異世界に生まれて四年経ちました-6
こんばんは、藁氏です。
都会の喧騒が俺の耳に入ってきた。俺が前世で生きていた田舎のような静けさもなければ、俺が今生きていたはずの、異世界の不思議さも無い。
あったのはリアルな風景。道行く人々は皆、その場にいる誰かとの接触を避け、ただひたすらに携帯電話と向き合っている。空気は汚く、そこら中に走っている車からは排気ガスがとめどなく溢れ出ていく。それに、顔をしかめながらも俺は周囲を見回す。
「此処は……?」
小声でつぶやくと、周りを歩いている人が怪訝そうな顔で俺を睨み付けた。俺は慌てて口を噤む。誰ともコミュニケーションを取ろうとしない癖に、何か自分たちと違うことをした時には、必要以上に興味関心を持ち合わせてくる。
何なんだよ、此処。何処だよ一体……。確か俺は異世界でレイナの料理を食べさせられていたはずなのに……。
夢? 今まで起きていたことは全て夢?
そんな考えを自分で打ち消す。違う。俺が体験してきた、あの四年間は絶対に本物だ。口の中に残る、レイナのゼリーの感触が未だに残っている。
なら、一体……? 俺は、初めからあの世界の住人だったわけじゃない。どういう訳か、気が付いたらあの世界で赤ん坊になっていたのだ。
俺はイルヴァではなく、虹ヶ峯翔也だ。じゃぁ、俺はあの世界のイルヴァから前世の虹ヶ峯翔也に戻ったって事なのか?
「あ、お兄ちゃん! 勝手に行かないでっていったじゃん」
少女がそういって、駆け寄ってくる。
え? お兄ちゃんって俺の事なのか?
案の定、俺の方へと近づいてきて方を叩かれた。
「もー、探したんだよ? 私がお店から出るまでは待っててって言ったじゃん」
少女の手には、三つほどの紙袋が握られていた。見たことも無いロゴがプリントされている。少女は紙袋を一つ俺に手渡すと、怒ったように腰に手を当てた。その腰は驚くほどに華奢で、スタイルが抜群なのを感じさせる。
よくよく見れば、かなりの美人だ。活発そうな雰囲気で、髪はポニーテールに纏めていた。
いや、しかし――。
一向に紙袋を受け取ろうとしない俺に、少女は訝しげに首をかしげる。
「? どうしたの? 早くもってよ」
「お前、誰だよ?」
「はぁ?」
何を言ってるの? とポカンとした後、急に少女は笑い出した。
「何そのノリー! あははっ! 妹の顔も忘れちゃったの? 雨野千春だよ。ち、は、る。さっ、もういいでしょ?」
雨野千春? 余計に混乱してしまった。妹? 千春? そんな名前、今の今まで俺は聞いたことが無かった。第一、俺には妹はいない。前世では、そもそも兄弟はいなかったし、異世界にいたときも、姉や弟はいたが、俺は末っ子だから下は居ないはずだ。
一体、どうなってるんだ?
「俺は……誰だ?」
「何、まだ続けるの? お兄ちゃんは、雨野幸彦。もう、腕疲れちゃったんだけど」
「雨野……幸彦……?」
またもや、聞いたことの無い名前が飛び出した。俺は虹ヶ峯翔也のはずだ。雨野幸彦? 誰だよ、一体。この千春とかいう自称妹の勘違いじゃないのか?
「俺は、虹ヶ峯翔也だ。お前のお兄ちゃんとかいう、雨野幸彦じゃない。勘違いじゃないのか? 俺はお前の事を知らないし……」
そこまで言いかけたところで、ぐらりと視界が揺れた。思わず、地面に蹲る。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫? さっきからおかしいよ?」
おかしい? 俺がおかしい?
しかし、更に視界が歪んでいき、やがては壊れたテレビのような映像を映さなくなっていく。
「――俺は、俺は……?」