平等な共有と、願った代償
放課後、例のクラブ活動室。
昨日に続いて、今日も“儀式”めいた緊張感がある。
「そういえば不公平」
唐突にスズナが口を開いた。
「ハギとハコ、同居してズルい」
その場にいた全員の目が、俺とハギに向く。
「……ああ、そういえばそうだったな」
俺が苦笑気味に頷くと、ハギはなぜか胸を張って答えた。
「それは当然の権利です!」
「権利?」
「うんっ。一番最初にハコを“手に入れた”のは私だしっ」
言い方怖ぇよ!?
「それに、朝ハコがいないと朝食逃すし、遅刻するし、生活が破綻するのよ?」
「……お前、俺をタイムカードか何かと勘違いしてない?」
そんな俺のツッコミを無視して、スズナが一歩踏み込む。
「じゃあ、私が朝のお世話、担当しよっか?」
「え?」
「私の家に泊まった翌朝、一緒にハギの家まで行って起こす。
もちろん“起こし方”は……うふふ、得意だから♥」
「やめろ、その笑顔が一番こえぇよ!」
場の空気がざわっとした瞬間、俺は一応言っておくべきことを思い出す。
「てか、そもそもさ――俺、中身は男なんだぞ?
女子の家に泊まりに行くのって、やばくね?」
ナズナがスッと眼鏡を持ち上げて口を開く。
「では、単刀直入に質問します。
ハギさんとハコさんの間に、ニャニャニャな関係は?」
「おまっ……ばかっ……!」
俺の顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「あるわけないだろ!? ていうか体は女だし! できるわけねぇだろ!」
ナズナはコクリと頷くと、なぜか得意げな顔になる。
「――甘いです、ハコくん。
女性同士でもニャニャニャは可能です!」
「やめろっ!?」
「知識だけですが必要あらば、ハコくんと私の身をもって――」
「しなくていいっ!! させねぇっ!!」
「……とにかく!」
俺はテーブルを軽く叩いて話を戻す。
「お泊りって話自体、俺としては簡単に了承できるもんじゃないんだよ」
「私は大丈夫だけど?」
あっけらかんとツバキが手を挙げる。
「一人暮らしだし、親もいないし。
むしろ来てくれたら安心って感じ?」
「俺が誰かに安心感与える存在になったとは……」
自分でも信じがたいが、ツバキの言葉は冗談じゃなさそうだった。
「私は、実家ですけど――別邸で一人暮らしの練習中ですから」
すました顔で、シオンが続く。
「誰も来ないと寂しいですし……
あの、できれば……一緒に……」
ボソボソと控えめな願望を混ぜながらも、意思表示はしてきた。
「私は当然、一人暮らしだよ~♪」
スズナはにっこり。
「ハコくんが来てくれたら、ふかふかのベッドも用意するし、
朝起こすのも、お風呂も――一緒に♥」
「一緒に、は要らねぇよ!」
最後にナズナが眼鏡越しにこちらを見つめて言う。
「私は実家ですが、両親は仕事で帰りが遅いです。
よって、泊まりに関しては特段問題はありません」
「全員条件揃ってんのかよ!?」
すごいなこのクラブ、泊まらせる気満々の精鋭集団か!?
そして、静かに押し黙っていたハギが、ぼそりと呟く。
「……でも、やだ。ハコと離れるの、やだ……」
小さな声なのに、妙に胸に刺さった。
「ハギ……」
「クラブの方針、独占はダメ」
スズナがさっとハコの背後に回ると、後ろからふわりと抱きついてくる。
「共有するなら、平等に。
それが“ハコ共有同盟会”」
「そ、それは……」
「独占が許されるなら――ここで私、
ハコをニャニャニャするまで徹底的にニャニャニャして、
他の誰も入れないくらいに仕上げるけど?」
「はっ? えっ? なんでっ!?」
その声と同時に、スズナがぐいと俺を押し倒し――
覆いかぶさってきた。
「ま、待て待てっ! なんでこっちに飛び火すんだよっ!?」
必死に抗議する俺を尻目に、スズナの手が、するすると――
「おい、おいっ!? ちょ、マジでやめろって!? 襟がっ……!」
「ふふ……大丈夫? クラブ内の合意。それに基づく行為だから」
「その合意に俺含まれてねぇからなっ!?」
襟元のボタンが外れ、うっすらと素肌が覗く――
その瞬間、鋭い声が響いた。
「やめてっ!」
それはハギの声だった。
「ハコを……ハコをニャニャニャするまでニャニャニャするのは、ダメ! 絶対ダメぇ……!」
普段は強気なハギが、声を震わせ、目に涙を浮かべている。
「でも……ハコの“共有”の必要性はわかってる。わかってる……でも……でも、自分から手放すなんて、そんなの……そんなの無理だよぉ……」
顔を覆いながら、膝を抱えて縮こまるハギ。
「ハコが……ハコがニャニャニャされちゃったら……あたし、どうしたら……」
(……これ、どうすりゃいいんだよ)
無理だ。誰の味方についても泥沼になる未来しか見えない。
「――だったら」
俺はポケットから、例の券を取り出した。
「この券、使う」
場が一瞬、静まった。
「この“なんでも言うこと聞いてあげる券”でお願いする。
俺が、日替わりで全員の家に泊まる。それを許してくれ」
その瞬間、券が光を放ち――
金色の粉のようになって、ふわりと空中に舞い消えた。
「あっ……」
ハギが小さく息をのむ。
「この券でのお願いなら……聞いてくれるだろ?」
俺がそう言うと、ハギは小さく息をのんで――
少しだけ伏し目がちに、やさしく微笑んだ。
「……ありがとう。でも――」
そのまま、ふっと笑顔を引き締めて。
「“私から離れる”のは許すけど――“私から逃げた罰”は、与えるね?」
「……え?」
ニッコリと、悪意ゼロの笑顔。
笑顔のまま言うな! その表情が一番怖いんだよっ!
