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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
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4・新任

――PM15:50 明星高校 風紀委員会室――

 その日の放課後、いつものように風紀委員は委員会室に集まっていた。


「つまり名村先生だけじゃ、お前らが何かしでかしても対処しきれないから、一ノ瀬の兄貴が卒業前から赴任してきたってことか?」


 準一のことは既に校内で持ち切りだし、後輩の兄でもあるわけだから、風紀委員としても当然気になる。答えは一択だったわけだが、やはり聞かずにはいられなかった。


「そういうことになりますね。準一さんも飛鳥君と真桜のことを、総会談で無理矢理知らされましたから、私達も色んな意味で安心できます」

「あれのことまで知らされてるとなると、確かにこれ以上ない人選だな」


 準一が赴任してきた理由は、ロシアからの留学生であるオウカのため、そのオウカを含めて7人になる生成者が起こす問題に対処するためという理由の他にも、飛鳥と真桜が刻印神器ブリューナクの生成者だということを知っている、という最大の理由がある。

 飛鳥と真桜がブリューナクの生成者だということを知っているのは、日本刻印術連盟の関係者は、代表である一斗、元代表の香川保奈美、刻印管理局局長の上杉、三華星、四刃王、元四刃王である龍堂貢、そして雅人とさつきぐらいだ。他にも瞬矢の姉 立花瞳、サクレ・デ・シエルという称号を持つセシル・アルエットがいるが、彼女達が漏らすことはないと断言できる。準一が知ったのは偶然に近いが、ある意味では必然だろう。

 そんな一握りの者しか知らない情報を知っている以上、今回の話がすぐ準一の下へきたのも納得がいくというものだ。


「だけどさゆりのお兄さんが生成者だったなんて、知らなかったわ」


 香奈が知らなかったのも無理はない。

 準一は自分が生成者だということを隠していた。実家である一ノ瀬神社には小さな道場があるため、自分だけでもS級術式は開発できるが、家族にも隠していた(祖父には早々にバレたが)ため、ほとんど実家では開発に臨まなかった。そのため場所を借りるために連盟には報告せざるをえなかったが、何の因果か直接代表に報告することができてしまった。だから思っていた以上に世間から隠し通すことができたわけだが、そんな事情もあって一般での知名度は皆無に等しい。


「私にも隠してましたからね。どんな法具を生成したのか、いまだに教えてもらえませんし」


 さゆりはかなり不満そうだ。準一はさゆりの刻印法具レインボー・バレルを見ているのに、自分の刻印法具は一度も見せたことがない。生活型ということは総会談の時に三女帝にバラされたが、生活型の形状は多岐にわたるため、それだけでは情報としては弱い。


「生活型っていう時点で、相当レアだよな。融合型や設置型より少ないんじゃなかったか?」

「そんな話だな。そう考えるとお前らが武装型ってのは、珍しくもなんともないな」

「武装型だけで、刻印法具の半数を占めてるって話ですからね。私や飛鳥も、片方は武装型ですし」

「そうじゃない人もいますけどね」


 飛鳥は武装型と消費型、真桜は武装型と携帯型を生成するが、飛鳥の融合型刻印法具カウントレスは武装型に分類される。だが融合型の生成者全てが、武装型を生成するわけではない。世間には知られていないが、三剣士のアーサー・ダグラスは携帯型と消費型から刻印神器を、七師皇のイーリス・ローゼンフェルトは設置型と装飾型から融合設置型を生成する。


「そんな噂だな。で、三条と新田はまだなのか?」


 遥達も噂だけは聞いたことがある。だが刻印術師ではない自分達には、あまり関係のない話でもあるため、話題を現在進行形の問題へと移した。


「術師三人はともかく、他の四人がかなり渋ってる感じですね」

「予想外って感じだよね」


 雪乃と浩は、別室に新任風紀委員候補の1年生を集めて説明している最中だ。2年生(大河を除く)はその様子をそれぞれの探索系術式で見ている。


「それにしても真桜ちゃん、探索系って苦手じゃなかったの?」


 エリーと香奈は、真桜が探索系を苦手としていることをよく知っている。巡回でもコンビを組むこと多いし、プライベートでも仲がいいから、この程度のことはお互いが知っている。


