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秘密の共有と、羞恥という代償

スズナの家の玄関を開けた瞬間、俺は凍り付いた。


「……おはよう、ハコ。迎えに来たわよ」


 腕を組んで仁王立ちしているのは、わがご主人様――萩だった。けれど、今朝の彼女の雰囲気はどこか刺々しい。しかも、目が完全に笑っていない。むしろ――


「とりあえずニャニャニャされてないか確認させて? 大丈夫よね?」


 なに言ってんだこの人は。

 唖然とする俺を無視して、じり、と一歩近づいてくるハギ。その目にはうっすらと光る嫉妬と警戒心と、あとたぶん被害妄想が混じっている。


 なんだろう、こわい。


「ええっと、ハギ? なんで今日そんなにピリピリしてんだ?」


 俺の質問を無視してハギは目を閉じ、自分のスカートの裾を両手でつまみ、そっと広げ始めた。


「ハコ、スカートの中見て。主従の証明的なやつとして」


「やだよ!? なんで朝っぱらから俺に犯罪行為させようとするの!?」


 スカート内に広がる未知の世界へ案内しようとするハギを、慌てて引き止めようとする俺。だが、そんなやり取りに、家の主がひょっこり顔を出した。


「おはよ、ハギちゃん」


 涼しい顔でスズナが現れ、俺たちのやりとりを見てくすりと笑う。


「視覚共有のリハ? ハコ、ちゃんと見なきゃ。ご主人様と使い魔なんだから」


「リハってなんだよ! っていうか、なんでお前までそんなノリなんだよ!」


「だって、ねえ?」


 スズナはハギに視線を送り、ハギはフンと鼻を鳴らして目を逸らす。


 なんか二人で通じ合ってる空気がある。……嫌な予感しかしない。

 いや、それよりも何か違和感を感じる。


「今日って日曜日……なのか? 昨日……俺、朝なのに金曜日の放課後だと思ってスズナの家に……んん?」


 違和感を口に出すと、スズナは口元に手を添えて、ふにゃりと笑った。


「ごめんね、ちょっとだけ――術使っちゃった」


「……術?」


「曜日感覚だけ、ずらしてね。土曜の朝からだとハギちゃん嫌がるでしょ?」


 あっけらかんと言い放つスズナ。

 つまり俺も、そしておそらくハギも――軽く暗示をかけられて、昨日を“平日”だと錯覚させられていたわけで。


「お前……どんだけのことしてんだよ……」


「でも、楽しかったでしょ? ね?」


 悪びれた様子もなく首をかしげるスズナに、俺は頭を抱えたくなった。


(……なんか、あいつの“正体”ってマジで何なんだ?)


