師と呼ばれることもある。
「確かに、バランスいいわね」
「それに生成者が鍛えてるなら、確かに実力はつくわよね。むしろつかなかったら、そっちの方が問題だわ」
響は刻印術師ではないが、従姉に生成者がいるため、昔から刻印術の手ほどきをしてもらっていた。無名の生成者だが、響にとって年の離れた従姉は憧れの存在であり、おかげで実力がついたのだから、感謝もしているし尊敬もしている。
「じゃあ風紀委員は、前期とさほど変わらない方針で行くわけね?」
風紀委員会が探索系を使って巡回していることは、広く知られている。刻印術が属人的な技術であり、探索系を高レベルで使う生徒は一握りしか存在しないが、それでも抑制としては高い効果があるのだから、かすみとしても変えてほしいとは思っていない。そもそも新委員長と副委員長からして、探索系に高い適性を持っており、校内でもトップクラスの精度で行使しているのだから、その心配はないのかもしれないが。
「変えようがないからな。とりあえずは以上だ」
「待て。魔剣事件にも関わってたって噂を聞いたぞ」
一通りの話を終えた飛鳥だが、そこに壮一郎が口を挟んだ。
「古文書学校との交流試合後に、いきなり襲われてたわよね。その後、オルレアンかどこかで連盟の任務、とかで名村先生共々遅れて帰ってばかりか、三剣士の久世雅人や三華星の久世さつきまで一緒だったから、すっごく驚いたわよ」
真子達明星高校2年生にとって、魔剣事件は他人事ではない。最初に遭遇したパリの古文書学校では、一歩間違えば自分達も巻き添えになっていた可能性が高かったのだから、気になるのは当然だ。
「それは国際問題が絡むから、ノータッチで頼む」
「だとは思ったけどね。あれ?どうかしたの、富永君?」
だがやはり、詳細は教えてもらえないようだ。相当に機密度の高い問題なのだろう。そういえば魔剣の生成者も、未成年だということ以外は非公開のままだ。
「ま、魔剣事件って……ダインスレイフのことですよね?三上委員長、刻印神器とも戦ったことあるんですか!?」
驚く以外にできることはない。駆も刻印神器の恐ろしさは知っている。神槍事件の詳細は知らないが、ブリューナクが中華連合強硬派艦隊を殲滅したことは、今でもニュースで取り上げられるし、そのせいで一時は進路を変更しようかとも思ったほどだ。しておけばよかった、と思う自分は、今でも確かにいる。
「かなり危なかったけどな。井上が生成してくれなきゃ、アウトだっただろうな」
「井上君って、その時に生成したんだ」
「ああ。で、あとは報道の通りだ」
「ホントかよ?」
「なんだよ?」
「まだ何かありそうだってことよ。完全な国際問題だから、聞くに聞けないけど」
世間には刻印三剣士の久世雅人、ミシェル・エクレール、そしてパートナーの久世さつき、セシル・アルエットの四人がダインスレイフを制圧、破壊したと報道されている。
だが最近では、四刃王の名村卓也も生徒を守るために戦っていたことが明らかになり、何故か卓也がダインスレイフを破壊したことになっている。これには七師皇が大きく関与しており、卓也の刻印法具がブリューナクと同じ槍であることが理由とされた。当事者であるミシェルとセシルも大いに納得し、三剣士の二人が牽制している間に卓也が魔玉を破壊したことにし、ブリューナクの存在を秘匿することに一役買った。
そのため卓也は、かなり不本意だが刻印神器を葬った者として“エグゼキューター”と呼ばれるようになっていた。
「その方が身の為だよな。てことは田中、風紀委員が何かやらかしたら、その都度会議ってことか?」
「俺達を問題児みたく言うな」
極めて遺憾の意を、飛鳥は全身の態度で示した。
「問題児の方が可愛いと思うけど、基本はそうね。連盟の任務なら別だけど、昨日みたいなことがあったら、すぐに召集するわ」
だがかすみとしても、問題児の方がはるかに可愛く見える。だから飛鳥の遺憾の意はパーフェクト・スルーだ。
「そう何度も呼び出されちゃたまらないけど、そうそう起きる問題でもないんでしょ?」
「退学級のバカは年に数人だが、停学や謹慎級ならそれなりにいるぞ」
「逆に問題を起こしてくれないと、私達も干渉しにくいものね」
風紀委員会は校内の治安維持を目的としている。刻印術が学生同士のケンカにも普通に使われるような時代でもあるため、仲裁するためにはこちらも刻印術を使わなければならない。
だから風紀委員会には実力者が集まっているわけだが、さすがに先制攻撃は許可されておらず、不当な理由で刻印術が使われたことを確認しなければ手の出しようがないため、後手に回ることも少なくない。これは風紀委員にとって、大いに頭を悩ませる問題となっている。もっともこれは、警察も似たようなものだが。