「苦手ですよ。でも必要性も有用性も高いから、頑張って覚えたんです」


 探索系に適性が低い真桜はブリーズ・ウィスパーしか習得しておらず、それもほとんど広域系の照準代わりに使っていた。探索系は飛鳥が適性を持っているため、常に二人で動くことを前提としている真桜は、有用性は理解していたが、重要性はそれほどでもなかった。

 だが明星高校入学から巻き込まれた多く事件によって、探索系の重要性を改めて認識せざるをえなかったし、苦手だろうとなんだろうとそれは自分の都合なので、相手は一切考慮してくれない。だから真桜は飛鳥に手伝ってもらい、夏休みにイーグル・アイを習得した。


「夏休みに、その必要性は強く感じましたからね。今までは委員長に頼り過ぎてましたし」


 夏休みに探索系を覚えたのは、真桜だけではない。久美や敦も、適性属性の探索系を習得している。といっても覚えたのは適性属性の術式だけだが。


モール・アイやドルフィン・アイなどの上位術式は、難易度も高い。そのためほとんどの術師は、下位術式のキャンドル・リーフやリンクス・マインド、ソナー・ウェーブなどの習得から始めることが多い。下位術式とはいっても、条件次第ではこちらの方が有用性が高い場合も多々あるため、使い分けはかなり重要とされている。


「そういや今じゃ定着してるが、どうすんだ?」

「何をですか?」

「常駐だよ。やっぱり残すのか?」


 雪乃が導入するまで、常駐は長期休暇や行事の前後ぐらいしか置いていなかったのだが、実際に置いてみて、思っていた以上に有用であるとことがわかった。もっとも提案した雪乃当人からして、探索系への適性が高いだけではなく、生成する刻印法具が特殊だったわけだが。


「残しますよ。って、何で俺に聞くんですか?」


 昌幸の質問に答えた飛鳥だが、なぜ自分に聞かれるのかがわからない。予想はできるが、正解であってほしくないというのが、飛鳥の正直な思いだ。


「お前が後任だからに決まってるだろ」


 だからなのか遥から後任だと告げられても、あまり驚きはなかった。嬉しいとは微塵も思えないことだが。


「あ、やっぱり飛鳥が後任なんですね」


 だが真桜からすれば、飛鳥が後任になるのは確定事項に等しかった。


「なんで俺が?」

「そりゃお前、将来を見据えてだろ。それに歴代風紀委員長がなんて呼ばれてたか、お前も知らないわけじゃないだろ?」

「そりゃそうですが……」


 歴代風紀委員長は、明星高校最強と呼ばれていた。現委員長の雪乃や先々代の瞳のように戦闘向きではない人もいたが、トップクラスの成績優秀者、適性系統は最優秀だということは共通している。


「異議がある奴なんて、多分出てこねえぞ」

「多分じゃなくて、絶対出てこないでしょ」


 雪乃の後任が誰かという話は、3年生の間ではあまり議論されなかった。飛鳥は明星高校最強の刻印術師であり、融合型刻印法具の生成者であり、刻印術連盟代表の実子でもある。真桜もほとんど同じ境遇だが、飛鳥を立てることが多いし、性格的にもリーダー向きではない。むしろ敦の方が向いている。

 だが飛鳥と真桜は、二心融合型刻印神器ブリューナクの生成者でもある。結婚と同時に公表されることになっているが、公表されればイヤでも注目を浴びるし、人を導く立場になることも、そう遠い将来の話ではない。


「お、どうやら観念したみたいですよ」


 そんな話をしていると、敦が別室に集められていた候補者達が、ようやく観念したことを見てとった。


「さすがに新田の時みたくはいかないからな。あれもあれで、かなり気の毒だったが」

「新田君、今にも泣きそうだったものね」

「普通なら泣くだろ」


 3年生は一様に遠い目をしている。浩が風紀委員会に加入したのは、2年生の修学旅行後だ。だがその加入には、ここにいる2年生生成者が関与しており、その事態を目の当たりにしていた。生成者に大挙して押し掛けられ、囲まれ、拉致されれば、その時点で泣き出す自信もある。泣かなかった時点で、浩に敬意の一つも払うというものだ。


