異世界に生まれて四年経ちました
藁氏です。
日刊ランキングに始めてランクインして目から水が垂れてきました。
5/5 タイトルの表記ミスを訂正しました。
あの女、絶対殴る! そういって意気込んでいたのは、四年程前だったのだろうか。正確な記憶はもうほとんど残っていない。いや、別に俺の記憶力が乏しいとかそういう事ではない。考えて見てもほしい、普通四年前の生活の一コマを覚えているか?
『貴方は、四年前の今日午前中に何をしていましたか?』そんな事を言われて答えられるか? 俺なら、絶対に答えられない。
まぁ、そんな愚痴は置いておくとして。俺は今、王宮の自室にいる。やはり、未だに俺がどうやってこの世界に来たのかは思い出すことは出来ない。だが、やはりそんな事はどうでもいいと思う。それは、今の俺が置かれているこの状況が関係する。
今の俺は、王子だ。この家に生まれてからも、その豪華絢爛な感じからある程度金を持っているのだろうなとは感じていたのだが、まさか王族だとは思いもよらなかった。いや、だって王族なんて何万人もいる人の中の極一部だぞ? まさか、自分がその極一部に入り込むなんて思いもしなかった。
まぁ、そんなわけで全くといっていいほど俺は前世に未練は無かった。両親の事や、友達の事を考えると少し思うこともあったが、なにより金だ。人間の三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲と言うが、俺としてはそこに金欲も入れて、四大欲求にしてほしい。
四歳の赤ん坊が何を考えているんだと言われそうだが、身体はそうでも精神は青春期真っ盛りの一七歳だった訳で。ある程度、現実というものを分かってしまうと何よりも金という思考に染まっていく。
――コンコン。
不意に部屋の扉がノックされる。俺の部屋はどういうわけか、金で作られているので音が良く反響するのだ。耳障りで仕方が無い。そして、扉はダイヤのような宝石で埋め尽くされている。見た目を豪華にするためにつけたのだろうが、正直使い難い。
何が使いにくいかって、とにかくゴツゴツとしているのである。足つぼマッサージじゃないんだから、せめて表面は平らにしろよ。また、扉が木では無いのでノックするためには結構力を入れて叩かないと駄目なのだ。
使用人がノックをして入ってきたときに涙目になっていたのは、恐らくはそのせいだろう。
「どうぞ」
四歳ともなると、中々滑舌も良くなってきて赤ん坊の頃とは比べ物にならない。
俺の返事を受けて、ドアが開かれた。入ってきたのは、乳母のユリン。あの忌々しい過去から四年間が経ったが、ユリンの容姿は全く変わっていないように見えた。というよりも、更に磨きがかかったというところか。
これは、俺が後で知ったのだが、あの時のユリンの年齢は何と一六歳。精神年齢は俺の一つ下だ。……俺は年下におむつを替えてもらっていたりしていたのか、と赤面したのは良い思い出である。
現在二〇歳のユリンだが、結構その性格は老齢しているようにも思えた。たまに、腰が痛くなったとかいったり、ずっと溜息を吐いていたり、何故か唯一この世界にあった俺が知っている煎餅と、お茶のような飲み物をこよなく愛したり。
いやまぁ、容姿は普通に良いんだけどさ。
「イルヴァ様、そろそろお稽古の時間ですが」
……つくづく、俺の嫌いな事を押し付ける女だ。全く、黙っていれば可愛いのに。
イルヴァというのは俺のあだ名の様なもので、本名は、イルヴェーランド・クリストフというらしい。長ったらしい名前だなぁと思いつつも、案外気に入っていたり。
稽古というのは、魔法の練習の事だ。赤ん坊の頃に見た浮遊するトマトはどうやら錯覚でも幻覚でも無かったようで全て事実だったりする。魔法はその名のとおり、人外な力なのだがそれがどういったメカニズムで使えるのかは俺には良く分からない。
魔法を使うこと自体は楽しいのだが、使うまでが恐ろしくつまらないのだ。数あるライトノベルのように、呪文を唱えれば火の玉が出るという訳ではなく、まずはその魔法を理解するという作業から始まる。その魔法の効力、仕組みそれらの事を全て理解し、初めてその魔法を使う準備が出来るのだ。
魔法の威力や、魔法のコントロールはその次の話である。まずは、その魔法を理解しなければいけないのだ。そして、その作業には近道などは無い。効率の良い勉強法などもない。
ただ、素直に覚えなければならないのだ。元々、勉強が好きな訳ではない俺だが、魔法が使えるとあって頑張ろうと思ったのは遠い昔。
今では、別に使えなくてもいいじゃん? エヘヘ、だって俺お金持ちだよ? 状態な訳で。だが、王族の子として魔法の習得は必須らしく、こうして定期的に稽古のお呼びがかかってしまうのだ。
「今、ちょっと手が離せない」
「何からですか?」
適当な言い訳に、ユリンが突っ込む。今の俺はベッドに寝転がって、そのモフモフ感を絶賛体験中だ。何をしているんだ、と聞かれたら「モフモフしてます」と答えるしか言いようが無いのだが、それでは無理矢理引っ張られていくのがオチだろう。
「実は、人間を観察している」
「それを世間一般にストーカーと言うのです。良かったですね、これでまたイルヴァ様の知識が一つ増えました。それでは、稽古に行きましょう」
そういって、ユリンがひょいと俺を担ぎ上げる。どうやら、俺のささやかなる抵抗は無駄に終わったらしい。前世の俺ならば、こんな事態どうにでもなるのだが(その前にこんな事態になるのかどうかが不明だが)、この世界ではどうにも出来ない。年の差は力の差だ。
「やめろっ! 婆ユリン!」
とりあえず罵詈雑言を浴びせてみた。まぁ、これぐらいの事でユリンが動じるはずが――およよ?
急にユリンが立ち止まって、俺を床に下ろした。一体、どういう風の吹き回しだ?
「……イルヴァ様。ちょっとおいたが過ぎたようですね。前から思っていましたが、そろそろ少し説教をしなければなりません」
「え?」
何故だか神妙な顔つきになったユリンに戸惑う俺。そうしているうちに、足の首を掴まれ宙にぶら下がったような状態にされる。
「消え去れえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そのまま、グルグルと回される。って、ちょっと待て! 何コレ、何処の女子プロレスラー!? 鬼の形相で子供を振り回す乳母って、そんなの聞いたことが無い。どうやら、婆という言葉にひどく反応したようで。更には、それが怒りのツボだったようで。
「ちょっ……ストッおぇぇぇぇぇぇ」
段々吐き気を催してきたっていうか、なんかもう思考がトリップしてるっていうか。ともかく、これが人の力か。恐るべし人類。
「私だって気にしてるんですよォォォォォ! 煎餅なんてものが、この世から無くなれば私は純情で若い乙女でいられたのにぃぃぃぃぃぃ!」
「その怒りは煎餅を作った人に言ってくれ!」
――魔のメリーゴランドから解放されたのは、それから五分後だった。疲れて気絶したユリンは白目を剥いて廊下に倒れた。
……なんかゴメン。