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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
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3・教育実習生

――西暦2097年9月24日(火)AM9:05 明星高校 講堂――

「飛鳥、始末書って書き終わったのか?」

「なんとかな……」


 先週の件で、飛鳥は学校と警察、連盟から大量の始末書を手渡された。教室の修繕費は過激派が絡んでいたという理由もあり、連盟が負担してくれることになったが、そのために一斗に散々けなされ、笑われ、馬鹿にされたため、飛鳥のストレスは今にも限界を迎えそうだ。

 だがこの程度ですんだのも、雪乃がしっかりと証拠を記録してくれていたおかげだ。過激派に加担していただけではなく、不正術式の不正行使、不正供給、留学生への暴行など、槙田達の方がはるかに罪が重い。全員が術師だったが、刻印術管理法に抵触しているばかりか、国際問題に直結する大問題に発展しかけていたため、槙田達の扱いには政府もかなり慎重になっている。ちなみに連盟は槙田達が脱走した場合、もしくは刻印法具を生成してしまった場合は、即座に粛清することを決定している。


「しっかしよぉ、なんでまた講堂に集められたんだ?」

「そうよね。今月に入って二度目でしょ?生徒会選挙は週末のはずだし」


 敦の疑問に、さゆりが相槌を打つ。

 今朝のホーム・ルームで臨時集会の予定を告げられ、全校生徒が講堂に集まっていた。だがその理由がわからない。来週から生徒会は一新されるため、週末に生徒会選挙が行われるのだが、その予定は毎年九月末に組み込まれている。2学期初日にも臨時集会があったが、それはロシアから留学してきたオウカを紹介するためだった。

 だがまた留学生が来るという話でもなさそうだし、そんな頻繁に留学生は来ない。生徒会選挙に関する集会でもなさそうだ。ちなみに現在立候補しているのは、クラスメイトの田中かすみだけだ。現生徒会では、雪乃を除けばもっとも飛鳥達と親しいため、会長の護をはじめとした生徒会の面々から嘆願され、やむなく立候補したというのが真相だ。

 ちなみに飛鳥が制圧した槙田も、立候補の届けを出していた。生成者を従えた生徒会長、という肩書をもって南の後を継ごうと考えていた、と取り調べで白状したらしい。


「それにしても槙田の奴、何の委員会にもクラブにも入ってねえのに、なんで会長になれると思ったんだ?」


 大河の疑問ももっともだ。生徒会長への立候補する生徒は生徒会の2年生が多いが、そうではない者も毎年少なからずいる。ここ数年は生徒会の2年生が新会長に就任しているが、そうではない年もあるため、立候補者の所属するクラブや委員会の多くがその生徒を支援し、それが当選につながることも珍しくない。

 だが槙田は、クラブにも委員会にも所属していない。取り巻きが何人かいたが、その程度では何の意味もないことは誰が見ても明らかだ。


「優位論者がそんなこと考えるとでも思うの?自分の都合しか考えないんだから」

「それでオウカちゃんに手を出して、飛鳥君と真桜の怒りを買って、挙句に再起不能になっちゃったんだから、完全に自業自得ね」


 さゆりも久美も辛辣だ。二人にとっても優位論者は敵なので、槙田に同情する気持ちは微塵もない。しかも自分達を従えた生徒会長という肩書を使って南の後を継ごうなど、考えるだけでも腹立たしい。それは敦や大河、美花も同様だ。


「静かにしなさい。これから臨時集会を始めます。起立」


 騒がしかったのは自分達だけではなかったため、卓也がたしなめると同時に話を進めた。どうやら進行役のようだ。


「急な話ではあるが、今日から一人、教育実習生が来ることになった。といっても、来年度から正式に赴任する予定でもあるので、1,2年生は特によく覚えておくように」

「教育実習?こんな時期に?」

「普通の教育実習って、六月頃だよな?」

「そのはずだし、今年もそうだったわよね」


 教育実習は大学のカリキュラムの一つなので、当然だが実習をこなさなければ単位が貰えない。だがこの時期に教育実習、しかも来年度から正式赴任するなど、余程の事情がなければありえない。


