七つの鍵の物語 『生贄』
むかしむかし、あるところにとても凶暴な竜が住んでいました。
彼の鋭い牙は兵士達のよろいをつらぬき、真っ赤なうろこは槍や剣をはじいてしまいます。
竜は砦をおそって壊したり、お金持ちから宝物をうばったり、女の人に言い寄ってハレンチなことをしたり、散々にあばれまわりました。
困った兵士達は、身寄りの無い女の子をイケニエとして差し出すことにしました。
竜は町から女の子を連れ去って、洞窟へ帰っていきました。
人々は安心しました。ああ、これで竜が女の子を食べている間、町が襲われることはない。……と。
けれど、納得のいかない者もいました。
自分よりも弱いものをさしだして笑うことが、一人の女性にはどうしてもできなかったのです。
勇敢な女性は、竜の住処である洞窟へと乗り込みました。
仕掛けられた罠を踏み越え、洞窟にすむ怪物達を叩きふせ、たどり着いた洞窟の奥深くに、なきじゃくる女の子を必死でなだめる竜の姿がありました。
竜は、巣にやってきた女性に向かって、怒鳴りました。
「おい勇者。子育てってどうすんだよ。栄養とかわかんねーよ。どんな服を着せればいいんだよっ」
勇敢な女性はにっこり微笑むと、問答無用で竜をぶん殴り、彼の頭に噛み付きました。
めでたしめでたし。
☆
揺り椅子に腰掛けたおばあさんが、絵本の最後のページをめくりました。
輪になってお話しを聞いていた孫達が不満そうに声をあげます。
おわってない。どうしてめでたしなのかわからない、と。
「ごめんね。おばあちゃんも、この物語の終わりは知らないの。でも、物知りのベルさんなら、知っているかも」
ベルさんは、昔からお屋敷で働いているお手伝いさんです。
彼女を探して、子供達は居間を飛び出しました。
ひとりのやんちゃな男の子が、台所でスープを煮込みながら、食器を洗っている女中服を着た女性を見つけました。
ねえねえベル。
いけにえの女の子はどうなったの?
竜と勇者さんはどうなったの?
口々にたずねながら、子供達はベルさんのエプロンにしがみつきます。
「いけにえの女の子?」
子供達の問いかけに、彼女は小首をかしげ、やがて得心したとばかりに頷きました。
遠い遠い昔、絵本作家になった彼女の家族が書いた古い古い物語。
それは真実とは違ったけれど……。
「そうね。きっと、みんな、幸せだったんじゃないかしら」
そう言って、ベルさんは、子供達に優しく微笑みました。
― FIN ―
拙作をお読みいただき、ありがとうございました。