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私を殺す、婚約者〈完結〉  作者: 伊沙羽 璃衣


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第十四話 未来の王妃

アイリスとアーネット伯爵夫人の邂逅から程なくして、アーネット伯爵夫人の懐妊は密通によるものであること、寵愛していた愛妾の裏切りを知り、国王が倒れたことが明らかにされた。ひと月に及ぶ裁判の末、アーネット伯爵夫人は毒杯を賜り、アーネット伯爵は身分を平民に落とされることが決まった。しかし国王の「継承権を与える」宣言に伴い、国教との対立を恐れた貴族たちはアーネット夫人の元を離れていたので、社交界の顔ぶれも大して変わらなかった。パウエル子爵夫人はどこぞへ消えたようだが。

しかしながら、国王の病状はひと月経っても改善する見込みがなく、静養のため王宮から去った。年が明けてすぐに退位する予定である。王妃もこれに同行する。国王よりも、王妃が王宮を去ることの方を惜しむ声が多かった。

重い空気が続く中で、次期王の婚約発表は明るい雰囲気をもたらした。社交界の締めとなる建国祭に来国するという報が流れ、果たして次期王妃となる王女はどんな方なのかと期待が高まっていた。


「――王太子殿下並びにバルシュミーデ王国第二王女殿下のご入場」


貴族たちは一斉に頭を下げる。面を上げよ、との声があって、顔を上げた貴族たちの視線は王女に集まった。複数の貴族が不穏に笑ったのを、アイリスは視界の端で捉えた。

癖のある茶色の髪と、同じ色の瞳。浮かべられた笑みはどこか弱弱しい。兄の色である金と緑の衣装は美しかったが、覇気がないためか、本人が衣装に着られているような雰囲気であった。

率直に言ってしまえば、王女は凡庸な見た目をしているのだ。

濃い金色の髪に鮮やかな翡翠の瞳、身長が高く文武両道と謳われる兄の横にあって、王女は霞んでしまうようだった。


「――皆、よくぞ集まってくれた。今日は我がデューア王国が建国されためでたき日である。今日という日を皆と共に迎えられたことを嬉しく思う」


朗々とした声はよく響いた。華やかな顔に浮かべられた微笑みに、令嬢たちはうっとりしている。背後で悲鳴が上がったので、誰かが倒れたかもしれない。あの笑みを直視するには耐性が必要だ。


「さて、ここで改めて宣言しよう。私、セオドリック=シルヴェスター・ディル・ノーリッシュは、バルシュミーデ王国第二王女、エリーザベト=ブリュンヒルデ・フォン・バルツァーと婚約した。両国の関係は、より素晴らしいものになるであろう!」


貴族たちは一斉に拍手する。


「さあ、それでは宴を始めようではないか!」


兄が手を叩くと、楽団が音楽を奏で始める。中央に降りてきた兄と王女が一曲踊った後で、貴族たちも思い思い踊り始める。爵位が高い順に挨拶に行くので、アイリスとレイはグランヴィル公爵(アイリスの父母)と共に、檀上に上がった。公爵夫妻、アイリス、レイの順番で名乗りを上げる。


「異国から参りました身ではございますが、王太子殿下の支えとなれるように精進してまいります。グランヴィル公、夫人、どうぞご指導くださいませ」

「指導など、とんでもありません。王女殿下のお優しさに、王太子殿下は安らぎを覚えることでしょう」

「王太子殿下の治世を支える者として、共に励みましょう」

「ありがたいお言葉です——公女」


王女の眼差しが、僅かに怯えの色を宿した。西の方では、よりアルビノへの迫害が厳しいから已むを得まい。


「わたくしたちは、いずれ姉妹となります。どうぞよろしくね」

「もったいないお言葉でございます」

「ヴィノグラード卿。当代一の魔術師と聞いております。どうぞそのお力で、デューアを守る盾となられますよう」

「及ばずながら、力を尽くさせていただきます」


再び一礼して、アイリスたちは壇上を降りた。公爵に視線でついてこいと示され、後を追う。


「――如何思った」


つまらない、と吐き捨てたのは公爵夫人、公爵はそんな夫人を宥めるように耳元で何かを囁く。この問いは公爵から夫人に向けたもので、アイリスの意見は求められていない。ただ黙して指示を待つだけである。


