しゃっきん
初めての、そして緊張感の薄い戦い。そしてヒロインのおともだち登場。RPGで立派にRPする子。
モンスターミミック。
ミコトが自己紹介の時に言っていたそのジョブは、不人気の筆頭と言えるほど稀少な存在だった。
そこら中の敵の攻撃を、食らってから真似してお返しする、という性質がその最たる要因らしい。
技の記憶はできるらしいのだが、それらを自由に使いこなせるのではなく、そのうちから数種類をセットして使うことになるため、汎用性に欠けているのも問題だろう。
「ノブさん、これからハンティングだゆ~」
「もぁ~ぬ」
そして、彼女がノブさんと呼ぶこの生き物が、モンスターミミックの証らしい。
クラフティメイジのバッジとは、ド級の開きを感じる。羨ましいとか、そういうのじゃなくて。
その辺も含めて、ミコトは凄い拾い物だった。
「なぁ、ミコトはモンスターと戦った経験はあるのか?」
彼女は丁寧な喋り方が苦手らしく、必然的にタメ口が基本になった。
まぁ、何よりも彼女の喋りでマズいのは丁寧云々じゃないのだが。
「何回かあゆゆ?」
補足しよう。これは、何回かあるよ、と言いたかったのだと思う。
噛んだとか舌っ足らずとかそういうのじゃなくて、ミコトは『る』と『よ』が上手く言えないため『ゆ』になってしまうらしい。
本人にどういうことか聞いたら頭がおかしくなりそうになったため、あくまで推察に過ぎず、らしい止まりだ。
しかも、難点はこれだけじゃない。
「それでレベルが上なのか。で、ボーナスポイントは全部HPと」
「そ~だゆ~」
元気に返事をしてくれているが、ついさっきまでその一点賭けを否定していた立場としては複雑だ。
よく思い出してみれば、エルゼさんもこの口調を真似してたなぁ。
ただ、悲観することばかりではなかった。
「私たちは、敵の攻撃を受けなきゃ真似できないから」
「あぁ。なるほど、それで」
モンスターミミックは、敵の攻撃を受けて初めて真似することができるようになる。
それが物理に属するものであれ、魔法に属するものであれ、だ。その性質上、矢面に立たなければ技は増えない。
ならばいっそ、防御を物理と魔法の半々で上げて頑丈にするよりも、どんな一撃でも生き残れるような耐久性を求めたっていい。
あんまり考えてなさそうに見えて、考えてる。
俺も、その辺りはジョブの特性と合わせて成長方針を練らなきゃならないな。
「あ、そろそろ危険区域だゆ」
グランウォールから離れて歩くこと、十数分。ミコトが、ふんす、と鼻を鳴らしながら言った。
やる気に満ちている上に、彼女は実戦経験もある。しかも、タフ。
俺にとっては、とても恵まれた仲間だと言えそうだ。
「それじゃあ、改めてよろしく。何ができるのか実験もしたいから、手間を取らせると思うけど」
「だ~いじょうぶ! 先輩にど~んとお任せだゆ!」
モンスターの出没地域に入って剣を抜いた俺の横で、実際に胸を叩いて先輩風を吹かせるミコト。
そういえば、彼女は武器らしい武器がないんだが……
「じゃあノブさん、お願いね」
「もぁ~ぬ」
ミコトがそう言って、間もなく。ノブさんの体が、膨らんだ。
まずは拡大コピーのように、ミコトと同じぐらいのサイズになる。
それから手と足だけが巨大化して、グローブのようにミコトの手先、足先にスッポリ。
最後に頭。あの鳴き声を響かせながら大口を開け、ミコトの頭に噛みついた。おでこから上に、ノブさんの顔の上半分が乗ってる状態だ。
……いや、なんだこれ。
「着ぐるみ?」
「ちっが~う! これがモンスターミミックの正装なの!」
ばたばたと両腕を上下させて抗議してくる。地団駄も付いてくる。
のだが、うん、なんというか、凄く残念だ、これは。
ミコトの性格とかには、なんか妙にマッチして見えるんだけども……開発スタッフは何を考えてこんな正装にしてしまったんだろうか。
とりあえず、ミコトはそれを気に入っているようだし、怒らせたなら謝ろう。
「えっと……ごめんなさい」
「ん。ゆろしい――あ、早速モンスター発見!」
ミコトは着ぐるみのもこもこした指で、草原を流れる川の畔を指差した。
