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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
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5・戦乙女達の日常

――西暦2097年9月29日(日)PM13:42 源神社 境内――

「こんにちわ」

「いらっしゃい、雪乃ちゃん」

「瞳先輩、来られてたんですね」

「ええ。もう少ししたら、私もここで働かせてもらうことになったの。あら、今日は茜ちゃんと翠ちゃんも一緒なのね」


 雪乃の隣には、雪乃に似た少女が二人立っていた。


「はい。お久しぶりです!」

「勇斗君は社務所ですか?」


 髪をショートボブで整え、元気よく挨拶した少女が三女の三条さんじょう みどりで、肩までかかる髪をツーサイドアップに纏めた少女が次女の三条さんじょう あかねといい、雪乃の三つ子の妹になる。雪乃はワイズ・オペレーターを生成してから、S級の開発や術式の習熟のため、よく源神社に足を運んでいた。その際三つ子の妹達も、雪乃に連れられて何度か来たことがある。


「ええ。聖美ちゃんが見てくれてるわ。あら?葵君は?」

「境内に入った瞬間、志藤さんと敦さんに捕まりましたよ」

「なるほど。井上君だけじゃなく、志藤君までいたのが運のつきだったわね」


 三つ子の末弟 三条さんじょう あおいは、火属性に適性を持っている。そのため、同じく火属性に適性を持つ敦と志藤に捕まったのだろう。ちなみに三条姉弟は、茜が風、翠が土と、全員が異なる属性に適性を持っている。


「ところで雪乃ちゃん、お母様のご容体は?」

「おかげさまで順調みたいです」

「良かった。予定はいつなの?」

「年明け頃です」

「しかも双子なんですよ!」

「え?双子なの?」

「実はそうなんです。私も驚きました」


 雪乃達の母 三条さんじょう かなでは現在妊娠中だ。最近調子が悪いようだったが、まさか妊娠してたとは思わず、新学期早々、三条家は大騒ぎだった。

 雪乃の両親はまだ36歳と、世間から見れば若い。今の結婚する平均年齢は20代後半から30代前半であり、両親の年齢で結婚する人も少なくないため、母が妊娠することは珍しいことではない。

 だが18も年が離れた弟妹となればさすがに話が別で、しかもそれが双子など聞いたこともない。ちなみに母も気付くのが遅れたため、現在妊娠5ヶ月。


「双子だっていうのは驚いたけど、まさか雪乃ちゃんの弟か妹が勇斗と同い年になるなんて、さすがに思ってなかったわね」

「私もです。親子に見られそうで怖いんですけど……」


 産まれてくるのが弟か妹かは教えてもらえなかったが、間もなく高校を卒業し大学生になる予定の雪乃からすれば、それはある意味恐怖だった。

 雪乃の実家は、七里ヶ浜近くの霊光寺というお寺の近くにある。父 雅晴まさはるは江の島のヨットハーバーで働いているが、母ともども非常に子煩悩なため、家族仲は良好だ。両親も雪乃のように争いごとを好まないタイプの刻印術師なため、評価は高くないがそのことは気にしていないらしい。三つ子の弟と妹達も温和ではあるが、姉や両親とは違い活発なので、いったい誰に似たのか時々不思議に思う。


「お姉ちゃんなら、いいママになると思うんだけどなぁ」

「そうよね」


 翠や茜も、よく雪乃に面倒を見てもらったし、それは今も続いている。だから姉が良き母になるだろうことは間違いない。これは二人の本心だ。


「私は結婚どころか、まだ彼氏もいないんだけど?」


 だが雪乃はまだ独身だし、彼氏もいない。それどころか特定の男性と付き合ったこともない。


「そーゆーことにしとくよ」

「翠!」

「妹にもバレてるのね」

「な、何のことですか!?」


 茜も翠も、総会談前後の期間、雪乃が三剣士のアーサー・ダグラスと一緒に行動していたことを知っている。そればかりか刻印術師前世論を協力して研究していると紹介され、三条家に招待したこともある。その時点で説明できない何かが、特に姉の方から発せられていたことを、年頃の少女達が見逃すはずはない。