「というわけで――ごめんね?」


 スズナは手を合わせてぺこりと頭を下げる。けれど、その顔はまったく反省の色がない。むしろ楽しそうですらある。


「曜日を間違えさせたお詫び、これあげる」


 そう言って、彼女は白くて小さな包みを俺に手渡した。


 柔らかくて、なんか……ちょっと、あたたかい。


「……え、なにこれ?」


「身につけてた下着♪」


 ニコッと笑うスズナ。


 ……時が止まった。


「――――は!?」


 思わず叫びそうになった声を、なんとか飲み込む。

 反射的に包みを突き返そうとしたけど、スズナは俺の手を優しく包んで引き留めた。


「いいの。大事にしてね」


 そんなプレッシャーを込めた笑顔で言われたら、もう何も言えなかった。


 どうしようこれ。


「……で、ハギちゃんは?」


 スズナが今度はハギに視線を向ける。


「ハギちゃんには何あげよっか? 何か欲しいものある?」


「結構です」


 即答だった。


 ハギはツカツカと俺の方へ歩いてくると、無言で俺の腕を掴んでぐいっと引き寄せた。


「ちょ、待てって、痛い痛い!」


「帰るわよ。今度こそちゃんと清め直すから」


「清めるってなんだよ!? 俺なんか汚れたみたいな扱いすんな!」


「汚れてるでしょ。物理的にも、精神的にも」


 なんか、すごく刺さるその言葉。


 ハギは一度だけスズナを振り返ると、にこりと笑って――けれどその目はやっぱり笑っていなかった。


「私のハコがお世話になったわね」


「うん、またいつでも遊びに来てね。……次はハギちゃんも一緒?」


 スズナは期待に満ちた目でこちらを見ている。


 ハギは何も言い返さず、俺は引きずられるようにスズナの家を後にした。


「……とりあえず、ここで待ってて」


 帰宅してすぐ、ハギは俺を玄関に置き去りにして奥へ引っ込んだ。

 珍しく真面目な顔だったので、「小言でも考えてるのか……」と思っていたのだが。


 俺はというと――


(この下着、どうしよう……)


 スズナから渡された“昨日まで着けてた”という下着の包みを見下ろし、複雑な気分になっていた。


 とりあえず洗って返すにしても、洗うタイミングも返すタイミングも気まずすぎる。

 むしろ「持ってた」事実そのものが黒歴史一直線だろ。


 ああもう、なんでこんなもん渡すんだよ……!


 思わずため息をついたところで、奥からハギの声が飛んできた。


「準備できたわ。入ってきて」


「ん、ああ」


 俺は戸惑いつつもリビングの扉を開ける。

 そして――開けた瞬間、思考が止まった。


「――おい」


「どう? 選びやすいように種類別に並べておいたわ」


 そこには、ずらりと並べられたハギの私物――下着の数々が展示会のように広がっていた。


 白、黒、レース、シンプル、スポーティ、やたらリボン付き……何パターンあるんだよこれ。


 中央にはハンガーラック、左右には籠に詰まれた上下セット、その上に手書きのポップで「初めての子用おすすめ」「おとなしい子が選びがちなやつ」など分類されている。


「いや、何をどうしたらこの状況になるんだよ!?」


「まずは清めることが大事よ。身体も、心もね」


「なんでこれで“清め”になるんだよ!?」


 叫ぶ俺に、ハギは得意満面で腕を組んだ。


 お前、満足げに笑ってるけど、それ絶対間違ってるからな?


 


 ――けれど。


「そもそもさ……」


 俺は頭を抱えつつ、否定の言葉を言おうと思い、ふと思い出してしまった。


 ツバキの家にお泊りしたとき

 「へぇ……ツバキのイメージと違って、けっこう大人しめで可愛い系、選んでるんだな」って、その後は普通に会話していた自分。

 いや、あれは違う、そう思った矢先――


「ちなみにスズナ……あの写真、他のメンバーにも送ってるわよ?」


 ハギがぼそりと呟く。


「えっ」


「下着の山に埋もれて、幸せそうに寝てるハコの姿……あれ、既読五件」


 ……。


 口元が引きつる。


 確かに――あのふわふわした山に埋もれて、俺は安らかな気持ちで眠っていた。

 その瞬間の記憶はある。けど、それが“ああいう”光景になっていたなんて――


「ハギ……俺、そういう趣味、あった……のか?」


 涙目で自問する俺に、ハギはにっこり微笑んでうなずいた。


「ようこそハコ、歓迎するわよ?」


「やめて!!……いや、落ち着け俺。これは違う、ただの事故だ……」


 混乱する脳内を強引に言いくるめながら、俺は深呼吸した。

 とりあえず、“そういう趣味を持っていたかもしれない”疑惑は今は棚に上げる。棚ごと燃やしたい気分だけど、まずは話を逸らすのが先だ。


「なあ、ちょっと聞いていいか?」


「なに?」


「視覚共有って……本当にできんのか?」


 俺の問いに、ハギは「ふふん」と胸を張ってみせた。


「当然でしょ。契約してるんだから。視覚だけじゃなくて、聴覚も、必要があれば嗅覚も」


「……マジかよ」


 なんというか、便利すぎるだろその機能。いや、使いどころ次第では地獄絵図だぞ。


「どうやるんだ? 念じるだけ?」


「そうね。私が目を閉じて集中すれば、今のハコの視界がぼんやり入ってくるわ」


「つまり、今の俺が何を見てるかも……?」


「うん、だいたい分かる」


「えっ」


 俺が思わず手に持っていた“スズナの包み”に目を移すと、ハギはにやりと笑った。


「大事そうにじっと見てたけど、ちゃんとお洗濯してから返しましょうね? 私、漂白剤と柔軟剤のおすすめあるけど?」


「誤解だ、どうやって洗って返せばいいか悩んでたんだよ」


 慌てて言いかえす俺に、ハギはくすくすと笑う。


 ……冗談だと願いたい。でも、やつならマジで見てそうだから怖い。


 


