魔女とネコと女学園
物語上でてくる、「ニャニャニャ」という言葉の表現は、作中キャラが認識しない“規制音”として運用しており、あくまで読者に対するド下ネタの隠しだということをご了承ください。
朝の目覚めは、だいたい最悪だ。
なぜなら俺は今、猫の姿をしていて、しかも――
「ん〜、おはよぉ……ハコ。ご主人様におはようの、ちゅーは?」
――魔女に飼われてるからだ。
「するか!」
寝ぼけた萩が俺に顔を近づけるのを、前足で押し返す。
だが、あいつは寝ぼけていた。俺の肉球の感触を“キス”だと勘違いして、うっとり笑う。
「ふふ、ハコぉ……私、また燃え上がってきたのぉ……朝のニャニャニャ、しましょぉ……」
「朝からとんでも発言すんなっ!!」
反射的に人の姿に戻って、猫耳帽子が転がるのも気にせずベッドから脱出。
頬を赤くしながらため息をつき、まだ夢の中で盛り上がってるハギを横目に見る。
「……色ボケ魔女が」
呆れながら、部屋の端にある姿見の前に立つ。
そこに映っていたのは――
しなやかな長い髪、整った顔立ち、目元の印象はやや強め。
服装は丈の短めな黒のワンピース、ニーソックスとガーターベルト。
細く柔らかい少女らしい体つき。
(……違う。俺は、本当は……)
記憶を失っているはずの自分が、“この姿じゃなかった”ことだけは確信できた。
そして、ハギの趣味で選ばれたこの服に慣れつつある自分に――
少しだけ、泣きたくなる。
リビングで朝食の準備を進めながら、俺はぼんやり考えていた。
(料理って、俺の趣味だったのかな……?)
手際よく焼き上がるベーコン、味噌汁の出汁の加減。
指が覚えてるだけかもしれないが、自分でも意外なくらい自然に動ける。
「……でも、あんまり似合わねぇな。こういうの」
自分の声に苦笑していると、奥の部屋からパタパタと足音が聞こえ――
「おっはよ~、ハコぉ。お腹すいた~……」
上着だけのパジャマ姿、しかも半分脱げかけでハギが登場した。
「だからいつも言ってるだろ、ちゃんと着替えてから来い!」
「だって、待てないもん……」
と、俺の言葉をスルーしてテーブルに座り、普通に食べ始めるハギ。
ちょっとやそっとじゃ恥じらわないこの感じ、もはや尊敬する。
「……そういう目で見るな。見るなよ俺……」
美味しそうに朝食を頬張るハギ。
その格好のまま喜びを全身で表現する彼女を、ついチラ見してしまい、慌てて視線をそらす。
(悲しいけど、今女にされててよかった……理性がもたない)
朝食を終え、すっかり目が覚めたハギは、ようやく自分の格好に気づいたらしい。
「えっろーい! あたし何この格好、ハコ見てた? どうどう?」
「いいから着替えてこい」
「ぶー。でも、今日のは特別なのにな~」
不服そうにしつつも部屋へ戻るハギ。やれやれ……と思ったのも束の間、またすぐ出てきた。
今度は、見慣れない服と――
猫耳のついたキャスケット帽子を手に持って。
「……なにそれ?」
「ハコの帽子よ! トレードマーク。可愛いでしょ?」
「いや、まぁ……可愛いけど、いきなりどうした」
「じゃーん! そしてこれが、ハコ用の特注制服~!」
「……は?」
「今日から、女学園だよ!」
言われた瞬間、すべてが嫌な予感しかしなかった。
その後のことは、ほとんど覚えていない。
制服を着せられ、帽子を被せられ、鏡の前に立たされ――
「え、ちょ、待って!? なにこれ!?」
「いいから行くわよ。今日からあなたは、立派な女学生よ♥」
逃げ場もない。
学園にはもう、生徒として登録されているらしい。生年月日や履歴も偽造済み。
