『あしぐせひめ~甚目寺観音御結縁ノ御験』 - 濃尾
『あしぐせひめ~甚目寺観音御結縁ノ御験』 - 濃尾
一
尾張の国、丹羽の郷。
丹羽館。
北風も弱まり、館の白梅もほころび始め、日差しが温もりを増してきた。
縁側でその梅を楽しみながら、文机の上の干し柿をつまむ娘が一人いる。
干し柿を優美な仕草で口元に運ぶ指には、桜貝のような爪。
垂髪に海松色の小袖、明るい紅地の重ねを打ち掛けている。
年の頃、一四、五。 しかし、気になるところが一つある。
文机の上の干し柿をつまむ桜貝のような爪の指は、なんと足の指である。
足先を口元に運ぶ裾は乱れ、もし庭先から人が見たら、果たしてどのような様子であろうか?
しかし、先ほども言ったように、その様子はあくまでも優美であった。
まるで妖しい天女の像が古刹の奥の院から現れたかのように。
「清姫様! またそのようなはしたなきありさま!」
年の頃、三十過ぎと思われる老女が、いつの間にか娘の後ろに端座し、口元厳しく目を伏せている。
「あッ、そこにおったか、節…。ぬかったわ…。」
“清姫様”と呼ばれた娘は苦々し気に呟き、裾を直した。
“節”と呼ばれた老女はそのままの姿勢で目を清姫に向け、畳の上に左手を伸ばし、指を揃えてとん、とん、と畳の縁を叩いた。
「婆は何度も申し上げておりまする。人の手には手の、足には足の役目がございまする。姫様はその役目を何故お分けなさいませぬ!」
すまし顔で口元に微笑を浮かべ、清姫は言った。
「節よ、それはちと了見が狭くはあるまいか? 御仏のご加護にて幸い五体満足に生まれし者は、手足の指、二十本揃うておる。それを十全に使いこなすが、御仏のお心にも叶うておるとは思わぬか?」
節の眉間に皺が寄った。
「分かりませぬ! 清姫様はそれでご満足でいらっしゃいますでしょうが、御屋形様、御前様、そして世間の者共はいかが申しましょう? 婆はそれを恐れまする!」
微笑が笑みに変わり、清姫は言い返した。
「ホホ。浅はかなことよ…節の前では知らず、わらわが人前でかく振る舞いしたことがあったか? …知られねばよいのじゃ。人はわらわを“清姫”と呼ぶであろう。」
それを聞いた節は得たり、といった面持ちで目を閉じ、穏やかに微笑した。
「清姫様がまことに御仏のお心に叶うておる、とお考えならば、人前でも遠慮なくお振る舞いなさいまし。…御屋形様の御前でも左様にお振る舞いなさいまし…。」
「…ムムゥ…何ともこづら憎い…。」
清姫は節を恨めしげに睨み、呻いた。
「ササ、明日は甚目寺観音様への御参詣の日。おやすみなされ。そして、くれぐれも、人前であのお癖をお見せになりませぬよう…。」
節は微笑したまま清姫に頭を下げた。
「節よ、少しくどいぞ!」
清姫は悔し気に目を逸らした。
二
翌日、道中姿の清姫、節、家人の小者、三人の姿が甚目寺観音の門前町に見えた。
参道筋は人で賑わっている。
「やはり今日は殊の外、参詣人が多いようじゃ。」
清姫は嬉しそうに呟いた。
「ハイ、今日は節分。それも甚目寺観音様の恵方の年にございますれば…。」
節がそれにうなづきつつ答えた。
その時、参道奥、門前の方がざわめいた。
「あ、あれ? あの騒ぎは?」
節は笠を左手で傾け、道の先を指さした。
「退け! 下がれ! 危ないぞ!」
「暴れ駒が参る! 誰ぞあの童を救う者はおらぬかッ!?」
たちまち人垣が左右に割れ、参道の彼方から土煙とともに大きな馬が疾走してくるのが見えた。
よく見ると、手綱に手首を取られ、馬に引きずられた年の頃、十ばかりの童がぶら下がっている。
悍馬に誰も手を出せるような様子ではない。
そうしているうちに清姫一行に接近する馬。
それを見て節と小者は青ざめた。節が叫んだ。
