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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
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6・発足前夜

――西暦2097年9月30日(月)PM12:35 明星高校 生徒会室――

 オウカや瞬矢達が風紀委員に推薦され、顔合わせ、初巡回を経験してから一週間が経った。心配は杞憂に終わったようで、かすみは護の後任として、新しい生徒会長となった。副会長には前期と同じく、向井が就任している。


「よう、三上。やっぱり風紀委員会はお前が後任か」


 生徒会だけではなく、各委員会も代替わりする。そのため雪乃の後任として新風紀委員長となった飛鳥は、生徒会室に来ていた。


「そういう連絡委員会もな、伊東」


 新連絡委員長となった伊東いとう 壮一郎そういちろうは、剣道部に所属する刻印術師だ。飛鳥とは1年時のクラスメイトであり、互いの実力もよく知っている。


「今からでも井上に押し付けたいけどな」

「いい加減、諦めたら?そもそも連絡委員会って、井上君に頼りすぎだったでしょう」

「矢島委員長が特にな。って、保険委員会は片桐、お前だったのかよ」


 新保険委員長の片桐かたぎり 真子まこも刻印術師であり、前任の小山沙織からかなり時間をかけて引き継ぎを行った。沙織と護は恋人同士でもあるため、けっこうなグチが漏れてくることもあったし、スランプに陥ったことも知っている。無論、元凶が先々代と当代の風紀委員長だということもだ。


「治癒術式ならそこそこ自信があるからね。風紀委員会には負けるけど」


 壮一郎と真子が新委員長になることは、飛鳥が風紀委員長になることと同レベルで噂されていた。二人とも優秀な刻印術師であり、壮一郎は剣道の全国大会でベスト8、真子は医療系術式をいくつか習得しており、治癒術式に限っては生成者に匹敵する腕前を持っているため、飛鳥達とは別の意味で高い評価を得ている。


「比較対象が間違ってるだろ。そういや自治委員会や図書委員会は?」


 だが壮一郎は、敦の身代わりになっただけだと思っているし、真子も高校の授業では評価されにくい術式に特化しているため、二人ともまだまだ貪欲に上を目指し努力を重ねているところだ。


「自治委員会は阿部って聞いたな。図書委員会はわからないが」

「図書委員会は松本さんよ。あ、来たわ」


 新自治委員長の阿部あべ じんと新図書委員長の松本まつもと ひびきは刻印術師ではないが、実技試験では優秀な成績を収めている。もっとも自治委員会も図書委員会も、風紀委員会や連絡委員会のように荒事に巻き込まれることは滅多にない。


「悪い悪い。ちょっとゴタゴタがあって、遅くなっちまった」

「ゴタゴタって?」


 だが、その滅多にないことがあったようだ。


「三上、お前は知ってるだろ。1年の会計がヤバい奴だったってことを」

「やっぱり自治委員会は巻き込まれたのか。悪いな、時間かけて」

「どういうこと?」


 響が迅と同じタイミングで来たのは、図書館に寄っていたからであり、自治委員会のように荒事に巻き込まれていたわけではない。ただの偶然だ。


「会計になった1年、優位論者ってだけじゃなく、刻印具の検査もしなかったんだよ。そればかりか、去年捕まえた北川の弟だったことがわかってな。どうやら風紀委員を逆恨みして、ずっと復讐する機会を狙っていたらしいんだ」

「狙うったってお前、あんな化物集団相手にするなんて、命がいくつあっても足りねえだろ」

「失礼なこと言うなよ」

「どこがよ。生成者が六人、しかも全員が称号持ちの一流術師じゃない。戦力過剰にも程があるでしょ」


 まさしくその通りだ。生成者の強さは、公には生成者と非生成者の割合が1:20とされているが、生成者同士の実力差も激しいため、おおよその目安程度にしかならない。

 未成年の生成者が同じ高校に通っていることはかなり有名なため、いくつかのテレビ番組で戦力比較をされることも何度かあった。個々の力量が同等という前提はあるが、1:30~50という意見が多く、中には1:80以上と述べた有識者もいたのだから、真子の言うように戦力過剰という言葉は大袈裟でもなんでもないわけだ。


