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私以外、勇者を嫌ってる。

作者: つきのはい
掲載日:2026/06/28

 勇者とは、世界で最も感謝されない仕事である。


 特に、私の隣にいるこの男性、リフジー・メイワードは、何かと周りから嫌われている。


「はい、リフジーさん。今回の依頼報酬…………2000ゴールドです」


「あっ、ありがとう……ございます」


 控えめで、ぎこちない。彼の朴訥な受け答え。

 使い古された革製の肩当ては今日も艶を失っている。


 ギルド所の受付をしている女性は、面白くなさそうな顔である。


 そんな彼女から小さな銀貨を二枚受け取って、彼はそっとポケットにしまい込む。


「…………」



 無理もないと思う。

 事情を知らなければ、私だって、勇者がなんでこんな依頼を……。なんて思ってしまうから。


 受付さんの心情は、その声のトーンや表情から手に取るようにわかる。


「エスト、帰ろうか」


「……そうですね」


 彼はそう言って、受付さんに軽い会釈を。

 それから私と一緒にギルド所を後にしたのだった。


 あ、ちなみに()()()というのは、この肩から仕事用の革鞄を提げている私のこと。


 ギルド所を出ると、彼についていくようにルードン街の大通りを歩く。

 行き交う人々も、リフジーさんや私と同じように夕方の緋色に染まっている。


 私より数十センチは高い背丈。

 その背中にちょっと錆びた長剣を担ぐ彼の後ろ姿も、もうすっかり見慣れてしまった。


 そんな光景に、私は今日もひっそりとため息を漏らしていた。



 ◇


 リフジーさんと私のことをかいつまんで話すと。


 彼は「勇者」という公的職業に就いている男性で、このルードン街の隅っこに建っている地味~な感じの一軒家で暮らしている。

 恋人や浮いた話は一切無い。コミュニケーションスキルに少々(※建前)難があるようで、特に初対面の人と話すのはダメダメらしい。


 私は「勇者補佐官」という同じ公的職業に就いている。

 勇者補佐官は、勇者の事務仕事や身の周りの世話をするのが仕事で、その都合上、リフジーさんとは同じ家で暮らしている。



「ふぅ。やっと帰ってきた」


「本日もお疲れ様でした」


 玄関を開けて、彼がそのまま家にあがろうとする。

 壁には使い込まれたレインコート。

 家の中は若干蒸し暑くて、玄関脇の観葉植物もヘトヘトのよう。


「リフジーさん、靴の泥」


「あっ、そうだった」


 彼は、疲れていると結構な頻度で靴の泥を落とし忘れる。

 日焼けした手を足もとの裾まわりに伸ばし、屈む彼。


「…………うーん」


 私が言った流れで、靴の泥を外で落としてくる。

 と、そう思っていたのだけれど……


「どうしたんですか? 固まってますけど」


「……いやさ。明日も畑仕事の手伝いじゃん? だからまた汚れるのわかってるし、落とさないほうが合理的かなって」


「えっ」


「そうだ。合理的だ。洗わないほうが正解だと思うな、うん」


 急に何を言い出すんだ、この人。


「いやでも、それだと家の中を靴下で過ごすことになりますよ……?」


「エスト。君はまだ異文化を知らないと見た。世の中には内履きって文化があるんだ」


「…………」


 別に隣町でも内履き文化はあります、リフジーさん。

 ていうか私、そんなに箱入り娘みたいか?


「じゃあ次からリフジーさんは内履きを用意して、靴を履き替えて過ごすってことですね?」


「玄関で履き替えれば、いちいち泥を落とさなくて済む」


「そうですね。天才ですね」


「……照れるだろ、そんなこと言わないでくれ」


 リフジーさんは後ろ髪をくしゃっと掻いて、本当に頬を赤くしていた。


 たまに小動物然とするこの可愛い感じはなんなのだろう。

 勇者なのに。年上なのに。

 …………ずるいですよ。



 ◇



「おい、税金泥棒が来たぞ」


「うわ、ほんと。……それに見て、あの靴。畑のべとまみれよ? もう勇者じゃなくて農家に転職したほうがいいんじゃない?」


 翌日、朝から対リフジーさん罵倒語録を耳にした。

 ギルド所にいる冒険者や勇者は、やっぱり彼を白い目で見ている。


 何度も洗って所々色の抜けた勇者の外套。その背中に私はボソッと声をかける。


「今日は朝から人気者ですね、リフジーさん」


「あははは~。さて、今日も昨日に引き続き、畑仕事の依頼手続きを済ませようか」


 リフジーさんはそう言って、ギルド所の受付さんに近寄った。


「昨日受けた依頼なんですけど……。えっと、……その依頼者が出してる、同じ畑仕事の依頼ありますか……?」


「あります、けど……」


 受付さんは微妙な間を置いて、リフジーさんに返答する。


「また、ですか? ……本当によろしいんですか? この依頼で」


 見えない何かを毛嫌いする声色。

 受付さんはこういう空気を作るのが上手い。


 畑仕事をこなす勇者なんて聞いたことがない。……と、そういう顔をしてるし、喉元まで出かかっているその侮蔑を、私はなんとなく察していた。


「大丈夫です。手続きしてください」


 リフジーさんは平気な顔して手続きを促す。

 よもやこの人、心が壊れてるんじゃ……?


