番外編 どうしても、愛せなかった 中
結婚して3年後には長男・セオドリックが生まれた。ギルバートによく似た息子を、初めジュリアンは可愛がった。
「え......父上が亡くなった?」
ジュリアンの父王が亡くなったのは、セオドリックが2歳になる直前の冬のことだった。まだ十にもならぬ弟が母妃を摂政として即位すると聞いた瞬間、ジュリアンの胸の内に憎悪が膨れ上がった。
許せなかった。ジュリアンには許されなかった位を易々と手に入れた弟が。摂政という立場を得た母が。
——私のものだったのに。
憎悪が胸に巣食って離れない。ジュリアンは父王の国葬を終えると再び引き籠った。息子の泣き声すらも煩わしく、手元から遠ざけた。誰とも会いたくないからと、部屋に閉じこもった。しかしギルバートは扉を開けようともしないジュリアンに扉の外から語り掛け、手紙を書いて届けた。誕生日にはジュリアンの好物であるケーキと新しい剣を贈ってくれた。引き籠って9か月、ふと日付を見たジュリアンは、己の誕生日は愚か、ギルバートの誕生日も過ぎていることに気づいた。血の気が引いた。まめまめしくジュリアンの元に通ってくれていたギルバートに何もしていないということが申し訳なく、ついにジュリアンは引きこもりをやめた。
「嬉しい。また僕と話をしてくれるんだね」
ギルバートは久しぶりに食堂に降りてきたジュリアンを見てとても喜んだ。手ずから料理を食べさせようとするのは恥ずかしさが勝ったが、嬉しくて仕方ない、といった様子のギルバートを見ていると、心が穏やかになっていくようだった。
「......そういえば、セオドリックは?」
「ああ......あなたが泣き声を嫌がっていたから、ひとまず王都の邸宅に移させたんだ。気を悪くしたかな? すぐに連れ戻そうか」
「ああ、そうだったのか」
「いや、大丈夫だよ。あなたが安らげるのが一番だからね」
「.......ありがとう」
すぐにセオドリックを領地に呼び戻した。
「ははうえ、セオドリックです。おぼえていらっしゃいますか?」
「ああ、勿論だ。大きくなったな」
「ははうえにおあいしたときにほめてもらえるように、いっぱいごはんをたべて、ほんをよみました」
えへんとセオドリックは胸を張る。その仕草が微笑ましく、頭を撫でようとした時だ。
「それから、ええと、せっしょうでんかともおはなしをしました。せっしょうでんかが、たくさんははうえのおはなしをしてくれました。ははうえはとってもすばらしいとおっしゃっていま——!?」
知らず知らずのうちに、ジュリアンはセオドリックの喉を押さえつけていた。ジュリア、とギルバートに名を呼ばれ我に返る。セオドリックは涙目でジュリアンを見上げていた。
「ははうえ、ごめんなさい。ぼく、なにかしてしまいましたか......?」
「......いや。なんでもない。突然済まなかったな」
ジュリアンは無理矢理笑みを浮かべた。セオドリックはどこか不安そうに、それでいて安心したような顔をして頷いた。
——この子も、男か。
そう認識した瞬間、ジュリアンは焼けつくような憎しみを覚えた。母がジュリアンを素晴らしいなどと言うはずがない。すべてはセオドリックを喜ばせるための嘘、なぜそんな嘘を吐いたかと言えば、セオドリックが男だからだ。もしもこの先ジュリアンの弟が不慮の事故で死んだ場合、王位を受け継ぐ子供だからだ。
——憎い。憎い。妬ましい。憎い。
我が子に向けるべきでない感情が膨れ上がっていく。笑顔を浮かべ走り寄ってくるセオドリックを直視できなくなったのは、間もなくのことだった。
***
ジュリアンが長女を産んだのは、セオドリックが5歳になる少し前のことだった。しかし、取り上げた産婆は悲鳴を上げた。なぜ、と思ってすぐに理解する。
娘はアルビノだった。
今でこそアルビノへの迫害は鳴りを潜めたが、2世代ほど前までは生まれたら殺す、と言っても過言ではない有様だった。ギルバートにどうしたいか問われ、ジュリアンは迷った末に生かしたいと答えた。これは子供が女だったからだ。男よりも劣位に立たされる女、この子であればジュリアンの悩みを真実理解してくれると、そう考えた。
この頃ジュリアンは、徹底的にセオドリックを避けていた。会えば罵詈雑言を吐いてしまうし、首を絞めてしまいたくなるからだった。実際、4歳の誕生日会で、ジュリアンは思わずセオドリックの首を絞めてしまった。この時もギルバートに制止されたが、そうでなければ絞め殺してしまっていただろう。
同時期、弟王が帝王教育をよそに自由気ままに過ごし、早くも侍女に手を出したと噂で聞いた。その度にジュリアンは燃え滾る憎しみを感じていた。憎しみでどうにかなってしまいそうだ、などと考えていた頃、母が亡くなった。
ジュリアンは思わず胸の内で快哉を叫んだ。これでもう、セオドリックに八つ当たりせずに済むと思った。
——あら?
ところが、久しぶりに会った息子への憎悪は全く弱まっていなかった。なぜ、と考えてすぐに理解する。
妬ましいのだ
ジュリアンは公爵夫人に過ぎない。だというのに、息子は将来公爵になる。ジュリアンよりも上の地位に。
——ジュリアンはそれを、どうしても許すことができなかった。
誕生日の度、首を絞めるということが重なった。息子の目から親愛の情が抜け落ち、恐怖に変わっていくのを、ジュリアンは何の感慨もなく見つめていた。




