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第八話 王太子と公女、或いは兄と妹

ガーデンパーティーが終わり、令嬢たちは王宮の正門に向かっていた。アイリスが集団の中央で談笑していると、声をかけられた。


「公女さま」


見知った顔、兄の侍従である。


「王太子殿下がお呼びでございます」

「あら。先触れのひとつやふたつ、いただきたいものですわね」

「申し訳ございません」


もっと早く言え、と言外に釘を刺すが、兄のところまで伝わるかは不明である。笑顔で令嬢たちと別れ、アイリスは兄の下へ向かった。

アイリスと兄の歳の差は5つ。けれど、一緒に過ごしたことは殆どない。儀礼的に誕生日の品を贈るだけ。他に交流らしき交流はない。

執務室で兄は書類の山に囲まれていた。立太子されたばかりだというのに、馬車馬の如く働かされているのだろう。けれどアイリスが入室すると、微笑みを浮かべて手を止める。この顔に耐性がなければ、鼻血を吹いて倒れているであろう。相変わらず美しい方である。


「よく来たな」

「王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じ上げます」

「挨拶は良い。座りなさい」


兄はアイリスの向かいのソファに腰掛けた。


「婚約が決まったのだ」

「左様でございますか。心よりお喜び申し上げます」

「お相手は、エリーザベト=ブリュンヒルデ・フォン・バルツァー。婚約発表は建国祭のひと月前。婚姻は再来年の春を予定している」


告げられた名は、三つ西の王国、バルシュミーデの第二王女の名だった。小さいながらも交易の要所であり、周りの大国と付かず離れずの距離感を保っている。


「……お淑やかでお美しい王女殿下とお聞きしております」

「そうか」


兄や父が持つ以上の情報をアイリスは持ち得ない。探ることも出来ない以上、言うべき言葉は他にない。


「時に公女。そなたは先日、婚約者とデートをしたとか」

「……はい」


唐突な話題の転換に、アイリスは些か困惑する。何が本題なのか、まるで分からない。


「何が一番楽しかったかい?」

「は?」

「年頃の令嬢は、何を好むのかな?」


アイリスはにこやかな笑みを浮かべた兄を、たっぷり3秒見つめた。冗談かと思ったが、(みどり)の瞳は曇りもなく、どこまでも澄んでいる。


「……第二王女殿下とお出かけになる場所をお探しですか」

「あぁ。そなたは王女と年も近いし、何かしら分かるのではないかと思ってね」


人選をお間違えです、という言葉が喉元まで込み上げてきた。


「……わたくしは王女殿下の好みを存じ上げません。軽率なご提案は、却って王女殿下の気を害してしまうかもしれません」

「一理あるな。交流を深めてから、ということか」


ふむ、と兄は顎に手を当てて考え込む。


「花や手紙は、貰って嬉しいものであろうか」

「好ましい相手からの贈り物なら、余程嫌なものでない限り、好ましく感じると思われます」

「そうか。やはりそなたに聞いて正解だな」

「......殿下は」


不意に、言葉が口をついていた。


「殿下は、何がお好きなのですか」


兄は驚いたように目を見開く。


「私が好きな物?」

「......互いに、互いの好きな物を知るのが、重要かと」

「そうなのか」


兄は不思議そうな顔をしている。

そういえば、この兄も公爵夫妻の元で育ったのか。

アイリスは兄の美しい顔を眺め、口を開いた。


「......わたくしは、ヴィノグラード卿がわたくしに好きな物を下さったとき、嬉しく思いました」

「そなたの好きな物というのは?」

「......青です」

「色、か。ヴィノグラード卿は、そなたに青いものを贈ったのだな」


アイリスは言いながら困惑していた。好みなど兄と話したことはない。個人的なことを話すのは初めてと言ってもよかった。誕生日の贈り物は何度も渡しているのに、そんなことも知らない方がおかしいような気もするが。


「――そうだな。私は、銀色が好きだ」

「銀色、でございますか」

「あぁ。磨き上げた鋼の色だ」


アイリスは、かつて見かけた兄の剣の練習風景を思い出した。素振りをしようと別邸の練習場に行った時、剣を振るっていた兄。あの時兄はまだ十を過ぎたばかりだったと思うが、既に騎士と剣を交わしていた。今では近衛騎士に勝るとも劣らない腕前だという。或いは兄は、書類仕事などよりも剣を振るうことの方が好きだったのかもしれない。

話しかけることなく踵を返した日のことを、なぜか鮮明に思い出す。


「なるほど。確かに、好きな物を語るというのは悪くないことかもしれないな」


兄はいつも通りの笑みを浮かべた。


「ありがとう、公女」

「――勿体ないお言葉でございます」


アイリスは頭を下げた。

兄妹という立場を捨てた今になって、どうしてか兄を近しく感じた。






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