「……それでは、こちらの依頼をお願いしますね。報酬は前回と同じ、2000ゴールドです」


「あ、ありがとうございます」


 私だったら呼吸が苦しくなるような、そんな空気なのに。


「エスト、行くよ」


「……はい」


 リフジーさんはその契約書に一筆サインすると、何食わぬ顔でギルド所を後にした。


 現場である農村までの道すがら、私はまた「例の小言」を口にしてしまう。



「どうして何も言い返さないんですか……?」


「はははっ。また、それかー」


「……」


 リフジーさんの隣を歩きながら、私はまた彼に問いかけていた。


「いいんだって。困ってる人がちゃんと助かってくれたら。俺はそれでいいんだよ」


「……」


 良くない。私はそんなの、絶対良くないと思う。

 ……思うのに、リフジーさんは毎回こんな風にのらりくらり躱してしまう。


 私が押し黙っていると、


「それに、今回の依頼者は昨日の時点で、また手伝ってくれって言ってたじゃん?」


「それは……っ」


 私は肩から提げていた鞄の端をぎゅっと握り込んで、またしても口を閉ざす。


「また手伝ってくれ」は、社交辞令だったのかもしれないし。単に人手不足だから誰でもいい、という気持ちが勝っていただけかもしれないし。


 少なくとも、依頼者の農夫は「おいおい、勇者が来るなんて聞いてねぇよ。……かえってやりづらくなっちまった」くらいには感じていたと思う。


 そういう苦笑いや空気の機微は、会話の節々から滲んでいた。……と思う。


「リフジーさん、文面通りに受け取りすぎですよ」


「んん~~っ。しかし、今日も良い天気になりそうでよかったなぁ」


 私の言葉が、というか、人の言葉そのものが聞こえていないふりをする。

 この時だけ私は、リフジーさんにぞっとするくらい冷たいものを感じる。


 こんなにぽかぽかと陽気な、農村まで続くカントリーロードを踏みしめていても。

 心が穏やかになる空のパノラマを視界に留めていても。


「……。今日もがんばりましょう」


「ん? やる気になった? エストはわかってるねぇ~」


「……うるさいですよ」


 私はそっぽを向いておくことにした。

 この人には、本当に敵わない。



 ◇



「おお、また兄ちゃんかぁ……」


「ダンさん。またお手伝いにきました!」


「本日もよろしくお願いします」


 燦燦と降り注ぐ日の光。その下で手拭いを持って、額の汗を拭きとる農夫、ダン。

 日焼けで浅黒くなった肌と皺の多い顔は昨日と同じだ。


 彼の前で私達は簡単な挨拶をして。


「うーん。……いや、手伝ってくれっのは十分助かるけどよぉ……。あんたら、勇者なんだろ?」


「そうですね。リフジーさんは勇者。私は補佐官ですが」と私。


「なんだ、近頃の勇者ってのは……ひょっとして、ヒマなのか?」


「ちょ、ちょっとアンタ! せっかく来てくれた人に何言ってんの!」


「あ、イテッ」


 どこから現れたのか、奥さんと思しき女性がダン氏の頭を後ろからひっぱたく。


 ……いや、そうですよ。ダン氏のおっしゃる通りだと思います私も。


 奥さんも、ダン氏同様に肌が焼けているが、少々背が高いからかダン氏ほど田舎臭くない。


「ヒマ……じゃあないですけど、……でも手伝いが必要なんですよね?」


「……」


 ダン氏はリフジーさんのセリフに一瞬目を丸くさせたが、奥さんの方はとても優しい笑顔を示していた。


「ええ。まぁほんと大助かりですよ~! この人も悪気あってヒマとかどうとか言ってるわけじゃないの。ごめんなさいねぇ~」


「いえ。気にしてませんよ。よし、エスト。今日も張り切っていくぞ」


「……そうしましょう」


 その後、ダン氏から作業指示を仰ぐ。

 私達は、今日もこの地に少なくない汗を落としていった。


 勇者は肉体労働だ。なんて世論もあるけれど、農作業だって負けないくらい時には過酷で。

 実際にやってみるのと、聞いていた話とでは、ずいぶん違う。


「ふぅ。……うわ、シャツが汗でベトベトだ」


「リフジーさん、頬に土が付いてますよ」


「ん? …………。そういうエストこそ。鼻のてっぺんに付いてるぞ」


「……~~っ」


 私は妙に顔が熱くなった。

 誤魔化すみたいに、話題を切り替える。


「……それにしても、やっぱりここの農家さんは魔法を使わないんですね」


「ああ」


 この世界には、魔法を使わない農家がいる。

 いや、もっと正確に表現すると、魔法をなるべく避けるように、頼らないように農作物を育てている農家がいる。


「魔法は空気中の魔素に影響を及ぼすからな。農作物にできるだけ魔法を干渉させず、より自然な成育を進めてる所もある」


「結果的に、魔法を避ける、と。……こだわり……みたいなことですか」


「そうだ。無農薬栽培みたいな感じで……って、ん? あそこにいるのは……」


 私とリフジーさん。二人が畑の一角で話をしていると、遠くに見えていた森の茂みから魔物らしき姿が見えた。