(これ、もうヤバいやつだ!)
俺の脳が危険信号を全力で鳴らす。
――逃げるなら今しかない!
「にゃああああああっ!!」
反射的に猫化! 身体が小さくなり、すばやく教室のドアへ駆け出し、ドアの前で人にもどる。
よし、いけ――
「……開かねぇ!?」
取っ手をガチャガチャやるが、ドアはびくともしない。
「ふふ。鍵、かけておいたわ」
振り返ると、ハギが人差し指を立てて得意気な顔。
「おまっ……まさか、俺が逃げるの、読んで――」
「あと、さっき猫化制限もかけたから、もう変身できないよ?」
――完全に詰んだ。
変身も逃走も封じられた。俺、いま詰将棋でいう“詰め”状態。
「よし、じゃあ、調べようか♥」
スズナがウキウキした顔で近づいてくる。
その表情だけで、もう嫌な予感しかしない。
「まずは服を……」
「やめろっ! あ、まって!」
俺の叫びを、誰も止めてはくれない。
「私も……ハコのニャニャニャ、知っておきたいし……」
ハギが赤い顔で呟く。
「ニャニャニャの把握は、記録にも重要ですから」
ナズナはすでにノートPCとメモ帳を手に持っている。
「ツバキっ、助けてくれっ!!」
すがるように叫ぶと、ツバキが顔を真っ赤にして目をそらしながら言った。
「……ごめん。あたしもちょっと興味あるから……」
ちょっ、ツバキ! 気持ちはわかるけど……
ダメだ、ならば――最後の希望!
「シオンっ、頼むっ、助け――」
「ぁあ……主を裏切る愚かな私を、どうか……とことん責めてください……」
自罰モードに突入してて会話にならねぇっ!
包囲網が完成していた。
俺の尊厳が、またひとつ、クラブ活動室に溶けていく。
どれくらいの時間が経ったのか、よく覚えていない。
ただ、ひとつ言えるのは――
「ハコのニャニャニャに関する情報」は、徹底的に調べられました
という事実だけが、クラブ記録として残された。
◇◇◇
日はすっかり傾き、校門の先には帰宅途中の生徒たちの影が長く伸びていた。
「……なぁ、ハギ」
「……なに?」
俺は遠い目をしたまま、ハギの隣をとぼとぼ歩く。
「反省……してる?」
「……うん。ちょっとだけ、やりすぎたと思ってる」
「“ちょっとだけ”なんだな……」
「だって、ハコが可愛いのが悪いんだもん」
俺はもう何も言えなかった。言葉を失うって、こういうことなんだと思う。
「……しばらくクラブ活動、でなくていい?」
「ハコがいなかったら、意味ないからダメ」
「クラブ解散……」
「絶対ヤダッ!!」
俺は心の中で思った。
(野良猫になってみるのも……いや、生き残れる自信ないなぁ……)
今は現実逃避をすることしかできない。
尊厳という名の防具が、今日もまた、砕け散る音を聞きながら。
最後まで読んでいただき感謝!
毎日投稿は一旦ここで区切りになり次の更新予定は24日、そこから一週間ゆっくり更新していけたらなと考えてます
またはストックができたら毎日更新やるかもですが、個人的に先生にかいていただいてるもう1作品(なろうに投稿しようと思えたきっかけの作品)の調整リメイクも投稿できたらなと考えてるので、投稿できたらそちらもよろしくお願いします