逃げようとすれば、たぶん次は“魔法”が出てくる。
「……くそっ、なんで俺が……」
そんなこんなで、俺の“第二の青春(?)”が始まった。
少女の姿で、猫耳帽子をかぶって、心は男のまま女学園に通う――
あまりにも理不尽な日々が、今まさに幕を開けようとしていた。
◇◇◇
「――本当に、俺がここに通う意味って、ある?」
「あるわよ。だってほら、女の子だらけの楽園よ?」
登校初日、俺は玄関前で半目になりながら、猫耳帽子を押さえて深いため息をついた。
魔女・ハギの思いつきで始まった“女学園通い”。
「制服も新調したし、にゃんと名前まで準備済み! 今日からあなたは立派な“女学生”よ、ハコ!」
「にゃんとじゃねえよ!」
制服はアルト女学園の指定品。軍服風ワンピースで、チャコールグレーの生地に艶消しの金ボタンが8つも並んでる。
ウエストには本革っぽい太いベルト。襟元のリボンは学年色――俺と萩は紺色、他には赤や紫で分けられてるようだ。
「お前、まさかとは思うけど……」
「ふふん、ちゃんと受験して正規在籍中。生徒証もあるし、成績優秀よ?」
「それで俺も学園通いにしたかったのか?」
「うん、だってハコとは常に一緒にいたいだもん♥」
くそ、予想を下回らない理由だった……!
校門をくぐると、俺の心拍数は一気に跳ね上がった。
女子校の中、完全アウェー。視線が集まる。猫耳帽子、やっぱり浮いてる。
(頼むから無事に終わってくれ……!)
職員室に寄って担任に挨拶したあと、いよいよ教室に足を踏み入れ――
「はい注目~! 今日は転入生が二人います~!」
(ん、二人?)
他にいたっけ?と思っていると、いきなり背後からふわっと柔らかい感触が――
「鈴菜です、みんなよろしく」
「ちょっ、おい! なんで抱きつかれてるの俺!?」
「スズナでいいよ。いや?」
「いやじゃないけどそうじゃなくて!!」
耳の後ろに頬ずりしてくるこの娘、なんだ!?
制服のリボンは俺と同じ紺色、つまり同学年……だとしても、距離感の概念が迷子すぎる!
そんな俺とスズナの様子に後ろ側の席の一人の生徒立ち上がる。
「スズナさん、その子は……ハコは私のものよ! 今すぐ離れて!!」
放たれた叫び声。声の主は――ハギ。
「お前のものになった記憶ねぇぞ!?」
萩は涙目で指を突き出し、追い打ちをかけるように叫ぶ。
「ハコは私の! 指先から髪の毛の一本まで、ニャニャニャからニャニャニャまでだって私のものなの!」
「お前は何を口走ってんだよっ!?」
自爆発言を公衆の面前で絶叫するな!
スズナはそんなハギを気にもせず、にこりと笑う。
「スズナでいいよ……ふふ」
「ひゃぅっ!?」
耳を甘噛み!? ちょ、服のボタン外しちゃだめだって――
やめろ、その手はどこに伸びて――!?
「お前もお前で何してんだよっ!?」
教室中が見てるこの状況で!? いや見ないでくださいお願いします!!
そこへ一筋の救いが現れる。
「それ以上は、ハコくんの人権にかかわります。スズナさん、あなたはわかっているはずです」
眼鏡をかけた少女が凛とした声で言う。制服のスカーフは俺と同じ紺色。結び目も完璧。
スズナも、服の中から手を抜き、俺を抱きしめる形に戻って。
「スズナでいいよ?」
こいつ、マイペースの権化だ……
いや、それよりもだいぶ手遅れだが助かったことを礼をしないと。
「……助かった。ありがとう……えっと、名前は?」
「薺です。今後の仲も考慮し、呼び捨てで構いません」
「仲って……友達としてだよな?」
「はい。私はハコくんとお友達になりたいです」
(よかった、まともな人……!)