「でもその北川って人、なんで捕まえたの?」


 響も同じことを思ったが、今更の話なので話の軌道を元に修正した。


「不正術式を使っただけじゃなく、不正供給までしてたんだよ」

「なるほどな」

「でもそれじゃ、なんで自治委員会が被害を被ったの?」


 不正術式の不正供給となれば、北川が捕まるのは当然だ。だが自治委員会が被害を被った理由には繋がりにくい。


「同級生に安達ってのがいたの、覚えてるか?」

「ええ。クラスメイトだったから。風紀委員に推薦されてたのに、なぜか捕まってたわよね」


 去年捕まえた安達は、響のクラスメイトだったようだ。もっとも、どうでもいい奴どころか真桜を人質にした不届き者なので、安達が生きていようが死んでいようが、飛鳥にとっては興味すらないことだが。


「安達は北川の舎弟みたいなもので、同じ理由で同じ日に捕まえたんだ」

「その安達の弟分に当たる奴が、自治委員会に紛れ込んでたんだよ。俺も井上と一ノ瀬に教えてもらうまで、知らなかったけどな」


 自治委員会は各クラスのクラス委員で構成されており、クラス委員は立候補か推薦で決められている。これはよくある話だが、稀に優位論者がクラス委員に立候補してしまう。普通にしていれば優位論者だとわからないので、そのまま気付かず卒業していった者も少なくない。


「え?それじゃ風紀委員は、兄弟だからっていう理由で、目を付けてたの?」


 だが一家総出で優位論に傾倒しているかと言えば、そういうわけでもない。

 優位論が異端で危険な思想だと言われる背景には、洗脳教育という側面もある。タチが悪いところでは、刻印術の私塾などで洗脳し、優位論に傾倒させるという手口もある。さすがに社会問題になったため、私塾は全て廃止され、連盟の許可がなければ刻印術の塾は開けなくなった。

 だがそれで解決したわけではなく、未だに問題は続いている。北川達も、認可されていない私塾で洗脳されたいたことが、雅人の調査で判明していた。


「まさか。刻印具の検査をしなかった奴だって言っただろ。それがたまたま、そいつらにつながってたってだけだ」


 北川達の通っていた私塾は、何年か前に連盟の術師が出向いたそうだが、何人かには逃げられてしまったらしい。

 だが逃げる前に、最年長の北川を中心とする小さなコミュニティーを築くことで、最低限の役目を果たそうとした。その試みが成功してしまったため、北川の弟も安達の弟分も、兄達が、特に北川が捕まったのは何かの間違いだと固く信じることになっていた。だから風紀委員を逆恨みし、復讐を企てていたわけだが、素性がバレた時点でどうなるかは、誰がどう考えても一つしかない。


「それじゃその子達も、警察に捕まったってこと?」

「さっき突き出したっていう連絡がきた。幸いって言っていいかはわからないけどな」


 飛鳥としても、優位論者の言い分や都合など知ったことではないが、自治委員会で安達の弟分が暴れ出し、敦とさゆりが制圧したと連絡を受けたのだが、今回は思ったより手間取ったのも事実だ。迅が事情を聞いたのも、丁度その時だ。


「確かに微妙だな。ってことは田中達がまだ来ないのは、それが原因か」


 壮一郎も納得がいった。生徒会選挙が終わってから判明したということは、今からでは新しく1年生から生徒会役員の立候補を募ることも難しいということだ。しかも今回立候補したのは、副会長と会計が一人ずつだったため、落選した1年生に頼み込む、といったこともできない。


「そういうこと。任期最終日にこんな地雷を踏むことになったんだから、竹内会長もついてないよな」


 そのせいで今日まで生徒会長の護や、明日から生徒会長のかすみに余計な手間をかけてしまったため、申し訳ないと思う気持ちはある。もしかしたら護は、貧乏くじを引きやすい体質なのかもしれない。


「核爆弾並の問題を投下しまくった人のセリフじゃないでしょうに」

「まったくだ。他にも、まだ何か隠してるだろ?」


 だがそんな考えは、各委員会の新委員長達によって一斉に否定された。


「そりゃな。いくつかは話しておかなきゃならないことがあるが、けっこう機密重要度は高いぞ」


 だが確かに隠してることはある。いくつかは話さなければならないが、どうしても話せないこともあるため、匙加減が難しいかもしれない。


「高いって、どれぐらいなの?」

「最悪の場合、国家反逆罪だな」

「高すぎるぞ!!」

「風紀委員って、いったいどんなことしてるのよ……」


 国家反逆罪、などという単語がでてくるとは予想外すぎる。普通の高校生とは縁遠い単語でもあるため、今まで何をしてきたのか、聞くのも怖い。


「色々あったんだよ。オウカのこともあるし」

「あの留学生ね。あの子って、本当に真桜の実の妹なの?」


 オウカが真桜の実の妹だという話は、実はまだ疑われていた。それも当然で、純日本人である真桜の妹がロシア人だと言われても、信じる方が無理というものだ。日露ハーフのオウカだが、母親の遺伝子が強かったのか、見た目は純ロシア人とあまり変わりはないのも理由の一つだろう。