「みんな、お待たせ」

「すいません、説得に手間取りました」


 雪乃と浩が風紀委員会室に入ってきた。


「気にするな。わかってたことだからな」


 代表して遥が答えたが、候補の生徒達が加入を渋るのは最初からわかっていたことだ。むしろ予想より早かったのではないかと思う。


「それじゃみんな、入ってください」

「は、はい!」

「し、失礼します……」


 入って来たのはオウカ、瞬矢、京介、勝、紫苑、花鈴、琴音の七人だった。夏休み中に何度も会っていたため既に自己紹介は必要ないが、全員がかなり緊張している。


「よう、待ってたぜ」

「そう言われても……」

「まさか、私達が推薦されるなんて、思ってなくて……」


 紫苑と琴音は、一学期の刻印術実技の成績は真ん中より上、花鈴は真ん中より少し下だった。風紀委員が刻印術に長けた実力者集団ということは聞いていたから、自分達が推薦される可能性は皆無だと考えていた。だから今回のことは、完全に予想外だった。


「成績が良くても、実戦で使えなけりゃ意味がないからな」


 良平にも覚えがある。刻印術試験上位常連の良平は、去年の今頃、新規委員として推薦され加入した。だがその後に起きた明星祭前日の襲撃事件では、恐怖で何もできなかった。あの時の無力感があったからこそ、神槍事件ではそれなりに動くことができたと思っているが、あんな事件が度々起こってはたまったものではない。


「それに生成者の防御系を、積層術で貫いたんだろ。それだけの実績があれば十分だ」

「先輩達には、全然通用しませんでしたけど……」


 昌幸も称賛しているが、素直に喜べるものでもない。

 夏休み中、中華連合強硬派に積層術を発動させ、生成者の防御系を貫いたことがある。そのことに興味を示した2年生は、実際にその積層術を受けてみた。事前に概要を聞かれもしなかったため、さすがに危険だと思っていたのだが、結果は防御系へ適性が低い久美の術式さえ貫くことができなかった。ちなみに真桜は直接見て知っていたため、試していない。


「二流ならともかく、一流の生成者相手じゃ、そう簡単にはいかないわよ」

「そもそも俺達だって、こいつらの結界は貫けないからな」

「先輩達でも無理なんですか?」

「ああ。だからそこは気にするところじゃない」

「はい」


 3年生でも飛鳥達の結界を貫けないのなら、確かに自分達では無理だ。刻印術師かどうかという差はあるが、刻印法具が生成できなければその差は無きに等しい。


「ところで、なんで2年生からは誰も推薦されなかったんですか?」


 姉が風紀委員長を務めていた瞬矢は、この中ではそれなりに風紀委員会について知っている方だ。だからこの時期に推薦されるのが、1年生だけではないということも知っている。


「必要性が感じられなかったからな」

「それにこのメンツに混ざるのは、相当キツいぞ」

「それは僕達もなんですが……」


 あらかた予想通りの答えだが、キツいのはこちらも変わらない。色々な意味で。


「みんなは成長が期待できるからよ。源神社の鍛練場で、けっこう鍛えられたでしょう?」

「まさか……これが目的だったんですか!?」

「瞬矢に限ってはな」

「瞳先輩の弟だったのは驚いたけど、元々推薦するつもりだったもんね」

「ええっ!?」

「京介と二宮は、姉貴の反対がすさまじくて、一学期は本当に人選に悩んでたんだよ。なにせその時点じゃ、瞬矢しか候補がいなかったんだからな」


 遥の言うとおり、瞬矢は刻印術実技5位という好成績だった。トップの浩は既に風紀委員に加入しているから、2位から4位も推薦候補に挙がるはずなのだが、2位の京介と4位の勝は久美が猛反対したため、一度候補から外すことになってしまった。ちなみ3位の生徒も候補に挙がっていたのだが、図書委員会に入ることを本人が強く希望したため、敦という前例を考慮して推薦を取りやめた経緯がある。