「何のことかしらね。それより茜ちゃんと翠ちゃんも、練習に来たの?」


 それは瞳も同様で、雪乃とアーサーの間に何かがあったことは、疑う余地がないと思っている。だがからかいすぎてオラクル・ヴァルキリーを怒らせてしまってはたまらないし、真っ赤になった雪乃から暴走しそうな気配が漂い始めているため、瞳はすぐに話題を変更した。


「はい!」

「少しは上達しましたので、先輩方に見ていただこうと思いまして」


 どうやら妹達も、その気配を感じ取ったようだ。

 三つ子が源神社に来るのは、夏休み前は珍しかったが、雪乃が中型四輪を購入してからはそうでもない。

 雪乃が購入したのは、定員が八名と中型四輪の中では比較的大きく、バッテリーも大型のタイプだ。ナビゲーション・システムも完備で、他にも武装型以外の刻印具をいくつも購入し、ワイズ・オペレーターの使用を前提とした改造まで施してあるため、車が趣味の飛鳥や雅人をして、ワイズ・オペレーターの新機能かと本気で疑われもした。

 ―閑話休題―


「なるほどね。だけど飛鳥君も真桜ちゃんも、出掛けちゃってるのよ」

「そうなんですか?」

「もしかして、展覧会の関係ですか?」

「ええ。あと一ヶ月少しだから、呼び出されることが多くなってきてるの」


 11月2日から4日の三日間、明星高校は明星祭を開催する。だが何故か、その明星祭に源平展覧会が組み込まれてしまった。もう決定事項なのでどうすることもできないが、その展覧会には源氏や平家に関する資料が多く出展され、源神社からも保有している鎧や刀剣、文献をいくつか出展することになっている。だから夏休みの終わりから、飛鳥は市役所に呼び出されることが多くなっていた。


「え~……」


 そのことは翠も知ってはいたが、まさか真桜までいないとは思っていなかったから、大袈裟に肩を落として落胆している。


「あ、こんにちわ、雪乃さん。茜ちゃんと翠ちゃんもいらっしゃい」


 そこに丁度、オウカが母屋から出てきた。ロシアで生まれ育ったオウカにとって、日本の高温多湿の夏はかなり過ごしにくいが、衣類には刻印術が刻印化されているため、戦前のように熱中症や脱水症状などで命を落とす人はほとんどいない。だが暑いことに変わりはないため、せめて見た目だけでもと考え、薄いピンクで統一した服装を身に纏っている。


「こんにちわ、オウカさん!」

「あら、お出かけ?」

「はい。紫苑達と待ち合わせしてるんです」


 日本に来てまだ二ヶ月だが、オウカはすっかり馴染んでいるようだ。真桜もそうだが、自分達の名前に桜が入っているため、オウカは薄いピンク色の服を好んでいる。今日は髪を結ぶリボンもいつもより大きく、ピンクの生地に薄くあしらわれた桜の花が、プラチナブロンドの髪に映えている。


「え?オウカさん、お出かけなんですか?」

「そうなの。やっと自信がついたから、試験を受けようと思って」

「試験?」

「術式許諾試験よ」

「え?でもオウカさんって、ロシア人ですよね?日本で許諾試験なんて、受けられるんですか?」


 茜の疑問も当然だ。日本人であっても受験資格が与えられない者もいるのに、ロシア人のオウカが受けられるとは思えない。


「留学やお仕事で滞在してる人なら、身元がしっかりしていれば受けられるのよ」

「姉さん、知ってたの?」

「ニアさん……グリツィーニアさんに教えてもらったのよ」


 オウカの母、グリツィーニア・グロムスカヤも学生時代は日本在住だった。だから許諾試験を受けたことも一度や二度ではない。


「姉さん、総会談で七師皇と会って、称号貰ったのよね。いいなぁ」


 茜は姉のオラクル・ヴァルキリーという称号に憧れを抱いているし、七師皇も尊敬している。だから素直に姉が羨ましかった。


「おかげでけっこう大変なのよ」


 だが七師皇の実態をしっている雪乃からすれば、既に七師皇は尊敬の対象とは言い難い。同時に称号に見合った実力を示さなければならないため、夏休みには何度か任務もこなした。両親にはある程度は話さざるをえないが、さすがに妹達には内緒にしている。


