最終話 あなたは私の暗殺者
「――研究熱心なのはいいけれど、結婚してからはもう少し自重してほしいわ」
サンドイッチを頬張りながら、アイリスは言った。かつては足の踏み場もなかったレイの離れは、片付けの魔術というくだらない魔術を開発したおかげで、綺麗に保たれている。隣に座るレイは、じっとアイリスを見つめた。
「......結婚前だからだ」
「え?」
「君が妻になると思うと、落ち着かない。魔術開発をしていると、何も考えずに済む」
「......そう」
アイリスは黒の瞳から視線を逸らした。
——アイリスとレイは、ひと月後に結婚式を控えていた。昨年、他国の王女と結婚した新王に続く大規模な結婚式とあって、王都が賑わっている。アルビノが公女なんて、と顔を顰める民は、半年前から始まった舞台のおかげで少しずつ減っているらしい。虐げられていたアルビノの少女の成り上がり物語、どこが面白いのかアイリスにはさっぱりだが、ざまぁというのが昨今の流行りだそうだ。
「......そんなに、マジマジと見ないでちょうだい。穴が開きそうだわ」
「視線で穴は開かない」
「言葉の綾よ!」
レイは仄かに笑う。アイリスはむくれて紅茶を飲んだ。ミルクと砂糖が入れられた紅茶は甘くて美味しい。
「......ねえ、レイ。私、良い親になれるかしら」
「ぶっ」
レイは紅茶を噴き出した。
「――急に、驚かせないでくれ」
「ごめんなさい」
レイは零した紅茶を布巾で拭き、窓の外を眺める。
「......俺も、親が何たるかを知らない。俺にとっての親は上司だ。悪くない、上司ではあるが」
新婚旅行の半月、レイの仕事は免除された。
「家族というのは、時間をかけて作り上げていくものだと思う。俺と君と、いずれ生まれてくる子供たちと——上手く、愛せるかは分からない。もしかしたら、何かを間違ってしまうかもしれない。けれど、間違った時は、一緒にやり直したい。互いを支えて、愛して——共に年を取っていきたい」
「――そう。そうね」
或いは既に、アイリスとレイは家族なのかもしれない。互いを愛し、求め、支え——この温かな関係を、家族と呼ぶのなら、家族というのもそう悪くないものであろう。
「ねえ、レイ。あなたは、何人くらい子供が欲しい?」
「......出産するのは君だ。出産に耐えられないと言われたら、子供は要らない。出産で体が弱くなったら、ひとりでいい。もし君が健康なまま、子供をたくさん作りたいと願うなら、そのように」
「私が10人子供が欲しいと言ったら?」
「抱きつぶしてもいいという意味だと理解して、毎日君を抱きつぶす」
「っ!」
アイリスは真っ赤になった。レイは軽く笑う。
「あなたは、ほんとうに破廉恥だわ」
「俺は君の暗殺者だ。君を褒め殺すのも抱き殺すのも、俺の仕事だ」
「それは暗殺と言わなくてよ」
「殺すのはいつかと、口癖のように言うのは君じゃないか」
「だって、あなた、すぐに私を殺そうとするんですもの!」
レイは笑ってアイリスに口づける。宝物に触れるように、優しい手がアイリスの頬を撫でた。
「――お望みとあらば、いくらでも君を殺そう。俺の愛しい標的」