「あ、暴れ馬! 姫様、お避け下さい! …アレ? 姫様!?」
清姫の姿が見えない。節はますますうろたえた。
清姫は参道に立ち塞がっていた。
まなじり鋭く、笠を放つや、馬の方向にしなやかに駆け寄った、かと思うとヒラリと体を開く。
「ハアッ!」 裂帛の気勢と共に影が跳んだ。
次の瞬間、鞍壷に腰を下ろし、両の手に童を抱え、左足は鐙へ、右足はたおやかに手綱を執り、馬を輪乗りしている清姫がいた。
群衆は静まり、馬のいななきだけが辺り一面に響いた。
手綱を執る清姫の白い腿に人目が降り注ぐ。
そして群衆の歓声が爆発した。
「なんじゃー!? 何が起こったー!?」
「あの姫御前が童を救うた! 童は無事じゃ!」
「おい! “アレ”を、“アレ”を見たか!?」
「応ともさ! 見た見た!」
三
するとひときわ大きな大音声が響いた。
「えい! 通せ! 道を開けよ!」
人垣が割れ、身分卑しからぬ若侍が現れた。
節、小者も駆け付け寄ってきた。
若侍は神妙な顔で清姫に傅ずいた。
「それがし、加藤修理ノ介と申す者。家人に馬番をさせ、参詣したる折、このような失態。貴方様の見事なお働きにより怪我人も出ず。礼のしようもございませぬ…。」
清姫はその名を聞いて驚き、ハッと顔色を変えた。
返答なしと思い、“加藤修理ノ介”と名乗った若侍は少し顔を上げ、チラリと清姫を伺った。
そして修理ノ介も顔色を変えた。
「ア、…卒爾ながら、いつぞやもここへの参詣の折、姫御前にはお会いしませなんだか?」
観念したかのように清姫は目を伏せ、消え入るような声で答えた。
「…ハイ…」
修理ノ介は晴れやかな顔で清姫を見やった。
「おお! やはり貴方様でござったか! しかし、先程の早業、この国の名のある武者数多しといえども、あれほどの使い手が幾人ござろうか! 実に見事でございました!」
清姫は俯き目を伏せ、頬を赤らめ、首を背けた。
「ハイ、…いいえ…面目ござりませぬ…。」
修理ノ介は神妙な顔に戻り、じっと清姫を見やり、何か考える様子であったが、声を落として尋ねた。
「…これも観音様の御縁やもしれませぬ。…姫御前、それがしとしては今日の礼をしとうござる。…恐れ入りますが、お父上様の御名をお教え願いませぬか?」
「…。」 清姫は動かない。
そこへ節が小腰をかがめ修理ノ介の元へ近づき、目を伏せ、礼をし、これも神妙な顔つきながら、微かな笑みを浮かべつつ答えた。
「加藤修理ノ介様に申し上げまする。わらわは姫の従者、節と申しまする。…恐れながら、節めは加藤修理ノ介様におかれましては近頃御縁談がおあり、と聞き及びまする。…わが主人こそ、その御縁談のお相手でございまする…。」
清姫はそれを聞くや振り向き、声を上げた。
「節ッ!」
修理ノ介は大いに驚いた様子であった。
「オオ…、さすれば、貴方は丹羽の“清姫”殿…。」
耳まで紅く染めた清姫は口ごもりながら答えた。
「ハ、ハイ。…あの様なはしたなきありさまを…さぞかしご失望なされた事と…。」
茫然と清姫を見やりながら、修理ノ介は答えた。
「…何を申される、それがしは…。」
そこで我に返ったらしい修理ノ介は顔を少し紅潮させ、目を逸らした。
「ア、いえ! 失礼仕った! 清姫殿、この礼はまた後日。それでは…。」 と言い残し、従者を連れて去っていった。
四
その夜、丹羽の館。広間の隅に節が控えていた。
すると丹羽の館の主人、丹羽太郎左衛門が広間へゆっくりと入ってきた。独り。
「うむ、節、待たせたのう。そこでは話にならぬ、ここまで来う。」
年の頃、四十過ぎ、細身で小柄な太郎左衛門は風貌に似合わぬ太い声で節に優しく言葉をかけた。
節は頭を下げ、少しだけ近づき、対面平服した。
「恐れ入りまする。御屋形様、節、お召しにより参上仕りました。」