「あっ、あれは……⁉」


「グリーンベアの子どもだ」


 私達からやや離れた畑で作業をしているダン氏達に、薄い緑の毛並みをしたグリーンベアは、のそのそと近付いていた。


「っ……」


「あっちの二人に近付こうとしてます! リフジーさん、どうしますか……⁉」


「こっちから仕掛ける。当然、二人に手出しはさせない」


「……」


 そう言って、リフジーさんはグリーンベアの背後へ回ると、石を投げつけて森の方へと誘導していったのだった。





 畑から森へ。リフジーさんがその姿を消してしばらく経ったころ。


「おーい……。ん? あの兄ちゃんはどこ行ったんだ?」


「……ちょっと催したみたいで」


「それにしちゃあ、長くないか?」


 ダン氏は不思議そうな顔をしている。

 まぁ、そうだよね。……私も普通なら不思議がってる。


「今、近寄ってきた魔物を森へ追い返してるんです!」って、そのまま事情を包み隠さず話すほうが正しい気がする。


「とにかく、畑の具合もかなり進んだし、それで十分なんだけどよ」


「そういえばもうそろそろお昼ですね。休憩ですか?」


「ああ。そうだな」


 ダン氏はその場でしゃがみ込んで、私達の耕した畑の土をいじっている。


「…………」


 実は、私がリフジーさんの消えた事情を話さないのは、彼から強く口止めされているからである。



 ◇



「いいかい、エスト。俺がもし魔物を追い払う都合で姿を消したとしても、その事情を依頼者に話してはいけない」


「……また、そんな。……どうしてですか?」


「そんなことしても、無駄な恐怖心を煽ったり、不要な心労を負わせることになるだろう」


 リフジーさんは畑を耕しながら言う。

 私はいつも、ここで話を流してしまっていたけれど、今日はなぜか反論したくなってしまって。


「でも……魔物が出るという事実は、知ってもらってたほうがいいんじゃ……」


「…………。魔物が出たとなったら、ギルド所に依頼を出さなくちゃいけない。……依頼はタダじゃ出せないのは知ってるよな?」


「……っ!」


 そっか。


 たぶん私は知っていた。

 知っていて、これまでずっと見ないふりをしてきたのかもしれない。


 依頼というのは、依頼者の懐事情によって、内容に不釣り合いな報酬金額しか提示できないこともある。


 食いつなぐこともやっとの困窮者が、相応の報酬金を用意できるの?

 答えは限りなくノーに近いはずで。


「依頼を提出した時点で、ギルド所が前金をもらうだろ?」


「依頼者によっては、前金だけで生活を維持できなくなる……」


「……」


 そういうこと、と言わんばかりに、リフジーさんは鍬を畑の土に振り下ろした。


「まぁけどさ、困ってるんです。助けてほしいんです。って、そういう気持ちは等しくみんなその胸にあるわけじゃん。勇者が救わないでどうするんだ」


「っ……」


 困窮した現実。

 そんな依頼者の頼みを請け負う勇者はハイリスクでローリターンなのだ。


 ギルド所に掲載される依頼は、割の良い仕事からそうじゃない仕事まで。様々あるけれど、いつだってその依頼書の向こうには、助けを求めている人が存在している。



 ◇



「すみません。ちょっと抜けてました」


「ん? ああ、もういいよ兄ちゃん。そろそろ休憩にしようって話してたところなんだ」


 リフジーさんが森のほうから帰ってきた。

 ダン氏は若干、呆れた様子を見せていたけれど、一つ大きく息をしたところで。


「午後からは、抜ける時言ってくれよ? 兄ちゃん」


「あははははっ。急に催すこともあるので、その約束はちょっと……」


「若いのに、ずいぶん()()()な……? ま、いいけどな。ガハハハッ」


 リフジーさんは決してトイレの近い勇者ではないけど。

 ……うん。これも、事情を知らなければ無理もない。と思う、たぶん。


「じゃ、兄ちゃんも戻ってきたし、一度家に戻るか。メシぐらいご馳走させてくれ」


「あ、ありがとうございます……」


 ダン氏に促される形で、リフジーさんは私の前を通り過ぎていく。


「……っ!」


 私はそこであることに気が付いて、彼の大きな背中を小突く。



「ん? エスト?」


「あの……リフジーさん。剣に血がついてます」


「あっ……。ありがとう」


「いえ、別に」



 私に指摘されて、リフジーさんはポケットから小さな布巾を取り出す。

 慣れた手つきで、ササッとグリーンベアの血を拭き取る。


 私はきっとその後ろ姿を、今後ももどかしいまま見届けることになると思う。

※あとがき

 お読みいただき、ありがとうございました。

 感想やブクマなどいただけると、今後の創作意欲に繋がりとても助かります。応援してもいいよという方は是非よろしくお願い致します。

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