「もしかしたら、刻印術師なのかもしれないな。こないだも名村先生が出張中に問題が起きたわけだから、術師教員の増員は必要だと、俺も委員長も思ってたんだよ」

「ああ、なるほどね」

「確かに、それなら納得できるわね」


 飛鳥の予想は確かに納得がいく。そもそも生成者が七人もいるこの学校に、術師教員が卓也一人しかいない現状がおかしいのだ。


「実習生は刻印術師であり、1年3組の副担任として赴任してもらうことになっている。私が出張中は、彼を頼るように」


 飛鳥の予想通り、実習生は刻印術師だった。そして1年3組といえば、オウカと瞬矢のクラスでもある。オウカが継承者だということは、校長と教頭、卓也、各学年主任、そして担任しか知らない。だが生成者でもあることに違いもないため、卓也が飛鳥達の担任になったことと同じ理由だということは予想がつく。


「それでは今から実習生に挨拶を行ってもらう。実習生といっても、正式な赴任と変わらない。なのでしっかりと先生と呼ぶように。それでは一ノ瀬先生」

「一ノ瀬先生?まさか、実習生って!」


 卓也の一言に、さゆりが敏感に反応した。一ノ瀬という名の学生がいないわけではないだろうが、刻印術師であり、しかも教職志望となれば、さゆりの中で該当する人物は一人しかいない。


「ただいま名村先生から紹介にあった、滋賀大学教育学部の一ノ瀬準一です」

「やっぱりっ!!」


 予想外の人物の登場に、さゆりは思わず立ち上がり、問題の教育実習生を指さしながら声を上げた。全校生徒が驚き、何事かと声の主を睨みつけたが、叫び声を上げたのがレインボー・ヴァルキリーだとわかった瞬間、ほとんどの生徒は即座に視線を逸らした。ちなみに視線を逸らさなかったごく一部の生徒は、呆れたように溜息を吐いていたりする。


「一ノ瀬、静かにしろ」

「す、すいません……」


 予想外の事態に叫んでしまったさゆりだったが、卓也に注意されてしまい、軽く肩を落として席に着いた。


「じゅ、準一さんが教育実習生だったのか……」

「今の反応、さゆりも知らなかったのね……」

「知ってたら、事前に教えてるわよ……」

「だよなぁ……」


 飛鳥達としても驚くしかない。壇上で教育実習生として自己紹介しているのは、さゆりの兄 一ノ瀬準一だった。あまり有名ではないが、グラビティ・ライダーの称号を持つ一流の生成者であり、自分でも言っているように滋賀大学教育学部に通う本物の大学生でもある。


「蛇足になるが、一ノ瀬先生はグラビティ・ライダーの称号を持つ一流の生成者であり、レインボー・ヴァルキリー 一ノ瀬さゆりのお兄さんでもある」


 一斉に講堂がどよめいた。兄妹で称号を持つ術師はかなり少ない。飛鳥と真桜は例外だが、そんな二人を含めても、日本国内では数例しかない。しかも飛鳥、真桜、さゆりは二ヶ月前の総会談で称号を授かったばかりだし、準一にいたっては隠していた。そのため一ノ瀬兄妹が生成者だということは、世間一般ではまったく知られていなかったと言っても過言ではない。


「名村先生……余計なことを……!」


 だがそんなことは、さゆりの意識にはない。


「そうでもないだろ。準一さんが一流の生成者なのは間違いないし、四刃王の候補にもなってたんだ。それに兄妹で称号を持つ術師が少ないことは、お前も知ってるだろ?」

「それはそうだけど……」

「それに準一さんが赴任するのも、納得できる話だよね」


 真桜も親友の兄が赴任してくるとは思わなかったが、新任の術師教員が準一なら、確かに納得できるし安心できる。


「だよな」

「なんでよ!?」


 飛鳥も納得したように頷いている。だがさゆりだけは、飛鳥達が安心している理由を知っているはずなのに、兄が赴任してきたという事実に軽く混乱しているため、そこまで思い至っていないようだ。