「え?じゃあ私は?」

「もちろん、実力者だからよ。継承者だからっていう理由は、三の次ね」


 オウカは9月から編入したため、試験は受けていないが、ロシアの七師皇の娘という肩書から、不必要なまでに過大評価されていた。だから本来ならば加入は見送るべきなのかもしれないし、実際にそういう話も出た。

 だが夏休み中から瞬矢達と一緒に源神社の鍛練場で修練を積んでいたこともあり、実力は遜色がない。まだしばらくは2、3年生の相手は難しいだろうが、年が明ける頃には何とかできるのではないかとも思える。


「先輩達は、オウカが継承者だってことを知ってたんですね」

「そりゃ、授印者に会ったこともあるしな。っと、悪い、真桜ちゃん」

「いえ……」


 オウカの刻印法具クリエイター・デ・オールは、ジャンヌ・シュヴァルベから継承されたものだ。ジャンヌは真桜にとって、もう一人の自分といえる少女だったが、夏休みに襲ってきたユアン 鷲金ジュジン率いる中華連合強硬派残党や、アイザック・ウィリアムの部下であるUSKIA海軍特殊部隊との戦いによって命を落とした。あれから二ヶ月近く経つが、ジャンヌの死は、未だ真桜に暗い影を落としている。


「それじゃせっかくだし、今日は1年生を加えて巡回をしてみましょう。どんなものなのか、体験してもらった方がいいだろうから」


 2年生と3年生はジャンヌの死の真相を知っているが、1年生も勇斗の身代わりとなって命を落としたと思っている。特に勇斗の叔父である瞬矢やジャンヌに憧れを抱き始めていた京介には、大きな衝撃だった。

 ジャンヌの死を目の当たりにしたばかりか、事前に知らされていた雪乃にも衝撃だったが、だからこそ真桜に落ちた影を振り払うために、務めて明るく振るまった。


「それは言えるな。入るにしても辞退するにしても、一度ぐらいはやってみた方がいい」


 遥もそれを感じて、すぐに雪乃の提案に賛同した。


「え?辞退ってできるんですか?」

「事情とかもあるだろうからな。もちろん俺達としては、入ってもらうことを期待してるが」


 確かに事情があって辞退した生徒は、過去に存在する。だがここ数年はいない。最後に辞退した生徒が出たのは八年前で、その生徒は刻印術師優位論に傾倒していたために辞退したのだが、そのことは誰も知らなかった。そして卒業後、軍に入隊し、あろうことか過激派の実働部隊である刻印銃装大隊に入ってしまったのだから始末に悪い。残念なことではあるが、そのOBは神槍事件の際に明星高校を襲撃し、命を落としている。

 そのことがあるため、風紀委員に推薦される生徒は、なるべく優位論とは縁遠い生徒であることが必須条件となった。その際に家庭の事情なども簡単に調べておくので、規則上では出来ることになっているが、実質的に辞退は不可能だ。


「それじゃ巡回は私とまどかさんに紫苑さん、戸波君と飛鳥君に瞬矢君、酒井君と井上君に京介君、佐倉君と新田君、エリナさんと真桜ちゃんにオウカちゃん、望さんと久美さんに花鈴さん、常駐はさゆりさんと美花さん、葛西君、鬼塚君、香奈さん、それから二宮君と琴音さんでお願い」


「常駐って、何するんですか?」


 常駐という役割を知らない琴音が口を開いた。


「探索系で校内を監視するんだよ。勝のイーグル・アイはかなりの精度だし、琴音のモール・アイもさゆりに教えてもらってるわけだから、常駐に回ることが多くなると思うぞ」


 勝と琴音は、探索系にも適性を持っている。特に琴音はさゆりと同じ土属性のため、直接探索系の使い方を指導してもらっており、精度はかなり高い。


「それはそれで大変そうな……」

「慣れればそうでもないわよ。美花なんて、サラマンダー・アイとプラント・シングを併用してるんだから」

「え?プラント・シングって、かなり難しい術式なんじゃ?」


 琴音が驚きの声を上げた。

 プラント・シングは土属性の探索系であり、植物を媒介にして視覚、聴覚情報を取得する術式だが、手間の割には効果が薄いため、好んで習得する術師はかなり少ない。火属性に適性を持つ美花が土属性であるプラント・シングを使っている理由は、探索系に適性を持ち、土属性も苦手としていないからで、これは術師だろうとそうでなかろうと、探索系に適性を持つ者ならば珍しいことではない。飛鳥や雪乃、さゆりもキャンドル・リーフやリンクス・マインド、ソナー・ウェーブ、ブリーズ・ウィスパーを習得済みだ。さらにさゆりは適性属性ということもあり、美花にプラント・シングの使い方や概要を教わっている。