そこには恐らく水を飲みに来たのであろう、楕円ボディにほとんど突起程度の短い手足と耳と尻尾の生えたマスコットキャラ的なモンスター。名前は、ポンクリというらしい。
クリクリッとした円らな瞳が特徴的だ。序盤だけあって、まだ可愛いな。
「じゃあ、いっくゆ~。ぎゃおー!」
両手を上げて威嚇するように。ぎゃおー。
それを聞きつけたポンクリが、ミコト目指して一直線に向かってくる。
手足で走るより転がった方が早いような体だけあって、丸まってコロコロとやって来る。
チクショウ、可愛いな。
「負けゆもんかぁ~!」
で、なぜか対抗意識を燃やしたミコトが両膝を抱えて地面に座った。
何をするのか、考えるまでもなくわかってしまうのだが……
「ノブさん!」
「もぁ~ぬ」
キラリとノブさんの目が光る。怪しい。
直後、ミコトの全身をノブさんの毛皮らしきものが覆った。
そして球形になるや否や、ポンクリ目掛けて転がって猛進していく。
あれは攻撃の一種だったのか。
「よし、俺も攻撃しに行こう」
ここに来るまでの間に、使える魔法は確認しておいた。
まずは、クラフティメイジが前に出るために欠かせない魔法を。
「キーン・センス!」
簡単に言えば目が良くなって、攻撃を命中させやすくなり、回避しやすくなる。
こいつの熟練度は早い段階で上げておきたい。
ただ、身体能力が上がるわけじゃないので、転がっていくミコトを追いかけるのは至難だ。
というか、アレで中の人は目が回ったりしないんだろうか?
「どぉ~ん!」
「ぷきゅ~!」
掛け声と共に、激突。双方の当たりは真正面ではなかったのか、進行方向斜めに見事に吹っ飛んで行く。
高く放物線を描く軌跡の中で、ノブさんの毛皮が引っ込み、ミコトの回転も収まっていく。
バッ、と大の字に両手両足を広げて四点で着地。慣れたものだ。
そしてそれは、ポンクリも同じ。
「その隙、もらったぁ!」
着地直後は動き出しに僅かな間ができる。
キーン・センスの効果で飛んでいく方向を見切った俺は、その着地際を捉え、刺突を見舞った。
「ぷ……きゅ、ぅ……」
その一突で、ポンクリは力無く鳴き、その場に倒れた。
脇腹から反対までを貫いたのだ。致命傷だったに違いない。
ゲームとは言え、この感触のフィードバックはなかなかに堪えるものが――
「おわぁ!?」
などと感傷に浸る間もなく、目の前のポンクリの遺体がポワンと煙をあげて消えてしまった。
まぁ、ちょっと助かった。自分が殺した動物がいつまでも消えないってのは、リアルすぎて泣きそうになる。
ましてや自分で解体してくださいね、なんてシステムだったらお子様は泣いちゃうんじゃないだろうか。
ある意味では情操教育にならなくもないのだろうけども、あっちこっちがうるさいことを言い出しそうだ。
「……ん?」
と、視界の隅で、なにやら複数のインフォメーションがちらついているのに気付いた。
なになに?
キーン・センスと突剣の熟練度にポイント。経験値を十七パーセント獲得。ポンクリの毛皮を取得。ポンクリの牙を取得。
なるほど。今回の戦闘の結果報告か。
「あかつきん、すごいね! くりてぃかゆ!」
ポンポンと間の抜けた音の拍手をして、ミコトが喜んでいる。
「いや、ミコトの突撃があったか、ら……あかつきん?」
そんなお褒めの言葉に謙遜しようとして、待ったがかかる。
なんだ、あかつきんって。
「うん! せっかく仲間になったから、コードネーム!」
「あだ名じゃない?」
「ん~……でも、みさきちゃんはコードネームって言ってたゆ?」
ミコトにはどうやらその、みさきちゃんなる人物によって妙な入れ知恵が為されているようだ。
しかも、本人はとことんまで納得している様子。
これは下手に訂正しにくいし言及はしないでおこう。それに、あだ名で呼び合うことには、俺も反対じゃない。
「じゃあ、ミコトのコードネームは?」
「みさきちゃんは、みこちん、ってゆんでたゆ」
うわぁ……それを街中とか人前で呼ぶのは、ちょっとどころじゃなく恥ずかしい。
こうして人里から離れて周囲にモンスターしかいないとかなら……いやぁ、それでも恥ずかしいな。うん、ミコトって呼ぼう。
けど、そんな風に接していた友達がいたのなら、どうして一緒に遊んでいないのだろう?