「よく努めよ」


それだけ言って、公爵夫妻は踊りの輪に溶けていく。一度として子を愛さなかった夫妻は、しかし未だに互いを愛しているらしかった。その背を眺めていると、不意にレイが目の前に立った。


「――アイリス。私と踊っていただけますか?」

「喜んで」


アイリスは、差し出された手に己の手を重ねた。ゆったりとした曲調に合わせてステップを踏む。


「……あなたに聞いた通りの方でしたね。もしかすると、何かしらの才能を秘めておいでかもしれませんが」


レイはアーネット騒動から休む間もなく、王女の情報収集に勤しんでいた。先立って伝えられた情報は、やはり平凡の二文字に尽きる。

姉王女は美貌を謳われ、兄王子は名君と呼ばれ、弟王子は若将軍と称され、妹王女は商才に優れていると噂される。そんな中で、第二王女だけは、目立った情報がなかったのだ。


「――ともあれ、殿下の妃には適任かと」

「ええ。わたくしも、そう思います」


国内の貴族は、辺境伯家などの中立を除き、三公爵家のいずれかの派閥に属する。

王太子はグランヴィル公爵家の出、王妃はオブライエン公爵家に連なる令嬢。残るウォルフォード公爵家には先代王弟が婿入りしている。

この均衡を保つには、交易推進も兼ねて他国の王女が適任である。

そして何より——


「あの顔を見て卒倒しなかったのなら、十分でしょう」


兄は、あまりにも美しい。兄に眺められた彫刻に足が生えていたら即刻逃げ出すのではないかと思うほどに。実際に今も、挨拶に行った令嬢がひとり倒れた。失礼な言い方だが、非凡に囲まれた平凡にこそ、隣で微笑み支えるという王妃の役割を果たすことが出来るだろう。


「ところで、アイリス」

「何でしょう」

「あなたの顔立ちが王太子殿下によく似ていることを、ご存知ですか」

「......それは、初耳です」


褒められているのだろうか。美しい、という婉曲的な表現だろうか。しかしアイリスはアルビノである。


「前にも申し上げたかもしれませんが、貴女はとても美しい」

「......大変失礼なことを申し上げるようですけれど、一度目の医者にかかった方がよろしいかと」


レイは微かに笑った。今更、ダンスの時の距離の近さを感じ、アイリスはあてどなく視線を彷徨わせた。


「......レイ? 曲が終わりますけれど」

「婚約者の特権を、使ってもいいでしょう?」

「え——」


二回連続で踊っていいのは、婚約者と配偶者のみ。


「今年は、近くでお話できるのも、あとわずかですから」

「......そうですね」


建国祭が終われば、皆領地に戻る。来年の春の社交界まで、半年近く会うことはないだろう。


「アイリスは、領地にお帰りになられるのですよね」

「はい。建国祭の3日後に発つ予定です。レイは、魔術師組合の会合に行かれるのでしたか」

「はい」


魔術師組合は、時として大陸正教の弾圧や迫害を退け、世界中の魔術師を保護し続けており、ひとつの国家に匹敵する権力を有する。その運営を決定するのが、特に優れた魔術師と謳われる二つ名の魔術師だ。レイは15歳の時に黒鉄(くろがね)の二つ名を得ている。これで歴代最年少ではないというのだから驚きである。

二つ名の魔術師たちは年に一度、魔術師組合の指針や現在の魔術師たちの動向を精査する会合を、半月に亘って開くという。会場は持ち回りで魔術師が作り上げ、招待状は魔術によって本人の元に送られ、他者は会場を知ることすらできない。


「会合は、南で行われます」

「......お手紙を、出せなくなりますね」


レイは驚いたように目を見開き、やがて微笑んだ。


「――こちらからお出しします」

「ですが、わたくしの手紙は届きません」

「何か考えておきましょう」


レイが何か考える、と言えば、どうとでもなるような気がするから不思議だ。

あぁ、けれど――暫くレイに会えない。今年までそれは普通のことであったのに、今はとても、


「寂しくなります」


心の声を読まれたかと思って、アイリスは一瞬焦った。だが、見上げたレイの顔は平静と変わらず、声だけが彼の感情を伝えていた。

わたくしも、寂しいです。

そう言おうとして、口が縫い付けられたように動かなくなった。感情を表に出してはならぬという教えが、頭をよぎった。


「......わたくしも、そう、思います」


そう呟くことだけが、アイリスにできる精一杯の抵抗だった。




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