「ご苦労。…今日の事、あらましは“兵衛”から聞いた。」
“兵衛”こと、荒川兵衛門は太郎左衛門の乳兄弟であり、太郎左衛門の右腕だった。節はその姉である。
「やったのう…。あの悍馬。見事なくらいにやらかした…。」
「申し訳ございませぬ! 全てはこの節めの至らなさ…。お叱りはどうぞ、この節めに…。」
節はますます首を垂れた。
太郎左衛門は磊落に笑った。そして言った。
「何を言うか、節。節でなければ、あの悍馬、尾張広しと言えども誰も乗りこなせまい。」
節は床に額を押し付けた。
「いいえ! この身の至らなさ、節めは重々感じております。どうぞお裁き下さいませ!」
太郎左衛門はゆっくりと立ち上がり、節に近づき、節の隣に座った。
その眼には光るものが見えた。
「…今日の事を聞いた時、儂は兵衛と共にそちに遊んでもらってた時分の事を思い出した。…いつまでも苦労ばかりかけるのう…。節よ、この通りじゃ…。」
わずかに声を震わせながら太郎左衛門は節の手を取り、頭を下げた。
「…御屋形様…節は…。」
節はとうに泣いていた。それきり二人ともしばらく動かなかった。
再び上座に戻った太郎左衛門はいつもの太郎左衛門を取り戻していた。
「この度の事、すぐに世間に知れ渡る。清姫には蟄居を申し渡す。その従者、節も同じく蟄居。ただし、清姫の世話はそなたが同室して行うがよい。以上じゃ。」
節が恐る恐る聞いた。
「それでは…御縁談は…。」
「その様なものは無かった。…清姫を頼む。下がれ!」
断固とした意志が感じられた。
「…有難うございまする。…それでは失礼をいたしまする…。」
節は下がった。
五
十日ばかりのうちに梅は盛りを過ぎ、今日は雨が降っていた。
丹羽館の広間には客人が訪ねてきている。
太郎左衛門の朋輩、小川弥五郎である。
「今日は、またちと冷えたのう。こういう寒気には用心せねば。…のう?」
太郎左衛門と同じく四十過ぎ、といった風の太った大柄な男が言葉とは裏腹に胸を反らし、目を見開き太郎左衛門を見て笑った。
「フン。お手前などに好んで病神が入る者かよ。」
太郎左衛門も笑い返した。
「…用件を聞こう。…縁談の話か?」
「左様。お手前の書状、確かに届けた。」
「すまぬ。…世話を掛けた。」 太郎左衛門は深々と頭を下げた。
「…お手前、何か早合点をしていまいか?」
頭を上げた太郎左衛門は弥五郎の目を見つめた。
「…何?」
「儂はお手前の書状を届けた、と言うただけじゃぞ?」
「しかしその書状は…。」
「まあ、儂の話を聞くがよい。」
「…応。」
「儂はお手前の書状を加藤の家に確かに持っていったわい。それが仲人の務めじゃからのう。藤九郎は儂の前で書状を読んだ。そして藤九郎は儂に言った。“加藤家は不承知”、じゃと。」
太郎左衛門の眼は大きく見開かれたが、無言であった。
「…そこで藤九郎が言うには、“儂は丹羽太郎左衛門を見損なった。他家はいざ知らず、我が加藤家は一度取り決めたことを己の家の都合で覆したことはない。儂は不承知じゃ、そう太郎左衛門に、しか、と伝えよ”と。」
「…儂の娘を世間では何と呼んでおるか、お手前はご存じか?」
「存じておる。」
「親の口から言うも憚られるが、あやつは今や“股グラ姫”と呼ばれておる。この口惜しさ、お手前に解りょうか!?」
「…太郎左衛門。お手前と儂の仲で解らぬことがある、と言うたのか?…腹の底からそう思うなら儂にも覚悟がある…。」
太郎左衛門は目をつむり、俯き、眉間にしわを深く刻んだ。
「…許せ。儂が悪かった…。」
「…許すとも。この口惜しさ…、儂の腸も喰い破りそうじゃぞ?」
太郎左衛門を覗き込む大兵の弥五郎の眼からは先ほどから涙が止めどなく溢れていた。
「儂は恥ずかしい。お手前の腹を疑い、藤九郎という男を見損なった…。」
「…うむ。男親なら自分の娘の事でこの世間の仕打ち。狂うのも無理はない。藤九郎も解っている。…では、承知か?」
「…すまん。そうはいかぬ。」
「…で、あろうなぁ…。」 弥五郎は大きなため息を漏らした。
「藤九郎の恩義は有難い。儂はこれからも、いや、これまでより加藤家の為なら命を懸ける。加藤家への恩義を代々語り継ぐ。それが儂の藤九郎への思いじゃ。」
「うむ。」
「しかしの、藤九郎の恩義に甘えて“股グラ姫”を嫁がせた、とならば、儂の立つ瀬はない。」
「うむ。」
「弥五郎、すまぬがもう一度、儂の書状を届けてくれ。頼む。」
「…太郎左衛門。お手前が儂の話を聞き、何と答えるか、儂には解らぬと思うてか? 儂は藤九郎に、太郎左衛門ならば必ずこう言うてくるぞ、と念押ししてきたわい。それでも相手は不承知らしい。で、儂も覚悟を決めた。…儂が腹を切る。それでお手前どもは儂に免じて縁談を承知せよ。今日、家を発つ時、家の者との別れは済ませた。」
「弥五郎! ま、待たれよ!」
太郎左衛門は立ち上がり、叫んだ。額には汗が噴き出した。
「いいや待たぬ。」 眼を閉じ、弥五郎はゆっくり腹を寛げ始めた。
「止めぬかッ!」 太郎左衛門は弥五郎に近づいた。
「そのままッ!」 素早く弥五郎が脇差の鯉口を切り、自分の腹に切っ先を押し当てた。
丹羽家の家人が異変に気付き、飛び出してきた。
「三郎、動くなッ!」 太郎左衛門が家人を制止した。
六
「…太郎左衛門、別れの前に言うておく事がある…。」
「聞く。じゃから、やめろ。」
太郎左衛門は右手を弥五郎に伸ばしたまま言った。
「今日、家を発つ前に、家の者に腹を切らなければならない訳を話し、出てきた。そして、ここまで来る途中で旅の僧侶に逢うた。すれ違った時に呼び止められた。」
「…で、どうしたのじゃ?」太郎左衛門が聞いた。
「もし、宜しいか?」とその僧は言うた。儂が振り向くと、僧は続けた。
「拙僧は元は甚目寺に所縁のある者、今日は兄弟子の法要に戻ってまいった。拙僧の観る所、お前様には今日、ただならぬ事が起こる…と観えるが、どうじゃ? 何か拙僧に何か聴く事はあるまいか?」
「…うむ。」
「儂は甚目寺、と聞いて何やら縁を感じ、今日で死ぬ訳を話した。そうした所、その坊主が笑い腐る。儂はつい腹が立ち、坊主! 何を笑うか? 返答次第では只ではすまぬぞッ! と言うた。」
「…。」
「それを聞いた坊主は、宜しい、お斬りなされ。それでお前様が死なずに済むのなら、と抜かした。儂はそれを聞いてこの坊主を斬る気だった儂に初めて気が付いた。そして再び聴いた。儂はどうしたらよいのかを。」
「坊主はよせ、と言うたじゃろ? じゃからよせ!」
「いいや、その坊主はこう言うた。己に聞きなされ、と。本当の己に聞いて“己の中の御仏”が死んで良い、というなら死になされ、と。」
「“己の中の御仏”はよせ、と言うたじゃろ? じゃからよせ!」
「いいや、“己の中の御仏”とやらは何も答えてくれなんだ。坊主にそう言うたら、その坊主はまた笑い、聞こえるまで聴きなされ、そして死ぬ前に、丹羽の御屋形様に拙僧との話を全て言いなされ、それが甚目寺観音様の御計いよ、と言うなり去った。」
弥五郎の額から汗が流れた。
「儂はこの期に及べば聞こえる、と思うておった。…まだ聞こえぬ…。」
と言うなり、弥五郎は糸が切れたように仰向けに倒れた。
弥五郎は気を失っていた。
七
その翌日。加藤藤九郎は広間で書状を読んでいた。長い書状らしい。
読み終えた藤九郎は縁に出て庭先を眺めた。
そして家人を呼んで聞いた。
「…修理ノ介はおるか? 呼んで来う。」
一礼して家人は下がった。
藤九郎は天を見上げている。すると修理ノ介が藤九郎の元へ来て傅ずいた。
