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第三話 青の薔薇

「お待ちしておりました、公女さま」


前回が庭園だったからだろうか、サザーランド邸を訪れた今月、案内されたのは庭園だった。先に待っていたレイが、恭しく一礼する。


「ひと月ぶりですね、サザーランド様」


頷いて、レイは後ろ手に持っていたものを前に出した。白薔薇だ。


「ご覧下さい」


青みを帯びた黒の瞳が妖しく煌めいた。見る見る内に、白薔薇が青く染まる。驚いてレイを見ると、レイは真顔である。


「青がお好きだと仰っておられましたので、作りました」

「……すごい」


漏れた感嘆の言葉に、レイは微笑んだ。自然に存在し得ない花を作ったばかりとは思えぬ、柔らかな笑みだった。


「宜しければ、お納めください」

「宜しいのですか?」

「あなた様のためにお作りしたものです」

「では、ありがたくいただきます」


青の薔薇を従者に持たせ、アイリスは椅子に座った。


「最近は離れでこの魔術を作ったり、魔導具への付加について研究しておりました」


魔術のことに詳しくないアイリスだが、それでもレイの魔術開発がとんでもないことだということは分かる。


「魔道具に、ということは、もしや人の髪や瞳の色を変えられる可能性があるということでしょうか」

「はい。ネックレスやブレスレットに付加しようと思ったのですが、触れた部分も変色してしまうので、改善しております」

「……便利なものですが、世への流出に慎重にならねばなりませんね」

「え?――あぁ、犯罪者の手に渡ると厄介ですね」

「はい」

「でもこれは、公女さまに差し上げる物なので、他に作る予定はありません」


アイリスは目を見開いた。自分だけの為に何かを与えられるということは、ないことだった。

何かを言おうと思った。それは感謝の言葉であったかもしれないし、悲鳴であったかもしれない。けれどそれらは音になる前にどこかへ消えてしまった。


「魔石は青にしようかと思うのですが、デザインのご希望はございますか?」

「……いえ。お任せいたします」

「畏まりました」


レイは、どんな表情でアイリスへ贈る物を作るのだろう。

ふと、どうでもいいことが気になった。


「……魔導具を作るところを、見ても宜しいでしょうか」


意表を突かれたのか、レイは切れ長の瞳を見開いた。


「……危険がないとは言い切れません」

「構いません」

「それでは、ご都合のよろしい日をお知らせください」


はい、と答えると、沈黙が落ちる。所在なく、アイリスはティーカップに視線を落とした。


「——公女さまは、如何お過ごしでしたか?」


静謐な声に、顔を上げる。


「……わたくしは」


単調な日々を語るための言葉を探すのに、少し時間を要した。


「特に、何も」

「左様ですか」


***


「……驚きました」


そうですよね、と深々と肯定の意を示される。珍しく感情が乗った声である。


「何をどうしたら、あなたがその状態になるのでしょうか」


アイリスはレイを繁々と眺める。埃と汚れと血に塗れたレイは、面目ない、と頭を下げる。その後ろに、魔導具と羊皮紙と本が至るところに散らばり、足の踏み場も存在しなさそうな、レイの自室が見えた。



***



月の終わりに、アイリスは再びサザーランド辺境伯家の王都邸宅を訪れた。普段ならば初老の執事長が出迎えるはずが、何やら邸が慌ただしく、現れたのはメイド長だ。はて、と首を傾げつつ案内されたのは、客間ではなく、婚約者の自室である。


「申し訳ございません。坊ちゃまは離れで不眠不休で魔術開発をしておられたのですが、こちらに戻ってきた際に、寝惚けて客間を吹き飛ばして負傷してしまったのです。折角だから模様替えもしようということになりまして、今日は客間でなくて、坊ちゃまの自室に案内させてもいただきます」


色々と突っ込みどころがあったように思うが、面倒なのでやめておいた。


「坊ちゃま。婚約者様がいらっしゃいました」


ドンガラガッシャン、と派手な音が部屋の中から聞こえ、程なくして扉が開けられた。


「坊ちゃま。そんな格好では失礼ですよ。きちんとなさいませ」

「身なりよりも手当を」

「乳母。二の姉上の部屋の治療箱を出しておいてくれ」

「......畏まりました」


若いメイドをひとり残して立ち去るメイド長を見送ってから、アイリスは、呟く。

――驚きました、と。


話は冒頭に戻る。


「普段は離れで暮らしていると手紙に記されていたように思うのですが、この部屋の散らかり具合は如何なることでしょう」

「使えない魔導具や羊皮紙を押し込めておりました。触れると爆発する危険性があるため、使用人は立ち入らせておらず……結果この惨状です」

「なるほど、理解いたしました。こちらにいらしてください」


レイは大人しく部屋から出てきた。その頬にも、小さく切り傷がある。アイリスはハンカチを取り出すと、背伸びをして血を拭った。


「魔術の開発に勤しまれるのは結構ですが、ご自分の身の安全を優先してくださいませ」

「申し訳ありません」

「手当をお受けください。わたくしは、どこかお邪魔にならないところでお待ちしております」

「.....では、姉の部屋に参りますので、ついてきていただけますでしょうか。今は殆ど使われておりませんが、職業柄、手当の道具は大量に置いてありますので」

「承知いたしました」


アイリスはレイに付き従って廊下を進んだ。会話はなかった。





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