2.隠された本音
「違うッ!そこはもっとビブラートをつけて歌うんだッ!」
「はいっ!ギリー師匠!」
「ミストォッ!爪先までもっと意識して踊らないと駄目でしょ?!」
「はいっ!リュタ師匠!」
あれから、何日過ぎたのだろうか。
変わったことはいくつかある。
ミスト含めた囚人が注射されることに抵抗するようになり注射にかかる時間が伸びたこととか。
(結局、抵抗むなしく、顔を隠した数人によって行われる謎の注射は注射されてしまう。)
寝込んで起き上がれなくなってしまう囚人が増えたこととか。
そうやって、うんともすんとも言わなくなってしまった囚人はずるずると引きずられて何処かに連れていかれてそのまま帰ってこないこととか。
あの日よりも囚人の数は少しづつ確実に減っていった。
悲しさと不安を追い払うようにミストは顔をぶんぶんと横に振る。
ギリー師匠とリュタ師匠からは叱責が飛ぶ。
今、私は何故か牢屋の皆から芸の指導を受けている。
私より一回り小さいだろうディネちゃん師匠でさえ私に指導をしてくれる。
ディネちゃん師匠の方針は、バレエ云々よりまず柔軟を徹底的にやることらしい。
なんとも格好悪いが、ミストはこの中の誰よりも一番自身の芸が下手くそだと自覚していた。
だから、何の不満もない。
事のはじまりは、私の声の張り上げかたに不満を持ったギリー師匠が発声訓練として色々と訓練方法を教えてくれたことからはじまった。
あれよあれよと、妖艶な踊りが得意なリュタ師匠を筆頭として、「ここが気になってたのよ。」等とミストの下手な部分を指摘しては彼らはオリジナルの特訓をミストに課す。
それは、牢屋の囚人たちに奇妙な団結をさせた。
誰かが、「ここにいる皆で一座を組もうぜ!」と言い出した。
「団名は?」「牢屋座とか!」「そんな名前の一座に、人なんて来ねぇよ!」
「「「あははは…!!」」」
そんなバカ騒ぎの後、
「ミスト団」
と何故かミストの名前が掲げられた団に決まった。
ミストは散々抗議したが、抵抗むなしく決まってしまった…。
ミスト自身、ミスト団の皆とこうして暮らすことはいいなと思ったので、さらに特訓に力が入る。
ミストは特訓をつけてもらえることがとても嬉しかった。
一つ一つ出来ることが増えていくのも嬉しかった。
看守たちは、ミストたちの様子には基本的に不干渉だったが、
ミストが一人芝居を始めると時折、看守のイグニスが見に来ることがあった。
はじめは戸惑っていたが、
「お嬢さんとしても、観客がいた方が張り合いがあるだろう?」
と首をかしげていたイグニスからは悪意を感じなかったので、次第に気にすることもなくなった。
むしろ、無表情が常のイグニスがミストの一人芝居中に極々稀に笑みを溢すので、
イグニスの言葉通りやる気が出てきてしまっている。
私は囚人でイグニスは看守なのに、少しの時間だけ、私は演者でイグニスは観客になるのである。
なんともチグハグな関係である。
「いや、そんなことなら牢屋の錠を開けて俺たちを自由にしてくれよ!」
とのギリー師匠の言葉はごもっともである。
「ッ!」
特訓中、突然目眩を感じてミストはよろけた。
「大丈夫?」「少し無理させ過ぎたか…?」
彼らの声に、「大丈夫」と返すが…
「やめろ。」
棘を含んだ言葉に言葉の主を見ると、
「さっきから、あーだこーだとうるさいんじゃ。
最近の若いもんは年寄りを労ることもせんのかい。いいご身分じゃな。」
声の主は、イカリのお爺さんだった。
イカリという名前はギリー師匠が勝手につけたあだ名で、
いつも怒っている「怒り」からとってイカリ爺さんとみんなに呼ばれている。
はじめにギリー師匠がイカリ爺さんと呼んだとき
お爺さんは目を怒らせて、
「ワシの名前は、ワシはッ!…ワシの、名前は、なんじゃ…。」と自身の名前が出てこなかった様子だった。