「オウカちゃんを含めれば、生成者が七人もいるのよ。しかも六人は称号持ちなんだから、名村先生だけじゃどう考えても手が足りないわよ」

「グラビティ・ライダーっていう称号があるなら、それだけで一流だって証明されてるからな。名村先生だって、内心じゃかなり喜んでるんじゃねえか?」


 美香と大河も納得したという顔をしている。


「だったらなんで、私に内緒にしてたのよ!?」


 だがさゆりはまだ混乱から回復していないし、自分に連絡の一つも寄越さず急遽赴任してきた兄を目の当たりにし、かなり機嫌も悪くなってきている。


「ギリギリまで決まらなかったとか、卒業までの単位とかが関係してるんじゃないのか?」

「ありえるわね。あら?どうかしたの、久美?」


 だがさゆりの機嫌が悪くなる隣で、久美が顔を真っ赤にしながら黙りこんでいた。


「な、なんでもないわよ!」


 美花に声をかけられ、自分が見惚れてしまっていたことに気がついた久美は、慌てて口を開いた。だが誤魔化すことができたかどうかは疑問だ。


「ああ、なるほどね!」

「なによ?」


 案の定、真桜は見透かしたような笑顔を向けてきた。よく見れば大河も似たような顔をしている。


「なんでもないわよ。それより準一さんがさゆりにも内緒にしてた理由って、小父さんが絡んでるんじゃないの?」


 そんな久美を見かねてか、美花が口を挟んだのだが、その一言に表情を歪めたのはさゆりだけではなく、飛鳥や真桜もだった。


「……すまん、さゆり」

「本当にごめんね……」


 ほぼ間違いなく、その通りだろう。だから飛鳥も真桜も、さゆりに謝ることしかできず、とてもとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


――AM9:35 明星高校 1年3組教室――

「今日からこのクラスの副担任になった一ノ瀬準一です。改めて、よろしく」


 講堂での新任教師の紹介と挨拶が終わると、これまた臨時のホーム・ルームとなっていた。今頃各クラスでは、新任の教育実習生にしてレインボー・ヴァルキリーの兄についての質問が、担任相手に飛び交っているだろう。だが1年3組は様子が違った。


「まさかさゆりさんのお兄さんが、この学校の先生になるなんて」


 準一が挨拶している最中、クラスメイトは誰も喋らなかった。見るからに緊張していることがよくわかる。


「オウカ、会ったことあるの?」

「総会談の時に少しだけ。あんまりお話しはできなかったけど」


 オウカは飛鳥達が鉄拐山に行っている間、母とともに神戸の街を観光していたのだが、その案内をしてくれたのが準一だった。その時にさゆりの兄だということは聞かされていたが、琵琶湖の近くに住んでいると聞かされ、あまり会う機会はなさそうだと思った。だから準一が同じ学校に、しかも副担任として赴任してくるとは夢にも思わなかった。


「でも、なんで先輩達が知らなかったんだろう?」


 瞬矢の疑問は当然だろう。準一がさゆりの兄なら、妹の学校に赴任することを、事前に伝えておいてもおかしなことはない。だが講堂でさゆりが大声を上げていたことから考えても、おそらく知らなかったのだろう。


「そのことは、なんとなくだけど想像がつくわ。七師皇って、うちのママみたいな人ばっかりだから……」


 瞬矢がオウカと出会ったのは、総会談後に開催された夏越祭だ。姉の瞳とともに中華連合強硬派に襲われたが、そこを飛鳥に助けてもらい、その場の流れで出会ったようなものだが、それが自分の運命を変えたと感じられる。

 同時にロシアの七師皇であるオウカの母 グリツィーニア・グロムスカヤにも会った。初めて会った七師皇がロシア人だったというのは置いておくとしても、まさかあんな奔放な性格だったとは思いもしなかった。


