デビュタント。
「すごい人ね……」
王宮前──
馬車の窓から外を覗くと、そこには、これから夜会に参加するであろう貴族たちが、王宮に向かって歩く姿が見えた。
「あの絹……我が領地のものじゃないかしら。あそこの宝石も……」
先ほどまで、今にも死にそうな顔をしていたエヴァンジェリンだったが、王宮に近づいてきたことで、少しずつ生気を取り戻していた。
「……本当に変わらないな……」
ルドリオスが額に手を置き、首を横に振りながらため息をつくと、その隣にいた女性が話を続けた。
「……えぇ……。もう少し、自分の服装にも気を使ってくれるといいんですけどね。」
しかし──
そんな二人の会話に興味などないのか、エヴァンジェリンは窓の外を眺めている。
「仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれません。なんたって、私たちの娘ですから。」
「そうだな……顔は君そっくりで美しいしな、エヴァリーヌ。」
「ふふ……それを言ったら、あの眼鏡は貴方にそっくりですわよ?」
ルドリオスはエヴァリーヌの腰を引き寄せながら、窓を眺めているエヴァンジェリンに視線を移す。
すると、彼女はふと振り返った。
「どうしたんです? お母様は顔が赤いようですし……体調が悪いなら、帰りましょうか?」
エヴァンジェリンの突飛な言葉のせいで、さらに赤面すると、エヴァリーヌは彼女に聞こえないくらいの小さな声で、ぼそりと呟いた。
「本当に……ルドに似すぎて、鈍感すぎるわ。」
「……?」
エヴァンジェリンは、エヴァリーヌを見て心配そうに首を傾げた。
「大丈夫よ。それよりも……そろそろ着いたみたいね。」
コンコン
馬車がゆっくりと止まると、御者が扉を叩いた。
「旦那様。王宮に到着いたしました。」
「開けてくれ。」
ルドリオスの言葉と同時に、扉が開く。
刹那、風が馬車の中へと流れ込んだ。
ルドリオスが先に降りると、扉の前で手を差し出す。
(さすが、お父様ね。エスコートも様になっているわ。)
エヴァリーヌがルドリオスの手の上に手を乗せ、ゆっくりと馬車から降りる。
それに続いて、エヴァンジェリンも馬車を降りた。
その瞬間――
歩いていた人たちが、一斉にこちらを見る。
「本当に美しいお二人ね。シルヴァリア公爵夫妻……とても絵になるわ。」
「ねぇ~……大恋愛の末に結婚されたお二人だもの。いまだに、シルヴァリア公爵は愛妻家として有名だし。」
「「「憧れの二人よね~」」」
(わかるわぁ~。私にとっても、自慢の両親だもの。それに……我が領地を発展させるには、二人に頑張ってもらわないと!)
周りの言葉を聞いて、エヴァンジェリンは、うんうんとうなずく。
「……って、あの後ろにいるのは誰……?」
「あれは……侍女じゃない?」
そう言われて、エヴァンジェリンは思わず振り返った。
(侍女……なんて連れてきていないけど。まぁ、いっか。)
エヴァンジェリンの動きに、その場にいた全員の声が重なった。
「「「あなたのことよ!」」」
「えっ……私!?」
(あぁ~確かに、侍女に……見えなくもないものね。)
一人うなずいていると、前を歩いている二人が立ち止まる。
「「エヴァ。」」
「はい、すぐに行きます!お父様、お母様。」
エヴァンジェリンは二人の声に一度微笑むと、小走りで二人のもとへと向かった。
エヴァンジェリンの返しに、辺りは一瞬静まり返る。
そして三人が王宮内に入ると――
「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?!?!? 娘だったのぉぉぉ!?!?」」」」
貴族たちの声が、王宮前に木霊した。
***
「エヴァ。やっぱり、眼鏡を外してきた方がよかったんじゃないかしら。」
エヴァリーヌの言葉に、エヴァンジェリンは眼鏡の端をクイッと動かす。
「いえ、眼鏡がないと何も見えませんし、これはお父様とおそろいなので。絶対、外したくありません。」
その言葉を聞いていたルドリオスは目に涙を浮かべ、エヴァリーヌは逆に、こめかみをぐりぐりと押さえながら、ため息を吐く。
「まぁ、エヴァがいいなら、いいのだけれど……」
「はい。それに、見た目よりも中身が大切ですからね。では、私は婚約者を探してまいります。」
エヴァリーヌの話を遮ると、エヴァンジェリンはバルティオスとの待ち合わせ場所へと向かった。
(さすが、王宮というだけあって、装飾品だらけね。いつか、我が領地の物も置かれるようになるといいけど。)
忙しなく顔を動かしながら周辺を観察していれば、バルティオスとの待ち合わせ場所へとたどり着いた。
バルティオスが庭園の中に一人立っているのが見える。
(まぁ~……見た目だけは美男子なのよね。中身は残念だけど。)
「バル――」
バルティオスに話しかけようとすると、隣から見知らぬ女性が一人、姿を現した。
「あぁ~……なんて美しいんだ。エマリア。君は僕の太陽のようだよ。」
「レグ……貴方も素敵よ。私、貴方と出会えて幸せだわ。」
白い月下美人が咲き誇る庭園の中――
物語の主人公にでもなったかのように、抱きしめ合う二人。
それを見たエヴァンジェリンは、声をかけることなく、踵を返した。
(なるほどね~。婚約者がいながら浮気していたなんて……しかも、ミドルネームまで呼ばせるなんて。本気ということかしら。)
ミドルネームを持っているのは、王族から与えられた一部か、古くから続いている名家のみ。
しかも、それを呼ばせるとなれば、それは特別な人同士ということになる。
(お父様やお母様も、外ではわきまえているというのに……まるで、物語の主役にでもなったと勘違いしているのかしらね。)
エヴァンジェリンは眼鏡をクイッと上げると、そのまま王宮内へと戻っていく。
(ふふふ。まぁ~いいわ。ミドルネームを呼ばせたということは、私と結婚する気はないと証明したようなもの。)
セレニア国では、昔から古いしきたりが残っていた。
それは、ミドルネームを呼んでいいのは、妻、夫となる者、そしてこの国の王族のみというものだ。
(もともと、あの男の結婚は反対だったのよ。これで……あの男と離れられそうね。どうしてやろうかしら……)
エヴァンジェリンは、近くにあった一口大のチョコレートを手に取ると、ぱくりと口に含む。
「あら、これ……おいしい。」
次から次へと、チョコレートを口に含んでいれば――
パチーン!!
何かを叩いたような音が、場内に響き渡った。