イカリのお爺さんは、だるそうに体を上半身だけ起こすと、ミストを睨んだ。
「満足に飯も食えんのに、運動だの特訓だの、馬鹿の集まりだ。とっとと倒れてしまえ。」
「おい、爺さん、あんまりだろ!」
ギリー師匠がくってかかる。
イカリのお爺さんは鼻で嗤うと私たちとは反対を向いてしまった。その息づかいは少しだけれど苦しそうだった。
ミストは特訓中に、決まって苦言を呈するこのイカリのお爺さんが嫌いではなかった。
(…お爺さんは、少し前の私と同じように記憶喪失に苦しんでいるんだ。)
お爺さんの様子は、思い出せない自分自身に苛立っているようにミストは見えた。
「お爺さん、五月蝿くしてしまってごめんなさい。」
ミストはお爺さんに向けて謝り、ギリー師匠やリュタ師匠に断りをいれて出来るだけ静かに1人で練習を再開した。
「…そんなものより、やるべきことがあるじゃろう…?」
老人の小声は、静かにミストを咎めた。
特訓よりもここから逃げるべきだと暗に告げる老人の言葉をミストは目を閉じて聞き流した。
その日は、いつにもまして、イカリのお爺さんの状態は悪く見えた。実際そうだったのだろう。
ぜぇはぁと息が苦しげで、目が焦点を外れているときがある。
あれだけ折り合いの悪かったギリー師匠でさえ心配げにイカリのお爺さんのそばをうろうろとしている。
ミストは、横たわった老人におそるおそる近寄ると手を握った。
振り払われるかもしれないと思ったが、老人はかすかにミストの手を握り返すだけだった。
老人の視線はミストに何かを語りたがっているようだった。
ミストは根気強く待った。
しかし、口をパクパクとあけてかすれた言葉にもならない呻きしか出ないことに老人自身が気がつくと諦めたように口を閉じてしまった。
今、老人はうってかわって穏やかにミストを見つめている。
――ワシのために何か演じてくれないかのう?
と、老人の声なき声を聴いたようにミストは思った。
ミストは静かに、物語を語りだし、御話の登場人物たちを演じはじめる。
否、演じはじめようとした。
牢屋の扉が開き、看守の1人、イグニスではない鞭をもった看守が入ってくると具合の悪いイカリのお爺さんを連れていこうとした。
その時、ミストはなにも考えず、イカリのお爺さんに覆い被さった。ただ、連れいってほしくなかった。こんなに具合が悪いのに。自分の芝居を見たいといってくれたのに。まだ自分の演劇を見せていないのに。
一瞬。
看守の方を向いたミストの顔寸前に鞭があった。
ミストは、最初、看守が鞭を振るったのだと分からなかった。
ただ、あの鞭が牢屋の地面を打つだけのものじゃ無かったんだなぁとぼんやりと、スローモーションで近づいてくる鞭を見ながら考えていた。
鮮血。
目を見開いたミストの頬に血が飛び散って、涙のように垂れていく。
それは、イカリのお爺さんの血なのだと、
イカリのお爺さんが瀕死の中必死に庇ってくれたのだと、遅れて理解した。
慌てて、骨張った老人の体に手をやるとべっとりと嫌な感触が手のひらについた。
ずかずかと苛立った様子で入ってきた看守は、ミストの痩せ細った腕から容易く老人を奪い取ると、ピクリともしない老人を引きずっていってしまう。
腕っぷしが強そうな数人の囚人たちが立ちはだかろうとしたが、看守が鞭を数ふりしただけで勝敗はついてしまった。
ミストは記憶を失って初めて大声で泣いた。
泣いて泣いて、涙が流れるままに泣いた。
ミストは御話の登場人物が"悲しくて泣く"というのがどういう気持ちなのかが初めて分かった気がした。
今まで悲しみを分かったと思ってきたけれど、それは口先だけの分かっただったのだと思った。
こんな形で分かりたくなかった。
どれだけ時間が経ったかわからない。