「……ごめん、詳しくは聞かないでおくよ」

「ありがとう、瞬矢君」


 どうやら瞬矢は、何かを悟ったようだ。詳しく聞けば後悔することは間違いないだろう。オウカもそう思っているから、ありがとうという言葉が自然と口に出た。


「それでは初日なので、何か質問があれば、答えられる範囲でお答えしましょう」


 そんなことを話しているうちに、どうやら質問タイムになったようだ。その瞬間、クラスメイト達が我先にと一斉に手を挙げた。


「先生、彼女はいるんですか?」

「先生の法具って、どんな形状なんですか?」

「なんでグラビティ・ライダーって呼ばれてるんですか?」


 などなど、答えられない質問もあるが、概ね予想通りだ。


「彼女はいません。法具の形状はさすがに秘密だ。妹にも教えてないからな。だが先生の称号は、刻印法具に関係があるとだけ言っておく」


 他にもいくつか質問されたが、準一はその一つ一つに答えていった。


「はい!一ノ瀬先輩のお兄さんって、本当なんですか?」


 だがついに、禁断の質問が飛び出てしまった。その質問が出た瞬間、教室は一気に静まり返り、静寂が支配した。


「そこを疑われるとは思わなかったが本当だ。学校じゃ公私混同しないように気をつけるつもりだが、どこかでボロを出さないとも限らない。だから先に公表させてもらったわけだ。だけどそれがどうかしたのか?」

「いえ、その……」


 冗談であってほしかったという気持ちがないわけではないが、それ以上にあの妹にして、という思いが強い。


「ふむ。佐々木君、何か知ってるか?」


 どうやらほとんどの生徒が怯えてしまったようだ。準一は明星高校に赴任するにあたって、オウカと仲の良い瞬矢のことは聞かされていた。姉が生成者であり、一児の母であり、飛鳥達と関係が深いことは驚いたが、同時に慣れているだろうことも予想できた。だから何かあれば、瞬矢に任せるつもりでいた。


「多分、入学直後の不正術式事件か、夏休み前の革命派襲撃事件のことだと思います」


 予想通り、怯えた様子のクラスメイト達とは異なり、瞬矢はあっさりと答えてくれた。それもそれで、問題だと思わないでもないが。


「なるほど。確かにどちらも大きな事件だったからね。まあ春の事件はともかく、革命派の件はさゆりも不勉強な点があったみたいだが」

「大きなお世話よ!」


 だがそこに、まったく予期せぬ怒声が響いた。


「い、一ノ瀬先輩!?」

「な、何でそんなとこに!?」


 声に驚いて窓の外を見ると、さゆりが窓の外に立っていた。否、浮いていた。


「さゆり……いや、一ノ瀬さん、校内でのフライ・ウインドの使用は、緊急時か風紀委員の巡回時しか、許可されていないはずだが?」


 だが準一は、まったく動じていない。勝気で負けず嫌いな性格の妹からすれば、職員室に殴り込んでくる可能性もあったわけだから、これぐらいで動じては兄をやってはいられない。


「許可なら名村先生に貰ったわよ!そうじゃなくて、なんでお兄ちゃんがこんなとこにいるのよ!返答次第じゃ、ただじゃ済まさないわよ!」


 これも予想していたが、かなり機嫌が悪い。準一にも言い分はあるが、返答次第では刻印法具の生成すら辞さない勢いが見てとれる。


「後輩を怯えさせてどうするんだ。説明は後でたっぷりしてやるから、今は教室に戻れ。臨時ホーム・ルームとはいえ、授業中なんだからな」

「さすがに大人ですねぇ」


 そこにまたしても、今度は男の声が聞こえた。


「井上先輩まで……」


 敦は胡坐をかいたような格好で、頭を下にしながら降りてきた。


「さゆりのお目付け役かい?」


 生徒達がさらに怯えてしまったことは気になるが、妹以外にも生成者が来るとは少し予想外だった。もっとも、よく考えれば当然のことではあるが。


「悲しいかな、そうなんです。他の連中は逃げやがりましたからね」


 臨時集会が終わると、さゆりはすぐにでも職員室に殴り込みでもかけるのかという勢いを見せた。だがそれは、卓也に止められた。だからというわけではないが、代わりに準一が副担任を務めるクラスでホーム・ルームを受けるよう計らい、フライ・ウインドの使用許可まで出した。当然、さゆり一人だけで行かせるわけがない。そのためお目付け役兼いざという時の仲裁役(?)として、もう一人生成者が同行することになった。