「ありがとうナズナ、よろしくな」
そう言った直後だった。
「はい、それでは、この後保健室に来てください。教育としてニャニャニャに関して実演込みで記録したいので」
「おいっ!まて、おい!?」
まとも宣言撤回。こいつこいつで何かおかしい。
ハギがナズナに対し何かいいはじめ、それを仲裁するようスズナが動く。
スズナの拘束が解けたので自分の席に逃げ込むと、隣の女子が軽い調子で声をかけてくる。
「よっ、ハコちゃん。あたし椿。よろしくね~」
「……ん?あ、ああ、よろしく?」
「ちなみに、あたしもスキンシップ多い方だけど、嫌がったら止める派だから大丈夫!」
「そういうの……ほんと大事だと思う……!」
軽い感じのギャル系っていうのか? 苦手なイメージあったけど、まともな対応に俺のなかでの評価が上がる。
そして休み時間。ツバキが席を外したタイミングで、ひとりの女子が近づいてくる。
「ハコくん、少しだけ、お時間いいですか?」
落ち着いた動作に涼しげな目元――彼女は紫苑と名乗った。
所作が丁寧で、品のある空気。警戒はしつつも、ついていくことにする。
人気のない廊下の突き当たり。そこで彼女は、ぽつりと口を開いた。
「前から少し気になってて……確認したいことがあるんです」
そういって制服を脱ぎだす紫苑。
「え?、ちょ待て何でそうなるの!?」
脱がないで!? ていうかスカーフ外すな! 前ボタン開けるな!
「やっぱり……確信しました。あなたの声で私、ニャニャニャがニャニャニャになるんです」
「お前もお前で、なに口走ってんだよっ!?」
とんでも爆弾発言に声を抑えるのやめて叫んでしまう。
「ああ、あなたの声は私のニャニャニャに響きます」
紫苑はそのまま膝をかくかくと揺らし地面にへたり込んで、俺を見上げてくる。
「このことは……秘密にして。そして……お願いです。私の主になって……ください……」
そう言って俺の手の甲に口づけする紫苑
「秘密にするけど主とか無理ゆうなっ!?」
「……ああ、拒否されるのも……すてき……」
恍惚の笑みを浮かべ体を小さく震わす彼女……
どうしてこうなった。俺、ただ転入しただけなのに……。
疲れ果て教室に戻ると、ツバキが楽し気に話しかける。
「だいぶお疲れだけど、どしたのハコちゃん?」
「色々と……人の尊厳にかかわるから言えない」
「なにその返答おもしろーい!」
この軽さが救いだった。少なくとも、今日の中では一番マトモだ。
……と思った、そのときだった。
「そういえばハコちゃん、“共有同盟”って知ってる?」
「その言葉だけでもう嫌な予感しかしない」
「スズナ、ナズナ、ハギの三人が、“誰のものか”論争やめて、“全員で共有”ってことでまとまったの」
「いや、待って! まとまったってなに!? 俺聞いてないぞ!?」
知らぬ間に俺の人権が株式みたいに分割されてたのか!?
ツバキの軽口が追い打ちをかける。
「ついでに私も参加しての4人! 転入早々モテモテなハコちゃんって魔性の女?」
「んなわけあるかっ!!」
「ツバキさん、その同盟、私も参加してよいかしら?」
すまし顔でシオンが戻ってきた瞬間、俺は悟った。
(……あ、これもうダメだ)
何を言っても、止まらない。
彼女たちは、俺の言葉なんか待ってない。
彼女たちは、
俺の“全部”を共有する気だ。
その日、俺は学んだ。
この学園は、俺の常識の範疇を、軽々と超えていく。
そして、俺の尊厳は、たぶんこの先もずっと、風前の灯のままなんだろう。
(誰か……誰でもいいから……俺を助けてくれ……!)
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
『ふぁみりあっ!』は、人(金雀枝)とAI(先生)の共作で進めているラブコメ作品です。
まだまだ始まったばかりですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
今後は**週1更新(目標)**で、ゆるやかに物語を紡いでいければと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします!