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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第一章 刻印の高校生編
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1・入学

 西暦2046年10月28日(日)、世界情勢を一変させ、総人口の三割に及ぶ犠牲者を出した第三次世界大戦が終結した。

 結果、独立・吸収・併合・合併が繰り返され、アメリカ合衆国はプエルトリコ自治区、キューバ、メキシコを併合し、同じくアイルランドを吸収したイギリス、カナダと合併、イングランド・アメリカ合衆王国、通称USKIA(ユナイテッド・ステイツ・キングダム・オブ・イングランド・アメリカ)を設立。

 朝鮮半島、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区、カンボジアを吸収・併合した中国は、大中華連合国政府を樹立。

 ロシアもモンゴル、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ルーマニアを併合し領土を広げたが、内政的な問題もあり、併合された各国は事実上自治区として運営されている。

 一方で中立を保つスイス、アメリカと合併したイギリスを除いたユーロ各国も連係を深めつつあるが、各国の意向が必ずしも一致しないため、暫定的にユーロ決議会を組織していた。

 香港は独立し東南アジア各国と共にA.S.E.A.N.連合連邦政府を設立し、インド、サウジアラビアを中心とした西アジア各国(イスラエルを除く)と合併したアジア共和連合政府との紛争が続けられている。

 アフリカ大陸においては、北部・中部各国はユーロ暫定決議会の自治区として、南部は南アフリカ連邦が支配しているが、飢饉や伝染病、内部紛争により、治安回復が急務となっている。

 被害が少なかったと言われているオーストラリアは、ニュージーランドを始めとしたオセアニア各国と合併し、復興を始めている。

 南アメリカ大陸ではブラジル、ペルー、アルゼンチンを中心としたラテンアメリカ共和連合暫定政府が設立されるも、自治権は各国へ委託され、一応の安定を見せ始めている。

 戦後50年が経過した現在においても、局地的な紛争、テロリストの暗躍、利益を追求する武器商人の専横は続いているが、世界は一応の平穏を取り戻し始めていた。

 そして第三次世界大戦の中心となりながらも、国土にほとんど被害を出さなかった日本は……


――西暦2096年4月12日(木)AM7:30 源神社 母屋 玄関――

「真桜、そろそろ行くぞ」

「は~い!すぐ行く~!その前に飛鳥」


 髪を右のサイド・テールでまとめた少女が、小走りで玄関にやってきて、自分を呼んだ少年に、何かを見せた。


「何だ?」

「お父さんからメール来てたよ。ほら、これ」

「親父から?何だろ?」


 飛鳥あすかと呼ばれた少年は、真桜まおと呼んだ少女から受け取った携帯端末に目をやり、とてもとても嫌そうな顔をした。


「どうしたの?」

「……あのクソ親父……いったい京都で何してやがんだ……」


 と、悪態を突きつつもメールを真桜に見せた。その瞬間、真桜も激しく脱力した。


「……お母さんもか。仲がいいのは結構なんだけど、TPOを考えて欲しいよね……」


 メールの差出人は二人の両親だった。と言っても再婚同士のため、二人は血の繋がっていない兄妹になる。その年頃の兄妹を放って、京都へ長期出張した父についていった母もどうかと思うが、元々幼馴染みであり、兄妹同然であり、さらには婚約者でもある二人にとっては、あまり関係のない話でもある。


「それでお父さんとお母さん、何だって?」

「ちょっと待て。……入学おめでとう。父さんと母さんがいなくて寂しいと思うが、心配はいらない。父さんは母さんが一緒なので全然寂しくないぞ。兄弟が増えるかもしれんが、期待して待っててくれ。先に言っておくが、孫はまだいらんぞ。最低でも高校だけは出ておけ。おっと、時間だ。また会ほう、我が愛する娘よ。愚息を頼んだぞ。……」


 ピシッ、っという擬音が聞こえた気がした。だがそれも無理もないだろう。あまりにも低俗な実の父のメールに、飛鳥は額に青筋を浮かべ、端末を握り潰しそうと右手に力を込めた。