「その上、けっこうマイナーなのよ。だけど革命派が襲ってきた時、テンペストにはじかれちゃったことがあるの。だから適性属性の探索系も覚えたのよ」


 美花にとって痛恨事というわけではないが、あの時は本当に焦った。雪乃がいたからパニックに陥らずにすんだが、他に習得していた探索系はプラント・シング程の精度で使えたわけではない。だから美花はサラマンダー・アイと光性C級探索系術式エンジェル・アイ、そして下位術式までも習得し、A級だろうとS級だろうと、結界内も高い精度で行使できるよう努力をしていた。


「テ、テンペストって……A級の自然型じゃないですか!そんなものの中まで見れるんですか!?」

「見ようと思えばな。相克関係があると、さすがに厳しいが」

「美花さんは探索系への適性が高いから、もし探索系の授業があったら、飛鳥君やさゆりさんに次ぐ成績を収めていたでしょうね」


 明星高校には探索系の授業がない。そのため探索系に関しては個人で勉強するか、適性を持つ教師に教えを請うしかないのだが、美花の周囲には探索系を得意とする術師が多く、風紀委員会の巡回でも使う機会が多い。おそらく現時点では、真桜や久美、敦よりも精度は高いだろう。


「そんなことはありませんよ。それはともかく、そろそろ巡回に行った方がよくありませんか?最近、かすみが狙われることも多いですし」


 雪乃と同様に風紀委員会のアイドルである美花は、これまた同様に謙虚で控えめな美少女だ。そのため称賛されたりすると頬を染めて照れたりする。その仕草が可愛いと人気だが、本人にはまったく自覚がない。そんなことより早く巡回に行った方がいいのではないかと提案してみたりしている。


「かすみって、生徒会の田中先輩ですよね?なんでなんですか?」


 紫苑の疑問も当然で、1年生からすればその理由がさっぱりわからない。なぜかすみが狙われたりするのだろうか。


「選挙当日に立候補がいなければ、その場で立候補や推薦を募ることになるんだけど、対立がいなければ、その人が次期会長に内定してしまうのよ」

「槙田も選挙前に田中を狙って、候補が自分一人になる状況を作るつもりだったとゲロったらしいからな」


 だが雪乃と敦の説明を聞いて、全員が納得した。


「でも生徒会長って、確かに内申とか就職に有利って聞きますけど、そこまでしてなりたいものなんですか?」

「そりゃな。特にこいつらを従えた生徒会長、っていう肩書がつくわけだから、優位論者がそんな単純な思考しても不思議じゃねえ」


 生徒会長は風紀委員長を含む各委員会を統率する立場でもあるため、次期生徒会長は自動的に生成者の上に立つことになる。学生時代の一幕と言ってしまえばそれまでだが、生成者を使う立場になることに違いはないため、今年は例年より立候補者が少ない。というか、かすみだけしかいない。

 逮捕された槙田も立候補していたが、神槍事件で命を落とした南と宮部の後継者になるため、当選するまでは自分が過激派だということは隠し通すつもりだったらしい。

 だがロシアの七師皇 グリツィーニア・グロムスカヤの愛娘 オウカが留学してきたため、七師皇という立場を利用しようと考え、オウカにフラッシング・テラーを使い、自分好みに洗脳しようとしたというのが、留学生暴行事件の真相だった。もっとも、ロシアの美少女を侍らせるつもりがあったのも事実だが。


「私達も夏休みに襲われたことがありますけど、そんな単純なんですか?」


 オウカを含めた1年生は、夏休みに過激派の残党を主軸とした優位論者に襲われた。やはり狙いはオウカだったが、雅人とさつき、そして瞬矢の姉 瞳に助けられ、事なきをえている。もっとも雅人、さつき、瞳という珍しい組み合わせが救援に来てくれた理由は、瞳の術式許諾試験に行っていたからで、しかも瞳の亡き夫はさつきの兄でもあるのだから、言うほど珍しい組み合わせでもない。