ディネちゃんが、リュタ師匠が慰めようとしてくれたけれど、ミストの気持ちは悲しみに溺れていた。
老人が牢屋から去っても、ずっとミストは泣いていた。
ミストの前に人影がかかる。
牢屋の前に立った人は、さっきの看守で、ピシリ、ピシリと鞭をならしていた。
「ピィピィと、うるさくて寝れねぇんだよ。」
鍵を開けようとしている。
ミストは凍りついたように固まった。
ギリー師匠たちがミストを守ろうとしてミストを庇うように立つ。
「おい、囚人は傷つけるなって命じられてるだろ。何してんだオマエ。」
遅れて入ってきたもう1人の眼帯をした看守イグニスが駆け寄ってくる。
それでも目の前の看守は鞭を持ったままガチャガチャと鍵を開けようとしている。
イグニスは、目にも止まらぬ速さでその看守の後ろに立つと鞭をもった看守の利き腕をギリギリと掴む。
「ッ!イテェ!!テメェ!!!」
利き腕を締め上げられた看守は、イグニスをジロリ睨もうとするが、
口角を少し上げたイグニスによりさらにギリギリと今にも握りつぶされそうなほどに腕を捻られて、呻く。
「さっさと持ち場に戻れ。」
看守イグニスは、パッと手を離し、シッシッと犬を追い払うかのように出口の扉を指す。
「チッ!テメェだって、エリート街道から外れた負け犬のクセに俺に指図すんじゃねぇ!」
そう言い捨てて、男は出ていった。
ミストは力が抜けて、よろよろと座り込みそうになる。
そんなミストをみかねてリュタ師匠がミストの肩を支えてくれる。
「おい…そこの看守さんよ、」
ギリー師匠がこの状況に言葉をなんとか捻り出そうとしている。
看守イグニスは、その様子を気にすることもなく、ぐるりと全ての牢屋を見回して、最後にミストを見やると
「老人の手当てはした。
僕に応急手当の心得があったことに感謝するんだな…?
…まぁ僕の注意が行き届いていたらその必要も無かったんだけど。」
「本当に…?手当てしてくれたの…?」
ミストは信じられずに聞き返す。
「僕に人を殺す趣味なんてないんだ。
…それとも、看守の言葉は信じられないか?」
「いいえ。いいえ!手当てしてくれてありがとう!」
ミストの礼にイグニスは意外そうに目を見開いて、どういたしまして。と言うと去っていった。
「ねぇ!待って!お爺さんは私を庇ってくれてそれで怪我したの!
ねぇお爺さんの様子は!?何処に居るの?!」
その言葉に看守イグニスは返事をせずに去っていった。
…
あれを皮切りに、囚人の数はどんどんとその数を減らしていった。
もう残っているのは、指で数えられるほどしかいない。
リュタ師匠とディネちゃん師匠はまだ残っているが、ギリー師匠はもういない。
「ミスト団…。もし、出来たら楽しいよね…?」
デュネちゃんが不安を追い払うようにミストにすがりついた。
「…どうしてミストは逃げようとしないの?」
リュタ師匠がミストに訊ねる。
ミストは視線を床に落とし、脱走する意思がないことを咎めるリュタ師匠にただ黙っていた。
…
時間がどれだけ過ぎたのだろう。
ミストは牢屋で1人ポツンと座っていた。
あれだけ騒がしかったのが嘘かのように、牢屋はがらんどう。
ミストはただ、1人残されている。
ついに、1人になってしまった。
デュネが連れていかれるとき、ミストは自分が代わりになるから連れていかないでとすがった。
最年少の自分より年下の子供だからという理由ではなく、ただ、ミストは今の自分のまま変わらずに消えたかったからだ。
―――そんなものより、やるべきことがあるじゃろう?
いつかのイカリのお爺さんの言う通り、ミストたちがするべきは、特訓などではなく、脱走の計画を練ることだった。
そんなことミストだって分かっていた。
それが一番優先してやるべき事なのだと…。
では、どうして、ミストはそれをしなかったのか?
