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プロローグ
名前を、なくした。
性別も、姿も、変えられた。
だけど、まだ――心は、俺のままのはずだ。
「おかえり、ハコ。今日もいい子だった?」
あのひと――萩は、そう言って優しく笑う。
薄紫の長い髪がふわりと揺れて、少しだけイタズラっぽく目を細めて俺を見る。
……たぶん、この世でいちばん、嘘の似合う笑顔だ。
「ん、にゃー」
「ふふ、そう。それなら……ほら、おやつ。ハコの好きなフィナンシェよ」
「にゃっ!」
猫の姿じゃ、うまく喋れないのがもどかしい。けど、おやつは……うまい。悔しいけど、うまい。
魔女の血を引く彼女に拾われて、俺はこうして生きてる――使い魔として。
だけど、本当は……
(俺は、誰だったんだろう)
萩の部屋の奥、本棚の隅にしまわれた一冊のノート。
そこにだけ、忘れかけていた「俺の名前」が、まだ眠っている。