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私を殺す、婚約者〈完結〉  作者: 伊沙羽 璃衣


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番外編 二つ名魔術師の会合 後

レイが到着して2日後、ようやく19名の魔術師が揃い、会合が始まった。昨日までは悲惨な有様だった大広間は修復され、大きな円卓に魔術師たちが並ぶ。初日とあって、皆魔術師の正装(ローブ)を纏い、杖を卓上に置いていた。この一幕だけを切り取るならば、神聖な会合に見えるかもしれない。魔術師の証ともされる杖を普段は物干し竿とか箒の柄に使っていると知れたら、そんな神聖さも薄れるだろうが。


「――依然として東大陸全体で、魔力だまりが減っている傾向が見られます。昨今では魔術師の数も減りました」

「西大陸の組合員と話す機会があったが、あちらも随分減りが著しいようだ。砂漠地帯の魔力だまりは殆ど枯渇してしまったとか」

「食い止める方法がないか、6年に亘って風花(かざばな)と共に研究いたしましたが、手を尽くしても変化はありませんでした」

「もはや自然の摂理として受け入れる他ないかと」


複数の魔術師からの報告を聞き、最年長の雷鳴の魔術師が呟いた。


「近頃では蒸気機関とかいうものが大陸西部で研究されているそうじゃのう。科学の進歩に伴って、魔術師は淘汰されていくようじゃ」

「......引き続き、風花と共に研究を続けます。何かしら手立てはあるかもしれない。諦めるにはまだ早いかと」

「感謝いたします、白蓮(びゃくれん)。補助金は昨年と変わらずで宜しい?」

「はい、ありがとうございます」


僅かな沈黙の後、各地の魔術師たちの動向に議題が変わる。各地の、といっても問題行動を起こした者や虐げられている者たちの調査が主で、これはどちらも数が少なくその場の面々を安堵させた。


「――そうだわ、そろそろ二つ名を増やさない?」

「どういうことだ、水鏡」

「ここ10年で、二つ名に任じられたのは幽冥(ゆうめい)流転(るてん)だけよ。若い子を入れないと、ぼけ老人ばっかりになっちゃうわ」

「あー確かに」


白髪の老人たちが深々と頷いている。


「そろそろ召されそうじゃしのう、若人に世代交代をする時期かもしれんなぁ」

「あと百年生きそうな爺がよく言うね」

「何を言うか、わしゃあもう216だぞ」

「218よ~、ぼけてるわ~、大変~」

「とはいえ誰を入れましょう。そもそも規定の魔力量を満たしている人物も、最近は随分と減ってしまいましたが」

「それが問題よね~」


組合は魔術の階級を魔力量で定めている。二つ名の魔術師は300を最低条件としていたが、ただでさえ魔術師が減少している中で、300という数値を越えるものはなかなかいない。レイが早々と二つ名の魔術師の称号を与えられたのは、魔力量が768、存命の魔術師の中で2番目の数値を叩き出したのが大きいだろう。


「魔力量が200台でもいい論文を書いていたり、魔物の討伐数が多い子に二つ名を挙げてもいいと思うのだけれど。今は、ひとり当たりの負担が大きいじゃない」

「魔力量の規定を上級と同じくするということか? せめて250程度にしておきたいところだが」

「それだと候補が20人くらいしか増えないわ」

「あるいは、上級魔術師に地方の報告を頼んでは。今は手すきな二つ名が各地を回っていますが、数が減ったらそれも儘なりません」

「二つ名の役割を上級に任せるのはいかなものか」

「しかし」


議論は長く続いた。来年の割り当ても含めて話し合いは夜まで続き、一度話し合いはお開きとなった。


「――流転どの!」


レイは仮面をつけた男を追った。


「幽冥。何か用かな」


答えた声はまだ若い。二つ名の魔術師の中でレイに次いで若く、デューア王国の隣国の第五王子でもあった。10年前、史上最年少の12歳で二つ名を賜っている。


「転移魔術をご教授願えないでしょうか」

「......ほう?」

「今、転移魔術を習得しようとしているのですが、小さな物を短距離動かすのが精いっぱい。流転どのが論文に記していたように、大きな物、長い距離という二つを克服することが困難なのです」

「目的はなんだい?」


意味を図りかねて、レイは瞬いた。ローブと仮面から覗いた口元は弧を描いている。


「君は貴族、しかも次期王妹の婿と来た。そなたが転移魔術を習得すれば、物流に革命が起きる可能性は勿論、戦争に使われる可能性だってある」

「そんなことは考えておりません」

「ではなぜ? 二つ名の由来(・・・・・・)となった魔術(・・・・・・)を極めればよいのではない?」

「それはそれで有用ですが......実は婚約者の誕生日が12月28日なのです」

「.......うん?」

「会いに行きたいのですが、新年は家族で過ごすという不文律がございますから、それも難しく。転移魔術を覚えたらすぐに帰ってこれると思い至りました」


流転は暫し沈黙した。


「ふ」

「?」

「ふふふふふふふふふふ」


やがて漏れたのは大きな笑い声だ。


「――なるほど、愛ゆえに、か。面白い。いいよ、教えてあげよう」

「感謝いたします」

「おいで。屋根に登ろう」


流転はレイを屋根に誘った。足場が不安定なそこで、流転は何度もレイを連れてあちこちに転移した。間近で観察し、また体験することで魔力の流れを掴み、長距離で人ひとりを動かすことに成功した。


「ありがとうございます、流転どの」

「何、大したことではないよ。現世(うつしよ)で会った時はよろしくね、幽冥(・・)の魔術師さん」


会合は半月と定められているが、話し合いそのものは4日で終わった。それ以降は二つ名同士で親睦を深めたり喧嘩をして過ごすのだが、国王の具合が思わしくないとかで、流転はレイが6日かけて転移魔術を習得すると早々に城から出て行った。


「若手がひとり帰っちゃって寂しいわ。わたしたちだけじゃ老人に立ち向かえないわ。ねえ、幽冥」

「ソウデスネ」

「そうだわ、このお城の魔術、教えてあげるって約束してたわね。今やりましょうか」

「お願いします、水鏡どの」


「おや、ここはどこかの。おお、幽冥ではないか。何をしているんじゃ?」

「いきなり部屋に入ってこないでいただけませんか、雷鳴どの」

「婚約者への恋文を書いておるのか。どれ、読ませてくれ」

「嫌で......いつの間に取ったんですか!? 返してください!」

「ほー、お主の婚約者はアイリスというのか、べたぼれじゃのう。あ、取られた」

「元々俺のですから!」


「あっ、幽冥! そこの馬鹿捕まえてくれ!」

「幽冥そこを退け!」

「お菓子泥棒だ!」

「追われてるんだ、たすけてくれっ!」

「頑張ってください、失礼します」

「「あ、逃げたな幽冥!」」


水鏡に揶揄われたり老人たちのお茶会に呼ばれて数日を過ごし、会合は終わりを迎えた。水鏡が指を鳴らすと、水の城は初めからなかったかのように海に溶けた。魔術師たちは思い思いの方法で彼らの家に戻ったり、旅を続ける。

レイは習いたての転移を使って邸宅に戻った。座標指定が不正確だったせいで、離れではなく本邸に転移してしまったが。使用人たちが早い帰還に驚くのをしり目に、レイは自室に急いだ。

インクと便箋を取り出して、机に向かう。


――アイリス=ヴィオレーヌ・ディア・グランヴィル様


書くことに慣れた手は、自分の名前よりもよほど綺麗にその名前を記した。



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