「死ぬ寸前になっても、自分達が世界の中心だって信じてる連中だからな。頭悪いにも程があるレベルだぞ、あれは」

「死ぬ寸前って……」


 2、3年生にとって、優位論者は決して相容れない存在だ。もしまた襲ってきても、すぐに迎撃するし、生成者は粛清も担当することもある。


「こいつらは何度か、連盟からそんな連中の粛清任務をこなしてる。それが生成者の義務だからってことでな」


 飛鳥や真桜、春に初任務をこなしたさゆりと久美だけではなく、雪乃や敦も既に粛清執行人としての任務をこなしている。本来粛清任務は、連盟と担当する生成者しか知ることができないが、不可抗力の正当防衛となった事例にいくつも遭遇したため、術師ではない3年生も知ることになってしまっていた。


「えっ!?」

「そ、そんな義務があったなんて……」


 実際に粛清の現場を目撃した、というか、見せつけられたことはあるが、そんな義務があったことなど初耳だ。京介、勝、浩は入学直後の事件で知らされていたが、既に何度もこなしていたという事実は知らなかったので、かなり驚いている。


「知らなくて当然だ。授業じゃそのことには一切触れないからな」


 粛清対象となった刻印術師の多くは生成者であり、捕まえても簡単に脱獄される可能性が高いし、逃走中や投獄中に刻印法具を生成する者もかつて存在した。

 そのため刻印術管理法で、相手が刻印術師の場合に限り、命を奪うこともやむなしと定められている。神槍事件のようなクーデターに類似した行為はさすがに例外だが、対象者には生成者が多く、未成年であっても生成者が指名されることが多いため、義務に関しては世間にはあまり知られていない。これについては国際国家共同体、通称ISCにも類似の条文が存在する。


「でもみんなは、七師皇から直接称号までもらっちゃってる一流の生成者だから、どうしても避けられないのよ」


 七師皇は世界刻印術総会談で定められた世界最強の刻印術師の称号であり、各国の代表でもある。飛鳥達はその七師皇から、直接称号を賜った。これは日本にとっても名誉なことだが、だからこそ実力を示さなければならない。まだ学生であることも考慮されているが、それを理由に報酬まで減額されているのは納得がいかない。

 報酬は連盟に所属していない刻印術師が連盟の任務に従事した場合に支払われる金品のことで、任務難易度や術師本人のランクに左右される。久世雅人、さつき、北条時彦といった若手の有力術師は、学生時代から任務に従事していたこともあり、特に雅人とさつきはまだ学生であるため、任務の度にけっこうな額が支払われていたりする。雅人は軍人でもあるため、最近ではかなり減額されているとの噂だが。


「早いか遅いかだけの違いですからね。オウカちゃんは留学生だから、担当させられることはないけど」


 留学や仕事の関係で在日している刻印術師は、日本刻印術連盟の管理下にはないが、監視下に置かれることは珍しくない。名のある生成者であればあるほど、これは徹底される。オウカの場合は七師皇 グリツィーニア・グロムスカヤの娘という事情が大きい。


「そ、そうなんですか?」

「帰化したり、永住したりすれば、話は別だけどね。例えば、誰かと結婚しちゃったりとか」

「け、結婚!?」

「まだ早いです!」


 香奈が意地の悪い例えを持ち出し、オウカが真っ赤になった。源神社では義理の兄と姉がしょっちゅういちゃついているため、それなりに見慣れたと思っているが、自分のこととなるとさすがに話は違う。まだ男性と付き合った経験はないが、最近気になる人ができたオウカにとって、これは完全な不意打ちだった。


