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第七話 王妃のお茶会

赤地に金糸の刺繍が施された異国のドレスは、太陽の元にあって眩く輝いていた。お茶会の会場に足を踏み入れると、ざわめきがぴたりと止んだ。アイリスは笑みを保ったまま歩を進める。ガーデンパーティーでは位の順に着席するので、予め席が決まっている。アイリスは王妃の隣、最奥のテーブルに残った空席のひとつだ。


「――ごきげんよう、皆さま。麗らかな日差しが心地いいですわね」

「ご機嫌麗しく、公女さま」


答えたのは侯爵家の令嬢だ。国内でアイリスが頭を下げる女性は、王妃と三人の公爵夫人に限られる。残る全ての令嬢と夫人は、アイリスからの声掛けを待たず声を発することは許されない。


「素敵なお召し物ですね。ヴァレーゼのものでしょうか?」

「ええ。ちょうど、わたくしの瞳に似た色味のものがあったからと、お父様が贈ってくださったのです」

「お優しいお父君ですわね。わたくしも袖を通してみたいのですけれど、なかなかご縁がありませんの」

「流石は公女さま、誰よりもお早いですこと。わたくし、まだ誰も、ヴァレーゼ衣装を着ている方を見ていませんのに」


口元を扇で隠した令嬢が瞳を歪ませて言った。アイリスはわざとらしく口元に扇を当てる。


「まぁ、あなたはご存知でないのね」

「な、何をでしょう」

「お父様は、お母様とわたくしにくださったのです。一目見て気に入ったお母様は、親愛の証に王妃殿下に色違いのヴァレーゼ衣装を贈られておりましたわ。確か、4日前のことですわ」

「っ、そうでしたの……仲の、良いご家族ですこと」

「ええ、ほんとうに」


けれど実は、とアイリスは悪戯っぽく微笑んだ。


「少しお父様を責めてしまいましたのよ」

「あら、なぜですの?」

「お父様ったら、ヴァレーゼ衣装を着たお母様に見惚れて、隣にいたわたくしのことをすっかりお忘れになってしまわれたの。お母様がお父様に、アイリスの分は?とお聞きして、漸く渡してくださったのですよ」

「あら、公爵閣下はいつまでも夫人に夢中ですわね」


そうらしい。アイリスは実際には知らないけれど。公爵を父と呼ぶことも、夫人を母と呼ぶこともないから。


「まったくですわ。いつも親の惚気を聞かされる娘の気持ちになってほしいものです」

「ふふふ」

「――王妃殿下のおなり」


和やかな笑いが広がったとき、侍従がよく通る声で言った。令嬢たちは立ち上がり、一斉に頭を下げる。侍女を引き連れた王妃の足音が近づき、隣で止まった。


「皆、顔をお上げなさい」


王妃、ウィレミナ=キャロライン・ディナ・ノーリッシュ。国王より二つ年上の29歳で、結婚して9年になる。微笑みこそ穏やかだが、国母として君臨するに相応しい、冷ややかな威厳をも併せ持っている。


「今日はわらわのガーデンパーティーに参加してくれたことを嬉しく思うわ。皆、楽しむように」


はい、と令嬢たちは声を揃え、王妃の合図で再び席に着く。


「――久しぶりね、公女」


声をかけられ、アイリスは軽く頭を下げた。


「お目にかかれて光栄でございます、王妃殿下」

「立太子式以来かしら。王都での生活にも慣れて?」

「はい。王妃殿下も益々ご清栄のことと存じます」

「まぁ、それはあなたにこそ相応しい言葉でしょう。次期公爵にして、次期王妹。ほんとうに、世の中何が起きるか分からないものだわ。ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」


流れ矢を食らった侯爵令嬢は青ざめている。ここで王妃殿下の言葉を肯定すれば国唯一の公女を敵に回し、否定すれば王妃に楯突くことになるのだ。無理もない。


「すべては兄が賜りました格別な栄誉の余波、わたくしの身に余るお役目ではございますが、誠心誠意努めてさせていただきます」

「身に余るだなんて。もっと自信を持っていいのよ。柔らかな花で編まれた天秤が脆く崩れてしまうのではないかと、心配になるわ」


花は女性、天秤は、グランヴィル家の家紋を指す。周囲の令嬢が頬を引き攣らせる中、アイリスはただ笑みを深めた。


「お気遣いいただきありがとうございます。玉として、天秤をより強固にし、国を支える一柱になれれば幸いでございます」


玉もまた、女性を指す美称である。花と違い堅固であり、台座にも飾りにも相応しい。

王妃はどちらの意味で捉えたのか、目を細めて扇を口元に当てた。どことなく、満足げな笑みである。


「……そう言ってくれるのなら安心できるわ。無理はせずにね」


アイリスが軽く頭を下げたところで、王妃は他の令嬢に声をかけた。剣呑とした雰囲気は消え去り、同じテーブルの令嬢は安堵した様子である。

王妃は義理の伯母にあたるが、今まで交流は殆どなかった。これはアイリスがアルビノであり、外出を許されなかったことが原因だ。王妃にしてみれば忌まわしきアルビノがいきなり筆頭公爵位を継ぐのだ、警戒もしよう。

――及第点、ということかしら。

最後の微笑みの意味を考えながら、アイリスは紅茶に口をつけた。





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