夜闇市の入り方
夜闇市なる市を「私」は友人の「隈」の案内で訪ねることとなった。
隈という男がいる。
大学1年の春、喧騒と孤独の入り交じる「学食」という名の地獄において、もれなく孤独の側にいる私の前に缶コーヒーとおにぎりを片手に奇怪な男が腰掛けた。彼のYシャツは黒洞々とした闇のように黒く、そこから覗く肌の全てが壁のように白かった。整った顔立ちながらも気味の悪い、吸血鬼のような男だった。
彼は私の前で缶コーヒーを開けると、一気にそれを飲み干して私に半ば叫ぶように言ったのだ。
「初めまして!友達になりましょう!」
この言葉に私が呆気に取られ、「あ、はい」と気の抜けた返事をしてから早3年。4年生の私はこの隈という男の紹介で「夜闇市」なる市に出向くことになった。
腕時計に目を落とせば、時刻は深夜1時。そろそろか。
「あ、お疲れ様です!」
隈が駅の方から走ってくるのが見えた。相も変わらず肌は病的に白く、Yシャツは夜の一部のようである。基本スタイルを崩さない彼のイメチェンを図るのは2年前に諦めていた。
「では、参りましょうか。夜闇市」
「隈、夜闇市とやらはこの先にあるのか。暗くて何も見えないぞ」
そう言ってスマホのライトを付けようとした私の手先を、隈が両の手で覆う。芝居がかったように大きく首を横に振った。
「いけません、夜闇市の噂をお教えしたでしょう。ここはあの世とこの世と全部が集まる場所の入口ということになります。灯りは点けずに」
そう言う隈の口調は堅く重く、鉄扉のようだった。
「……すまん」
「……ハッ! いえいえいえ、こちらこそすいません。急に。さささ、灯りは点けずに参りましょう」
そう言って、歩き出した隈の背に、私の背に、街灯のない裏路地の闇が覆い被さる。底知れぬ不安を抱えながら、灯りを欲する文明の欲を抑えながら、目を瞑って大きく呼吸を一つする。
喧騒。人の気配。笑い声。
「着きました、夜闇市の入口です」
隈の声に目を開ければ、そこに鳥居にも似た大きな門が『夜闇市』の名を誇らしげに称えて佇んでいたのだった。