「飛鳥君が言っても、説得力って皆無よね」

「既に結婚してるようなもんだしな。つかお前、もしかしてシスコンじゃねえのか?」


 望と武が派手に呆れている。それは当然のことなのだが、うかつさに定評のある武は、禁断の一言を添えてしまった。


「酒井先輩、即死と悶絶死、どっちがいいですか?」


 さすがにシスコンと言われて黙っていられるほど、飛鳥は大人ではない。軽く額に血管が浮いている。


「死ぬってことに変わりねえのかよ!もしかしてっつっただろ!!」

「馬鹿は放っておくとして、生成者の義務のことは、また時間があれば教えてやるよ。それより田中のことだ」


 武がうかつなのはいつものことなので、誰も気にしない。昌幸の言うとおり、最優先事項はかすみの護衛だ。


「そうね。竹内君は優秀な術師だから狙われることはなかったけど、田中さんは術師じゃないばかりか、攻撃系や干渉系への適性が低いの。だからどうしても、護衛は必要なのよ」


 まどかもそう考え補足した。現会長の護は成績上位かつ実戦経験もある優秀な術師だが、かすみは攻撃系や干渉系への適性が低く、しかも刻印術師ではない。適性があるのは広域系と支援系で、防御系もあまり得意ではない完全な後方支援型だが、それゆえに次期会長を狙う不届き者から狙われることも多い。


「もちろん竹内君もその辺はしっかりと手配してくれてるけど、槙田君を見てもわかるように、目的のためには手段を選ばないから、想定外の事態も考えなきゃいけないのよ」


 かすみの適性は護もよく知っているし、自分達が頼み込んで立候補してもらったのだから、現生徒会は過剰なまでにかすみの安全に気を配っている。


「ということは、けっこうな荒事があったってことなんですか?」

「槙田の取り巻きであの日休んでた奴が二人いるんだが、そいつらが田中にちょっかいかけてたな。当然、既に警察に突き出してあるが」


 かすみが襲われるのは校内だけとは限らない。そのため生徒会や風紀委員会は、しっかりと自宅まで送り届けている。かすみは久美と同じ中学出身のため、自宅は明星高校から近いというのも大きな理由だ。

 だがそんなことを知らない槙田の取り巻きは、自宅付近でかすみを襲うという暴挙に出たため、先日の槙田達より重い罪で捕まっている。


「さすがに早いですね……」


 あの日休んでいた取り巻きがいたことを、瞬矢は知らなかったが、先輩達は知っていたばかりか、目をつけていたようだ。


「でもそれって、もう田中先輩を狙ってる人はいないってことなんじゃ?」


 花鈴もオウカが狙われたことは知っているため、瞬矢と同じことを思った。


「いないかもしれないし、いるかもしれない。もちろんいないに越したことはないけど、絶対と断言はできないでしょう?」

「あ……」

「だから選挙が終わるまで、田中先輩のガードをしてるんですね」


 2,3年生には当然のことだが、どうやら1年生にはまだ理解できていなかったようだ。だがこれは仕方がないことだ。2,3年生はこの一年で、普通ならば遭遇しないような事件に何度も巻き込まれ、その度に様々な経験を積んできたのだから、1年生とは経験の絶対量が違う。


「そういうことだ。それじゃ一ノ瀬、真辺、監視は頼む」

「は~い」

「気をつけてくださいね。1年生も、無理はしないでいいから」


 さゆりの軽い返事に、美花の心配そうな声が重なった。性格の違いといってしまえばそれまでだが、これも美花がアイドルたる所以だろう。


「は、はい!」


 生成者の巣窟と恐れられている風紀委員会だが、美花が巡回に出る日は多くの男達が大人しくなる。一学期までは雪乃も同じ立場だったのだが、オラクル・ヴァルキリーという称号を貰ってからというもの、さりげなく逃げだす男が増えてきてしまったため、最近では美花の独壇場に近い。

 それは1年生も例外ではなく、この分では年度末恒例の新聞部アンケートで、美花が二年連続で恋人にしたい女子生徒ナンバー1の座を勝ち取り、前回は準ミスで終わったヴィーナス・コンテスト グランプリの栄冠(前回グランプリは前連絡委員長の島谷恭子)に輝くかもしれない。

 ちなみにヴィーナスは“明けの明星”や“宵の明星”である金星から取られており、ミス・明星高校を意味するちょっとした言葉のお遊びだ。

 それはさておき。


「それじゃ行きましょう」


 雪乃の号令で、1年生を含む風紀委員は校内へ散って行った。

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