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第二話 立太子式

祭りから一か月半、立太子式が行われた。

グランヴィル公爵が嫡男・セオドリックは居を王宮に移し、王太子教育が始まる。

これに伴って、公爵位継承権が第一位に繰り上がったアイリスは次期公爵に決定。その婚約者にヴィノグラード侯爵の次男・レイが選ばれたことが公にされた。

まだ14を迎えていないが、アイリスはこの立太子式を機に社交界入りすることとなった。立太子式では公爵家の家紋の色である緑を纏い、その後の舞踏会では、デビュタントの慣例に即して白を纏った。レイは全ての儀式と宴でアイリスの横に立ち、揃いの衣装を身につけた。


「ご婚約おめでとうございます」

「両家に益々の繁栄がもたらされますよう」

「しかしアルビノが公爵とは」


祝いと嘲りと、器用にふたつを併せ持つ言葉への対処には困らない。懸念するはアルビノを妹に持つ新たな王太子への批判だが、本人の有能さのおかげか、そうした言葉は殆ど聞かれなかった。


「お疲れではありませんか?」

「問題ありません。公女さまこそ、少し休息を取られた方が宜しいのでは」


アイリスは緩く首を横に振る。この程度の罵詈雑言、受け流せずして次期筆頭公爵と名乗れない。

アイリスとレイの周りは、祝いの言葉を述べる人が絶えない。けれどその最中にあっても、群衆のさざめく声はよく聞こえた。四方から向けられる冷ややかな眼差しは、祝いの言葉の温度差と相まって凍りつきそうなほどである。

――それが、どうした。


「気味の悪い」「よくも人前に顔を出せたもの」「殺されなかっただけ御の字」「王家に連なる娘とは思えぬ」「見るだけで忌々しい」「公爵は何をお考えなのか」「あの血のような眼差し」「得体の知れぬ娘が公爵になるなど」

「消えて仕舞えばいいのに」


公爵家を貶め、アイリスの死を願う言葉は、羽根のように軽やかだ。

だから、アイリスは笑った。その程度の軽さしか持たない言葉で、揺らぎはしないと示すために。

蔑まれることも死を願われることも慣れた。心は鈍麻し、今更傷つきはしない。


「……それにしても、ヴィノグラード侯爵も随分と思い切りましたなぁ」


誰かの呟きに、ぴくりと眉が動いた。


「己の息子を悪魔に売って、次期国王に擦り寄るとは」「侯爵位の中では下の家柄が、身の程知らずも甚だしい」「息子の方も、婚約者として平然と隣に立つとは」「ともするとヴィノグラードの子息もどこかおかしいのかもしれませんなぁ」「異常者と異端と、お似合いでは?」


視線をそちらに向けて微笑むと、中年の男たちはぴたりと口を閉ざした。


「……公女さま」

「はい」

「人混みに酔ってしまったようです。テラスで涼みたいのですが、ご一緒していただけませんか?」

「……勿論ですわ。参りましょう」


空は澄んでいた。テラスから見下ろす庭園は、昨夜まで降り続いた雨でしっとりと濡れている。

人に酔ったと言う割に、レイの顔は普段と変わらない。アイリスを連れ出すための口実だったのだろう。


「……申し訳ありません。わたくしのせいで、あなたまであのような言われ様」

「構いません。価値のない者たちの囀りに痛むほど、繊細な心の持ち合わせはございませんので」


ふ、とアイリスは笑う。お似合いという言葉は、ある意味で事実かもしれない。


「それならば、宜しいのですけれど」

「それよりも、公女さまはご自身を気遣われたら如何です」

「……わたくしを?」


レイの視線はいつもよりどこか鋭い。ともすれば苛立っている様にも見えた。


「どうして私をお使いにならない。私はあなたの盾です」

「秘蔵の盾の使い所はここではないでしょう」


レイを矢面に立たせれば、確かにアイリスへの罵倒は減るだろう。だがそれでは、次期公爵としての器を疑われかねない。


「聞かずとも済む戯言を、聞く必要もないでしょう」


アイリスは目を見開いた。


「——確かに、そうかもしれません」


この人は、あの言葉の数々を戯言と断じてくれるのか。

アイリスのために、怒ってくれるのか。


「バレぬように腹下しの魔術をかけることくらい、造作もないというのに」

「……その盾、物理ですのね?」

「当たり前でしょう。塵芥は視界から排除するに限る」

「あなたが言うと、恐ろしいのですけれど」


アイリスは思わず笑ってしまった。いつかアイリスを殺す目の前の男(暗殺者)が、アイリス(標的)のためにくだらない魔法を使おうと言うのがおかしかった。



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