クラブ活動という名の脅迫映像
※更新についてのお知らせ
第1話のあとがきでは「週1更新を目標」と書きましたが、張りきった結果、うれしいことに複数話分のストックが出来上がりました。
そして先生に相談したところ、「ストックがあるなら毎日更新するのもあり」とアドバイスをいただき、本日から20日まで毎日更新、その後は24日以降、週1更新を目指してのんびり進めていこうと思います。
頑張って執筆してくださっている先生にも、心から感謝です!
「……で? なんでクラブ申請が通ってるんだよ」
放課後、俺は掲示板を指さして半目になった。
『新設クラブ一覧』――そこに、どう見ても見覚えのある名前が。
『ハコ共有同盟会(代表:ハコ)』
「設立希望者:萩。活動目的:対象の安全な共有と、定期的な観察・記録・保護。…ってなんだよこれ!?」
「ふふ~ん、ちょちょいと暗示をかければ、提出書類の確認なんて通過儀礼よ」
隣で、ハギがどや顔で胸を張る。
「ちょちょいと、って……。やっぱお前、真面目に魔女すぎるだろ……!」
「それ褒め言葉ね。あとね、この活動理由、真剣に考えたのよ? “観察・記録・保護”。いいでしょ?」
「真面目に考えてこの単語選んだのか!?」
観察って何を!? 記録って何を!? 保護って誰から!?
「だいじょうぶ。私はハコを“安全に共有”するって決めたから。ね?」
「意味わかんねぇよ……!」
まだ帰宅準備すらできてないのに、情報過多すぎて脳が疲れる。
「まあまあ、せっかくだし一度だけでも活動場所に顔出してみて? どうせ今日ヒマでしょ?」
「誘い方が雑だな!?」
俺はバッグを肩にかけたまま、しぶしぶハギに連れられて校舎の裏手にある部屋へと向かう。
クラブ活動室。そこにいたのは、当然のように俺の知ってる面子だった。
スズナ、ナズナ、ツバキ、シオン――そして俺の隣にハギ。
「で……この人数が集まって、何をするつもりなんだよ……」
「うふふ、それはね、ハコにはまだ話してなかった“加入時の誓約”について確認するの!」
「誓約!?」
「そう。このクラブは“情報共有型”だから、守秘義務が重要なの。だから、これから発表する三つの“約束”に同意しないといけないのよ」
「……ふーん、俺同意しないから帰っていいか?」
「代表なんだからダメに決まってるでしょ?」
「ですよねー……」
半ば諦めたように俺が言うと、ハギは人差し指を立て、まるで魔法の儀式を唱えるように言った。
「一つ。このクラブで得た個人情報は、口外しないこと」
「二つ。万一に備えて、全員“自分だけが知っている弱み”を提出すること」
「三つ。誰かの弱みが流出した場合、全員の弱みを即座に公開すること」
「……なあハギ」
「なにかしら?」
「お前さ、クラブの名目“観察・記録・保護”って言ってたよな?」
「ええ、そうよ?」
「全部スパイ活動じゃねぇか!!」
もう“保護”どころじゃねぇよ! 情報戦だよ! 心理戦だよ!
「さて、それじゃ、提出タイムに入りましょうか」
「まて、お前らは他人に自分の秘密知られていいのか!?」
俺だったら普通に嫌だぞ。しかしスズナはふふっと笑って言う。
「秘密の共有……ドキドキするね」
ナズナはかけてる眼鏡をくいっと上げて言う。
「ハコさんのニャニャニャな情報得るのに、こちらのニャニャニャの情報をださないのは不公平です」
ツバキも苦笑いして言う。
「まあ、一蓮托生って感じで必要なんじゃない?」
シオンもすました顔で言う。
「ある意味自分らしくするための一歩としてよいかと」
これは……たぶん何言ってもダメな気がする。
うなだれる俺の頭をよしよしと撫でながらハギは続ける。
「……それでは、各自“弱み”の提出を」
ハギの言葉に、一瞬の緊張が部屋にはしる。
「じゃあ、私」と、スズナが無邪気な笑顔で手を挙げた。
「私の弱みは……“甘噛みの精度は家で練習してる”こと~。あと、その先もいろいろ予行演習してた」
「うん……ん?うんっ!?“その先”ってなんだ!?」
「たとえば……ハコに耳噛んだあと、どう動けばニャニャニャがスムーズか~とか?」
「どんな状況シミュレーションしてたんだお前!?」
しかもそれを得意げに言うな!