「お呼びと伺い参上仕りました。」
「うむ。そなたの縁談じゃがの。…そなたなら見せても構うまい、と儂は思う。他言は無用ぞ?」と言い、書状を手渡した。
修理ノ介はそれを捧げ持ち、開いて目を通した。
修理ノ介は長く沈黙した後、
「…父上の御存念をお聞かせくださいませ…。」
と言いながら書状を差し出し、頭を下げた。
「うむ…。弥五郎は無事、と。ひとまず目出度い。しかしの、今回の事、儂の考えが足りなかった…。…増長しておったわい…。」
「…と、仰いますと…?」修理ノ介は頭を上げた。
「儂はのう、加藤家が世間の風聞ではなく、太郎左衛門を信じておる、と言えば事が丸く収まる、と思うておった…。聞く所によると、修理ノ介、そなたが惚れた太郎左衛門の娘、清姫。随分な武者っぷりではあるまいか? それを嗤う世間の奴バラ…。憎々し! じゃが儂は違う! と、それが増長よ…。あの御両人の“肝”を知らずに…。」
「お言葉ですが、父上には落ち度は無いかと思いまする!」
それを聞いた藤九郎の顔はまるで邪鬼を踏みつける天部の顔であった。
「たわけぇッ! そなた、儂の存念を聞いておったかぁッ!?」
修理ノ介は慌てて少し下がり、平服した。
「…馬鹿の後知恵じゃが、御両人の肝の据わり方を考えれば…そうそう上手くはゆくまい、と考えなんだ儂の浅はかさ…悔やみきれぬ…。ともあれ、御両人には儂が一生かけても返しきれぬ恩義が出来た。修理ノ介、この事だけは忘れまいぞ!」
「ははっ!」
「…そして、そして、…祝言の支度ぞ! 何をしておる! 母上を呼んでまいれ! ああ、それから掃部の爺もな!」
藤九郎の声は打って変わって浮足立っていた。
「あぁ! 有難うございます!」
修理ノ介が涙したのは言うまでもない。
その顔を見ながら藤九郎は笑みを漏らして言った。
「…書状には書いてなかったが、弥五郎の使いの者がいうておったぞ? “清姫殿も一方ならぬ喜びよう”と。」
修理ノ介は顔を上げられなかった。
八
桜が咲き始めた吉日、両家の祝言はしめやかに行われた。
誰が言い出したかは定かではないが、世間ではこの縁談を“甚目寺観音の御結縁”と呼び始めた。
もうこの縁談を笑う者は居なかった。
花婿と花嫁は俯き加減で頬を桜色に染め、お互いをちらちら見ながら微笑んでいる。
丹羽太郎左衛門夫妻、加藤藤九郎夫妻、小川弥五郎夫妻、皆実に晴れやかな良い顔をしていた。
そして節は新郎新婦の傍で泣き通しであった。
因って件の如し。
実に有難きは、甚目寺観音の御験にて候。
完
【後書き】(修正版)
以前、“あしぐせひめ”という軽め短めの中世絵巻物風味のコミカルな童話絵本のためのテキストを書きました。
それを基に大幅に拡大、編みなおし、時代小説に改編したのが本作です。
初めての時代小説は牛の歩みでした。
しかし本人は結構楽しんで書けました。
“義理人情”とはよく聞く言葉ですが、表面的な義務感や情に流されることなく、自らの価値観や覚悟に基づいて行動してこそ、より深い人間関係や理解が生まれるのだと思います。
そのような話を描けていたなら嬉しいのですが。 - 濃尾
そのような話を描けていたなら嬉しいのですが。 ‐濃尾
【後書き】
以前、「あしぐせひめ」という軽め短めの中世絵巻物風味のコミカルな童話絵本の為のテキストを書きました。
それを基に大幅に拡大、編みなおし、歴史小説に改編したのが本作です。
初めての時代小説は書くスピードが、蝸牛の歩みでした。
しかし本人は結構楽しんで書けました。
「義理人情」とはよく聞く言葉ですが、表面的な義務感や情に流されることなく、自らの価値観や覚悟に基づいて行動してこそ、より深い人間関係や理解が生まれるのだと思います。
そのような話を描けていたなら嬉しいのですが。