「お兄ちゃんやお姉ちゃんも、いつも大変そうですからね」


 飛鳥も真桜も七師皇と縁があるどころか、父が七師皇なのだからオウカも二人の苦労は手に取るようにわかる。


「でもオウカさんも出掛けちゃうのかぁ……」


 だが翠は、オウカまで出掛けてしまうということに不満を隠そうともしていない。


「翠、みんなの予定を確認しなかった私達が悪いんだから、今日は諦めなさい」

「試験が終わったらすぐ帰ってくるし、じきにさゆりさんと久美さんも来るから、鍛練場で待ってて」


 今日は雪乃一人で来る予定だったが、出発直前に三つ子が押し掛けてきた。だから連れてきたわけだが、いつもと違い事前に予定の確認をしなかったため、こうなる可能性は考えておくべきだった。申し訳ないと思ったオウカも、なるべく早く帰ろうと考えている。

 瞬矢や紫苑達とは少し時期がずれたが、茜も翠もオウカにとっては大切な友人だ。しかも日本とロシアの教育制度の違いから一年先輩という立場になってしまっただけで、オウカは茜や翠と同い年だ。そのことは茜や翠、葵も知っているが、まだ中学生の自分達と既に高校生のオウカという違いがはっきりしているので、あえて先輩と呼んでいるだけだ。


「ただいま~」


 そこに真桜が、ショッピング・バッグを提げて帰ってきた。


「あ、お姉ちゃん。おかえりなさい」

「雪乃先輩、来てたんですね」

「久美さん、さゆりさん、こんにちわ!」

「茜ちゃん、翠ちゃん、久しぶり」


 隣にはさゆりと久美もいた。しかも真桜と同じ店のバッグを提げている。


「真桜ちゃん、展覧会の方はいいの?」


 三人が同じ店のバッグを提げていることをいぶかしんだ雪乃の脳裏に、もしやという考えがよぎった。


「え?そっちは飛鳥に任せてありますから、私はさゆりと久美と、お買い物に行ってたんですけど?」

「そうなの?」


 やはり予想通りだった。さすがに瞳も呆れた顔をしている。


「そうなんですよ。真桜ったらめんどくさいって言って、全部飛鳥に投げちゃったんですよ」

「真桜ちゃん……」

「一緒にでかけたから、てっきり展覧会の準備に行ったと思ってたのに……」


 そこにさゆりから答えが追加されたが、呆れて物も言えないとはこのことだ。真桜らしいといえばそれまでだが。


「ところで先輩、茜ちゃんと翠ちゃんが来てるってことは、葵君も来てるんですか?」


 分が悪くなったと感じた真桜は、早急に話題転換の必要性を感じた。幸い今日は、茜と翠が来ている。


「ええ。志藤先輩と井上君に捕まったから、今は鍛練場にいると思うわよ」

「敦の姿が見えないと思ったら、そういうことか。じゃあ、茜と翠も拉致ね」

「拉致って……」


 確かに先輩方に刻印術を教えてもらうために源神社へ来たわけだが、拉致という単語はさすがに不穏すぎる。


「さゆりさん、人の妹に不穏な言葉を使わないでくれる?」

「まあまあ。ところで雪乃先輩はどうするんですか?」


 久美には弟とその親友という幼馴染がいるが、悲しいかな男しかいない。だから妹のいる真桜や雪乃が羨ましかった。


「私は社務所のお手伝いをしようと思ってるわ」

「え?新しいA級覚えたって言ってませんでしたっけ?」


 真桜が意外そうな顔をするのも当然だ。雪乃は今、新しいS級術式の開発に挑んでおり、そのためにA級惑星型を全て習得したばかりはずなのだから、てっきりここで試すものとばかり思っていた。