「ああ。俺も驚いたが、小父さんが浮気してたわけじゃないらしい。むしろ逆だな」

「とんでもない話ね……」


 純ロシア人の見た目通りに、オウカはスタイルもいい。対して真桜は明星高校で一番背が低く、胸もお世辞でもあるとは言えない。着やせするタイプなので脱いだら意外とバランスがよく、出ている所は出ているとわかるのだが、そんなことは女子にしかできないし、冗談でも口に出す者はいない。飛鳥が探索系を得意としていることは有名だから、そこから会話を拾われでもしたら、命が危ないことを全校生徒が理解しきっている。さすがの飛鳥も、そこまではしないと思うが。


「ごめんなさい、待たせちゃって」


 そこに新会長のかすみと副会長の向井が、申し訳なさそうにやってきた。


「田中、向井。そっちは何とかなりそうなのか?」

「ええ。残念だけど、1年生は副会長の富永君だけで行くことに決まったわ」


 やはりどうにもならなかったようだ。


「そうなるよな。で、2年の書記と会計は?」

「先輩達から引き継ぎの最中よ。全員が揃うのは、明日の放課後になるわね」

「だから三上君、みんなへの伝達も、その時に頼むね」

「了解。それにしても俺達が生徒会室を占領して、良かったのか?」


 新生徒会発足は明日からだが、何故か現生徒会である先輩方は生徒会室にはいない。


「大丈夫だよ。去年もそうだったし」

「それじゃあ、どこで引き継ぎをしてるの?」

「図書館よ。これも毎年のことなんだけど、引退された先輩達は、図書館に集まるの。だから図書館の一角は、前生徒会専用ブースみたいになってるのよ」


 図書館は講堂に併設されている。2学期は明星祭や宿泊研修があるため、前生徒会はカウンターに近いブースに集まることが多い。

 毎年9月最終日の昼休みに、新生徒会は生徒会室で顔合わせをすることが慣例となっている。そして現生徒会は放課後に生徒会室で一年の労を労い、解散後は図書館に活動の場を移す。つまり卒業までは前生徒会の役員が図書館の一角に集まることが多くなるということで、そのことは図書委員や常連ならば誰でも知っている。


「ああ、それで立ち入り禁止に近い扱いだったのか」

「結果的にだけどね」


 カウンターには図書委員が常駐しており、前生徒会はカウンターに近いブースに集まることが多い。だが別に立ち入り禁止というわけではないし、前生徒会専用というわけでもない。ただ遠慮して、近づかないだけだ。


「ところで飛鳥君、富永君にも教えることになるけど、いいの?」


 だがそれとは別に、かすみは唯一の1年生が心配なようだ。


「お前や向井だって去年聞いてたんだし、富永にだけ教えないわけにもいかないだろ」


 かすみが心配する理由は、自分も通った道だという事情が大きい。


「あいつ、絶対ビビるぞ」

「そこまでは責任持たん。それに自分で立候補して副会長になったんだから、責任は果たしてもらわないとな」

「それはそうだが、再起不能にだけはしてくれるなよ。来年の会長候補なんだからな」


 生徒会の1年生が次期会長、というわけではない。立候補できないのは風紀委員会と連絡委員会ぐらいだ。だが生徒会の1年生が次期会長になることが多いのも事実なので、一人しかいない1年生の生徒会役員が次期会長候補最有力と目されても不思議なことはなにもない。


「人聞きの悪いことを言うな。俺がいつ、誰を再起不能にしたって言うんだよ?」


 だがそんなことは問題ではない。飛鳥にとっては言われなき冤罪であり、身に覚えもないことを本気で心配されても困る。


「槙田達」

「沙織委員長もよね?」

「……ごめんなさい」


 冤罪ではなかった。身に覚えもある。オウカに手を出した槙田達のことはどうでもいいが、沙織には本当に悪いことをしたと心から反省している。

 だが言わせてもらえば、沙織は再起不能になってはいない。確かに危なかったが、踏みとどまってくれたはずだ。


「沙織委員長は再起不能になってないはず、とか考えてるんだろうけど、危なかったのは事実だからね?」

「お前はエスパーか……」


 だがエスパー真子に心の内を読まれた飛鳥は、敗北を認めるしかなかった。

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