 ふと、脳裏にある記憶がよぎった。


 ――俺が、お泊り会から帰るたびに増えていた書き留めたメモ。


 ナズナとニャニャニャをする約束していたので要注意

 ツバキと下着について真面目に話していたので後日、こちらも決行

 シオンに人の姿での添い寝を許していたので、こっちも許可をもらう


 思えば意識するはずの文脈をあまり意識してなかったがもしかして……


「……おい、ハギ」


「なに?」


「お前、お泊り会のたび覗いたり……してないよな?」


 静かに問いかけると、ハギはピタリと笑みを止めた。

 それから、視線を少し逸らして――口を噤む。


 その反応が答えだった。


「おい……」


「……別に、悪気はなかったのよ?」


「それは悪気あるやつの言い訳だぞ!」


 つい語気が強まったが、ハギは肩をすくめて、そっぽを向いたままだ。


「だって……気になるじゃない、他の子と何してるか」


「いや、気になる以前の問題だろ!」


「……見たからって何か言ったわけじゃないし、記録にも残してないし」


「記録するきだったのかよっ!?」

 


 俺は額を押さえながら、深く、深くため息をついた。


(……このご主人様、絶対まともな使い方しねえ)


とりあえず視覚共有とかいう危険機能をどうにかしないと、俺のプライバシーがダダ漏れで落ち着けるはずもなく。


「なあ……この視覚共有って、止める方法とかあるのか?」


素直に聞いてしまったが、果たして教えてくれるもんなんだろうか――


「あるわよ? 妨害用の護符みたいなの、ちゃんとある」


「え、マジで? やけに素直に教えてくれるんだな」


ちょっと拍子抜けしてそう言うと、ハギはにやりと唇を吊り上げて、言った。


「ずっと見られてるなんて、嫌でしょう? 護符はこの部屋にあるわ。この部屋の下着の中――どれかにお守りとして仕込んであるから、頑張って探してね♪」


「――――」


 時が、止まった。


 


「お前……ッ!」


「え? 嫌なのに見つけたくないの? それとも、全部ちゃんと調べてみたいとか?」


「どっちにしても最低だろその二択!?」


 頭を抱える俺の前で、ハギは嬉しそうにリボン付きのパンツを摘み上げて、ひらひら振ってみせた。


「ほら、早く選んで? あなたの未来は、どの下着に宿ってるかしらねぇ……ふふふ」


「やっぱり俺、趣味以前に“運命”からバグってる気がする……!」


俺は嘆きながらもそばの下着を手に取り護符がないか確認を始めた……


「……ない。全部見たけど、ないぞ……!?」


 俺は部屋中の下着を引っ掻き回し、洗濯かごまで確認したが、護符は見つからなかった。


「おいハギ、もしかして嘘ついて――」


「ふふっ。残念、まだ“調べてないのが二つ”残ってるわ」


「は? でも、ここにあるのは全部見たぞ?」


 そう言って周囲を見回す俺に、ハギはその場でクルリと一回転して、ポーズを決めた。


「――ここにも“2着”あるでしょ? 今、私が身に着けてるやつ」


「……………………」


「さ、どうする? 諦める? それとも……私から、ふふ?」


「それもう選択肢ですらねぇよ……!」


  俺はその場にへたり込みながら、静かに天井を見上げた。

(くそ……どこまでが冗談で、どこまでがマジなんだよこのご主人様……)


 こうして――俺の尊厳を賭けた“下着戦争”は、静かに幕を下ろした。


 ……なお、護符はもらえた。誓って、やましい方法ではなかったとだけ言っておこう。

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