支配者
一個の生き物ではなく、そもそも生物においての成功って何だろうなと考えまして。
「人類こそ地球の支配者だ。」
教授は講義室で断言した。
「我々は動物を家畜化し、植物を栽培し、自然を管理している。」
学生たちは頷いた。
一人の学生が手を挙げる。
「先生、逆ではないですか?」
教室に笑いが起きた。
教授も微笑む。
「何が逆なんだね?」
「例えば小麦です。」
学生は続けた。
「野生の小麦は、ほんの一部の地域にしか生えていませんでした。でも今はどうでしょう。」
教授は答えない。
「人間は森を切り開きます。川を引きます。害虫を駆除します。品種改良までします。そして何億ヘクタールもの土地を小麦のために使っています。」
学生は窓の外を指差した。
「米も同じです。」
「それは人間が利用しているからだろう。」
教授は言った。
「本当にそうでしょうか。」
学生は首を傾げた。
「生物にとっての成功が、自分の子孫を増やすことだとしたら。」
教室が静かになる。
「人類は八十億しかいません。でも小麦は何兆株もあります。」
「……。」
「しかも小麦は、自分で畑を耕しません。肥料も作りません。害虫とも戦いません。」
学生は笑った。
「全部、人間がやっています。」
講義終了のチャイムが鳴った。
教授は苦笑した。
「面白い考え方だ。」
学生も笑った。
「冗談ですよ。」
その日の夜。
教授は自宅で夕食を食べた。
パンをちぎる。
パスタを口に運ぶ。
ビールを飲む。
どれも穀物だった。
ふと昼間の会話を思い出す。
人類は地球の支配者。
本当にそうだろうか。
もし小麦に意思があったなら。
もし米に目的があったなら。
彼らは何万年も前に一つの戦略を選んだのかもしれない。
「自分で増えるのはやめよう。」
「代わりに、人間を働かせよう。」
教授は苦笑して食卓を見た。
そこには小麦と米が並んでいた。
そして翌朝も、世界中の何十億人もの人間が、彼らのために畑へ向かうのだった。