「わわわっ!お、落ち着いて、飛鳥!」


 慌てて真桜が、右側にまとめたサイド・テールを揺らしながら飛鳥を制止した。が当の真桜も、義理とはいえ父親にあるまじき内容のメールに、かなり辟易していた。


「お父さんだって本気じゃないって!だから私の端末を壊さないでってば!!」

「本気だろうとそうでなかろうと、内容が下劣すぎる!あのクソ親父!今度会ったら一発殴ってやる!」

「それはいくらでもしてもいいから、私の端末返してよ!」


 結局真桜は自分の携帯端末を取り返すために必死で飛鳥をなだめ、兄妹が実家である源神社を出たのは遅刻ギリギリの時間になってしまった。


――AM8:12 私立明星大学付属高校 校門広場――

「私は3組か。飛鳥は?」

「俺は……2組だな。今年は別クラスになったみたいだな」

「え~っ!今年は飛鳥と別のクラスなのかぁ~……」


 私立明星みょうじょう大学付属高等学校、通称 明星高校は、今日 入学式を迎えていた。源神社からは市内を走る電車で五駅離れている。

 二人の他にも、何人かの新入生の姿が見える。クラスを確認しながら、同じ中学から進学してきた友人、知人同士での他愛ないお喋りといったところだろう。

 二人は校門を入ってすぐの所に立てられた掲示板で、自分のクラスを確認していた。兄妹のクラスが別れるのは別段珍しい話ではないが、真桜はとても不満そうだ。飛鳥からすれば中学の三年間、同じクラスだったことの方が不思議であり、今朝方ふざけたメールを送ってきたクソ親父の干渉を疑わずにはいられなかった。

 普通ならば神社の神主である父親が干渉したところでどうということはないのだが、生憎と兄妹も両親も普通ではない。と言うより、家系が普通ではない。

 彼らの名字は三上みかみ。世間一般には、源氏に連なる神社の神職の家系として認識されている。しかしその実は、刻印術と呼ばれる古来から伝わる秘術を行使する一族の末裔だ。

 無論、三上家が刻印術を伝える家系だということを知っている一般人は少ない。だが刻印術は五十年前の第三次世界大戦において、当時は自衛隊と呼ばれていた国防軍と共に、戦火から国土を守ったことで有名となり、術者は刻印術師と呼ばれるようになった。

 当然だが世界各国も刻印術の有用性を認識し、大戦中盤は人体実験も行われた。中には非人道的な実験が行われたという噂もある。

 真偽のほどは定かではないが、結果は思わしくなかったらしく、国によっては刻印術の有用性を認めつつも、戦略、戦術核兵器を凌駕することはないとの結論を出し、ついに某国は日本・東京に向けて、戦術核ミサイルを発射した。結果 某国は、核を使用したという事実から、世界中を敵に回し、最終的に当時の中国に吸収された。

 一方核を撃たれた日本は、当時の刻印術師達が刻印術の数々を駆使し、核ミサイルを成層圏において撃墜、発せられた放射能をも無力化してみせたが、戦術核撃墜のために動いた刻印術師は、その多くが命を落とした。飛鳥の曽祖父も、その一人だった。だが戦術核を撃墜し、放射能まで無力化したという事実が、世界を震撼させ、大戦は急激に終戦へ向け、進んでいった。それが今から約五十年――半世紀前のことだ。


「しかし何だ。来年は選択科目次第じゃ同じクラスになれるかもしれないし、3年は2年と同じクラスだから、そこまで落ち込まなくてもいいと思うぞ」


 軽く現実逃避していた飛鳥だが、真桜があまりにも沈み過ぎているため、さすがに放置しておくことは出来なかった。


「あ、そっか!よし!私、飛鳥と同じ科目を選択するね!」

「いや、まあ……別にいいけど……。それよりそろそろ移動しようぜ。式まであんまり時間もないからな」

「そうだね。そういえば知った顔がないけど、うちの中学からここに進学した人っていないんだっけ?」

「大河と美花はここだぞ」

「あ、そうだった。入学式に間に合うかわからなかったから、連絡しなかったんだっけ」


 真桜の言う通り、兄妹は昨日まで京都に滞在していた。父の仕事の関係と、兄妹でありながら婚約者という複雑な関係で、関係各所への挨拶回りに会食、政財界のパーティーへの出席で春休みはほとんど潰れてしまったと言っていい。入学式に間に合うように地元鎌倉に帰ってくることができたのは、両親―どちらかと言えば母の口添えのおかげという面が多々あるが、母も父に負けず劣らずの怪人物だ。むしろ何か企んでいるのではないかと、二人は今でも疑っている。


「その上朝は、あのクソ親父のせいで余計な時間食ったからな。おかげで初日からギリギリだ」

「あ~……うん、そだね……」


 朝の騒動を思い出してしまい、真桜はかなり脱力していた。無理もない話だが。


「それはそれとして、早く講堂に行こう。私達が来るとは思ってないかもしれないけど」

「そうだな。それじゃ行くとするか」

「うん!」

 さりげなく出された飛鳥の手を、真桜は当然といった表情で握り返し、二人は講堂へ歩き出した。


――AM8:17 明星高校 講堂――

「おはよう。入学式には出られたのね」

「春休み中、連絡取れなかったからな。今日は無理かと思ってたぜ」


 講堂に足を踏み入れた途端、兄妹は声をかけられた。


「おはよう、美花、大河君」

「悪い悪い。夕べ遅くに帰ってきたもんでな」


 飛鳥より背が高く、スポーツマン風の少年 佐倉さくら 大河たいがと、落ち着いた雰囲気を持ち、ふんわりとしたセミロングの少女 真辺まなべ 美花みか。飛鳥と真桜が義理の兄妹、かつ許嫁同士だということを骨の髄まで叩き込まれている、中学時代からの親友だ。