 だが飛鳥と真桜は、高確率で両親が関与しているのだから、謝罪の用意が整うまでは準一に会わせる顔がない。久美にいたっては、夏休み中に負った怪我が治ってない、などという大嘘をぶっこき、敦を唖然とさせた。その隙をつかれて同行者を決められてしまったわけだから、敦としては踏んだり蹴ったりだ。もっとも久美は他にも理由があるのだが、当然のように敦は(飛鳥も)気付いていない。


「君には苦労をかけそうだな。それはそれとして、君のフライ・ウインドも許可があるのかな?」


 何故敦がお目付け役なのかはわからないが、さゆりが敦とは相性が良いことは知っている。準一はそれが関係しているのだろうと思ったようだ。


「フライ・ウインドを使う奴を追うわけですから、さすがにそれは」

「もっともだ。それにしても、見事な精度だな」


 敦もさゆりも窓の外に立っているようにしか見えないし、危なっかしさなど微塵も感じられない。これでまだ習得して数ヶ月なのだから、末恐ろしいとしか言いようがない。特にさゆりは風属性を苦手としているのだから、これは本当に脅威だ。


「俺の場合は、どうしても覚えておく必要性がありましたからね。それはともかく先生、受け持ちの生徒を放っておいて、俺達と話しててもいいんですか?」

「そうしたいんだが、そちらのお嬢さんが納得してないようなのでね。こちらとしても困っている」


 さゆりは今にも飛びかかってきそうな気配を漂わせている。こうなってしまったら自分だけでは簡単に話を進めることができないことは、経験上よく知っている。


「一ノ瀬、教室に入ろうぜ。この教室でホーム・ルーム受ければ、出席扱いにしてくれるそうなんで」


 だがどうやら、敦も理解しているようだ。


「そういうことならいいですよね、風見先生?」

「仕方がないわね。一ノ瀬さんも入ってきなさい」


 1年3組の担任、風見かざみ 帆乃香ほのかも軽く怯えていたが、同時に呆れ気味だ。


「わかりました……」


 そう言うとさゆりは、渋々と1年生の教室へ入った。続いて敦も入ったが、教室内には強烈な緊張感が漂っている。それもそのはずで、クレスト・ハンターとレインボー・ヴァルキリーは1年生が最も恐れているコンビであるため、緊張しない方がどうかしている。そんな二人が来るなど、予想外の想定外だ。


「一ノ瀬先輩、無理矢理許可をもぎ取ったんだろうなぁ……」

「お姉ちゃんやお兄ちゃんが来なかっただけ、マシなのかもね……」


 だがその“どうかしている生徒”であるオウカと瞬矢は、呆れた表情で二人を見つめていた。


「とりあえず、殺気を収めろ。みんな怯えてるじゃないか」

「押さえてるわよ!それより早く説明しなさいよ!!」


 だがさゆりの殺気はかなり強い。虹の戦乙女という称号が示すように、戦乙女は戦いの女神でもある。さゆりと同じ戦乙女の称号を持つ真桜や久美、雪乃、三華星の一人であるさつきも一流の生成者であり、自分達で思っているより高い実力と実績を兼ね備えているため、その殺気は場を支配するには十分だ。


「全然押さえてねえだろ。先生、こっちは何とかするんで、説明をお願いします」

「そのほうがよさそうだな」


 だが敦も準一も、同じく一流の生成者だ。特に敦は同等以上の実力者とされているし、こんなことは慣れっこだ。兄である準一も今更感を漂わせているため、二人の間で話が進むのは早い。