「…。」
記憶は戻ったわけではない。塵と埃にまみれた灰色の世界がミストの産まれ落ちた世界だ。この世界が初めて見た世界なのだ。
そんな灰色の世界のことがミストは嫌いではなかった。
だってこの世界以外のものをミストは知らないし、
囚人の皆のこともむしろ大好きで、
ご飯が少なすぎることと、看守の鞭が怖いことと、謎の注射が嫌いなことを除けば
ミストはこの世界を受け入れてしまえた。
現状維持。ミストが望んでいたのは脱走ではなくて、皆と、ミスト団の皆とここで日夜おかしく生きていくことだった。
だから老人の忠告に耳を貸さなかった。それがなんとも愚かだと分かっていたけれど、
「…外の世界がどんな世界なのか知らないから怖い。」
ミストは罪を告白する罪人かのように震えながら呟いた。
ミスト以外の囚人が、ミストのように見知らぬ外の世界に怯えていたのかどうかは知らない。
ディネちゃんや、リュタ師匠、ギリー師匠たちがどんな思いで脱走を企てなかったのかをミストは聞かなかった。
ほかの囚人全てがミストと同じ思いだったわけではない。囚人の数人はそうそうに脱走を計画し失敗している。
ジン・シムーン。あの黄金の瞳をもった少年も、脱走した1人だ。しかし、彼の顛末がどうだったのかはついぞきかなかった。
ミストは目を閉じて、いつかの、相貌を喰われた男の話をした日を思い出そうと試みた。
思い出すのは、囚人たちの喧騒と熱気。
妖精を愛していたのだと男は気がついたけれど、己の顔を取り戻したいという抗いがたい欲に負けた男は、妖精を切り殺してこういうのだ。
「私は間違っている!それは、私自身でさえ分かっている。
―――しかし、人はその選択が間違えだと分かっていても選んでしまうことがあるのだ。」
いつの間にか、看守のイグニスが牢屋越しに立っていた。
イグニスの表情はわからない。泣いているのでミストにはわからない。
…
壁にかけられた燭台の火が揺らぐ。
夜。おそらく夜。
ミストは疲れていたので体を横たえていた。
ギギギ…と、看守の出入りする扉がゆっくりと開いていく。
そこにあらわれたのは少年の背丈をした、つまりジン・シムーンであった。
…これはジンの亡霊なのか。
重い体を起こすと、
目を丸くしたジンがこちらに音もなく駆け寄ってきて、ガチャガチャと錠を外そうとしている。
「幽霊なのに触れるんだね。」と口にだすと、鉄格子の隙間から伸びた手がゴンッと私の頭を叩く。
「起きろ。寝坊助。」
ミストは何度も目を擦った。目の前にジンがいることが信じられなかった。
錠が落ちる。扉が開く。
ミストは、転びかけながらジンに駆け寄り抱きついた。
顔を上げると、彼の黄金色の三つ編みと、瞳が鮮明にミストの世界を彩っていく。
「ジンだ…。」
ジンとしばし見つめあい、少年の頬が次第に紅潮していくのを見ていた。
そこでやっと、自分が抱きついたままだということに気がつき、あわあわと離れた。
会えて嬉しい。会えると思わなかった。
どうして戻ってきたの?応援はどうなったの?皆が連れ去られてしまったのどうしよう。
聞きたいことが多すぎて、すがりたいことも多すぎて、
けれど、冷静にならなきゃとミストはその言葉を飲み込んだ。
ジンはここに危険をおかして戻ってきてくれたんだ。ミストの弱音をぐちぐち聴くためにジンは戻ってきたわけではないのだ。
「えと!ここには私1人だけで、1人になっちゃってて、誰か探してるならここじゃないの。それで、えっと」
「悪い。援軍は呼べなかった。
俺は脱走できたわけじゃない。
出口が見つかり次第戻って皆を誘導するか、応援を呼ぶかは悩んでたけど、それ以前に出口を探すのにてこずっちまった。
やっと出口を見つけたから助けに来た。遅くなって悪い。」
泣かせちまった。とジンはミストの涙のあとを指でなぞった。
ジンはミストの腕を掴むと「走るぞ!」と走り始めようとする。
「ま、待って!」
ジンが振り向く。
「み、皆が連れ去られちゃって何処に居るのかわからないの。
けど…
けど、きっと生きてる!だから…」
ジンは痛ましいものを見る目で私を見た。
それだけで、ミストは彼らの身に何が起きたのかが分かってしまったように思えた。もう彼らは生きていない…?目の前が真っ暗になる。
「ミスト、俺は、神様じゃないんだ。」
人は、あらゆる願望を実現させる神様のようにはなれない。
連れられていった人たちがどうなったか、ジンにはおおよその検討がついていた。
しかし、それを今ミストに告げてしまうのはあまりに酷だと思えた。死んだ人間は蘇らない。
例え死んでいなくても、おそらくジンが今からパッといって救い出せる状態では既にないだろう。
「!」
足音が遠くから聴こえた。おそらく看守だ。ジンは今度こそ、ミストの手を掴むと走り出した。
ミストは感情を殺すように目をぎゅっと閉じて、ジンの走りに懸命についていこうと走る。
今は何も考えないで、外の世界が怖いとか、置いていってしまう皆のこととか、情けない自分のこととかの全部を、ただ何も考えずに助けに来てくれたジンの迷惑になりたくないから、ただ走った。
…
ジンは息を少しも乱すことなく走り続けている。
ミストも懸命に走るが、さすがにもう体力の限界だ。
ミストの後ろから追いかけてくる足音はいまだに消えない。
あの鞭を持った看守と眼帯をした看守のイグニス、自分達を追いかけているのはどちらの看守なんだろう。
鞭のピシリという音が聴こえた気がして、ミストはゾッと背筋を凍らせる。
アッと思うまもなくミストは転び、服のなかにしまいこんでいたロケットペンダントが地面に音を立てて落ちた。
急いでそれを拾おうとするも、
「…やあ、こんな夜更けにデートとは感心しないね。」とイグニスの声が背後からかけられる。
そして、イグニスに落ちていたペンダントを拾われてしまった。
振り向くと、2人の看守がミストを庇うように前に出たジンを険しい目で見ている。
ジンが横目でミストを見る。
「二手にわかれるぞ…。
ミストは後ろにまっすぐに走れ。森が出てくるはずだ。その先に出口がある。」
「で、でも、ジンはどうするのっ!?」「後から追いかける!」
ピシリという音を立てて鞭が地面に振り下ろされたのを合図に、2人の看守がこちらに走ってくる。
「行け!ミスト!」
ミストは、ここにジンを置いていくことに躊躇し、後ろに2、3歩下がるだけだった。ミストとて自分が足手まといだと分かっている。自分には闘えるような武術なんてないのだ。
「走れ!!!ミスト!!!!」
ジンの今までにない怒号に、はじかれるようにミストは走り出した。
背後のジンに後ろ髪を引かれながら…。
鞭の攻撃をなんとか躱したジンは、相手の懐に入り込み、投げの要領で相手を投げ飛ばした。
投げ飛ばしたジンには大きな隙があった。
ジンは近づいてくるイグニスに1発もらうだろうと思った。
最も注意すべきはイグニスの腰にぶら下がっている小型の拳銃だ。ジンが今、愛刀を持っていたら拳銃なんてまるで怖くはないが、そんなタラレバを今ここで言っている暇はない。
もしくはジンの得意な火の魔法で攻撃すれば…。いや、この宵闇のなかでの火は目立つ。騒ぎを起こせば負けるのはこっちだ。
ジンは急所だけは何としてでも負傷しないことと、ミストが流れ弾に当たらないようにだけを考えて次の攻撃に備えたが―。
イグニスは、こちらをチラりと見ると拳銃に触れることさえせずに、ただ、ミストを追いかけていく。
「って、おい!待てっ!」
追いかけようとしたジンの手首に巻き付くのは鞭。
投げ飛ばしたもう片方の看守の意識が戻ってしまった。
「ミスト!!っっ!!」
鞭に巻き付かれた腕が引っ張られ体勢を崩されて引き摺られかける。
「てめぇ…見ねぇ顔だな?どこの囚人だ?」
男は首をかしげる。
見ない顔というのもそうかもしれない。ジンはこの男によって牢屋に叩き込まれたが、初日に脱走しているからだ。
「俺は、お前の間抜け面、よく覚えてるぜ。」
ジンの軽口に男は青筋を浮かべる。
「丁度人を殺したいと思っていたんだよなァァ!。」
鞭をピシリ、ピシリとうちならし、看守はジンの行く手を遮った
なろうの仕様変更に慣れなくて推敲めんどくさいです…