「ああ、なるほど。お父さんとお母さん、京都に出張してるものね」

「お前んとこも大変だよな。まあ、当然っちゃ当然なわけだが」


 大河と美花は、二人の実家である源神社によく顔を出していた。その関係で、飛鳥と真桜の両親が何の仕事をしているのか、とてもよく知っている。


「俺としては清々してるけどな。あのクソ親父がいない生活ってだけでも、どれだけ俺のストレスが軽減されるか、想像もつかないな」


 偽りない、飛鳥の本心だった。


「まあ……お前の親父さんは、な……」

「色々と突き抜けた人だもんね……」


 大河と美花にも、激しく心当たりがある。二人そろって深い溜息を吐いたが、それは飛鳥達の父のせいだけではなさそうだ。


「そんなオブラートに包まなくても、素直に変人でいいぞ」

「言えるわけないでしょ。って言うかね……」

「お前らの仲の良さも、負けず劣らずだろ……」


 約一ヶ月ぶりの再会だが、当たり前のように手を繋いで現れた二人を見て、大河も美花も軽くめまいを覚えていた。思い返せば中学時代も、この二人はずっとこんな感じだったような気がする。


「ある意味お前らも有名人なんだから、少しは人目を気にしたらどうだよ?」

「俺達が有名人?どういうことだよ?」


 飛鳥の頭にクエスチョン・マークが踊っている。それも当然のことで、飛鳥は全く身に覚えが全くない。


「だって飛鳥君、源神社の跡取りじゃない。こないだもテレビでやってたわよ」

「え?そうなの?それっていつの話?」

「一週間は経ってないわね。確か源氏の特番で、小父さんが飛鳥君のこと、わざわざ写真まで出して紹介してたわ」

「知らねえし……」


 身に覚えがないのも当然だった。自分の知らないところで、まさかそんな事があったとは、飛鳥は夢にも思っていなかった。しかもよりにもよって小父さん―父親の名前が出てくるなど、予想外にも程がある。


「……親父さんの罠、ってワケか」


 長い付き合いだけあって、大河は全てを察したようだ。大河自身も、何度か飛鳥の父親の罠にはまっているため、飛鳥の気持ちはよくわかる。


「ちょっと待ってよ。それじゃなんで、私まで有名人ってことになるわけ?私もそのテレビ知らないし、取材に来てたことすら初耳だよ。って、まさか!」


 真桜が何かに気が付いたようだ。もっとも深く考えなくとも、答えはそう難しいものでもない。


「正解。親父さんが真桜の写真も持ち出して、うちの看板巫女です、って紹介してたぞ」

「……京都じゃ近すぎる。もっと遠く……いっそのこと、手の届かない世界にでも送り出すか……」

「やめとけって」


 この手のやり取りは珍しくないので、大河としても本気で止めようとは思わないし、飛鳥も父に敵うとは思っていない。がしかし、それとこれとは全く別の話であり、口には出さないが、大河も京都ではまだ近いと思っていた。


「ところで二人は何組なの?」


 話題転換の必要性を感じた真桜が、不意に口を開いた。もっとも彼女としても、純粋に興味があることだったわけだが。


「私達は2組よ。真桜は?」


 だが美花の答えは、真桜にとって衝撃だった。


「……3組」

「ありゃ、別クラスになっちまったのか。飛鳥は?」

「2組だ」

「あらら」

「私だけ別のクラス……。なんかすっごいショック……」


 大河、美花とは、中学2年の頃から同じクラスだった。特に美花は、真桜にとって初めての同性の友人だから、ある意味では飛鳥以上に甘えている。


「そう落ち込むなって。クラスが違っても学校は同じなんだから」

「そうよ。今生の別れってわけじゃないんだから」

「そうそう。それに他のクラスの奴と知り合いになれるし、忘れ物とかしても気軽に借りれるしな」


 三人で真桜を慰めていると、チャイムが鳴り響いた。どうやら入学式開始5分前の合図のようだ。


「おっと、時間か。入学式の席順は適当でいいんだっけか?」

「みたいよ。終わったら教室で簡単なホームルームをやって、今日は終わりだったと思う」

「そんじゃあそこが空いてるし、さっさと座ろうぜ」

「うん」


 近くに丁度四つ、席が空いていた。四人は腰を下ろし、入学式が始まるまで他愛ない雑談をしながら、これからの高校生活に思いを巡らせていた。

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