俺、今日教室で甘噛みされただけで本気でビビってたんだぞ!?
(まさか、あれは“手加減版”……!?)
背筋が冷える。下手すれば人前でニャニャニャな未来が現実になってたのか。
やめろ、想像するだけで俺が俺を殺したくなる。
「つぎ、私ね」ナズナがすっと手を挙げた。
「私は、自分の体を使って“正しい保健教育実践”の記録をしてます」
「おいまて、やめろっ!!」
「たとえば、“思春期男子がどういう反応をするか”を想定して、私がニャニャニャしてみたり……映像分析もしてます」
「やめろ、続けんなっ!?」
「記録はUSBにして保管してあるので、もし欲しい方がいれば……」
「配る気かお前!?」
真顔で言うな! にこりともすんな!
つーかそれ、俺にとっては弱みでもなんでもなくただの爆弾だよ!
「次は……私……」
シオンが、澄まし顔で口を開いた。
「私は……ずっと我慢してたんだけど……!」
顔を徐々に赤らめ、目に涙を浮かべ、声を震わせるシオン。
「ハコくんの響く声がっ……そのっ……っニャニャニャに響いて……!……まるでニャニャニャでなす術もなくニャニャニャされてる、んんっ、だめ、主として不条理な命令されたい、軽蔑したように怒られたい、存在否定するように無視もしてほしいっっ、ぁあっ!!」
「ねぇ、やめてっ!?その清楚な見た目で艶めかしくとんでもないこと口走るのやめてっ!?」
「あぁ……もう、黙ってるの限界だった……! お願い、ボロ雑巾のようにズタズタにして、そしてたまに優しくされたらぁああっ!!ニャニャニャ!!」
弓なりに背をそらし、思いのたけを叫んだ彼女はそのまま、後ろに倒れて小刻みに震え荒い息を吐いている。
そんな彼女にナズナがいう。
「シオンさん、ニャニャニャするなら事前に言ってほしかった。記録のチャンス……」
「認めたくない現実補完すること言うのやめてくんないっ!?」
いやもう見たか!? 俺の中の女性理想像が瓦礫になったぞ!?
しかもできあがったこの場の気まずい空気……どうすんだよこれ……
沈黙が部屋を支配する……かと思えば。
「ああ、ほいじゃ、あたしも言っとくね~」と、最後にツバキが軽いノリで口を開く。
こういう空気の流れを変えるのは流石だなと、俺の中でのギャル系の偏見評価が変わっていく。
「……正直、思いつかなかったから、“見られたら恥ずかしい画像”とかでもいい?」
先ほどの惨状もあり、顔は赤らめてるものの、比較的まともな意見を言うツバキ。
「それってたとえば?」
スズナがニッコリしながら聞く。
「ニャニャニャな写真……?」
「ニャニャニャしてるとこ……?」
「今のシオンみたくニャニャニャした瞬間……?」
「ちょっ、待っ……違……そ、そういうのじゃなくてぇ……!?」
ツバキの顔が見る見る真っ赤になっていく。
声も震え気味で、目は泳ぎまくり。
「あー……うん、用意する……ねぇ……」
絞り出すようにいう言葉。この子ここに来たの間違いじゃねーか?
「お前らやめてやれって……」
見てられなくなって、俺が止めに入った。
「ツバキ、無理すんな! お前、そういう子じゃねーって、俺は……信じてるから……!」
「ハコぉ……!」
感激したのか、ツバキの顔が更に真っ赤に――いや鼻血出てない? 大丈夫?
そんな空気のなか、ハギが両手をパンッと叩いた。
「さあ、全員出そろったところで、ハコの番ね♪」
「出すわけねぇだろ!?」
「あら、みんなの赤裸々トークを聞くだけで終わらすの?」
「……いやまあ、それは申し訳ないしなぁ」
俺は腕を組んで考えた。
しかし、俺は過去の記憶をなくしている状態。特にいいこれといった赤裸々なことも覚えていない。
「“弱み”じゃなくて、“共有したくない秘密”とかじゃダメか?」
「ほうほう?」
「例えば俺が“猫化する瞬間”の映像とか。それをクラブ内だけで保管すれば、“流出したら終わり”って意味では、十分な抑止になるだろ?」
「……たしかに……!」
スズナがぽんと手を叩く。
「それ、めっちゃいいじゃん!」
「悪用されても困るし、そういうののほうが秘密度高くていいね」とツバキ。
「うんうん。わかりやすくて、実用的」ナズナまで冷静に頷く。
「異論……ありませんわ……」と意識が現実にもどったシオンも起き上がって言う。
(……あれ? 思ったより受け入れられてる……?)