「その、言いにくかったらいいんだけどさ」
「うん?」
「みさきちゃんって人とは、なんで一緒に遊んでないの?」
「あ~……う~……え~と、その……」
頭を抱えて唸る、ミコト。
正装のせいでいまいち真剣そうに見えないけど、たぶん彼女にとっては凄く深刻な問題なんだろう。
ミコトはそうやってしばらく苦悩の声をあげていたが、いよいよ意を決したのか、恐る恐るといった様子でこっちを見てきた。
「絶対に、誰にも言いませんか?」
いきなり、ですます調が始まった。
「言わないよ」
微笑んで返す。
「ちゃんと仲間でいてくれますか?」
そんな重大なことなのか。
ゲーム内で友人関係が破綻することなんて、レアアイテムの持ち逃げとか、そのぐらいしか思いつかないんだけど。
「大丈夫。同じ初心者なんだし、これからも仲良くしよう」
そう言ってあげると、パーティを組んだ時みたいに一気に表情が明るくなる。
わかりやすいなぁ。
「あのね、私、みさきちゃんに莫大な借金があゆの!」
そんな口から元気に飛び出たのは、信じ難い爆弾発言だった。
それから数匹追加のハンティングをして、町へと帰る。
俺もミコトも、レベルが一ずつ上がった。
そうして得たボーナスを、ミコトは迷うことなくHPに振り込んだ。
現在俺のレベルは二、ミコトは四だ。たったそれだけの差なのに、すでにHPは四倍近い。
レベルによる上昇値よりも、ボーナスによる上昇の方が若干補正は上のようだ。
俺は、とりあえずボーナスを振るのは保留にして貯金という形にしておいた。
「やっぱり二人だと違うなぁ」
「ソロだとキツかった?」
「うん。前回はボロボロだったゆ」
そんな話をしながら、城門を潜る。
安全区域に戻ったところで武装は解除しているため、ミコトは頭にノブさんを乗せている。
その両腕には今回の狩りの成果がごっちゃりと抱えられている。
まずは、狩猟ギルドにこのポンクリの素材を買い取ってもらいに行く。何をするにも先立つものが必要なのだ。
「ゆふふ~。今回はレア素材も出たし、ちょっと贅沢できゆかも~」
「あぁ。ポンクリの門歯だっけ」
「そうそう! ファッション系のポンクリヘッドの材料だから、廃人も駆け出しも問わない売れ行き商品なんだゆ!」
ミコトは鼻歌を歌うほど上機嫌だ。
借金があるらしいし、贅沢する余裕なんかないんじゃないだろうかとも思うんだが、まぁいいか。
二人で分けても、十分な稼ぎになるんだろう。
このゲーム内で宿泊を考えたりする必要があるのか疑問だけど、その辺も後で調べておこう。なんだかんだでMPも枯渇してきてるし、そのお金で回復できればそれでも良い。
「あぁ……久々にアーレム牧場のモチモチプリンが食べられ――」
「あら、みこちんじゃない」
ピシ。
背後から投げかけられた声に、涎を垂らしそうな顔のまま、ミコトが固まった。
そんな脳味噌がお天気な顔が、見る間に青ざめていく。
「今日は町の外で狩りをしてたんだってね。パーティも組めたようで何よりだわ。成果はどうだった?」
近付いてくる声は明るく弾んでいるのだが、妙に恐怖心を煽られる。とてもじゃないが、振り返れないほどに。
それは、たぶん俺よりもミコトの方が強いに違いない。滝のように冷や汗を流している。
彼女の恐怖はノブさんにまで伝染しているようで、こちらは口から泡をブクブクやっている。
「人違いだと思いますゆっ! さゆならっ!」
いよいよ耐えられなくなったらしく、脱兎の如くミコトが逃げ出した。
速い! ポンクリがコロコロするより速い!