「講堂でも少し話したが、先生はまだ、滋賀大学の学生で、三月に卒業予定だ。だが明星高校に多数の生成者がいるという現状を憂慮した刻印術連盟や警察の意向によって、急遽赴任することになった。後ろの二人の担任である名村先生が四刃王になられたとはいえ、術師教員が一人では限界があるからな」

「やっぱりか!」


 理由は完全に予想通りだったが、それだけではまだ不十分だ。自分に黙っていた理由が説明されていないのだから、それも当然だが。


「警察もってことは、柴木署長もですか?」

「伊達さんや秋本さんにもアドバイスを頂いた。だがまだ学生の身であることに違いはないので、月に何度かは大学に顔を出さなきゃならない。しかも本当に急な話だったので、ほとんど用意もできず、鎌倉に着いたのも昨夜遅くだ。そんなわけで妹に報せる余裕もなかったというわけだ」

「だとさ」


 この答えも予想通りだから、驚きはしない。やはり代表、代表補佐である飛鳥と真桜の両親が関与していたわけだが、本人の口から語られると、大きな罪悪感が生じてくる。


「納得せざるをえないわねぇ。そんなことだろうとは思ってたけど」

「準一さん、本当にすいませんでした!」

「な、なんだ!?」

「こ、これって、お姉ちゃんの声!?」

「久美先輩の声も!?」


 突然呆れたような声と罪悪感を滲ませた謝罪の声が、教室内に響いた。声の主は久美と真桜だったが、窓の外にも姿は見当たらない。


「あのクソ親父には、必ず詫びをいれさせます!」

「あ、飛鳥先輩まで!?いったい、どこから!?」


 飛鳥の声まで響くに至って、教室内は完全にパニックとなった。


「井上君の制服の右肩にキャンドル・リーフが刻印化されている。会話ができるほどの精度は、滅多にお目にかかれないが」


 幸い準一がすぐに種明かしをしてくれたため、そのパニックはゆっくりと沈静化された。


「わざわざ探索系を刻印化させなくてもいいでしょうに。名村先生の苦労が偲ばれるわね」


 探索系に適性を持つ帆乃香も、飛鳥のキャンドル・リーフが敦に刻印化されていることには気付いていた。生成者の中で飛鳥、さゆり、雪乃の三人が探索系に高い適性を持っているが、雪乃は学年が違うし、さゆりはそんなことを提案する余裕などない。

 だとすれば残るは飛鳥だけであり、この教室の来ずとも様子が気になっていることは容易に想像がつく。彼らの担任である卓也は、常日頃からとてつもない苦労をしていることだろう。


「俺の苦労も察してくださいよ」


 苦労人という意味では敦も同様だが、あまり賛同したい気持ちにならないのは何故だろうか。


「で、一ノ瀬、お前も納得したか?」


 そんな帆乃香の気持ちを察したのかはわからないが、敦はさゆりに問い掛けていた。


「一応はね。まったく、代表も人が悪いんだから」


 ようやく思考が冷却されたさゆりからは、既に殺気はない。予想通りではあったし、他に考えようがなかったこともあるが、本人から直接説明されたことが大きかったのだろう。だが1年生達からすれば、巨大すぎる迷惑だ。その証拠に完璧に怯えてしまっている。


「うあ……ご、ごめん!」


 さすがにさゆりとしても、謝るしかない。だがその程度では、春から植えつけた恐怖心を振り払うことなどできない。


「しかし佐々木君とグロムスカヤさんは、なんで平気なんだ?」


 例外は瞬矢とオウカだけだった。


「慣れですね」


 これは瞬矢。


「いつものことですから」


 これはオウカだが、確かに他に言いようがない。


「言われてるぞ、一ノ瀬」


 敦も、自分達が1年生の恐怖の対象となってしまっていることは知っている。それだけのことをしてしまったのだから、甘んじて受け入れるしかないと思っているが、なるべく早くその物騒なイメージを払拭させたいという思いも本物だ。


「何を言われても、今は反論できないわよ……。本当にごめん!」


 それはさゆりも同じだが、今回のことでその希望から遠ざかってしまったことを実感せざるをえなかった。

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