俺はホッとして息をついた――が、次の瞬間。
「採用決定♥」
そして皆が目を合わせて怪しく光るような演出がでそうな空気が一瞬。
「――囲めッ!」
「へ?」
右腕、スズナ。
左腕、シオン。
背後、ツバキのロック。
「なっ、お前ら、ちょっと待――」
「安心して、ハコ」
ハギが、にっこり笑いながらスマホを構える。
「“秘密の映像”作るんでしょ? だったら今から、素材を撮るの」
「えっ」
「ナズナ、導いて♥」
「はい、僭越ながら保健委員として、ハコくんを“記録可能な状態”まで導かせていただきます」
「いやまて、なんでっ!? 冗談じゃねぇっ!?」
しかしこの部屋に漂う雰囲気はおふざけでも冗談も感じさせないもの。
「な、なぁ……おかしいと思わないか?やめねぇか、この流れ……?」
俺は必死に訴えた。が、スズナは右腕をがっちりキープしたまま笑顔。
「無理だよ~、もう決まっちゃったから」
「この映像、みんなで大切にするんだから。心配しないで?」
シオンがさらっと怖いことを言ってくる。
「“共有”って、そういうこと……じゃないだろ!?」
「ほらほら~、ハコが逃げ出さないようにね」
ツバキが背後から俺の肩を抑えてウィンクするけど、まったく可愛く感じねぇよ!
「ハコくん、安心してください」
ナズナが、真剣な顔で近づいてくる。
「記録にあたっては、保健委員の私が責任を持って導きます。抵抗は無意味です。覚悟を決めてください」
「まて……まってくれ……や、やだ……」
おかしいだろ!? 誰か一人くらい正気を保て!! 恐怖で涙目になる俺
「さあ、撮影準備オーケー♪」
ハギがスマホを構えながら微笑む。
「やめろハギ! お前までその気になってんじゃねぇよ!」
「だって、こうすれば“絶対に口外できない秘密”ができるでしょ? 記憶のないハコも口止めできるし、ね?」
「納得できるか!!」
ナズナの手が、俺の服に触れようとしたその瞬間――
「にゃあああああああああああっ!?」
バシュッ! と俺の身体が一気に縮む。
(猫化!!)
俺を抑えていた三人の態勢が崩れて、俺はその隙間からするりと脱出した。
やった、逃げ――
「――そぉっれっ♪」
ポケットから取り出された布に包まれた粉末。
それを、ハギが俺の周囲に円を描くようにふりまいた。
「ニャッ……ッ!?」
その粉はまるでお酒のような芳醇な香りを放つ。
「ふふ、“特製マタタビ”よ。猫の君には――効果てきめん」
「にゃ……にゃあぁ……ふにゃぁ……♥」
頭がくらくらして、足がふらふらする。
立っていられず、その場にぺたんと座り込んだ俺は……
「ふにゃぁ……にゃ……♥」
……完全にダメになった。
「作戦、成功♪」
ハギがにこりと笑いながら、スマホを起動する。
「ほら、見てこの顔。めちゃくちゃ無防備で可愛い……」
頬に手を当ててうっとりするハギの手元には継続して映像録画が続いている。
「うわっ、ヤバッ……」
ツバキが頬を赤らめる。
「この顔は……“見せたら人として終わる”やつね……」
シオンまで神妙な顔。
「はい、教育記録としても有用なデータです」
うっきうきでノートにメモをとるナズナ。
録画された俺は、ふにゃけた顔でハギにすり寄り、
甘えるように頭をこすりつける。
もうダメだ。俺の人間としての尊厳が、画面の向こうで死んでる。
録画は無事、クラブの“秘密映像”として保存された。
クラウドにはアップせず、クラブルーム内の特製ストレージで物理管理されるという。
曰く、「これが流出するくらいなら死ぬ」そうで、たしかに俺も同意せざるを得なかった。
──翌日。
「……はい、これ」
ハギから手渡された封筒の中には、一枚の券。
【なんでも言うこと聞いてあげる券】
「お詫びと感謝の気持ちよ。ちゃんと使ってね?」
俺はその券を眺めながら、震える声で呟く。
「……この券で、“クラブ解散してくれ”って言っていいか?」
「……それ、許可できませ〜ん♥」
「つっかえねぇっ!?」
俺は思った。
この学園生活……
もしかすると、自由より先に俺の尊厳が消えるかもしれない。
(誰か……マジで助けてくれ……!)