「せめて『ゆ言葉』を直してから言いなさいよ! 影縫いッ!」
だが、無駄だった。
声の主のスキルが発動して、ミコトの動きがピタリと止まる。
慣性の法則で、両腕に抱えていた素材がポロポロと道端に転がっていく。
「まったく、手間かけさせてくれちゃって……」
はぁ、と溜息を漏らしながら、声の主は茫然と立ち尽くすしかない俺の横を通り過ぎて行く。
白銀の長髪を、黒のメイド服に揺らしながら颯爽と。
その姿は、石造りの街並みに妙にマッチしていて、思わず見惚れてしまうほどだった。
「へぇ~、ポンクリの門歯じゃない。確か、ドロップ率はコンマ数パーセントだったわね。おめでとう、みこちん」
「あうあ~……あうあうあ~……」
なんとも言えない鳴き声でミコトが訴えるも、メイドさんは容赦なく素材を拾っていく。
よく見ると、ミコトの影に手裏剣が一本突き刺さっている。さっきの影縫いの媒体だろうか。
「それじゃあ、歯の方は私が預かるわ。他の木端素材は返してあげるから、ギルドにでも流しておきなさい」
「ふえぇ……みさきちゃん、ひどいゆ……」
「誤解のある言い方はしないで欲しいわね、みこちん。はい、影縫い解除、と」
「うぅ~、私のモチモチプリンがぁ~……」
影縫いを解かれ、地面にペタンと座り込むミコト。
手裏剣を回収したメイドさんは、そのまま俺の方へと向かってきた。
正面から見るその眼は鋭く、澄んだ黒い瞳が凛々しい。
ミコトがどこかポワンポワンしているのに対して、正反対の印象だ。
「貴方にも、しっかりと説明して差し上げなければなりませんね」
手を伸ばしてもギリギリ届かない程度に距離を置いて、その足が止まった。
メイドさんは、カッ、と踵を合わせ姿勢を正す。
思わず、こっちも背筋が伸びる。
「ミサキ・イチジョウと申します。本日はわたくしの友人、ミコト・ミズサキが大変お世話になりました。こちらのポンクリの門歯は、個人的な伝手を通じて、より高い価格で取引するべくお預かりさせて頂きたく存じます。その利益の半分は貴方にお渡しし、残りをわたくしとミコト・ミズサキがさらに等分させていただくという次第です。何かご質問、ご不満等がございましたら、遠慮なさらずにどうぞ」
ミサキさんは恭しく頭を下げて、それから柔和な笑みを伴って上げる。
あんなやり取りの後だけど、良くできたメイドさんのようだ。
「いえ、素材の方はお任せします。慣れた方にお任せする方が安心だと思うので」
「ふふふ。これっぽっちも疑われないのですね」
「彼女があなたからお金を借りているという話も聞きましたから――あ、俺はアカツキ・コウヘイって言います。まだ駆け出しのクラフティメイジですけど、よろしくお願いします」
俺が手を差し出すと、ミコトさんはいそいそと白手袋を脱いで応じてくれる。
手を放したところで、はたと何かに気付いたミコトさん。
それから、いかにも困ったという表情で再び頭を下げる。
「申し訳ございません。名前だけとは不躾でした。わたくし、スプレンダースロワーを嗜んでおります。よろしくお願いいたします」
ミコトさんが顔を上げ、微笑む。
う~ん。いいなぁ、メイド。
「みさきちゃん無礼だゆ~。これはもうお茶会を――あいたっ!?」
その向こうから、野次を飛ばす残念な子。
視認すらできない制裁を受けたものの、額をスリスリする程度のダメージで済んでいる。
なるほど。さっきの影縫いといい、まさしく華麗な投擲手だ。
「はぁ……彼女の言葉に従うわけではありませんが、いかがでしょう? 立ち話もなんですし、お茶でも」
「あ、それじゃあ是非お願いします」
「やったぁ~! みさきちゃん大好きっ!」
ミコトが勢い良く万歳をして、素材をそこら中にぶち撒けた。
あうあ~、と悲鳴が続いたのは言うまでもない。