「こないだ鎌倉署に行った時、柴木署長の許可を貰って、武道場で試させてもらったの」

「ああ、なるほど」


 雪乃の答えは、そんな真桜の疑念を晴らすものだった。


「え?警察にそんな設備あったの?」

「初めて聞いたわ」


 だが茜と翠は知らなかったようだ。


「そりゃね。刻印術犯罪に対抗するためには、警察だって刻印術を使わないといけないでしょ」


 犯罪者が刻印術を、最悪の場合は刻印法具を使ってくる以上、取り締まる警察官も刻印術を使わなければ、それこそ話にならない。そのため刻印術の修練は剣道や柔道と同等以上に重要視されているため、どこの警察署も武道場に刻印術専用の施設を併設している。


「あ、そっか」

「さすがに警察官以外は、そう簡単に使えないけどね」


 警察官以外が簡単に使えないのは当然で、まかり間違って優位論者が借りたりすれば、非常に厄介なことになる。雪乃が警察の施設を使わせてもらえた理由は、七師皇に認められた実力者だということの他に、身元がしっかりしていることもある。


「だから軍や警察って、練度が高いんですね」

「そういえばお姉ちゃん、何を覚えたの?」

「内緒よ」

「ケチ~」


 真桜達は雪乃がA級惑星型を全て習得したことを知っている。ようやくS級の開発ができると言っていたから、間違いない。


「A級って、私も覚えた方がいいのかしら?」

「覚えておいた方が、役に立つことはあると思いますよ」

「特に惑星型は、結界としても高い効果がありますからね」


 瞳はA級を習得していない。ようやくS級の開発も終わり、育児に専念しようかと思っていたところだが、源神社で働く以上、刻印術関連の話題が上がることは日常茶飯事だ。それに生成者達もよく来るため、自分でも忘れかけていた刻印術師としての誇りが、再び芽吹き始めてきたように感じる。


「確かにそうかもしれないわね。考えておくわ」

「受験するなら、いつでもお手伝いしますね」

「ありがとう」


 だから瞳は、近いうちに何かを受けてみようと考え始めていた。


「それじゃ茜、翠、そろそろ鍛練場行こっか」

「はい!」

「よろしくお願いします!」


 茜も翠も嬉しそうだ。源神社に来るようになってから、刻印術の腕はかなり上がったと思えるし、一流の生成者達に教えてもらえることは滅多にない。


「先輩、三つ子をお借りしますね」

「ええ、よろしくね」


 真桜、さゆり、久美は、茜と翠を伴って鍛練場へ向かった。


「あ、紫苑達が待ってるんだった。急がないと」

「気をつけてね」

「はい!いってきます!」


 オウカは駆け足で境内から出て行った。それを確認すると、雪乃は軽く溜息を吐いた。


「どうしたの、雪乃ちゃん?」

「いえ、激動の一年だったなと思いまして」


 どこか遠くを見るような目をしながら、雪乃がこの一年を振り返っていた。


「じきに任期終了ね。歴代で一番大変だったと思うわよ。お疲れ様」

「ありがとうございます」


 去年の今頃、雪乃は風紀委員長に任命された。大した自信もなく、自分だけが刻印術師だったために任命されたようなものだが、今となっては遥か遠い過去のようにも思える。

 この一年でいくつもの事件に巻き込まれ、刻印法具を生成し、刻印神器を目撃し、世界刻印術総会談では七師皇から称号まで賜った。正直、去年までの自分からは夢にも思わなかったことだ。思えば遠くまで来たものだと、心の底から思う。そして飛鳥と真桜といれば、まだまだ遠くに行けそうだとも思う。どこまで行けるかはわからないが、行ける所までは行きたいとも思う。

 そして神槍の存在が公表されるまで、自分に出来る限りのことは手を貸し、恩を返したい。

 それが雪乃の、偽りなき本心だった。

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