手紙。
「ねぇ、あなた?私この指輪とネックレスが欲しいわ」
「君に似合いそうだ。あっ、こっちの色もいいんじゃないか?僕の目の色と一緒だ。ぜひ君につけて欲しいな……」
ルピナスト領、中央都市――
近隣諸国や領地から色々な物が集まる商業区域。
ここでは数週間前から、噂になっている夫婦がいた。
「おっ、またあの二人が現れたぞ!」
「お前、声掛けてみろよ。あの奥さんなら、声かけたら絶対買ってくれるぞ」
「今日は何を買うと思う?」
「また賭けか?」
「俺は宝石に十バルスだ!」
「いや、奥さんの顔見ろよ。あれは……皿だな。俺は皿に二十バルスだ!」
商業区域の至る所から聞こえてくる会話。
本人たちに聞こえているかどうかなど、誰も気にしていない様子だった。
まるで、カモを見つけたかのような目で領民たちは二人を見る。
しかし、当の本人たちは気にもとめない様子で、店内へと入って行く。
「うわぁ~今日はドレスだったかぁ~」
「ラッキー!今日は俺の勝ちだな」
扉越しに聞こえてくる噂話に、二人はホッと息を吐いた。
「とにかく、目立つようにという指示だったから目立っているが……本当にこんなのでいいのか?」
「お嬢様の言葉を信じられないと言うの?」
傍から見れば、ドレスが並んでいるお店だが、実は中に入ると、それとは別の部屋が用意されていた。
「ヴィオラお嬢様、お疲れ様です。」
「セス、ありがとう。まさか……ここに行くように言われて来たはいいけど……あなたがいるとは思ってもいなかったわ」
「ふぉっふぉっふぉっ……私もヴィオラお嬢様と同じように、エヴァンジェリンお嬢様に助けられた身です。おそらく……似たような者は至る所にいると思いますよ。」
そう言いながら、カップとクッキー、そして一通の手紙をテーブルの上に置いた。
「こちら……クラウディウス様宛に手紙が届いております。」
「手紙……?」
セスはコクリとうなずくと、それ以上の内容を聞く気はないのか、そのまま部屋の外へと出て行った。
「一体、誰からだろうか。」
「さぁ……でもお嬢様でないことは確かね……。お嬢様なら、屋敷に直接送るだろうし、自分の雇っている人を使うはずだもの」
クラウディウスは封筒を手に持つと、裏返して差出人を確認する。
「……確かに、これはお嬢様からの手紙じゃないな……」
差出人をヴィオラに見せると、彼女は一瞬だけ目を細め――そして、静かに息を吐いた。
「……おかしいと思ってたのよね。あの人……生きていたのね」
「あの人……?」
ヴィオラの言葉に、クラウディウスは首を傾げた。
「えぇ。事故にあった時の……御者よ」
「お父様とお母様の遺体は見つかったのに、馬車に乗っていたはずの御者だけが、どうしても見つからなかったの」
「……それで?」
「叔父様たちにも何回か聞いたけど、生きていた可能性は、ずっと否定されていた」
「でも……こうして手紙が来た以上、答えは一つね」
ヴィオラは手紙の端を切ると、中身を取り出した。
その中には――
黒い手紙が一枚入っていた。
―――――
今宵、
月が最も高く昇る刻。
帳簿に名を持たぬ品々が、
灯の下で居場所を得る。
名を捨て、身分を忘れ、
ただ“価値”のみを携えて集え。
招かれし者にのみ、
扉は静かに開かれる。
アルデバラン
―――――
「これは……」
ヴィオラは黒い紙から視線を離さず、指先で縁をなぞった。
「やっぱりね……」
短く息を吐いてから、ヴィオラは顔を上げた。
「恐らく、闇オークションの招待状ね。」
「主催者は、アルデバランって書いてあるけど……」
「なんだ……知り合いか?」
「知り合いか……は会ってみないと分からないわね。でも……私の予想が正しければ、本名はアルディン・ヴァランと言うのではないかしら」
「アルディン・ヴァラン?」
ヴィオラはクラウディウスに視線を送ると、目を細めながらうなずいた。
その顔は化粧のせいか、いつもより艶めいて見える。
「そう……ルピナスト伯爵家の元御者と、まったく同じ名前よ……」
「……やっと見つけたわ」
そう言って浮かべた笑みは、喜びというには静かすぎて、怒りというには、あまりにも整いすぎていた。
***
「エヴァ。手紙が届いているぞ」
ヴィオラたちに招待状が届く数日前──
エヴァンジェリンの元には、ヴィオラではない別の人から手紙が届いていた。
「あら、ユリウスが持ってきてくれたの?ルカリオスは……」
「グレンヴァリアを見たいからって視察に行っているだろ?」
「……そうだったわね」
ユリウスが持ってきた手紙を開きながら返事をすると、エヴァンジェリンは手紙を読み始めた。
それからしばらくして──
手紙から視線を外すと、エヴァンジェリンはメガネのブリッジをクイッと持ち上げた。
すると、まるで獲物を見つけた鳥のように、レンズが一瞬、キラリと光った。
「……ふふ。ついに動き出したみたいね」
(何が……と、聞くまでもないな。)
こういう顔のエヴァンジェリンは、だいたいろくなことを考えていない。
「………ふふ……もうすぐ準備が整うわ!!」
その言葉に、ユリウスは反射的に嫌な予感を覚えた。
(……また巻き込まれなければいいが……)
「あっ、そうそう!ユリウス。あなたにお願いがあるのよ!」
(……そうは上手くいかないか……)
「な、なんだ?」
ユリウスは、心の中で小さく息を吐くと、平常心を保ちながら返した。
「ルピナスト伯爵領についてきて欲しいのよ。」
「それは、構わないが……」
(思ったよりも、まともな内容でよかった……)
前回のような無茶振り出なかったことに、胸をなで下ろす。
「ならよかったわ。それと、この箱に入っているものをヴィオラたちに送るように言っておいて!」
しかし、この時のユリウスは気づいていなかった。
エヴァンジェリンが、そんな……
簡単に引き下がる女ではないということを……
すっかり忘れていたのだった。
「さっ、こっちもあとひと踏ん張りで準備は終えられるわ」
そう言って、エヴァンジェリンは楽しそうに笑った。
「……私たちのお酒、利子込みで返してもらわないとね」
(なんだか……寒気がするぞ……風邪か……?)
ユリウスは腕を軽くさすった。




